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第五話~ハプスブルクと不死鳥の遺物~

やばいくらい遅れました。

次で〆です。

 


「――驚いた」



 突然の侵入者。

 突然の宣戦布告に、ただ一言だけ発するアレックス。

 ただその表情は言葉とは裏腹に憮然としたものだった。



「アマ―リア・フォン・エスターライヒ=トスカーナ。

 大層な名前だ。あいにくとそんな仰々しい名前のお客様の来客予定は無かった筈だが?」

「壊れたアーカイヴの元管理者。随分と余裕がありますのね?」

「いいや?ポーカーフェイスには自信があってな。内心は震えが止まらんよ」



 口角を上げながら会話を続けるアレックスに、イラついた様子を隠そうともしないアマ―リア。

 円卓を境に二人の見えない戦いの火蓋が切られた――





 ――かのように思えた。



「まあ、君も座りなさい。ちょうど茶を淹れようと思っていたところだ」

「……はぁ?」





 ……修正しよう。

 火蓋が切られたかのように見えた空間で、

 アレックスは上げた口角を戻しながら再び茶を淹れようと重い腰を上げた。

 先程までの好戦的な笑みは何処へ行ったのか。無表情に戻った顔で部屋の端へ歩いていく。



「茶葉は何がいいかー?」

「は!?」

「……あ、茶葉がそもそもダージリンしかないじゃないか。

 あの司書、補充しておけと言ったのに」





「……ご愁傷様です」

「なななッ!なんなんですのあの男ォ!!?」









 ◆◇◇◆









 良い雰囲気をぶち壊しにされたことがショックだったのか、目を覆って沈黙する可哀想なアマ―リア。

 その姿にマーガレットは図書館に来てからの自分を思い浮かべたのか、

 あくまでも警戒は解かないまま、憐みの視線を向ける。



「で、彼がいない間に聞きたいのですが。宜しいですか?『狼殺し』殿」

「……なんですの?」

「一介のブックハンターとして貴女の勇名は耳に入っていました。その実力の高さも良く知っています」

「それはそれは、光栄ですわ」

「直接お顔を拝見するのはこれが初めてですが……家のボケ老人執事から幾度か言伝も受けていましたから」



 あの執事のムカつく顔を思い出したのか、少しムッとした表情を浮かべる。

 それとか対照的に、興味深げに頷くアマ―リア。



「ロバート・リヴェリントン。ノーフォーク侯爵家執事にして専属ブックハンター。

 当時現役最高齢にしてそのキャリアも圧倒的。英国で3本の指に入ると言われた御仁ですか」

「ご存知でしたか」

「経歴をつらつらと並べられるくらいには、ですが」

「しかし、それならば尚更不可解です」

「……何が?」



 円卓に漂う剣呑な空気。

 二人の女性が互いに探るような気配を向ける。



「それほどの実力があって何故、貴女は商売敵に寝返ることに?」

「ふん、言う必要があって?」

「首を差し出せだの、処刑だのいきなり言われたのに何も聞かずに死ぬなんて嫌でしょう?」

「貴女の都合に合わせる必要がありますの?」

「みっともなく土足で上がり込んだ上に殺害予告までするような人は言うことが違いますね?」



 ふふふ……フフフフフ……とゾッとするくらい美しい不敵な笑みで笑いあう二人。

 そして唐突に黙り合うと二人の間に火花が飛び交っていた。



「……なんだ?この空気は」



 大体はお前のせいだぞ。

 もし第三者がここにいたら、そう言っていたことだろう。





 ◇◆◇◆





「――仲がいいことでなによりだ」

「誰がです?」

「まさか、私たちのことじゃあありませんよね?」



 そういうところだと思うんだが……と思いながら、

 アレックスは円卓に淹れたばかりの紅茶を人数分のティーセットと共に置く。



「む、ドアが開きっぱなしではないか」



 アマ―リアが侵入した際に強引に蹴破ったドアは虚しくも開いたまま放置されていた。

 意外にも気にする性格なのか、律儀にもドアを閉めに行くアレックス。



「そこを気にするんですね……」



 内開きのドアを閉じ、鍵らしきノブを閉めるアレックス。

 満足したのか、そのまま元の席についたアレックスはそのまま優雅に紅茶を……



「――ッだからァ!!いい加減にしてくださいませんこと!?

