68.仕切り直し
対峙する魔王と俺の間に我が物顔で割り込んできたファールードが、片腕を上に掲げ厳かに宣言する。
「はじめるがいい。魔王とウィレムの一騎打ちを。俺が見届け人だ」
芝居がかった大げさな仕草で手を降ろし、ファールードはゆっくりと俺と魔王から距離を取った。
本当に何なんだあいつ……。偉そうに。
って余計なことを考えている場合じゃねえ。ファールードが要らないことをしたおかげで、魔王の欠けた腕が戻ってしまったし。
どうやって魔王を切り崩すか……。俺の状態は万全。さっき吹き飛ばされたダメージもすっかり元に戻っている。
他には、さっき出したシャドウ・サーバントもまだ発動中ってところだ。
翅刃のナイフを構え膝を落とした姿勢のまま魔王へ目をやる。
魔王は攻撃方法が多彩だ。魔法に格闘、そしてスキルと厄介なことにどれが来ても強力で嫌になる。
しかし、今のところ対処不能な攻撃ってのはなく、俺がしっかりとスペシャルムーブを使っていけば問題ない。
大魔法のような溜めが長い攻撃が来れば、隙を突いて一気に決めてしまえるのだが……。
俺の場合、魔王と対するなら先手を打つよりは魔王の攻撃を見てからカウンターを狙った方がやりやすい。
なんて考えながら魔王の様子を伺っていたら、彼女は両手斧を片手で軽々と掴み俺の顔を凛とした色の無い目で見つめてくる。
「ブレイブ」
魔王はブレイブを発動させると、右足から地面を踏みしめ一気に加速する。
ブレイブを多用し過ぎだろお。こういった力技で隙のないスキルが一番厄介だ。ブレイブが来た場合、俺ができることは……。
「超敏捷」
なんとか超敏捷の発動が間に合った。
その時既に魔王は俺を射程距離に捉え、左足で地を蹴り飛び上がる。
加速した勢いそのままに上段から両手斧を振り下ろしてくる魔王。
そんな大振りで真っ直ぐな一発であっても、超越した速度で振るわれたら脅威となる。しかし、俺も魔王と同じ速度域にいるのなら単なる大振りの一撃と変わらないぜ。
右に一歩ステップを踏み、魔王の攻撃をやり過ご――。
何! 魔王の肘と腰の関節が有り得ない方向に曲がり、振り下ろす斧の軌跡が直角に変化する。
対する俺は、咄嗟に翅刃のナイフを交差させ、魔王の攻撃を受け止めた。
――ギイイイイ!
高い金属音が鳴り響き、確かに俺は魔王の攻撃をナイフで受けた。
し、しかし。ブレイブで超筋力状態の魔王のパワーに圧倒され……お、押し切られる!
なあに、このまま受けきれなかったとしても俺の代わりにシャドウ・サーバントがダメージを肩代わりして消えるだけ。
力を込めるために大きく息を吐くが、なんとか切り伏せられないように体を捻るのが精いっぱいで、翅刃のナイフごと両手斧に吹き飛ばされてしまう。
な、何だと。シャドウ・サーバントはどうしたんだよ。
シャドウ・サーバントは変わらず俺と重なるように発動したままだ。
結果、俺は数メートル吹き飛び、ゴロゴロと転がったところでようやく体が停止した。
ぐ、ぐう。右手首がやられたな。
しかし、骨にひびが入った程度で動く。これなら何とかなるぜ。
一体、どういうことだ? シャドウ・サーバントが何故、仕事をしなかった……?
考えながらもすぐに立ち上がる。
「うお!」
追撃の手が速い! またブレイブを唱えやがったか。
魔王が横なぎに斧を振り払う。
それに対し、俺は何ら反応をすることもできずに魔王の斧を横腹に喰らってしまった。
しかし、この攻撃はシャドウ・サーバントがダメージを請け負い、俺の体は身動きさえしない。
ふうう、今度は発動したか。もしさっきみたいに何も仕事をしなかったら今頃、真っ二つになっていた……。
「ここは……逃げの一手だ。超敏捷!」
バックステップを踏み、巨木の幹を蹴る。
蹴った勢いのまま上へとジャンプし、枝を掴むとクルリと回転し枝の上に着地した。
「シャドウ・サーバント」
シャドウ・サーバントを準備し、赤ポーションを飲む。
む、むう。手首だけじゃなく、アバラにもヒビが入っているな……今の動きだけで脇腹がずきずきときた……。
登ったはいいがどうする?
