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偽装?結婚

とりあえず、もう一話

すこし長めの話にしようと思ったけれど、短めで終わりそうです。

たぶん、次の更新は、もう少し先です。

 軽く髪を整え、エルサはアンドリーが待つ広間に向かった。白を基調とした大理石の床、大きなシャンデリア。そこで出された紅茶を飲むアンドリーの所作は完璧で、思わず見とれてしまうほどだった。

アンドリーは柔和な笑みを浮かべてまっすぐにユリアを見ている。そしてユリアも人好きのする笑みを浮かべていた。談笑する2人は絵になる。1人が王子で、1人がメイドなど忘れそうになるほど。

エルサは思わず声をかけるのをためらった。けれどアンドリーの側近であるレノがエルサの存在に気づいたのか、そっとアンドリーに耳打ちをした。すると、アンドリーはユリアに軽く手をあげ、会話を終了する。エルサを見て立ち上がった。その表情に先ほどまであった笑みはない。あからさまな態度に胸が痛くなる。けれどエルサは当たり前だと微苦笑を浮かべた。好きな人とのひとときを邪魔されたのだ。作り笑顔すら浮かばないのは仕方がない。

「…アンドリー王子、大変お待たせいたしました」

「いえ、女性は時間がかかるものだから。気にしないで」

 三代前、タレイトとルーモは平等だった。バスラ一家はこの国の王子と同等の権力を有するほどの財力と発言権を持っていた。けれど、時代は変わり、バスラ―家は今でも有力貴族の一つではあるが、王子と同等とは言えなくなってきている。だから、アンドリーの軽い返事に、エルサは深く頭を下げた。そんな姿にアンドリーは小さく笑う。

「婚約者なのだからそこまで最敬礼しなくていいよ」

「いえ、そういう訳にはいきません」

「…君は真面目だね」

 その言葉は褒め言葉の様で、しかしそれ以外の意味が含まれているような声色だった。けれどエルサはそれに気づかないふりをして笑う。

「エルサ、久しぶり」

「はい。2週間ぶりですね」

「変わりはないかい?」

「ええ。ありがとうございます。特に変わりはありません。王子もお変わりはありませんか?」

「俺?…うん、特にはないかな。ただ、…そうだな、少し…ここに来るのが、待ち遠しかったくらいかな」

 最後の方は小さな声に変わった。けれどきちんとエルサの耳に入る。そしてユリアの耳にも。それを聞いたユリアが小さく笑った。そんなユリアをアンドリーが見つめる。少し頬が赤くなった。2人の反応にエルサは少しだけショックを受ける。アンドリーがユリアを想っていることにエルサは気づいていた。けれど、2人が想い合う存在だったなんて。

「…そう…ですか」

 きっとユリアとアンドリーは結婚できないだろうとエルサは思う。身分が違い過ぎるのだ。王子という立場でエルサとの婚約を解消し、平民であるユリアと結婚すれば民衆の反発は必至だ。王子という立場に立つ以上、ユリアとの結婚は余計にできない。

「王子、わたくし最近、恋愛小説が好きなのですよ」

「…?そうなんだね」

 突然の話題変更にアンドリーは驚きながらも頷いてエルサの話を聞く。そんな誠実な態度のアンドリーには幸せになってほしいと思う。もちろんユリアにも。想い合っているのなら余計に。

「王子は、『公爵さまは残念な人』という小説をご存知ですか?」

「いや、すまない。あまり小説は読まないんだ」

「いえ、そうですよね。王子はお忙しいですから。…この小説はですね、身分差があるにも関わらず、公爵の熱意で、結婚したという話です。公爵様が男爵家の令嬢と結婚するため、誰にも文句を言わせないよう頑張り、ついには男爵令嬢の心も掴んで結婚をするというお話ですわ」

