君がいるだけで-7
賑やかな校庭を横切って、理江子と美恵子は帰途に着いた。美恵子は中川の名前を上げながらぶつぶつと文句を言った。
「中川のやつ、最近、図に乗ってるのよ。まったく!」
理江子はそんな美恵子の言葉に合わせるように微笑み、相槌を打った。閑静な住宅街を抜けて、緑道に入ると、美恵子はそこのベンチに座った。そして理江子を見上げながら、ベンチを手袋をした手でぽんぽんと叩き座るように促しながら言った。
「でもね、だいたい、ジロー君もジロー君よ。なんなのよ、そのお嬢様は。ちょっとしたことで、お食事会だって。バッカじゃないの」
理江子は、ベンチの上にハンカチを広げて座った。
「感謝してるからでしょ」
「そんなのどーだか。金持ちは、そういうことしか考えつかないのかしら」
「でも、ジロー君が助けてあげたのは本当だから」
「でも、今度、コンサートよ」
「え?」
「なに?知らないの?イチローのやつが言ってたのよ。今度の土曜日は練習がないって言ったら、クラシックコンサートだって。その後、またお食事だって。何なの、お金があまってるのかしら」
「ふふ、ミエちゃん、なんか羨ましがってるみたい」
「そ、そんな…。でも、わかんないな。ジロー君も断ればいいのに」
「きっとジロー君優しいから、断れないのよ」
「そうね、優柔不断は優柔不断だわ。だけど、イチローでも断んないわね。きっと」
「そうね」
「ただし、イチローはいやしいからだけどね」
「そんな、ひどい…」
「じゃあ、どうしてリエちゃんはイチローが断らないって思ったの?」
「それは……イチロー君、食いしん坊だから」
「おんなじじゃない」
「でも、いやしいのと食いしん坊は違うと思うけど……」
「一緒よ。リエちゃんは、優しいから。あんなやつ、ガツンと言ってやらないと」
「あんなやつって、イチロー君?」
「イチローもそうだけど、ジロー君も。金持ちの言いなりになってて、どうすんの、ってね」
「ん、でも……二人とも、優しいのよ」
「……リエちゃんは、相変わらずね……」
「そう?」
「あたしも、相変わらず……。昔っから、変わんない…」
美恵子はそう言ったまま黙ってしまった。理江子はじっと美恵子を見つめて立ち尽くしてしまった。
「みんな、変わんないのに……」
美恵子はぽつりと呟きながら、言葉を切った。理江子が少し頷くと、それを見てか見ずか、ぱっと立ち上がった。
「さ、帰ろ。今日は、早く帰ってテレビ見たいんだ」
勢いよく立ち上がった美恵子に向かって理江子は大きく頷いた。