ブレイブの連続使用で来られたらまるで隙が見出せねえ。
さっきの攻防で一つ分かったことがあったのだけは収穫か。
シャドウ・サーバントは攻撃を受けとめると例えダメージをこちらが受けるほどの攻撃であっても発動しない。
こいつは注意しねえといけねえ。シャドウ・サーバントで攻撃を受けさせるのなら、無防備で攻撃を受けないと確実に発動するとは言えない。
大事になる前にこの仕様に気が付いてよかった。
「お」
距離をとった俺へ魔王がどう動くのかと固唾を飲んで見守っていたら、どうやら魔法を唱えるみたいだな。
彼女は目を閉じ両手を頭の上に掲げ詠唱集中状態に入る。
これだけ構える魔法となると、クリムゾンフレア級の大魔法だろうが……チャンスだ。
「超筋力!」
翅刃のナイフを魔王へ向けて投擲すると共に、枝から飛び降りる。
一方、翅刃のナイフは唸りをあげて魔王へ迫っていく。
対する魔王は不動。詠唱を途中でやめず薄い左胸に突き刺さった。
これで倒せるとは思っていない。
その証拠にナイフが突き刺さったというのに、魔王はくぐもった声さえあげず、集中が乱された様子もなかったからだ。
追撃し、首を落としてやる。
地面に着地した俺は腰からもう一本のナイフを抜き、魔王へ向けて駆けた。
「行くぜ!」
両手に構えたナイフを魔王へ向けて左右から振りぬくと、シャドウ・サーバントも同じ動きで闇色に染まったナイフを振るう。
「ブレイブ」
「な、何!」
待っていたのか、俺を!
シャドウ・サーバントが解けるその時を。
魔王は詠唱集中などしてはいなかった。先ほどナイフを喰らったのも擬態。
ダメージを受けることで俺を騙し、いけると思った俺がナイフを振るうのを待っていたのだ。
俺のナイフが届く前に、魔王は体を少し屈め下からすくい上げるように拳を振るった。
ドスっと鈍い音が響き、俺のみぞおちに魔王の拳が突き刺さる。
すさまじい激痛と共に、肺に溜まった空気が全て吐き出された。
こ、これは内臓をやられたな……。意識が遠くなるのを堪え魔王の拳から逃れるように一歩下がり地面に立つ。
その時、魔王の左の拳が横から俺の頭に向けて飛んで来る。
朦朧とする俺にこれを躱す力はなく、それでも俺は腕で魔王の拳を受け止め力を逃がすように体を浮かせる。
――ビキキ……受け止めた腕から骨が折れる鈍い音が響き、俺は体を浮かしていたこともあり右側へ吹き飛ばされた。
「ぐう……」
受け身だけは取ることができたが、右腕は完全に使い物にならなくなってしまった。
更に地面に落ちた時の衝撃か受け身を取った時につかった左の肘に鋭い痛みが。
尖った石にでも突き刺さったんだろうかと様子を伺うと、割れたポーションの瓶が目に入る。
これは、さっきファールードが大量に魔王へ向けてばら撒いた緑ポーションか。
こいつを使えば傷が癒える……しかしすぐに魔王の追撃が来るはず。
まずは立ち上がらねば。
体が痛みを訴えているが、構わず立ち上がる。
確認している暇はねえ。
「流水!」
スペシャルムーブを発動し、次の攻撃に備え……。
あれ? 魔王がこちらへ目を向けるだけで追撃してこない。
直接攻撃をやらずに魔法で俺を灰にしようとでも思っているのかと言うとそうでもなかった。
魔王は恐らく学習している。俺に対し魔法を使うことは悪手だと。魔法は発動するまでが隙になる。
超敏捷を使わない相手なら対応のしようはあるだろうけど、俺のように超敏捷を使う相手に対し至近距離で魔法を使うのは斬ってくださいと言っているようなものだからな。
ならば、何故……?
