63.過保護
「いきなり物騒だな。ウィレム」
憎たらしいことに父さんは首をひょいと傾けて俺の渾身の一撃を躱しやがった。
今までどこほっつき歩いていたんだよ。本当に……俺は父さんがもう死んだものだとばかり……。
キッと彼を睨みつけるが、父さんは困ったような顔をするだけで。そんな顔で返されると恨み言を言い辛くなるじゃないか。
「父さん、俺……」
「すまん。ウィレム。お前を一人にしてしまって」
「父さん、俺さ……」
「お前のことはハールーンからだいたい聞いた」
父さんは俺をそっと抱きしめ、俺の頭を撫でる。
もう子供じゃねんだぞと反発しようとしたが、久しぶりに感じる父さんの暖かさに動くことができなくなってしまった。
「父さん……」
「ウィレム。。俺が言えた口じゃないが……よくここまで頑張ったな。お前は凄い。本当に父さんの息子かと思うほどに」
「そうだよ! 父さん。トレーススキルのこととかいろいろ言いたいことはあるんだよ!」
うがああっと勢いよく父さんの手を振り払い、彼から距離を取るとこれまで溜まったうっぷんを彼にぶつけようと……。
したが、誰かの声が割って入る。
「おやおや。相変わらず過保護なことだよ。スティーブ」
「ハールーン。息子との感動の再会に水を差すんじゃねえよ!」
声の主はハールーンだった。
彼が目に入った途端、父さんはバツの悪そうな顔になって悪態をつく。
しかし、ハールーンも負けてはいない。
「再会ねえ。魔の森で一度、再会したんじゃないのかな? 嬉しそうに語っていたじゃないか」
「あれは状況報告だ!」
「ウィレムは強くなったと言っただろう? 君の過保護っぷりは異常だよ」
「ふん。大賢者の情報から、誠に遺憾だがウィレムに戦ってもらわなきゃなんなくなった。もうあいつを遠ざけようなんて気はねえよ」
「はははは」
ん、父さんと俺が魔の森で会っていた?
「父さん! あの時俺を気絶させたのは父さんだったのか?」
「そうだ。お前をこの戦いに巻き込みたくなかった」
「もう俺だって子供じゃないんだ。全く……」
それならそうといきなり気絶させるんじゃなくて、「危険だから帰れ」とか言って欲しいもんだよ。全く。
「まあ、そう怒るなウィレム。済んだことだ」
「それを言うとしたら俺のセリフだろ。父さん」
「分かってる。ウィレム。もう戦うなとは言わん。後で俺と模擬戦をしよう」
「おう!」
めっこめこにしてやるぜ。父さんだからと言って容赦はしねえからな。
俺は暗い笑みを浮かべ両こぶしを打ち合わす。
◆◆◆
「やるなら何故俺とやらんのだ!」
「やるなら私とやろうじゃないか」
ファールードは俺へ。ハールーンは父さんへ同じような文句を呟く。
親子だなあと思いクスリと笑ったら、ファールードから刺すような目線で睨まれた。
二人のことはいいとして……正面を向くとまるで緊張感の無い父さんの姿。俺のことを舐めてるのなら幸いだ。さっき殴れなかった分やってやる。
「父さん、武器と道具は無し。スキルは有りでいいんだよね?」
「おう、そうだ。いつでも父さんの胸に飛び込んでこい」
父さん、それ少しセリフが違うから。
両手を広げ照れくさそうな顔をする父さんに若干の殺意を覚えながらも……先手必勝だ! 行くぜ。
指先を複雑に動かし構え――。
「超敏捷!」
言葉を発した瞬間、俺の体が加速し文字通り一息で父さんに拳が届く距離まで肉薄する。
「ほお、獣と随分戦ったんだな。ウィレム」
何か感心したように言っているが、構わねえ。
そのまま下からすくい上げるように父さんの水月へ向け拳を振り抜く。
今度は手応えがあったぞ。
俺の拳は父さんのみぞおちへ見事に突き刺さり、それに伴い父さんがくの字に折れ曲が……らねえ!
「油断大敵だ。ウィレム」
驚いたところで父さんの右足が飛んできて、俺の腕を打つ。
鈍い音と共に数メートル宙に浮いた俺は、なんとか受け身をして地面にゴロゴロと転がる。
あんのクソ親父。余裕だったのは何か仕込んでやがったからか!
