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第四話~マーク・フィスターの墓標2&トスカーナからの客人~

さて、あと一話ですかな

 


 その後の話をしよう。

 クリス少年から本を預かった後、しばしの談笑をした。

 家から図書館は遠く、わざわざバスを使って此処に来たこともあり、

 30分ほど話した後、談話室を後にしていった。



「……まさか、本物のコロンシリーズが見られるとは思いませんでした」

「今回は少し珍しいケースだがね。

 遺書に従って親族が訪問してくることや、訪問も無く図書館に送付されることが殆どだ」



 それでも集うのは極少数。アーカイヴとしての引力を9割近く喪ったことの影響は大きい。



「先程も言ったが、此処はもう終わってしまったアーカイヴだ。有用な物は何もない」

「コロンシリーズがそれほどあるのに、ですか?」



 黒一色の本棚。先程その黒が一つ増えた本棚を眺めながらマーガレットは問う。



「あぁ……よく誤解されるんだ。コロンシリーズそのものには何の力も無い」

「え?」

「コロンシリーズはただ物事が書き記されているだけの紙束に過ぎない。

 火を付ければ燃えるし、読んだことで何かが起こるわけでもない」

「でも、その書き記された物事が重要なのでは?」

「では読んでみるか?」



 そう言って先程本棚にしまい込んだものを抜き取り、マーガレットの目の前に差し出す。

『Mark:2032』。クリス少年から渡された彼の祖父の遺したもの。



「そ、そんなあっさりと……!」

「そうありがたがることもない。言っただろう、これは墓標だと」



 ――墓石に刻まれた文字を誰が読もうが構うことはない。



 そう言いたげな彼の態度に押されるように――正直に吐露するなら元ブックハンターとしての好奇心も後押ししたのだろうが――マーガレットはその表紙を開いた。

 書いてあるのは日記だろうか。毎日毎日、幼い想い出から始まり、徐々に文体がしっかりと固まり始め、熟していく過程が見て取れる。



 ――家の庭で疲れるまで走り回った。



 ――授業で褒められた。親にそれを自慢したら、夕飯を少し豪華にしてもらった。



 ――友人と馬鹿騒ぎをするのが楽しい



 ――未来の自分を考え始めた。



 ――恋をした。高揚する気持ちを抑えられそうにない。



 ――失恋した。後悔の残る、苦い恋だった。



 ――大学に合格。夢に近づく一歩を踏み出した。



 ――新しい恋に出会った。今度こそ間違えない。



 ――就職を機に彼女に結婚を申し込んだ。顔から火が出そうだけど、後悔はしない。



 ――幸せだ。



 ――娘が生まれた。涙が止まらない。生まれてきてくれてありがとう。



 ――娘から目が離せない。あのお転婆はどちらから移ったんだろう?



 ――娘が彼氏を連れてきた。気に入らない、気に入らない。一発殴ってやる!



 ――妻と娘に殴られた。痛い。泣きそうなほどに痛い。



 ――許したくない。でも許すしかないじゃないか。あんなに嬉しそうな顔を見てしまったら……



 ――泣いた。巣立ちとはこういうことか。美しくなった娘の晴れ姿が滲んでしまう。



 ――庭の手入れも随分熟してきた。父に追いつくことができたかもしれない。



 平凡な、何でもない日常。しかし確かな幸せがそこにあった。

 キラキラとした思い出が何百何千と書き記されている。この本の作者は辛いこともありながら、幸せな人生を送ってきたようだ。

 だが終盤になり。不穏な文章が増え始める。



 ――母国が宣戦布告した。かつての大戦から何も学んでいないじゃないか。



 ――戦況は刻一刻と変わる。娘夫婦を家に呼んだ。大丈夫、大丈夫だ。



 ――父から聞いていた昔の大戦とは全く異なる景色だ。静かすぎる。



 ――軍人には悪いが、勝とうが負けようがどうでもいい。家族が無事ならそれでいい。



 ――老骨に鞭を打つ。その意味がようやく分かった気がする。家の整理をするだけでこのざまだ。



 ――大丈夫、大丈夫。大丈夫だから。



 ――妻の実家も大分危ないようだ。最悪こちらに避難してもらわねば……





 そこから文章が途絶える。

 数ページに渡る空白の後、震えた文字で続きが綴られていた。





 ――妻が死んだ。



 ――妻の実家から親族の避難の手伝いをしている最中だった。

 妻が最後に思い出の品を持ち出そうと、家のドアを開けたところだった。



 ――何か、一直線に飛ぶ何かが見えた。その直後だった。



 ――凄まじい閃光と爆音。トラックの車内にいたのに、それは例外なく襲い掛かってきた。



 ――娘夫婦も、親族も無事だった。……妻は?