 時間稼ぎのつもりだかどうだか知りませんが、悠長にしすぎですわよ貴方!」



 遂にブチ切れたアマ―リアは、目の前のティーカップなどお構いなしに円卓を叩いて威圧する。

 倒れたカップが落ちていく様を横目に見ながら、アレックスは傾けかけていた自身のカップを置く。



「まあ、そろそろ茶番は此処までとしようか……ティータイムだけにな」

「死んでください」

「君は一応味方じゃないのか……?」



 辛辣な一言を放つマーガレットに若干落ち込むアレックス。

 流石に反省したのか、真面目な様子で再び椅子に腰を落ち着ける。



「まあいいか。いや、別に良くはないが。

 で、今日は何故このような古ぼけた廃墟にお越しいただいたのか、教えていただけるかな?

 アマ―リア嬢、いや――」



 ――アマ―リア・フォン・エスターライヒ=トスカーナ。

 ()()()()()()()()()、トスカーナ大公国のお姫様。



 応接室に漂っていた弛んだ空気が張り詰める音がした。

 先程までの緩い空気が嘘のように緊張していることが、部外者のマーガレットにも分かった。



「……よくもまあ、大層な化けの皮を被っていたものですわね」

「これが素なのだがな……しかし、まさかこのオンボロ部屋にハプスブルク家のお嬢様が来られるとは」

「白々しい嘘を、所詮は傍系も傍系です」



 といっても、急に傍に追いやられたマーガレットにはさっぱりであった。

 そんな彼女の様子に気が付いたのか、アレックスが補足するように語り始めた。



「マーガレット嬢は知らなかったか。トスカーナ大公国のことは。

 フィレンツェを中心に、今のイタリアの中で生まれた君主国。

 元々はメディチ家という貴族が治めていたその国を、

 跡継ぎがいなくなったことでその跡を継いだのがハプスブルク家だ」



 アマ―リアは何も言わない。少し苦々しげにアレックスを睨むのみである。



「ウィーン条約でトスカーナ大公国を手に入れたオーストリアは、

 当時の神聖ローマ帝国皇帝であり、

 オーストリア大公マリア・テレジアの夫であるフランツ1世がトスカーナ大公を引き継いだ」



 ただし、フランツ1世とその息子、レオポルト2世はハプスブルク=ロートリンゲン家の人間。

 フランツ一世の孫であるフェルディナンド3世からハプスブルク=トスカーナ家が誕生することとなる。



「彼女の『Österreich(エスターライヒ)』はオーストリアのドイツ語読みだ。

 後ろのトスカーナはその名の通り、トスカーナ大公家に属する者を示している」



 その解説を面倒くさそうに聞いていたアマ―リアは、目をそらして冷めてしまった紅茶を口に含む。



「トスカーナ大公国亡き後、大公家はオーストリアへ住処を移したと聞く。

 その後はまあ、家系の存続はしていたらしいが……」

「遠慮せずとも良いのですよ?家柄しか残せるものが無かった。それは事実ですもの。

 どこぞの英国貴族様と違って、表側の権力は一切無くなりましたが、ね」



 横目でマーガレットを睨むアマ―リア。



「ハプスブルク家は一次大戦の後その権力を著しく喪失した。

 しかし先程マーガレット嬢都の話に出てきた上位機関……歴史書管理機構では別だ」

