寂しい発表と嬉しい発表、そして・・・
「だ、脱退するって、何よそれ!」
センジンさんの発言を見て、部屋の中に里奈の叫び声が響いた。
「おい!大きな声出すとお袋が驚くだろ!」
俺がそう言うと、全く納得はしていない顔だったが、とりあえず里奈は静かになった。とはいえ、正直俺も納得はしていないけどな。
そりゃあ、ゲーム内で顔を合わせるのは嫌かもしれないが、脱退は何か違うんじゃないか?
「はぁ、なんでこうなるんだろ・・・」
里奈のそんなため息と言葉に、俺はかける言葉が正直見つからなかったよ。
センジン「えっと、エリナ君大丈夫?」
姉貴からの反応が無いからだろう。センジンさんが様子を伺ってきた。
「大丈夫なわけねーよ。あんたの言葉で姉貴は止めをさされてるよ」
そう俺が代わりにキーボードに打ち込みたかったが、そうもいかないので、俺は姉貴の反応を待った。そしたら・・・。
センジン「えっと、話にはまだ続きがあるんだ」
「・・・続き?続きって何?」
「いや、俺がわかるわけがねえ」
続きって何だ?
エリナ「続きってなんですか?」
センジン「実はさ、ヨーロッパの研究機関から誘いを受けていてね」
エリナ「・・・は?」
センジン「もっと早く伝えるべきだったんだけど、中々君と話す機会が無かったものだから・・・」
「話す機会が無かったのは、姉貴が逃げ回っていたからだな」
「う、うるさいわね!」
センジン「それで、行くとなると数年は向こうに滞在することになる可能性がある。で、ブラックアースって、海外からのアクセスは禁止されてるでしょ?」
ああ!そういうことか!センジンさん、海外に転勤?になるから、ブラックアースに接続出来なくなるのか!
ブラックアースは、基本的に海外からのアクセスは禁止になっている。海外でもゲームサービスは展開されてるんだけど、サーバーが完全に別なんだ。なので、海外から日本のサーバーに接続する事は出来ない。
「なあ、センジンさん、大学でずっとお前にそれを話そうとしてたんじゃねーの?」
「ううっ・・・」
なのに姉貴がずっと逃げ回ってたから、センジンさんは仕方なくゲーム内で、第三者の助けを借りて、姉貴にそれを伝えに来たんだよ。しかも一瞬とは言え、俺もセンジンさんを疑ってしまった。恥ずかしいぜ・・・。
センジン「オフ会であんな事になったから、ゲーム引退する理由を誤解されたくなくて、団長にお願いしたんだ。ごめんね」
エリナ「・・・いえ、こちらこそすみません」
うっわあ、姉貴の奴、顔をまっかにしてすげえ小さくなってる。
しかしこれは俺の出る幕はなさそうだ。そういうわけで、俺はさっさと自分の部屋へと戻ることにした。今度は姉貴も引き留めることはしなかったよ。
部屋へ戻ると、燈色とのスカイポが繋がったままだった。
「戻ったよ」
「先輩!どうだった!?」
「ああ、大丈夫。問題ないよ」
「ホントに!?あー良かったあ・・・」
燈色は心底ほっとした感じだった。詳細は聞いてこないが、燈色にとっては里奈が大丈夫ならOKなんだろう。姉貴の奴、いい友達持ったよな。
団長「ああ、みんな、ちょっと発表があります」
俺が姉貴の部屋から出て、しばらく燈色と話していると、突然団長からアナウンスがあった。
団長「嬉しい発表と、寂しい発表です。どちらから聞きたい?」
アッキー「えー何それ?嬉しい発表だけでいいよ~」
千隼「私も~」
燈色「あ、私もそれで」
団長「ちょw君らw」
そりゃこんな聞き方したら、そうなるに決まってる。
団長「じゃあまずは寂しい発表から」
自由同盟のチャット欄は、団長の次の発言を待ってしーんとなっていた。
団長「センジンさんが長期のゲーム休止期間に入ります」
全員「ええええええええええええええっ!?」
センジン「え!?ちょっと待って団長!休止じゃなくて引退だって・・・」
千隼「ちょっとセンジンさん、引退とか休止ってどういう事!?」
団長とセンジンさんの言葉を聞いた千隼さんが、慌ててセンジンさんに詰め寄る。たぶん千隼さん、このまえのオフ会の騒動の事が頭の中をよぎったんだろうなあ。
団長「ちょっと待った!とりあえず全部話してから質問は受け付けるから!」
一旦そう区切ってから団長は話を続けた。
団長「そして嬉しいニュースは、センジンさんの論文がヨーロッパの研究機関に認められました!わーパチパチパチ!」
