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1.庭園の茶会

燦然と降り注ぐ朝陽が庭を明るく染め上げている。

鳥のさえずり、花の揺らめき、緩やかな時間で人を癒す庭園は、今は一人の少女のために存在する。


『薔薇姫』


 名は体をあらわすように。

幼いころから呼ばれ続けた名に恥じることのない成長をみせた今。


 庭を眺めて微笑むその姿は、愛らしさより

まるで花を従え君臨しているかのような艶やかな気品を纏っている


うっとりと庭に見入る彼女の視界に、見覚えのある姿が映り込む。

「?」

瞬きして、もう一度その姿を捉えると、驚いたように瞳が開かれた。

庭に面した回廊を、背筋をただし、大きな足取りで歩いて行く姿。


「…お兄様?」

 

  風がその声を届けたはずもないのに。

呟いた瞬間、一瞬、兄が視線を上げたように感じたのは。

きっと、そうであってほしいと思う彼女の願望。


「こんな時間に、お兄様どうなさったのかしら」

跡取りとして領地を治める父の仕事を補佐し、

また騎士として王城に詰める日が多くなっている兄が家にいることは珍しく。


首を傾げて、考える。


一日屋敷にいるならば、一緒にお茶をしてくださるかしら。

甘えたい気持ちが首をもたげるが、その気持ちを抑えるように

緩やかに頭を振ると、届くはずのない言葉を小さく囁いた。


「お兄様。おはようございます。」


 微笑んで姿のなくなった回廊から目を離した。




1.庭園の茶会



忙しない中見つけてしまった。


薔薇姫と呼んで愛してやまない妹がこちらを見つめる気配を。

視線があったわけではないが。一途にこちらを伺う様子は手に取るようにわかる。


きっと、かまってほしくてたまらないのに、その一言をいえずにいる妹。

目が合うと、子供の表情をすっと隠し消して、いつの間に覚えたのか、大人の目をして微笑む様がたまらなく切ない。


こちらが気づいていないと思うと、昔と変わらない全幅の信頼と敬愛を寄せる瞳。

守ってやりたい、幸せにしてやりたい、と自然湧き起るやわらかな気持ち。

戦の火種が擽る殺伐とした中で、

優しさをなくさなかったのは、妹の存在が大きい。


その妹が、可愛らしい我がままを口にすると叶えてやらないわけがない。


少し前の薔薇姫なら。


『お兄様、遊んで下さらないと拗ねてしまいますわ』

庭に続く階段を駆け降りて、取り繕うように優雅な礼をして。

仔猫のようなきらきらした瞳で見上げて、そう言うに違いなかった。


そんな気持ちを隠すようになったのは。

この間、だしてしまった夜会が悪いのだと、思い返しぎりと奥歯を噛みしめる。

 

