64.父さんな、漂流したんだ……
――その日の晩。
簡易的な大小さまざまなテントが立ち並び、それぞれがテントで寝る前の時間を過ごしている。
これだけ並ぶとテントから漏れるランタンの灯りが壮観だな。ここにはおよそ百名程度の人間が集まっているから、集積した物資の量もけた違いだ。
俺はと言えば、千鳥らに同じテントでと誘われたんだけど、父さんのところにいる。
父さんの寝泊まりしているテントは、床が八角形になるように棒を立て中央に支柱を地面へ突き刺し上から布を被せた作りになっていた。
中は広い。四人くらいなら余裕で寝泊まりが可能なほどだ。しかし、荷物や武器が無造作に散らばっていてこのままだと父さん一人が寝るだけでも一杯一杯といった様子。
少しは片付けろよなあ。俺の魔の森にある拠点は整然と整頓しているぞ。
どこに何があるか把握するのは重要だし、何でもかんでも使えそうなものは溜め込んでいたから整理しておかないとすぐに物で溢れてしまう。
父さんは大瓶に入った酒を直接煽りながら胡坐をかき上機嫌に俺へ座るように促す。
「ウィレムは飲まんのか?」
「普段は飲むけど、明日もいろいろやりたいことがあるしな。魔王が復活するまであと二日だろ?」
「一日の疲れを癒すのに飲むんだぞ。明日頑張るなら飲まんとな」
「……酒が残ると動きが鈍くなるじゃないか……全く」
「どうやらお前とは意見が食い違うようだな。まあいい。俺は飲む」
「既に飲んでるだろ!」
「そうかもしれん」
ぐびぐびと飲みやがって。
まあ、酒が入っていた方が父さんも喋り安いだろ。さっそく聞くとするか。
「父さん、トレーススキルを外れスキルって言ってたのは、俺の為を思ってのことなんだよな?」
「……すまん。お前には普通の道を歩ませたかった……」
父さんは途端に真顔になって俺から顔を逸らす。
頭をボリボリとかいて、再び俺へ顔を向けると俺の顔を真っ直ぐに見つめ頭を下げる。
「すまなかった。ウィレム。逆にお前が苦労することになるとは。トレーススキルは異端なんだ。お前が調子に乗り過ぎて破滅することも恐れた。普通の人生を歩んで欲しかった」
「そうか……もう何も言わないよ。納得はできないけど……許す」
「ありがとな。ウィレム」
父さんの顔を気恥ずかしさからまともに見ることができないが、きっと彼も同じような照れくさい顔をしているはずだ。
父と子とはいえ、男同士って普段からお喋りなわけじゃないしなあ……必要なことをボソボソっと話す程度だから余計に。
しかし、聞かねばならぬことがまだ残っている。
「トレーススキルのことは許す。でもな、父さん、俺をずっと放置していたのはどういうわけなんだ?」
「そ、それは言いたくないんだが……ダメか?」
「言ってどうにかなるもんじゃないけど、言わなきゃ始まらないだろ?」
「……仕方ねえな……」
父さんは首を振り、一気に酒を煽る。
大瓶に入った液体がどんどん減っていき……っておいおい一気に飲みすぎだって。
ぷぱああと酒臭い息を吐いた父さんはようやく話を始める気になったようだ。
「本当に言いたくないんだが、ダメか?」
「ダメ」
「っち。しゃねえな。一度しか言わねえからちゃんと聞いておけよ」
俺を放置した立場の癖に偉そうな。
少しムッとしたが、聞き逃さぬよう耳をそばだてる。
「ウィレム、お前は俺が行方不明になったとか聞いているのか?」
「うん。海の藻屑になって魚に喰われたって噂でな」
「あと一歩でサメに喰われそうだった。人間ってのは水の中じゃあ無力だよな……」
遠い目をする父さん。
この様子だと本当に船が沈んで死にかけたんだな。
おっと、父さんが続きを語り始めた。
「船が難破するどころか、船底を何か巨大なモンスターにやられちまってな。船が完全に沈み切る前に巨大なイカのようなモンスターはやれたんだが……」
「が?」
「船が大破してバラバラの木片になっていてどうしようもなかった」
「それって海のど真ん中で?」
「そうだ。島の影さえ見えん。木の板に捕まって丸二日漂流して……運よく島に辿り着いたんだ」
「よく生きていたな……」
その時のことを思い出したのか、父さんは苦々しい顔をすると更に酒を煽る。しかし、もう中身が入っていなかった。
「途中で雨が降って来たから何とかなった。もし降らなかったら死んでたな」
「悪運の強いことで」
「そんなわけで島に辿り着いたはいいが、どっちに進めば戻ることができるかもわからん。丸太で筏を作るにしても行き先が分からんとな……」
「船が通るのをずっと待ったのか?」
「その通りだ。そんで、戻って来たのがお前と会う二日前。大賢者から聞いていた日に近かったこともあり、急いで世界樹を見に行ったってわけだ」
「俺に会っていきなり気絶させることは無いだろうに……」
「そん時はお前がここまで強くなっているって知らなかったんだ。こんな危ねえとこほっつき歩きやがってと思う気持ちと何より……お前をこの戦いに巻き込みたくなかった」
「そうか……」
「モンスターを一匹でも世界樹に吸わせないようにそのまま世界樹のところに留まって今に至るってわけだ」
連絡できなかった理由は理解できた。
「分かった。父さん」
「おう」
立ち上がり、納得したように首を振る。
父さんも分かってくれたかと頷きを返す。
――そのまま納得するとでも思ったか?