 ――混乱冷めやらぬ中、夢中で駆け出した。

 自分が無事だったのだ。目と鼻の先にいた自分が。なら妻も大丈夫なはずだ。



 ――嘘だ。



 ――嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。



 ページをめくる。何時の間にか残り数ページになっていた。



 ――妻が死んだ。建造物の下敷きになっていた。



 ――葬式を済ませた。ほぼ終わったとはいえ、戦時だ。簡易的なものにせざるを得なかった。



 ――戦争が終わった。家も庭も無事だった。でも妻はいない。



 ――どうしよう。どうすればいいのだろう。



 ――駄目だ。立ち止まってしまっては駄目だ。できることをしなくては……



 ――戦後処理が終わったらしい。賠償金などどうでもいい。自業自得だ。



 ――病院がまともに動いていない。病気にならないようにしなければ。



 文章の中で復興が進んでいく。

 この辺りはマーガレットも体験したことだ。既視感を感じることも多い。


 しかしページが進むたびに時間は過ぎる。文体が少し、明るくなった。





 ――娘が何時の間にか身重になっていたらしい。取り敢えず一発殴らせろ。



 ――冗談だ。冗談だとも。



 ――孫、そうか孫か。



 ――不思議な気持ちだ。娘が生まれた時とは違う感覚だ。



 ――君にも味わってほしかったよ。この感覚を。



 ――産まれた!男の子だ!



 ――久しぶりに嬉しい気持ちになれた気がする。



 ――やはり子供は偉大だ。





 そして遂に、ページは残り2枚に差し掛かった。





 ――腕が震える。歩くのも億劫になってきた。



 ――この日記も書き始めてから長い。何冊目になるのだろう?