団長は一人で盛り上がっているが、みんなよくわかっていないのか、相変わらずチャット欄はしーんとなっている。団長・・・。
センジン「えっと補足するとね?僕が発表した論文が、ヨーロッパの同じような研究をしている人達から興味を持ってもらえてね。それで向こうから、現地で一緒に活動してみないか?って誘われたんだ」
一体どういうことなのかわかりかねているギルドメンバーに、センジンさん自ら説明を始めた。
いやもう、最初からセンジンさんが説明したほうが早かったんじゃねーか・・・。
千隼「あ、それでヨーロッパに引っ越すから、ゲームを休止とか引退って話に?」
センジン「そうなんだよ。ブラックアースて海外からの接続が出来ないからね」
センジンさんの説明でようやくみんが納得したようだ。団長の説明じゃ、なにがなんだかわかんねーよ。
団長「だからさっき説明したのに」
ダーク「あれじゃ誰もわかりませんよ」
団長「黒を制するのに?」
ダーク「関係ないでしょ!」
なんでここで黒を制するが出てくるんだよ・・・。
千隼「でもなんで引退?」
センジン「向こうに行ったら、どれくらいで帰ってこれるか全くわからないからね。ゲームを再開できるかも怪しいし」
千隼「そっかあ」
団長「いやでも、アカウントなんて、何年放置してもいいんだから、名目上「休止」にしとけばいいじゃん」
センジン「いやでも・・・」
団長「向こうでもブラックアースのアカウント作ってゲームすればいいし!センジンさんは深く考えすぎ!真面目なんだから~」
千隼「そうだよ。一時帰国する事だってあるだろうし、ふらっと顔出せばいいじゃないですか」
センジン「そう・・・かな?迷惑にならないかな?」
千隼「迷惑だなんてありえませんよ」
センジン「わかった。ちょっと考えさせて」
センジンさんはそう言って、その日はログアウトしていった。姉貴もその日は俺に愚痴って来ることは無かったよ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
とある日、俺がリビングでコーヒーを飲んでいると、姉貴がいわゆる「余所行き」の格好で2階から降りて来た。
「どっか出かけるの?」
「うん、谷崎先生の送別会」
「あ、向こうへの転勤?決まったのか?」
「まあ、厳密には転勤ではないけど・・・。向こうへ行く事は決まったって」
「そっか」
「それと明日、ギルドの人に挨拶したいから、出来ればログインして欲しいって言ってた」
「了解」
「じゃあ行ってきます」
そう言って、姉貴は玄関から出ていった。
まあ、あの様子だと、ちゃんとセンジンさんと話はしたんだろうと思う。最近は、以前のような浮かない顔をあまり見なくなったし、先生からの伝言も預かるくらいには会話出来てるんだろう。なんて話をしたのかは知らんけどね。
でもセンジンさん、ギルドへの残留はどうするんだろう・・・。
某月某日・ギルドチャット内
団長「ホントに!?」
センジン「はい。幽霊部員にはなってしまいますが、エリナ君とも相談しまして、しばらくはお世話になりたいと思います」
団長「いやいや、全然大丈夫だよ!そうか、エリナちゃんとも話が出来たんだね」
エリナ「その節は大変ご迷惑をおかけいたしまして・・・」
センジン「いや、ホント申し訳なかった」
団長「いやいや、二人でお話しできて良い方向に行ったなら、本当に良かったよ」
アッキー「でも、センジンさんが戻ってきたらギルドがなくなってたりして」
団長「ちょ!アッキーさん、それは洒落にならないからやめて!」
明海さんはなんつー事を言うんだ・・・。
たぶん、センジンさんと姉貴が話したっていうのは、この前の送別会の時だろう。話の内容は俺も知らないが、帰って来た姉貴の表情は、まるで憑き物が落ちたような感じだった。
ま、うまくいったんなら良かったよ。それにしても、相性が悪そうな二人だったけど、あんなオフ会でのトラブルがきっかけで問題解決するなんて、わかんないもんだな。
それから俺達は、短い時間だけど全員で狩りに出かけ、そしてセンジンさんはログアウトしていった。
俺がまたセンジンさんに会えるかどうかはわからないけど、これからも自由同盟のギルドメンバーであり続けることは間違いない。