そんなわけねえだろ。
拳を振り上げ、父さんの頬目掛けて振りぬく。
「おっと」
「ッチ。躱しやがったか」
「父さんをいたわれよ……」
「鉄の棒で殴ってもピンピンしているような父さんに遠慮する必要もないだろ」
腕を組みフンと息を漏らす。
対する父さんは困ったように頭をかき、空になった大瓶をひっくり返し瓶の口を舐めた。
全く……懲りない親父だよ……。
俺は呆れたように盛大なため息をつき、腰を降ろしたのだった。
◆◆◆
――翌朝。
ハールーンから貴族から派遣されてきた騎士を紹介してもらって事情を知る彼らから激励を受けたんだけど……言葉遣いが大仰で気恥ずかしくなってしまう。
貴族の人たちって格式ばっていて苦手だな……。
「ストーム殿! 我が主は貴殿の勝利を願うと。ささ、聖女様が祈願したサークレットになります。お受け取りください」
「ストーム殿! 伯爵は貴殿の勇気に深く感嘆し、褒章を約束すると伝えて欲しいと」
「ストーム殿! 騎士団を代表して貴殿の……」
あああああ。もう勘弁してくれ。ムズムズするう。
「ハールーンさん、後はよろしくお願いします!」
彼らから逃げるようにその場を立ち去る俺であった。
朝食の後、騎士団のみなさんを含め戦える連中は全て世界樹の巡回へと繰り出していく。
俺は昨日父さんから記憶したスペシャルムーブの研究だ。
俺の練習に千鳥が付き合ってくれて、あーだーこーだと赤ポーションをぐびぐび飲みつつスペシャルムーブを使う。
「ストーム殿、剣の舞なのですが……」
「ん?」
「これは動かせるのは剣のみなんですか?」
「武器であればいけそうだな。試してみよう」
「はいです」
剣の舞は見えない糸が伸びて剣に繋がると操り人形のように動かすことができるんだが……。
街で披露したらおひねりは間違いなしだと思う。しっかし、こと戦闘となるとなあ。動きが遅いのはまだいいとして、糸の操作に集中しなきゃなんなくて他のことがおろそかになるのが問題だ。
つまり、後ろから剣の舞で操った武器で襲い掛かりつつ、前から切り伏せるってことができない。
愚痴はともかく、千鳥が持ってきてくれた長柄の槍を動かせるか試してみるか。
◆◆◆
「剣の舞」
お、おおお。
俺だけに見ることのできる細い糸が伸び槍へ繋がると、操り人形のように槍を動かすことができた。
「お、おお。動かせるんですね」
「みたいだな」
「これなら、地面に槍を置いておいて足を引っかけるくらいには使えるかもしれませぬ」
「確かに……事前にトラップの一部として仕込むには使えるか」
使いどころが見つかっただけでも良しとするか。
「千鳥。ありがとう」
「いえ。あまりいい案が浮かばす……」
「そうでもないさ。次はシャドウ・サーバントを試す」
「はいです!」
なんてやっていたらあっという間に日が暮れた。
シャドウ・サーバントは出しているだけでもなかなかSPの消費が激しい。防御だけなら流水で行く方がSPのもちはよいな。
◆◆◆
この日の晩は、代表者たちが集まる会合にお呼ばれし対魔王戦についての説明を受ける。
出席していたのは、騎士団の幾人かハールーン、ファールード、父さん、商人の代表、冒険者ギルド代表のルドン、村雲、そして俺ってところだ。
議長を務めるのはハールーン。
アイテムボックスのスキルを持つハールーンとファールードが準備したのか、会場には立派な円卓が置かれていているだけじゃなく街から持ってきたと思われる街灯まである。
街灯は魔法を組み込んだ石が光る仕組みになっていて、とても高価だ。これを惜しげも無く七本も……この成金どもめ。
おっと、会場の様子を見ていたらハールーンが立ち上がり全員の顔をゆっくりと見渡し始めたじゃないか。
「お集まりいただきありがとうございます。大賢者の言によりますと明日、いよいよ魔王が復活します」
ハールーンの言葉に皆が静かに頷く。
静まり返ったままの会場を再度見渡した後、ハールーンが言葉を続ける。
「我々が確認しただけで、世界樹に吸収されたモンスターは二十体。そのうちSランクのモンスターが二体。Aランクのモンスターが十体含まれます」
思ったよりは少ないか。普段の魔の森は世界樹に近いほど強力なモンスターが巣くっている。
そう考えるとSランクをたった二体で留めたのはさすがだ。
「ハールーン。分かっているとは思うが、SSランクもきっと吸収されている」
父さんが手をあげて、嫌そうに告げる。
「分かっているとも。君が来る前に吸収されたモンスターが必ずいるはず。それらは世界樹近辺に棲息していたモンスター……つまりSSランクだろう」