「歴史書管理機構……」



 聞き覚えのない名前だ。

 大それた名前だが、裏社会にも10年は潜っているマーガレットでも、

 その名前は聞いたことが無かった。



「歴史書管理機構は簡単に言えば、コロンシリーズの確保、管理を行う団体だ。

 管理機構が確保したコロンシリーズは世界各地のアーカイヴで厳重に保管される」



 昔の此処のようにな。と自嘲の笑みを顔に浮かべるアレックス。



「管理機構の役割はコロンシリーズの管理のみではない。

 自然発生したコロニスト。及びコロニストが関わった事件、事故の調査も仕事の1つだ」

「じゃあこの性悪女は……」

「管理機構所属のエージェントには腕利きの者も多いと聞く。

 恐らく実家筋からの要請でフリーランスから管理機構に所属になったのだろう」

「誰が性悪ですか」



 アマ―リアは紅茶を飲み干し、空になった白磁のカップを脇に避ける。

 傍目でもイライラとしているのが理解できた。



「じゃあ私が此処にいる理由もお分かりですね?アレックス・フォン・ハーケンベルグ殿?」

「……ふーむ。まあいいか」



 用済みになったカップを端に移動させながら円卓正面、

 アマ―リアの目を見て、話題を逸らし切れなかったのが分かったのか、無駄な努力をやめるアレックス。



「――では本題といこうか。

 アマ―リア嬢。本日はLost Archiveへようこそ。ご用件はなんでしょうか?」



 見事なまでの接客スマイルを浮かべながら問いかけるアレックス。

 白々しいほどに爽やかな笑顔だが、よく見ると目が笑っていないことにマーガレットのみが気付く。



「やっと話が進みますわね……要件はシンプルですわ」



 そう言って周りを興味深げに見渡しながら続けて語り続ける。



「この不思議空間と此処にある全てのコロンシリーズを回収させて頂きます。 

 勿論。貴方達はここで終わり。サッと殺して差し上げます」

「なっ……」



 理不尽な要求。脅迫に近い宣言を平然とぬかす辺り、この女も中々にアウトローだ。

 絶句するマーガレット。しかし当のアレックスはというと……



「フフフ……」

「……何ですの?」

「いや、何も、クククッ…何でもない」



 笑いをこらえきれず、口に手を当てながら弁解する。



「恐怖で頭がおかしくなりましたか?」

「いや?ただ……ハプスブルクも随分と強引な手を打ってくるものだな、と思ってな」

「……どういう意味ですか?」


 疑問が重なり続けるマーガレットを気にせず、

 よほどハプスブルク家が嫌いなのか。愉快そうに笑みを浮かべるアレックス。



「先程言ったようにハプスブルク家は管理機構でも指折りの名家だ。

 当然、機構内での権力は強い」



 愉快そうな顔は次第に暗い笑み……嘲笑の類に変わる。



「本来、こんな屑籠のような場所など漁らなくてもいいのだよ。

 それは末端も末端の連中がやることだ。ハプスブルクがやる仕事ではない。

 既に彼らはそれ相応の地位を既に手に入れているのだから」



 それなのに、このような場所にわざわざ来た。ならば理由は一つ。



「――ハプスブルク家はなんらかの大規模な損失をしたな?