起き上がり、父さんを見やるとムカつくことに肩を竦め余裕癪癪といった感じだった。
「ウィレム。トレーススキルを十全に使うには『ここ』が大事だ」
自分の頭を指先でトンと叩きそんなことをのたまう父さん。
そんなこと重々把握しているよ。
これから戦闘開始だというのに戦闘前に仕込んでやがったことが……こんのタヌキ親父め。
「その顔、このスペシャルムーブは知らないようだな。よく見ておけ」
「ああ」
模擬戦中だというのは分かっているけど、まだ見ぬスペシャルムーブをトレースする方がよほど大事だ。
ここはありがたく見させてもらうよ。父さん。
父さんは右手をグルンと回転させ、指先を影絵をする時の狐のように動かす。
「シャドウ・サーバント」
一瞬だが父さんの体に黒い影が重なりすぐに消えた。
あれがさっきの俺の攻撃を無効化しやがったのかな。
「それって、ダメージを肩代わりしてくれるのか?」
「それはこのスペシャルムーブの使い方の一つに過ぎないんだ。ウィレム。シャドウ・サーバントは発動している限りSPを常に消費する」
「それは使いどころが難しいな」
「確かに癖はある。しかし、シャドウ・サーバントは俺のオススメするスペシャルムーブのうちトップ三に入るんだぞ」
「ほお。どんなスペシャルムーブなんだ? 父さん」
「シャドウ・サーバントは次の攻撃をダブルにしてくれる。しかし、もしシャドウ・サーバントが攻撃をする前にこちらがダメージを受けるとダメージを肩代わりして消失する」
「……それは……使える!」
「だろう」
父さんは得意気に口の端をあげる。
確かにシャドウ・サーバントは使い勝手がとてもいい。SPを消費し続けるのはネックだが、流水と違ってタイミングを計らずともダメージを無効化できるし、攻撃を増幅することだってできる。
ふむ。じゃあ。一丁やってみますか。
「シャドウ・サーバント」
俺の体に黒い影が重なり、影はすぐに消失する。
「どうだ? SPの減りは感覚で掴めよ」
「おう。その辺は大丈夫だ」
しかしこれってさ。
「父さん、試しに石ころでもこっちに投げてくれないか?」
「分かった」
父さんは腰からナイフを引き抜き……って待て待て。まともに刺さったら危ないだろあれ。
俺が止めるより早く、父さんは力一杯ナイフを投擲する。
すると、父さんの姿がブレてナイフの形をした影が父さんの投げたナイフを追うように同じ軌道で飛んで来る。
え、ええい。
どっちにしろ同じだ。
「流水」
タイミングを見てナイフに触れる。
すると、俺の動きに合わせてシャドウ・サーバントが同じように腕を振り、ナイフの形をした影を止めた。
どうだ。発動させたシャドウ・サーバントは?
よっし、消えてないようだな。
ならば、次はこれだ!
腰から左右に備え付けた都合二本の翅刃のナイフを引き抜く。
「超筋力」
いっけえええ。
父さんに向けて力の限り二本のナイフを投擲する。
そして、予想通り俺の形をしたシャドウ・サーバントも二本のナイフの形をした影を投げた。
都合四本のナイフが唸りをあげて父さんに迫る。
「なんて酷い奴だ。しかし、流水を使った機転は悪くないぞ」
父さんは片手剣を構えると、不自然にゆらりと剣を揺らす。
さて、父さんはどう出るか?
俺なら超敏捷を使って伏せる。あの高さなら伏せれば頭の上を抜けていくだろう。
しかし、父さんは違うようだ。伏せる様子はない。
それならば、きっと何か企んでいるはず。記憶の準備はできている。さあ、見せてくれ!
「超敏捷」
父さんが呟くように超敏捷を発動させる。
なるほど、速度域を俺と同じにしてきたか。確かに超敏捷ならナイフの速度に合わせることはできるだろう。
しかし、ナイフは四本。そのままだと追いつかないぞ。
どう凌ぐ?
父さんは剣を左右に振り俺のナイフを二本いなす。ここまでは予想通り。
しかし影の形をしたナイフはどうだ?
彼は剣を振ったことで体勢が崩れている。そのままでは間に合わないぞ。
「パリィ」
しかし、父さんの体が瞬間移動したかのように元の腰だめの構えに戻るとあっさりと影でできた剣をはたき落としてしまった。
「なるほど……パリィか。どんな大技が来るかと思ったら」
パリィはスペシャルムーブの中ではSPの消費が極小で効果も薄い。
その効果とは、迫りくる攻撃を受けやすくする体勢に自動で体が動き、若干動体視力がよくなるってスペシャルムーブなんだ。
確実に攻撃を弾けるわけじゃあ無いのがなんともまあ中途半端なわけで……俺はパリィを習得したものの、数度しか使っていない。
「使いようってのをお前に見せたかった。パリィは地味なスペシャルムーブだが、発動がはやく、寝転んでいても剣を正面に構える体勢へ一瞬で移行してくれる」
「体勢が崩れた時に立て直すために使ったんだな」
「その通りだ。要は使いようってな」
なんだか戦いというよりは、研修みたいになってきたな……。
悔しいが父さんと俺じゃあ、戦闘経験に雲泥の差がある。彼も俺へ一つでも多く自分の経験を教えようとしているし、そうだな。うん。
「父さん、模擬戦闘はもういいや。意外なスペシャルムーブの使い方とか、父さんオススメのスペシャルムーブを教えてくれ」
「そうかそうか」
