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君がいるだけで-最終話

 二郎は理江子に合わせて歩き出した。犬は時々二郎と理江子を振り返りながら、前を歩いた。

「リエちゃん」

不意に問いかけられて理江子はどぎまぎしてしまった。

「なに?」

「前に飼ってた犬は、シロ、だったよね」

「よく覚えてるわね」

「前のは毛が長くて」

「そう、スピッツの雑種だったから」

「随分大きかったような印象があるけど」

「…あたしたちも、ちいさかったから」

「幼稚園の頃だったよね」

「よく覚えてるのね」

「あの時だよ、リエちゃんと遊びだしたのは。ほら、幼稚園のお迎えで、リエちゃんとこのお母さんが連れて来てたじゃない」

「あぁ、そういえば。でも、数回よ。みんなが怖がるからって、先生にやめるように言われたの」

「ボクも怖かった」

「ふふ、ホント?」

「あとで、リエちゃんとこへ遊びに行くようになっても、初めは怖かったんだ」

「そうだったの」

「兄さんも、強がってたけど、ホントは怖がってたんだよ」

「知らなかった…」

「シロはオスだったからね、よく吠えたし」

「この子はメスだからかな。おとなしいわ。ケンカするときくらいかな、吠えるのは」

「ん、美人だよ」

「……いいな」

「え?」

「だって、ジロー君に褒めてもらえて…」

「飼い主に似たんじゃないの」

「ふふ、ホント?」

「ホント、ホント」

 二人は笑いながら道を辿った。雲間から太陽が覗いて日が射した。明るくなった風景に、一瞬目を細めた。

 二郎は犬に気を向けながら楽しそうに歩いている。そんな二郎の様子を伺って、理江子は思い切って話し掛けた。

「ね、ジロー君」

「なに?」

「あの、…お嬢様は、どうしたの?」

理江子が俯きながら、ためらいがちに訊ねると、二郎は笑顔を向けた。

「どうって?」

あまりに無垢な笑顔に一瞬言葉が出なかった。それでも、精一杯の勇気を振り絞って訊ねた。

「また……遊びにいくの?」

二郎は犬を見ながら答えた。

「来週、また食事に誘われたよ」

「……そう」

「でも、来週、試合があるんだ」

「……ん」

「それで、断ったんだ」

「…そう」

「ボク、一応レギュラーだからね」

「……ん」

「たぶん、出ると…思うよ」

「……うん」

「調子は、よくないんだけどね」

「…そう」

 「……クラブ、好きだから…」

  「…そうね」

   「……、応援…、来てくれる?」

  「え?」

   「たぶん、出ると思うけど…」

  「…ん」

 「来てね」

「うん」

 木枯らしが一閃駆け抜けた。身をすくめた理江子は、その時初めて二郎が軽装なのに気づいた。

「ジロー君、寒くないの」

「ん。まぁ、大丈夫」

理江子は纏っていたマフラーを取って二郎の首に掛けた。驚く二郎の顔を見つめながら理江子は微笑んだ。

「あったかい?」

「うん」

 二郎は犬の首紐を取って駆け出した。後ろ向きになって手招きしながら走る二郎を、理江子はスカートをはためかせながら、追った。


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