前世の物語り
前世をはっきりと覚えている。
お城のお姫様.....
だったら、よかったのになぁ
と、何度か思ったこともあった。
母は、遊郭で私を産んだ。
父は、参勤交代で訪れる大名の
お付きの人で、
財政(お金の算段や)
相談役のようなことをやっていた
母の上客は、呉服屋を営んでいて、
私が店に出る頃になると、
その呉服屋の息子が
出入りするようになり、
私を身請けしてくれた。
その呉服屋の若旦那は、
妻子持ちで、
大名の血筋の女性と結婚していた。
私は、妾ということだ
妻公認の妾は、
珍しいことではなかった。
お金持ちのステータスのようなもの、
そんな時代だった。
若旦那の店は、
呉服屋といっても、
水軍(日本の海賊)と親交があり、
海外からの珍しい代物を
手に入れ、お城へ納めていた。
その関係で、
お城の血筋の女性と
結婚することになったようだ。
若旦那は、
とてもオシャレな人で、
象牙色の着物を綺麗に着こなしていた。
少し早足で、草履の底を擦りながら歩く、
そんな後ろ姿までよく覚えている。
その後ろ姿を、見送る時が
きっと一番寂しかったのだろうな。
だから、強い記憶で残っているのだろう。
若旦那は、身請けした後、
私にちょっとした料亭を建ててくれた。
釘を一本も使わない建物で、
宮大工に建ててもらった。
大きな台風が二度来たが、
うちの建物だけ無事だった。
変な話だが、
これが今だに(今世でも)自慢だ。
料亭では、
参勤交代で来るお付きの人を主に
もてなした。
父の姿は、その時は、なかった。
もう亡くなっているのだと、
なんとなくわかった。
若旦那から頂いたもので
一番嬉しかったのは、
加賀友禅の着物だ。
これを持っていたのは、
お城のお姫様と私だけだった。
時々、花などを形どった高級な砂糖菓子も
持ってきてくれた。
和三盆の味。
宝石の代わりのようだった。
あの世へ行く前、
病気になって、
その時に若旦那が用意してくれた布団も、
姫様と同じものだった。
とても気持ち良いシルクの肌触りで、
雲の上にでもいるかのように、心地良く体を包んだ。
若旦那は、私が死ぬ間際、
私の手を握り、
「寂しい思いをさせたね」
と泣いた。
私は、これだけは言わねばと
声をふりしぼり、
「幸せでした。ありがとうございました...」
と言い、あの世へ旅立った。
若旦那に、
恋い焦がれる気持ち
というより、
彼は、ありがたい存在だった。
そう思っていたから、
なにはともあれ、
妾道を貫いた。
ここからは、今世の話。
成人を迎える前、親に連れられ、
着物を買いに行った。
このときは、まだ
前世を思い出してはいなかったけど、
加賀友禅の着物から目が離せず、
あれがいい、と言い張った。
他にもあるよ、と言われても、
どうしてもこれがいいと、
きかなかった。
私が前世を思い出したのは、
若旦那だった人に、
今世で出くわした時だ。
一瞬で、心が懐かしさでいっぱいになった。
新幹線で、隣の席だった。
昔、縁があった人とは、
初対面でもまるで、
昔からの知り合いのように
会話が始まり、盛り上がる。
彼は、(今世も)既婚者で商売人だった。
現生でも、若旦那への感謝の気持ちは、
思い出すと自然と湧き上がる。
そして、
彼の人生を煩わせない、
幸せを祈る、
そんな妾道を、今でも貫かねばならぬ
それが、感謝のお返しだと
前世の自分が言う。
そろそろ目的地に到着。
連絡先を渡されたが、
お気持ちだけと、
笑って、受け取らなかった。
ここで、終わり。
ほんの1時間くらい
今世では、この人との時間は
これだけだけど、
前世の一生分を味わった気持ちになった。
前世は、
素晴らしい人生だった。
あの世へ行く間際に、
幸せだったと言えたことが
何よりの証拠だ。
もし、何かの縁が、あの人と、
来世で、
ほんの一瞬でも出会わせてくれたら、
素敵なことだ。
たとえ出会えなくても、
素敵なことだ。
大切な想いは、
何度生まれ変わっても、
魂が記憶しているから。