 少なくともその損失は末端の、分家のエージェントが屑籠漁りをしなくちゃならんほどには切迫する内容らしい」



 とんだ災難だ。アマ―リアは内心で毒づく。

 確かにアーカイヴの廃墟が微かに活動しているとリーク情報があった旨を本家の連中から伝えられ、

 所属して間もない自分がキャリアを鑑みて急遽派遣された。

 ハプスブルク=トスカーナ家は傍系も傍系。本家に対しては強く出られず、そして不本意ながら此処にいる。



「何故、そのようなことが言えますの?」

「【狼殺し】さん。それは既に貴女がブックハンターではないことがその理由の一つです」



 意味の知れぬ不安を喉奥に押し込め、疑問を投げかける彼女に、

 ここまで端々で口を突っ込むだけだったマーガレットが答える。



「ブックハンターは基本、自由を求める傾向があります。

 今まで100を超えるブックハンターと関わり合ってきましたが、どのブックハンターも、

 目的や理念は違えど、その本質は変わらない。

 彼彼女らは総じて縛られることを嫌いました。企業所属だろうと本質は変わりません」



 長い間、父の、そして自分に仕えた執事を思い出し、

 その考えはより強固になっていた。



「自己の裁量を何より重要視するのがブックハンター達の共通概念でした。

 私の知る限り、【狼殺し】さんもそれは同じです」



 少なくとも、自分の知る限りではそうだった。



「要は役所仕事は性に合わん。という連中なのかな。

 そのブックハンターとやらは」

「少なくとも、私がブックハンターとして10年の間に見てきた人々はそうでした」

「それが今や、こんな寂れた所にまで来てしまうとは、栄枯盛衰とはこのことか」



 自嘲の笑みをさらに深く自身の顔に刻み付けるアレックス。

 一頻り話し切って精神に余裕ができたのか、気負いが抜けた印象のマーガレット。


 しかし、彼らとは対照的に、渋面を僅かに滲ませるのは他でもないアマ―リアだ。



 ――そこの小娘の言う通りだ。

 大体のことを言い当てられた彼女は過去を振り返る。



 その話は突然だった。2年ほど前の話になるか。

 ブックハンターとして一仕事終え、長い休暇を始めた矢先、

 実家から一報が届いた。それも緊急時でなければ使うなと言われていた秘匿回線で。



 ――ハプスブルク本家にて大規模なテロ行為が発生。


 ――被害甚大。ハプスブルク家近衛部隊の壊滅。当主は命を取り留めたものの意識不明の重体。


 ――保管していた異端書の内、■◆%を奪取され、◎□%を焼失した。


 ――下手人はルドルフ。妾の子。未来視の化物。


 ――至急帰還せよ。本家は即戦力を必要としている。



 本家でテロ?始めはその情報を疑ったが、

 秘匿回線の重要性を鑑みて、彼女は迷わず本家へと向かった。


 幾度か来たことがあるだけの本家に着いた彼女を迎えたのは、憔悴した様子の父。

 トスカーナ大公家当主。分家の主である彼だが、ここまで疲れ切った姿の父を見たことは無かった。

 その様子に驚いている間に、彼からはほぼ一方的に告げられた。



 ――本家は大慌てだ。人員も満足に出せないらしい。


 ――済まない。


 ――トスカーナ大公家としての義務をお前に課すことを、許してほしい。



 それからは怒涛の毎日だった。

 ブックハンターとしての人脈や能力をフルに使いつつ、世界中を駆け巡った。

 今までもこのように世界中を移動することはあったものの、ここまでタイトに動き続けるのは初めてだった。



 そして今に至る。ブックハンターとして、自由だった彼女は死に。

 今は歴史書管理機構に所属するエージェントの一人でしかない。





 ◆◇◆◇





「――それで?」



 重苦しい心象を飲み込み、強く言葉を吐く。



「確かに、今ここにいる私はただのエージェントですわ。

 故に何を語られようと、行うことはシンプルです」



 二人へ強い視線を向け、冷酷に言葉を繋げる。



「貴方達をここで消す。その上で、コロンシリーズを頂きます」



 焦るマーガレット。知らぬうちに彼女の地雷を踏んでしまったか。

 彼女の言葉に先程まであった余裕や油断が限りなくゼロになっているのを感じる。

 部屋の主に視線を向けると、相変わらずその顔は微笑みを浮かべたままだった。



「……随分と余裕そうですわね」

「虚勢さ。此処の主は私だ。既に廃墟であろうとも、私はこのアーカイヴの主で、

 ハーケンベルグ家現当主。アレックス・フォン・ハーケンベルグである限り、みっともない真似は見せられん」



 貴族としての意地か。彼は動揺した様子もなく語った。



「そうですか。では仕方がないですわね」



 そう言って、冷徹な雰囲気を隠すこともなく、アマ―リアは自らの懐へ手を伸ばす。

 拳銃か?ナイフか?マーガレットは危険性を危惧し一切の油断を捨て、

 アマ―リアの一挙手一投足を見定める。


 彼女が取り出したのは、紙束。

 何の変哲もない、古い紙束だった。

 しかしアレックスは、そしてマーガレットは知っている。

 それは間違いなく、自分にとって未知の脅威となる存在だと。



「本家より預けられた異端書を使用することになるとは思いませんでしたわ」

「異端書……?」

「この応接室と一緒さ。この世ならざるもの。

