0.記憶
お兄様に薔薇をねだった一番初めの記憶は。
夜会に行くお兄様が用意させた薔薇が、お部屋のお花よりきれいに見えたから。
お食事のために階下へ降りようとしていたとき。
おでかけされるお兄様を見つけてしまって、お兄様遊んでくれなきゃ嫌よって
本当はいうつもりだったのに。
お兄様の後ろに薔薇をもって佇むつヴァレットを見たとき。
「お兄様、わたくしにその薔薇をください」
すべり出た言葉がかわっていた。
大玄関を今まさに出ていこうとしていたお兄様は振り返り。
首を傾けて少し微笑むと、ブーケを自ら持ち、早足で傍まで歩いて跪き
「どうぞ、お姫様」
にこりと差し出してくれた薔薇を無邪気にお部屋に飾ってもらった。
それから、夜会に行くお兄様にたびたび薔薇をねだるようになって。
いつだって、微笑んで差し出してくれた薔薇のブーケ。
いつからか二つのブーケが用意されていて。
お兄様はわたくしを薔薇姫って呼んでいつも笑ってくださるようになった。
お父様もわたくしに薔薇をくださるようになった。
でも、お兄様。
二つ用意された薔薇。
わたくしが欲しいのは。わたくしのために用意された薔薇だけじゃなくて。
その、二つの薔薇が欲しいの。
わたくしが、夜会に初めて出る時
用意されたしきたり通りの白い国花を一輪だけ抜き取り身に纏い
エスコートしてくださるお兄様に微笑んだ
「お兄様。わたくしに薔薇をくださいな」
わたくしは薔薇姫なのだから。