魔王が迫ってこないとはいえ、ブレイブを使ったとしたら瞬きする間にどてっぱらに一撃を入れられる危険性はある。
俺はくぐもった声をあげながら、緑色の液体が入った瓶(緑ポーション)を三本掴みよろけながらも立ち上がった。
まだこないか。
なら、使わせてもらうぞ。
「シャドウ・サーバント」
バカの一つ覚えみたいだが、ことこの場において一番俺の命を守ってくれるのはこのスペシャルムーブ以外にない。
流水は相手の攻撃のタイミングに合わせねばならないから、ブレイブを使われた後だと間に合わないこともある。理由は簡単。俺が魔王の動きについていくために、超敏捷を使わないといけないから。
スペシャルムーブのコンボで超敏捷から流水に繋げることもできる。しかし、コンボは相当な集中力を要するんだ。
完全に待ち構える姿勢でないと、このコンボは使えない。一方で、シャドウ・サーバントなら発動さえしておけば、俺が自由に動くことができる。一発無効化の保証付きでね。
「来ないのか? 魔王」
シャドウ・サーバントを発動させることを妨害してくるかもしれないと警戒していたが、魔王はその場から動こうとしない。
完全な無表情で立ち尽くしたままだから、様子を伺ったところで彼女の心の内を推測することはまるでできなかった。
だから、魔王に声をかけてみたのだが、全く反応が無い。
来ないのなら……存分に使わせてもらおうか。緑ポーションを。
緑ポーションは傷を癒すポーションで、赤や青ポーションと違い経口摂取せず体に振りかけるだけでも効果を発揮する。
ここにあるのは最高級の緑ポーションだ。何故、最高級品だと分かったのかって? それは完全に澄んで透明感のある緑色だからだ。
ポーションは高級になればなるほど、濁った液体から透き通った液体になっていく。
こいつは綺麗な透き通った緑色……飲むと気を失うほどマズイ。
青は下級品からクソマズイが、赤と緑はそうでもない。しかし! 高級になればなるほどマズさが倍……いや数十倍になっていくのだ。
でも大丈夫。
傷を癒すなら体に振りかけるだけでいいからね。
ふふふー。
緑ポーションの瓶の栓をきゅぽんと抜き、右手首にドバドバと中の液体を流し込む。
続いて、肩から二本ほどポーションをぶっかけた。
うおおお。効く効くうう。さすが最高級品だぜ。効果は抜群。みるみるうちに痛みが引いていく。
ついでに赤ポーションも飲み、SPも回復させた。
「魔王。いいのか? 俺は完全に回復してしまったぞ?」
再度挑発するも魔王は動かない。
一方の俺はゆっくりと首と右首を回し体の状態を確かめた。うっし、バッチリだ。
しかし、ここまで魔王が動こうとしないのは不可解だ。
まさか俺の回復を待っていたわけじゃないだろうし……現にさっきはすぐに追撃してきた。今回俺を追撃しない理由はない。
となると……こいつか?
地面に転がっている大量の緑ポーションをチラリと見やる。
まさかこいつが苦手なのか?
魔王から目を離さずに膝を落とし、緑ポーションを拾い……懐へ。
左右の手に一本握り、すぐに取り出せるところに三本忍ばせた。
「来ないなら、こちらから行くぞ。魔王」
超敏捷をいつでも発動できるよう手を前に出した状態で、一歩、また一歩、魔王へ向け歩く。
五歩進んだところで、ついに魔王が動き出す。
彼女は目を閉じ、詠唱集中状態に入る。
ポーションを手に持つ俺を嫌がったのか? 魔法で一発かまそうと……いや、さっきと同じで罠か?
考えていても仕方ない。今のうちに距離を詰める!
