君がいるだけで-1
君がいるだけで
某月某日―――晴。無風。
ここしばらく覆い被さっていた重い雲が晴れ渡って、青い空が広がっている。風は冷たかったが陽射しは柔らかだった。二郎は公園を抜けて緑道沿いにランニングしていた。熱い吐息が頬を伝ってなびいている。そんな感触を楽しみながら、足を進めた。
緑道が交差している大きな通りに抜けると、保育所の子供らが二郎の前を駆け抜けていくのが見えた。賑やかに駆け抜けていく子供たちを微笑ましく思いながら見送ると、大型の外車が勢いよく子供たちの先を走ってきた。危ない、と思った二郎はダッシュして、車の前に立ちすくむ子を抱きかかえてを飛び抜けた。間一髪というところで二郎はぶつからずにすんだ。急停車した車から、運転手と紳士が慌てて降りてきた。
「大丈夫かい、君」
二郎はにっこり微笑みながらピースサインを送った。二人はほっとした表情を二郎に見せた。
「大丈夫ですか?」
二人の男性の後ろから女の子の声が聞こえた。二人を押し退けて現れたのは、白いワンピースを纏った少女だった。少女は真剣な顔で二郎に詰め寄った。
「大丈夫ですよ」
二郎はにっこり笑いながら、怯えている子供の頭を撫でてやった。しかし、少女は蒼白な面持ちで二郎を見つめていた。
「本当に大丈夫ですか?」
「ええ」
「でも、ここ、ほら、血が出てる」
「あぁ、ちょっと擦り剥いたんですよ。たいしたことないから、ボクは。この子も、大丈夫だね」
子供は二郎の笑顔につられるように頷いた。車の急ブレーキの音を聞きつけた保母さんたちが外へ出てきた。
「どうしたんですか?」
「ちょっと車にぶつかりそうになって」
「大丈夫?タカシ君?」
「あの、二人とも病院に行ってください。送りますから」
少女は真剣な顔でそう言った。
「ボクは大丈夫ですよ」
「いえ、万が一ということもありますから、検査を受けてください。佐藤、すぐにお車に乗せて」
「お嬢様、ピアノのお時間が」
「何を言ってるのあなたは。そんな場合じゃないでしょ。今日はお休みします。この二人を車に乗せて。あの、保母さんもどなたか付き添い願えますか」
「あ…はい」
「どうぞ、あなたも」
「ボクは本当に平気です」
「でも、もし頭を打っていたら…」
涙を浮かべて訴える少女に絆されて、二郎は車に乗ることにした。黒い高級外車のシートは、泥だらけのトレーニングウェアの二郎にはもったいないように思えた。
「吉田、急ぎなさい」
少女は蒼白な表情のまま運転手に命令をしていた。そんな少女の真剣さに二郎は、目を奪われてしまった。