「分かっているならいい」
「言われずとも、これから説明するつもりだったのだよ。全く君は歳を経ても変わらないのだな」
「何だと!」
「ほう? 何か?」
だああ。父さんとハールーンが険悪なやり取りを初めてしまった。
「父さん、落ち着いて。喧嘩をしに来たわけじゃあないだろ」
「父よ。早く話を進めてもらいたい。俺は座っているのが好きではないのでな」
俺とファールードの声が重なる。
思わず顔を見合わせる俺とファールード……。
何だか奴と声が重なったことにイライラしてきた。
「何かね? 直情のウィレムよ」
「何だと! 偉そうに座りやがって」
睨みあう俺とファールードへハールーンが割って入る。
「……落ち着け二人とも。私とスティーブは喧嘩などしていないさ。なあ、スティーブ?」
「……お、おうさ」
ハールーンと父さんの目が泳いでいるが、ここでファールードとやりあっても仕方ない。
大人な俺から手を引くか。
ふふんと余裕の笑みを浮かべてファールードを見やると、奴もニヤリと口元に笑みを浮かべて腕を組む。
や、やっぱりイラつくよ。あいつ。
「ハールーン。俺から説明しようか?」
微妙な空気になったところで、できる男ルドンが口を挟む。
ハールーンは彼の提案を受け入れ、続きは彼が説明することとなった。
「全員のレベルを申告してもらい、戦闘経験から判断して各人に順番をつけさせてもらった。手元の表を見てくれ」
お、そういや紙が一枚円卓の上に置かれているな。
どれどれ。
お、おお。これはすごいな。ここにいるメンバー全員がルドンがつけた強さ順に並んでいる。
ここにいないメンバーも個々人で乗っている人もいれば、騎士団とひとまとめになっているものもあった。
並び順だと……
一.スティーブ
二.ハールーン
三.エーリッヒ
四.ルドン
五.ファールード
六.ナイトハルト
と続いていく。
父さんがトップなのかよ。
あれ? 俺の名前がない。
「ストーム。お前さんは別枠だ。魔王に当たるのはお前さんだからな。さて、話を続けるぞ」
俺の視線に気が付いたルドンがこちらに目を向けるが、すぐに前を向いて続きを説明し始めた。
「まずは敵を全て把握する。それに当たるのはスティーブ、千鳥、村雲の三名だ。隠遁を使って調査をして欲しい」
「了解いたした」
村雲がここにいない千鳥にも伝えると合わせて返答する。
「くれぐれも魔王には近寄らないように頼む。『英雄』の射程距離が分からないからな。で、次だ。全モンスターを把握したら人員を割り振る」
「割り振るのはルドンへ任せることで依存はないかな?」
ハールーンが言葉を被せた。
冒険者ギルドの主にすぎないルドンが決めることに、騎士団のみなさんがどういう反応をするか心配だったが、意外にも彼らは否を唱えずあっさりと了承した。
まあ、事前に取り決めを行っていて、この場では確認しているだけなんだろうけど。
決戦前日になっていきなり相談なんてありえないしな。
「各人それぞれモンスターに当たってもらい、魔王からモンスターを引き離す。その後、いよいよ真打が登場ってわけだ。ストーム」
「分かった。ルドンの指示を待てばいいんだな」
「そんなところだ。他に質問はあるか?」
誰からも質問が出なかったので、会合はこれにて解散となった。
◆◆◆
――翌朝。
待っているだけなのも手持ち無沙汰だったから、ルドンにお願いして俺も隠遁で調査部隊の一員に加えさせてもらった。
魔王の姿形は分からないけど、魔王は人型で黒い霧に包まれたような存在だという。魔王らしき生物を発見したら、距離を取り信号弾を発射しろとお達しを受ける。
元々それぞれバラバラに動く予定だったが、千鳥は村雲と父さんに比べかなりレベルが落ちるため俺と一緒に行動することとなった。
そのまま魔王と戦闘になる可能性もあるから、赤ポーションは沢山懐に忍ばしてっと……。
ゴソゴソと赤ポーションを準備していたら千鳥が俺の元へやって来る。
「ストーム殿。準備はよいですか?」
「うん。あと一つ、こいつを持ったら終わりだ」
「了解です!」
「千鳥も念のためポーションは持っておけよ」
「もちろんです! ちゃんと持ちました」
よっし、なら行くとするか。
千鳥と一緒に俺は世界樹へ向けて進もうと前を向くと、お、千鳥。
「樹上を動くことができるようになったのか?」
「はいです! 練習しました故」
自慢げに鼻に指をやる千鳥。
じゃあ、俺も登るとするか。
太い幹を蹴り、一息に枝の上に乗る。
「じゃあ行くか」
「はいです!」
俺と千鳥は世界樹を目指し走り始めた。
お、遅くなりました……。時間が。