「超敏捷!」
ぐぐぐっと足に力を入れ、爆発的に加速。一息に魔王へにじり寄ると彼女は目を開き俺へ向け手を掲げた。
「ファイア・バインド」
力ある言葉と共に魔王の手から幾本もの炎の蔦が伸び、蔦が網を形成する。
これもエルラインに見せてもらった魔法だ。
ファイア・バインドは炎の蔦でできた網がとんでもない速度で迫ってきて体を拘束するという効果を持つ。
この魔法は中級魔法なんだが、超敏捷状態でも至近距離からだと回避することができない。
なるほど。これを狙っていたってわけか。エルラインから注意すべき魔法と聞いていたけど、こんな細やかで相手を拘束するのみで致命傷を与えない魔法を使ってくるとは驚きだ。
いや、もし俺がこの魔法を使えたら多用する程度には使い勝手はいい。ファイア・バインドに拘束されると、まるで身動きがとれなくなってしまうからな。
拘束の効果は一定時間が経過するか、何らかの攻撃を受けるまで解除されない。
――だが、問題ない。
好都合。とても好都合だ。
俺は構えさえ取らずそのまま炎の網へダイブする。
炎の網が俺をからめとろうとするが……シャドウ・サーバントが俺と入れ替わるように身代わりとなって拘束された後、消失する。
更に、拘束対象がいなくなったことから、炎の網も消えた。
俺は何ら拘束を受けぬまま、魔王の腹に向けて拳を一発!
手ごたえあり!
魔法発動直後の一瞬の硬直状態にある魔王に俺の拳を防ぐ手立てはなく、俺の拳をまともに喰らった。
同時に魔王へ当たった衝撃で緑ポーションの瓶が砕け中の液体をぶちまける。
シャドウ・サーバントが発動するかは賭けだった。
しかし、もし発動せずともファイア・バインドでは致命傷を受けない。魔王の次の攻撃を「流水」で防御すれば脱出できるから、失敗してもなんとかなる。
もう一発!
俺は攻撃の手を休めず、もう一方の腕で魔王の顔へ向けて拳を振るう。
「ブレイブ」
ッチ。さすがに中級魔法だと硬直から立ち直るのが速い。
ブレイブが発動した魔王はあっさりと俺の攻撃を回避すると右足で俺の腹を蹴り上げた。
この距離では回避できるはずもなく、俺はまともに彼女の攻撃を喰らってしまう。
もう何度目だよ……ブレイブにやられるの……。
なんて心中で文句を言うが、そんなものは何の足しにもならず俺の身体は二メートルほど浮き上がった後、重力のままに鈍い音をたて地面へ転がった。
「う、うう……う……」
急いで顔をあげると、両手で腹を抑え眉をひそめ苦しそうな声をあげる魔王の顔が目に入る。
無表情かニタアと嫌らしい笑みを浮かべた魔王の顔を見て来たが、この顔は何か違う。うまく言えないが、人間ぽい顔?
美しい整った凛とした顔が歪むという見ていて気持ちいいものではないのだが、俺は彼女の顔に初めて生を感じた。
何が起こっているのか判断がつかないけど、緑ポーションは魔王を苦しめる効果を持っている。
ならばここは! 痛む体を無視して立ち上がると、ポーションを構え開いた方の手を複雑に動かした。
スペシャルムーブで一気に蹴りをつける!
「インファリブル……いや……」
スペシャルムーブを唱える手を途中でとめた。
そのまま投擲したところで、到達する前に魔王へ打ち払われる。こんな小さな瓶を壊すのなんて下級魔法のファイアでも十分だからな。
下級魔法ならば溜めもほぼなく、隙も生まれない。ここで貴重な緑ポーションを無駄打ちするわけにはいかねえ。
俺が逡巡している間にも、魔王は無表情に戻り腹から黒い煙をあげながら俺へ肉薄してくる。
対する俺は、緑ポーションを天高く投げた。続いて二本、三本と投げたところで、魔王が両手斧を俺に向けて振り上げた。