「…」

 エルサの話に、アンドリーはどこか怪訝そうな顔でエルサを見つめた。そんなアンドリーにエルサはさらに言葉を続ける。

「つまり、ですね、殿方が願えば、身分差などどうとでもなるのです」

「…エルサ、君は何が言いたいんだい?」

 どこか不機嫌な声色に、思わずエルサの肩が上がった。それもそうかもしれないとエルサは思った。アンドリーたちの場合、王子と平民だ。努力次第でどうにでもなる、とは言い難いのかもしれない。

「いえ…あの…」

「身分差の恋の話…それは私たちの話だと?」

「え?そ、そうです!私はそれが言いたかったんです」

「…俺の気持ちに気づいているのか?」

 そう言ったアンドリーは頬を赤くさせた。どこか照れたような表情に、この人はそこまでしてユリアが好きなのだなとエルサは思う。

 エルサは頭をフル回転させた。誰も傷つかず、皆が幸せになる方法を懸命に探す。三代前のタレイトとルーモが縛ったのは「婚約」までだった。結婚は自分たちの意志で行う。アンドリーが断れば、自分たちは長い婚約を反故にすることもできる。けれどそれをしないのはそうしたらユリアに会えないからだろう。民衆の支持を失わず、アンドリーとユリアが幸せになる方法。

「…そうだ!」

 思わず声に出た。そんなエルサをアンドリーが再び怪訝そうな顔をして見つめる。そんなアンドリーにエルサは笑みを浮かべることで答えた。「私と結婚し、側室としてユリアと結ばれる方がいいのでは」頭の中にそんな言葉が浮かぶ。

「王子、私と…結婚しませんか?」

「……はい?」

 数テンポ遅れて、アンドリーが聞き返した。その反応に思わず頬が赤くなる。言って、恥ずかしくなった。意図は別にあるにしても、結婚の申し込みをしているのだ。生娘であるエルサには高すぎるハードルだった。

「あの…その…結婚、です」

「エルサ、本気で言っているのかい?」

「ええ、…わたくしは本気です」

「…」

 視線がまっすぐに重なる。私はあなたの味方です、そんな思いをこめて、エルサはアンドリーを見つめた。沈黙が続いた。ひどく長く感じたが、きっと数秒のことであっただろう。

「ありがとう、エルサ」

 そう言って、アンドリーが一歩、エルサに近づく。その距離に驚き、けれどエルサの動きは止まった。アンドリーの長い腕がエルサの背中に回ったからだ。抱きしめられている、そう思ったのは、ぬくもりがエルサを包んだ後だった。

「ありがとう、エルサ。俺は幸せ者だな」

 本当に嬉しそうにそう言うアンドリーにエルサも嬉しくなる。ユリアに申し訳ないと思いながらも、エルサは反射的にアンドリーの背中に手を回していた。

「幸せになってくださいね」

「…?ああ、ともに幸せになろう」

 アンドリーの言葉に若干の違和感を思える。けれど、エルサは気にせず、笑った。

「ただ、今すぐ、というわけにはいかないよな。準備が必要だ」

「え?ええ、そうですね」

「結婚するということを周りにも伝えなければ。それから俺たちが住む家も欲しい」

 アンドリーの言葉にエルサは首を傾げる。どうしてそんなことが必要なのか。けれど偽りの結婚をするためには、周りにエルサとアンドリーが愛し合っているのだと伝える必要があるのかもしれない。確かに、平民であるユリアを側室と言えども近くに置くことには民衆の共感は得られない。だから、エルサと結婚し、そのうえで、ユリアと一緒に過ごすのかもしれない。ユリアはエルサの侍女である。それならば、結婚した後にエルサの身の回りの世話のためにユリアがともに新しい家に入ったとしても何の違和感もない。

『あれ?じゃあ、私はどうすればいいの?同じ家で仲睦まじい2人の姿を見ろって?』

 アンドリーに抱きしめられながら、もしかしたら自分はとんでもないお節介をやいたのではないかとエルサは一人、頭を抱えた。


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