 ――理由はわからないが、日記の整理を始めた。一冊にまとめるのは大変だ……



 ――何故一冊にまとめようとしているんだろう?しかし手は止まらない。



 ――完成した。拙い出来だが、自分の精一杯だ。



 ――装丁は娘に頼んだ。黒一色とはまた……





 最後のページ。

 そこには短く、こう綴られていた。





 ――ありがとう。









 ◆◇◆◇





「……どうだった?」



 紅茶を飲みながら聞いてくる姿に何故か腹が立つ。



「――これが『墓標』ですか?」



 声が上ずってしまうのを止められない。

 何故だろう。不思議と目の前の男に理不尽さを感じてしまった。



「ああ、墓標だとも」

「この本は、この人の人生でした。生涯を書き記した大切な――」

「――しかしそれに何か力があるわけではない」



 苛立ちを抑えきれずに吐き出してしまった。

 しかし彼は悠然と、淡々とマーガレットの勢いを止めていく。



「政治的重要性も、歴史的重要性も、何もない。

 読み解くことで何か特殊な力が芽生えることも、宝物への鍵になることもない」



 否定していく。彼女の激情を。

 いや、彼が、アレックス・フォン・ハーケンベルグが真に否定したいのはそれではない。



「これがコロンシリーズだ。

 これがコロニストだ。

 これが……本来の形だ」



 気付いた。気づいてしまった。彼は既にマーガレットを見ていない。

 何か。巨大ななにかを否定している。巨大ななにかを、睨みつけるように。



 ……しかしそれも直ぐに鳴り止む。



「……済まない。少々言い過ぎた」

「いえ……それは私もですから」

「……君の想いは正しい想いだ。その苛立ちは大事にしてくれ」



 少し気まずい雰囲気になってしまった。

 空気を入れ替えるように立ち上がったアレックスは紅茶のポットを手に取る。



「――詫びだ。それ以外にも読んでいくがいい。

 今日の間ならどれでも、好きに読みたまえ」

「へ!?」

「此処にあるのはどれもコロンシリーズだ。少なくとも読みがいはあるだろう?」

 私はその間に紅茶を淹れ直してこよう」



 思わず本棚を向いてしまう。

 これを?全部?好きに読んでいいなんて……

 子供の頃、親から聞いた噂の根本を自由に読めることに、喜ぶ前に慌ててしまう。



「ちょ、ちょっと、本当にいいんですか?」

「言ったろう。好きに読んでいいと」

「えぇ……」

「フフッ。まあ少しは落ち着きたまえ。

 人と違って本は逃げたりなんかしないさ」

「薄々勘付いてましたけど貴方性格悪いですねアレックス様!?」

「はっはっは」





 笑いながら彼は再び部屋の端のコンロへ赴く――――かと思われたその時。









 ――――バァンッ!!!





「――ッ!?」

「ん?」





 ――何かを叩きつける音と共に、談話室の扉が開かれた。





「――やっと開きましたわね。随分と手間を掛けさせてくれる扉だこと」

「……誰だ?」

「あら、知らないんですの?元管理者の一族とは思えないほど情報に疎いのね」

「貴女は……」

「あらあら!?まさかまさか、かのノーフォーク女侯爵がいらっしゃるとは思いませんでしたわ!」

「知ってるのか?」



 知っている。

 忘れもしない。忘れるわけもない。何せかつての商売敵(・・・・・・・)だ。


「ええ……彼女は元商売敵です」

「というと……あのブックなんちゃらとかいう連中か」

「ブックハンターです」



 昔の執事も何度か現場でバッティングしたらしい。

 因縁があるがないかは正直微妙だが……



「――ふ、ふふふふふ」

「……何が可笑しいんです?」



 笑い出した。唐突に。

 抑え込むような甲高い笑い声が談話室に響く。



「いえ?少々可笑しくなってしまってね。なにせ――





 ――そんな古巣のことを持ち出されるとは思わなかったもので」



 ……古巣?

 そんな、そんなことはない。ないはずだ。

 彼女はブックハンターとして名の売れた存在だった。随分と羽振りもよかったはずだ。

 辞める理由は無い。そんなリスクに手を出す存在じゃない。



「ん?古巣ということは、なんちゃらハンターとやらはもう廃業かね?」

「……ブックハンターですわ。

 ええ、ええ!あんな時代遅れな職業、こちらから切ってやりました。

 当然ですわよねぇ?リスクよりリターンを優先するのが最善手ですもの!」



 笑顔で手を振り上げる。

 唄うように、自分が世界で一番輝いている。そんな感情がありありと見えるほどに。



「では……君は何故此処に?

 ブックマスターを辞めたのなら此処に来る必要は無いように感じるが」

「だからブックハンターです。本当に興味無いんですね……」

「何なんですのこの男……」



 それにはまったくもって同意である。

 しかし確かに疑問だ。彼女が此処を訪れる目的。それが分からない。



「――でも目的ですの?……決まってるじゃあありませんの。

 コロンシリーズの回収及びコロニストの保護――





 ――あとは敵対者の始末、それだけですわ」





 笑顔。それまでの自尊心に満ち溢れた笑顔とは異なる笑顔。

 引き攣るような、歪んだ笑顔。

 そう、まるでそれは獲物を目にした肉食獣のそれで――――



「――宣言します」



 目は爛々と光っている。

 しかし向けられる者にとってそれは寒気を感じさせる冷酷な宣告に似ていて――



「アレックス・フォン・ハーケンベルグ。

 及びマーガレット・フィッツアラン=ハワード」


「貴方達を、正式に敵対者として認識しました。大人しく首を差し出しなさい」



 処刑人の如く、どこか厳格な神父を思わせる声色で宣告する。



「……あなたは、なにを」

「元ブックハンター『狼殺し』そして――」





 笑顔のまま、強者としての自信を露わにしたまま、女は告げる。





「現歴史書管理機構(・・・・・・・)所属。

 アマ―リア・フォン・エスターライヒ=トスカーナが直々に処刑して差し上げましょう。光栄に思いなさい?」





読了ありがとうございました。

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