「跡取様。」

自覚を促すかのような執事の呼び声に、一瞬小さく眉が動いた

「朝のお茶はおとりになってもよろしいですが、お昼の時間はおとりできませんね」

「……?」

呆けたように振り返り、言葉を探した。

普段から厳しい顔をより一層しかめて佇む執事をまじまじと見つめる。

「何かついておりますか。」

口元が緩んだ。薔薇姫に甘いのは何も自分だけではない。


『お兄様。お兄様っ』

さらりと捲った頁、記憶のどこかで妹の声がした。

書物に落とされた視線はそのままで、唇の端が僅かに緩むと、静かにまた頁をくる。

伸ばした指先がティーカップの柄を探して、石細工の机の上を彷徨う。

『お兄様』

日々、仕事に追われて、最近声など聞いていやしない。

探し当てたカップを持ち上げ、唇に寄せる。

視線は本の先を辿る一方、意識のどこかが、違和感を訴える。

 …ルー様

「ルー様」

はっきりした実音で呼びかけられ。ふと顔を上げる。

間近で、苦笑したように長年仕える侍女が声をかけた。

「姫様がお呼びでございますわ」


茶器を戻すと、陶器の触れ合う小さな音が生じる。

没頭していた「戦法」を閉じて、あきれたよう表紙をなで深く息を吐いた。

「お茶の時までこのような無粋なものを持ち込んでしまうとは」

自分に苦笑して、一面の花を揺らしてかけてくる少女の姿を探す。


「お兄様。お茶は召し上がりましたの」

幻聴だと思った柔らかな声音が耳に飛び込み、薔薇色の頬の妹が東屋をのぞきこむ。

たくさんの花を抱え込み。ふんわりと笑う仕草は。つい先日夜会で大人の仲間入りとしてお披露目したことを忘れさせるくらい。幼く愛らしいものだった。


「お兄様にお花を編んで頂きたくて。でも……お邪魔かしら。」

首を傾げるその愛らしい仕草と瞳に、目を細めて微笑むと。

 ゆっくりと石細工の机に本を置き、おいで、と呼びかける。


「まぁ、薔薇姫様。」

小さなさざめきが。庭園に控える侍女の間におこる。

咎める色はないものの。侍女の小さな困惑がルーに伝わった。


「かまわないよ。だれも言わなければね」小さく伝えると、了承した気配が返る。

余計な不安を妹にも侍女にも与えまいと侍女を遠くへ下がらせた。



差し出された花から、抜き取った一輪の薔薇を指先でくるりと回転させる。

『花を編むのは女子供のすることだ』

あの頭の固い当主は、騎士にあらざる行為を認めない。


 手にした薔薇に口づけて。彼女の髪にさし、笑みを浮かべた。


「お兄様、騎士様ね」


微笑む妹の頬にも口づけすると。残りの花を受け取る。


「そうだね」

きっちりと襟元まで制服を着こんだ姿。

家ですら息を抜く要素が一つも見られないルーは、

年の離れた妹の遊び相手を勤める、今この時ももちろん帯剣を解かない


騎士の鏡と国外にまで轟く彼の二つ名を、「光の騎士」という。


美しさ崇高さ規律正しさを讃えられ広まったその名と

細身のすらりとしたその体格と、母譲りの端整な顔立ちの絵姿が

国中どころか、諸外国にも出回っていることなど知る由もない妹は。


 騎士に似合わぬ、乙女の遊びで兄を独占する。


嫌がる節もなく、摘んだ花を拾い上げていくルーの指先も慣れたものだ。

 

 骨ばった指先は、器用にも花を編み出す才にも秀でて、

いくつもの飾りを作り出し、髪に首に手首に、そして服にと花をあしらって妹を飾り立てた。



「お兄様と、またお茶ができますように」

ガーベラを又一輪編み込む妹が、内緒のように花に囁いた。


 目を細めて、笑った。なんて愛しい。


ルーも願いを込めて、花を編む。

いつまでも、愛らしい乙女であるように。


人はいつ、大人になるのだろう。

知らず知らずのうちに、成長し。やるせなくなる。


つい先刻、部屋を訪ね庭でお茶を一緒にどうだろうと、声をかけた瞬間、破顔した妹。

素直に遊んでほしいとねだればよいのに遠慮した妹をしり、苦笑した。


 かなうならば。


優しい世界に閉じ込め、世の中の醜悪なものから目隠して、

美しいものだけを見せ、いつも笑顔でいてほしい


きっとそうして、隔離する。


夜会に連れ出した日、信頼できる人間が集う小さな夜会を選んだにも関わらず

片時も離れず、始終周りを威嚇した時のように。


 見守る兄の視線の中で、いとけなく微笑む薔薇姫。

いつか、この気持ちを見知らずの男に託すことができるのだろうか。


 最後の花をつなぎ止めたたルーの前に、白い小さな手が差し出される。

「お兄様、薔薇の焼き菓子でしてよ。」


甘い花の香りの中に、差し出された焼き菓子の香りが混じる。


その焼き菓子を受け止め用とした手がとっさに腰の剣へと伸び、振り返る


『異質なもの』


油断を悔やまないはずがない。

表情を失ったルーの傍に悠然と佇む人影


「やぁ。」


 穏やかに、声はかけられた。

…一度書いたものを消してしまいました。

だいぶ違う話になりましたが。とりあえず、一話目。


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