顎に手をやり無精ひげを撫でながら父さんはまんざらでもない顔になる。
この顔は懐かしい。彼は穏やかな顔で顎へ手をやりながらサバイバル知識を俺に教えてくれたもんだ。
父さんはその場でドカリと腰を降ろし、ふうと息を吐く。
「父さん、もう歳だから息が切れやすいんだな」
「まだまだ俺は現役だ! 座った方が話をしやすいだろ」
「どうだか」
クスリと笑い、俺も父さんの傍に腰かける。
彼はフンと鼻を鳴らすと口を開く。
「使い勝手のいいスペシャルムーブは、そうだな……さっき使ったシャドウ・サーバントにパリィ、そして超敏捷だ」
「超敏捷は確かに。俺も多用しているよ。超筋力も」
「超筋力は戦闘以外で便利だ。隠遁もな」
「確かに」
父さんも似たようなスペシャルムーブを使っているんだなあ。超敏捷は本当に便利だ。ヨシ・タツから記憶して以来、よく使っている。
俺が現状で三つ選ぶとしたら「超敏捷」「流水」「超筋力」あたりだな。しかし、シャドウ・サーバントはこれに並ぶほど使えると思う。
攻撃にも防御にも応用がきくから。
シャドウ・サーバントはこの後何度か使って練習しておくか。
「父さん、他に何か変わったスペシャルムーブってないの?」
「お前がどんなスペシャルムーブを記憶しているか分からんからなあ。変わったところを幾つか見せようか」
「うん」
父さんはおっさんくさく「よっこらせ」と言いながら立ち上がると、さっき自分で投げたナイフや転がったままの俺の翅刃のナイフを拾い、自分の足元に置く。
「まあ、曲芸だが……」
父さんは、そう前置きして足を開き両手を合わせた。
「剣の舞」
彼の言葉に応じ、足元のナイフが一人でに動き出す。
同時に四本のナイフが動かせるみたいだけど、動きもとろくてあまり使えそうにないな……これ。
「父さん、俺も試してみていいか?」
「おう」
父さんが手を握ると、四本のナイフは地面に落ちた。
じゃあ、俺もやってみるとしますか。
「剣の舞」
意識をナイフに集中すると、見えない糸でナイフと繋がっているかのように自由自在にナイフを操ることができる。
これは慣れが必要だな。父さんのように同時に四本は難しい。今のところ、意識を集中してやっとこさ三本同時操作が限界だ。
しかし、自分でナイフを振るう速度の半分くらいの動きしかできないから、使いどころが難しいな……トラップとか意表を突く程度か。
「他にもあるが、超敏捷で補えるからなあ。連続攻撃のスペシャルムーブや回避系のスペシャルムーブだとな」
「うん。超敏捷と超筋力を同時に使うと、ほとんどの攻撃系スペシャルムーブを上回ると思う」
「インファリブルショットは記憶しているか?」
「うん」
「そうか。じゃあ、ピアシングショットは?」
「それは記憶していないよ。名前からして弱点を突くスペシャルムーブかな」
「そうだ。ピアシングショットは硬い装甲でも容易に貫けるようになる」
おお。それはインファリブルショット(絶対必中)と相性がいい。
父さんにピアシングショットを見せてもらったところで、夕飯の声がかかったのだった。
◆◆◆
みんなを探す前に父さんとドンパチやってしまったから、食事を取る前に彼らの姿を探しに行く。
みんなはひとかたまりになっていたから、すぐに見つけることができた。
来ていたのは村雲、千鳥に加え、なんとトネルコの姿まであるじゃないか。
父さんをみんなに紹介して、全体が円になる感じで全員が座る。
「父さん、後で聞きたいことがあるんだけど……」
既に一杯やっている父さんをじっとりとした目線で見やり声をかけた。
「ん、何だ?」
「ここじゃあなんだし、二人きりのときに話をしたい」
「分かった」
問いただしてやらねえと。何で音信不通になっていたのかをな。
百歩譲ってトレーススキルのことをワザと外れスキルのように俺へ言っていたことは、納得ができないけど理解はできる。
でも、長い間一度も連絡を寄越さなかったことはきつく問い詰めないと気が済まねえ。
「ストームさん、ささ、飲みましょう」
俺の不穏な雰囲気を敏感に感じ取ったトネルコがエールの入ったジョッキを俺へ手渡してくる。
「ありがとう。トネルコさん」
「たまたまここへ来た日にストームさんに会うとは、嬉しい事ですな」
「トネルコさんはここへ何を?」
「ポーションを運んできたんですよ。ストームさんの分もちゃんとありますよ!」
「赤ポーションですか?」
「その通りです。赤ポーションの中級、上級も準備しています。なかなか数を集めるのに手間取りまして」
「おお、試飲してもいいですか?」
「もちろんです」
ポーションってやつは一度飲んでおかないと、いざという時に味がヤバすぎて飲めないとなったら困る。
値段が張るから勿体ないと渋っていざという時に使えないことが分かると本末転倒だ。
「ストーム殿。いろいろ持ってきました!」
「若。魚はござらんが、肉ならたくさんありますぞ」
千鳥と村雲が円の中心に食事を並べてくれた。
トネルコはトネルコで、自分のカバンから血のような深紅のポーションと、薄紅色のポーションを取り出し「これです」と俺へ手渡してくれる。
「まずは食べようじゃないか。ウィレム」
父さんは二杯目のエールをグイグイ飲みながら、骨付き肉を手に取ったのだった。