第三話~マーク・フィスターの墓標~
遅くなってしまい大変申し訳ない……
「――Lost Archive」
「そうだ。此処がコロンシリーズの最後の居場所。
コロニストのもう一つの墓標でもある」
安楽椅子に座って虚空を見るアレックス。
想起するものは何なのか想像も理解もできないが、
何も知らない彼女には疑問を投げかけることしかできない。
「墓標、ですか?」
「コロニスト達が書き遺すコロンシリーズ。それがアーカイヴに渡る時は何時だと思う?」
「何時と言われましても……」
「こう言った方が正しいか」
椅子に腰掛けたマーガレットは思わず身震いする。
「コロニストはザックリと言えば、一生分の日記をつけることを義務付けられた人間だ」
「日記……」
「一生分の日記。毎日欠かさず記入するそれを、肌身離さず持っているだろうそれを――
――手放す時は、何時だろうな?」
椅子から立ち上がり、黒一色の本棚を眺めながら語り続ける。
「答えは一つ。コロニスト本人の死だ」
「それで墓標と表現するのは些か大袈裟では?」
「まあそうだろうな。これに関しては大分主観が入っている。
しかし長年コロニストとコロンシリーズに触れた人間の答えだ。一考の余地はあると考える」
それはそうだ。とマーガレットは納得してしまう。
目の前にいるのは知る限り最もコロンシリーズに近しい者だ。
知識と経験は計り知れないものがある。
「――といってもこれも答えの一つでしかないがな」
「へ?」
「時にはコロニスト本人が持ってくることもある。無論生者の状態で」
「そう、なのですか」
「しかし、大体は遺書のように運ばれてくることが多い。特にこのLost Archiveではな」
「それは何故……?」
部屋の円卓の縁をなぞり、安楽椅子へ再び腰を預けたアレックスは苦笑しながら答える。
「見ただろうが、既にこのLost Archiveは全盛期の機能の大半を喪失している。
割合で言えば……5%も無いだろう」
「え?」
「実際この空間……私は【談話室】と呼んでいるが、此処以外は既に廃墟だ。」
「喪われたというのは本当だったのですね」
「ああ。そのせいかアーカイヴ特有の引力というものが弱い」
引力?意味が分からない。
理解できない単語を耳に入れるマーガレットはその気持ちをそのままに首を傾げる。
「アーカイヴには引力のようなものがある。
コロニストを自然と惹き付ける……そうだな、昆虫が用いるフェロモンに似た何かが」
「アーカイヴにコロンシリーズを収めたいコロニストは、
その引力に引かれて此処を訪れる、と?」
「非科学的だがな」
「そうですね。にわかに信じ難いです」
「まあ帰巣本能のようなものだと思っておきたまえ。それが一番自然に近い」
帰巣本能。確かにそう言われるとそんなものなのかもしれない。
納得しておくことにしたマーガレットは先を促す。
「このアーカイヴはその引力が弱い。
そのせいかコロニスト本人が来ることがめったにないのさ」
――組織の連中も此処が死んだものだと思ってくれるから楽だがな。
円卓に頬杖を突きながら笑って言っているが目が笑っていない。
きっと触れない方がいい、嫌なことがあったのだろう。
次の話題を模索しようとするマーガレットだったが、ここでアレックスに変化が訪れる。
「……ん?」
「何かありましたか?」
「あー、いや……まあいいか」
頬杖を止め、安楽椅子に行儀よく腰掛けるアレックスの姿に疑問符が止まらないマーガレット。
それを傍目にアレックスは視線を上げ、ちょうど正面。
マーガレットと入ってきた入り口。重厚な雰囲気を発するドアを見つめている。
「えーと、アレックス様?」
「いい機会だ女侯爵殿。立会うことを勧める」
「立ち会うといっても……」
あの廃墟の螺旋階段を越えてわざわざ来る者などいるのだろうか……
そう考えるマーガレットを見透かしているアーカイヴの主は変わらぬ調子で。
その直後。
――ギィィィイイッ
「――お客様の到来だ」
◆◇◆◇
「――あ」
「!?」
「ようこそお客様。Lost Archiveへようこそ」
扉を開けて入ってきたのは年場も行かない少年。
アラブ系の血が混じっているのだろうか。
少し褐色気味の肌に黒髪が似合う、あどけなさの残る、気弱そうな少年。
この子がコロニスト……?マーガレットが怪しげな目で見ていると、
少年も目の前のアレックスだけでなく、もう一人女性がいることに気付いて顔を向ける。
「……どうも」
「へ!?ああ、ええと……はい」
自他ともに認める美人に見られて赤面する少年。
初心な反応に余計疑問符が絶えないマーガレットを端に、アレックスは話を進める。
「取り敢えず椅子に座りたまえ。紅茶とコーヒーはどちらがお好みかな?」
「お、お構いなく」
「遠慮せずともいい。どうせ疑問は尽きないだろう?