 歴史書管理機構が裏側で権力を行使できる理由の一つ」



 紙束にはドイツ語の文章がびっしりと書き連ねてある。

 マーガレットはこのような異質な物への対応は鈍く、

 アレックスはその文章が何を意味するかを即座に理解した。



「『もしお前達が道を分かれるなら、分かれ道の木にこのナイフを刺しなさい。

 一人が戻る時、離れている兄弟がどうなっているか分かる。

 もし死ねば、その兄弟が行った方向のナイフの面が錆びるが、生きている限りは輝き続けるだろう』」

「……御存じなのですか?」



 心底面倒くさそうにアレックスは補足する。



「我がドイツに古くから伝わるグリム童話。

 その内の一つ。『二人兄弟』の1節だ。恐らくあれは殺傷能力のある異端書だろう。面倒な」

「面倒って……」



 紙束はその面積を表裏に文章で埋められている。

 その全てが先程アレックスが言った『二人兄弟』なのだろう。



「『猟師はどうすればよいか知っていて、上着から銀のボタンを3個ちぎり、銃に詰めた』

 逸話から察するに拳銃の類だ。そうなのだろう?」

「随分と博識なんですわね?お察しの通り、これは一種の拳銃ですわ」

「大方逸話から3発の銃弾の要素だけ抽出して異端書としてまとめたわけか。

 ……センスのないことをする者もいたものだ」



 しかし、これは不味い。

 マーガレットは背に冷や汗が流れるのを感じた。

 相手は元ブックハンター。今の自分ではとてもじゃないが抵抗できず死に絶えるだろう。

 こうなれば。マーガレットはアレックスの顔を見る。

 頼れるだろうか。

 アーカイヴの管理者といえど、見た目はどう見ても柔な青年にしか見えない彼に縋るのは不安でしかない。

 そうして若干疑心暗鬼になりながらアレックスの顔色を伺うと。



「……クククッ」

「へ?」



 何故か彼は笑っていた。

 今まさに生命の危機に瀕しているというのに、

 異端書を突き付けるアマ―リアに「滑稽だ」と言わんばかりに、

 溢れ出る笑みを抑えきれていない様子がはっきりと見えた。



「……何がそこまで愉快なんですの?」



 イライラとした様子でアマ―リアは問いかける。



「いやいや、このような展開になるとは、思いもしていなかったので」



 笑いをこらえながら、彼は語りつづける。



「アマ―リア嬢。貴女は失念しているようだ。

 ここはアーカイヴ。コロンシリーズの終着点。物語の起点と言えるものだ」

「?……いったい何を」

「――故にこそ、この場にはこんなものも流れ着く」



 そう言って彼が取り出した物は一冊の本。



「先程紅茶を淹れる際に持ち出した。つい最近此処に流れ着いた物だ」



 勿論、取り出した本はただの書物ではない。

 表紙、背表紙、裏表紙に至るまで混じりっけのない黒。

 シンプルな装丁。白抜き文字のタイトルが記されているのみの質素な外見。

 コロンシリーズ。一人の人間の人生。

 しかしその書物は先程マーガレットに見せた物とは全く異なる雰囲気を醸し出していた。



「何ですか…それ」



 先程拝見したコロンシリーズより、明らかに分厚い。

 端から見えるページは黄色く変色し、

 その書物の歴史の長さが伺える。

 今まで丁寧に扱われていたのだろう。経年劣化は最低限に抑えられていることがこの距離からでも分かった。



「まさか、異端書を隠し持っていた?」

「残念ながら、大間違いだ……マーガレット嬢」



 確認してみるかね?と言って手渡された書物。

 混乱しながら真っ先にタイトルを確認する。

 タイトルは「Franz Joseph:1916」。



「Franz Joseph:1916……?」

「……ッ!?」



 アマーリアの仕事人として保っていたポーカーフェイスが大きく歪む。

二名の間に広がる緊迫感を横目に、愉快そうに顔を歪ませるアレックス。



「―-フランツ・ヨーゼフ・カール・フォン・ハプスブルク=ロートリンゲン」



 マーガレットは知らない。アマ―リアもまた、知る由もない。

 この未だ残るLost Archiveに何が眠っているのかを。



「改めて言おう。Lost Archiveへようこそ。

 アマ―リア・フォン・エスターライヒ=トスカーナ嬢」



彼は嗤う。この応接室の主。遺された者は笑い続ける。



「不死鳥の遺物だ。君達(ハプスブルク)には効くだろう?」



――物語の終焉は近い。





読了ありがとうございました。

本編内で名前の出たルドルフは「シグレの異端争議典」の登場人物です。

歴史書管理機構の公式ページで書籍が販売されておりますので是非どうぞ。

作中のルドルフは割とエグイことをしていて、

・本家の戦力配置を予知能力で確認

・確認した戦力配置に沿って大量の土人形を進行させる。

・その隙に本家全域に仕込んでいた植物を活性化。本家の機能を麻痺させて当主を襲撃。

・書物保管庫の鍵を奪取。持てるだけの異端書、コロンシリーズを運び出す。


など大暴れだった模様。因みに生やした植物はどれもギンピ・ギンピ(葉に触れると激痛が走る)とか夾竹桃(葉,茎,根,花,種子,生木を燃やした煙全てが有毒)とか厄介な物だらけだったとかいう鬼畜。

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