時間の許す限り君の質問に答えるための準備だと思いなさい」
「……じゃあ、紅茶で」
「分かった。マーガレット嬢は何がいい?」
「え?」
「女性の君にだけ何も出さないのは無いだろう?」
「あー……お気遣いありがとうございます。私も紅茶で」
なんだかんだアレックスの怪しい面しか見ていなかったマーガレットは
この意外な親切に驚いていた。
元とはいえ貴族の家系なのだからこういうこともできるのだと失念していたのを少し恥じる。
それから少し経ち。
三本の湯気が立ち昇る【談話室】に少年の声が響く。
「まずなんて言えばいいか……あ、自己紹介してなかった」
「焦らずとも良い。といっても此処に来る目的など限られた理由しかないがね」
「そうなんですか?」
「ああ、此処はLost Archive。談話室でもあり本棚でもある」
「本棚……あ、僕の名前はクリスです。クリス・フィスターです」
「私の名前はアレックス・ハーケンベルグ。此処の管理者だ。
そこの彼女は別件で此処を訪れている客人だ」
「マーガレットです。マーガレット・リヴェリントン」
「よろしくお願いします……」
年頃の少年らしく、恥ずかしいのかマーガレットと目が合わせられないようだ。
それでも自己紹介は欠かさないところを見ると、親のしつけが良いのが見て取れる。
「それで、本題なんですけど」
「君が持つ黒い本についてかね?」
「ッ!?」
「言ったろう。『此処に来る目的など限られた理由しかない』と。
大方君の身内……祖父母殿か誰かに此処へ行くようお使いを頼まれた。そうだろう?」
「なんで、わかるんですか?」
「本当に趣味が悪い……」
無垢な少年の慌てた反応を見て楽しんでいることがバレバレだ。
趣味が悪い人だと思いながら、それでも部外者であることに無心するマーガレット。
「……えっと。実は、そうなんです。
おじいちゃんからのお使いで、僕、此処は学校の行事で来たことがあったから」
「黒い本を返しに行ってくれないか。そう頼まれた」
「そうです!なんで分かるんですか?」
「この部屋に来るのはそういう理由の者しかいないからさ。
此処に来たということは、先に受付に返却しようと本を見せただろう。どうなった?」
「えーっと……見た後に中に入るように言われました」
「そういうことだ。その本は此処に入る鍵のようなものなんだよ」
「そうなんだ……」
黒い本。
その単語が出て思わずティーカップに向けていた意識を少年に向けるマーガレット。
この少年がコロンシリーズを?そう思う矢先、アレックスが語り掛ける。
「――話を戻そう。君のお爺さんはなんと?」
「はい……おじいちゃん、何時も公園で遊んでくれるんだけど今日は様子が変で。
この本を大事そうに持って、僕にお願いしてきたんです」
「『クリス。図書館に本を返しにいってくれないか。期限が過ぎてしまいそうな本があってね』って」
「それがその本?」
「はい」
背中にぶら下げたリュックサックから、見たことのある装丁の本を取り出す。
間違いない。コロンシリーズだ。
そしてマーガレットは薄々気付いていた。つまりこれは……
「理由は分かった。此処はLost Archive。
此処はその本の終着点であり墓標だ」
「ぼひょう……?」
「ああ、つまり……その本はそこの本棚の本なんだ。
見てごらん。どれも同じ見た目をしているだろう?」
周りを見渡す少年とそれを観察するアレックス。
「本当だ……じゃあ、そこにしまえばいいんですか?」
「ああ。君のお爺さんが持っていたその本は、此処に保管される」
「じゃあ、これ、お願いします」
少し不安になっていたが、周りにある同じような本を見たからなのか、
納得した様子のクリスは本を差し出す。
ページ以外全面に渡る黒いシンプルな装丁。コロンシリーズと呼ばれる本の一冊。
表紙には白抜き文字でただ一つのタイトルが。
『Mark:2032』
「……ああ、責任を持って、お預かりしよう」
――その時の彼の顔は、何故か少し悲しそうな顔をしていた気がした。
因みに今作のアレックスは拙作の「Alex:2032」「Alchemy:2039」のアレックスではありません。
正確に言うと並行世界のアレックスですね。OMNISにドはまりするかしないかが分岐点です。