62.クリムゾンフレア
誤って完結表示にしておりました。
最後まで書く予定です。大変失礼いたしました。
時を置かずにエルラインを中心に赤い光で描かれた魔法陣が出現し、下から上へ風が流れ始めた。
風によってエルラインのローブや髪の毛が上へと煽られ、これから起こる魔法の凄まじさを感じさせる。
更に風が強くなっていく。もはやこれは暴風と言ってもいいだろう。
その時、エルラインは目を開く。彼の目が赤く輝きを放ち――。
「ものすごい魔力の流れを感じるです!」
千鳥は魔力に圧倒されたのか、その場でペタンと腰を落とした。
彼ほどではないが、俺以外の仲間はみんな一様に後ずさっていく。
「これは物凄い。これほどの魔力が必要なのか」
にゃんこ先生もたまらんとばかりに目を細め髭を震わせる。
魔力が感じ取れるっていいよなあ。この中では俺以外みんなMP持ちだから……。
「行くよ。ウィレム」
俺の名を呼び、エルラインは杖を天へと掲げた。
「クリムゾンフレア」
エルラインの力ある言葉と共に、彼の頭上に赤い小さな球体が現れる。
それはみるみるうちに膨張し、直径が十メートル近くまで成長した。
続いて、球体が赤く染まり、ぼこぼことマグマのように脈打ちながら、バチバチと稲妻が渦巻き始める。
こ、これはやばい感じだ。
思わず身構えた時、エルラインは右手を広げ握りつぶす。
すると、球体が上空へ登って行き……弾けた!
眩いばかりの赤の光の波が天を染め……次の瞬間、赤が爆発する。
上空二十メートル以上で爆発したにも関わらず、ここまで熱を感じるぞ。
凄まじい威力だ。これだけ範囲が広ければ躱すことは不可能だな……タイミングを見て「流水」……しかないか。
魔王にこの魔法を放たれたことを想像し、ゴクリと喉を鳴らす。
「ま、魔法ってこんな破壊力あるのか……範囲が広すぎる」
驚く俺へにゃんこ先生が髭を撫でながら目をぱちくりとさせた。
「ストーム君。アレは例外中の例外だよ。広範囲に広がる魔法は少ない」
「そうなんですか?」
と言っても、少ないとか多いとかは問題じゃあない。魔王が使うのだから、この魔法……クリムゾンフレアだったか……も考慮せねばならない。
これ、火災も起きるよな……きっと。
撃たせないのが一番だが、発動前に潰すのはリスクも高い。どうしたもんかなあ。
「まさかクリムゾンフレアを見ることができるとはね。いやあ、噂に聞くよりすさまじいものだね」
にゃんこ先生はうむうむと頷いている。
「こんな魔法をポンポン撃たれたらたまりませんって」
「うむうむ。クリムゾンフレアは攻撃魔法に絞るのなら、最高峰中の最高……文句なしのSSランクだね」
にゃんこ先生の喜ぶ姿を見るのは和むんだけど……武器での戦闘と魔法はやはりまるで違う。
「溜め」が長い分、威力が強力ってところだな。
おっと。ついついにゃんこ先生と話し込んでしまった。
エルラインは……いつの間にか椅子とテーブルを出して優雅に紅茶を飲んでいるじゃねえか。
「エルライン、見せてくれてありがとう」
「躱せないといった理由は分かったかい?」
「うん。発動されたら最後、回避不可能だ。アレは」
「実際はあの球体が君に向けて飛んで来るからね。さっきは上空へ動かしたに過ぎない」
「うへえ……」
「あともう一つ君に魔法を見せたいところだけど……」
「ん?」
「少し休ませて欲しい」
エルラインは見た目こそ涼やかなものだったけど、さっきの魔法は彼ほどの者であっても負担が大きい大魔法ってことなんだな。
ありがとうと心の中で呟き、暖かい目で彼を見ていると……。
「何だい? その顔は。やろうと思えばもう一発撃てるよ?」
「いや、いいから! 休んでくれ」
全く、強がりなんだから……。
「……君、何かよからぬことを考えてないかい?」
「いや! そんなことはないって!」
これ以上エルラインを見ていては、彼がご機嫌斜めになってしまう。
俺も少し休憩するか。
◆◆◆
休んでいる間にクリムゾンフレアを習得するにはいかに大変かをにゃんこ先生に熱く語られてしまった。
何やら元素魔法全種類に精通した上で更なる研鑽が必要だとか……。習得するだけでも超長期にわたるなあ……MPの消費も激し過ぎて並みの魔術師じゃあMPが足りないのもネックだと。
「お待たせ。じゃあ、次は勇者の得意な魔法かな」
エルラインは立ち上がり、杖をクルリと回転させる。
「おう。勇者かあ……あれだけのスキルを持ってるのに魔法まで使うんだな」
「そうだね。一応、人の中で最高峰の存在と言われているし、まあ、魔法くらい使うよ」
「そっか……」
さらりと嫌な情報を……。
絶句する俺をよそにエルラインは涼しい顔で言葉を続ける。
「彼女が得意だったのは、戦闘をサポートする魔法だね。彼女自身、剣での戦いが得意だったから」
「サポートかあ。超筋力みたいなやつかな」
「それはブレイブがあるだろう?」
「そ、そうだよな。ブレイブ……」
とんでもスキルその一のことを忘れてた。
「大丈夫かい……全く。で、彼女のよく使う魔法はアニメイト魔法だよ」
「へええ」
「アニメイトは木を操る魔法さ。例えば、枝をしならせてけん制したり、足場を作ったりね」
「おお。それは確かに剣での戦闘の助けになる!」
「うん。アニメイトはどんな効果の魔法か分かればそれでいいだろう?」
「うん」
あれ? じゃあ別にエルラインは休む必要なんて無かったんじゃ……?
「魔法に関しては本当に察しが悪いね。君は」
「そうは言われても……魔法のことは分からないからな」
腕を組んでため息をつかれても困る。
「ストーム殿。エルライン殿は魔法を見せるために休息したのです」
困る俺へ千鳥が心配するように割って入ってきた。
いや、それは分かってんだけど……あ、そういうことか。
「エルライン。確率が低いのかもしれないけど……他の魔法も見せてくれないか?」
「クスクス。そうだね。せっかく外にまで来たんだし。いくつかの攻撃魔法を見せようか」
子供っぽい笑い声をあげ、エルラインはすっと立ち上がった。
言い方が素直じゃないんだよなあ。もう。
皮肉を口にしつつもエルラインは強烈な破壊をもたらす魔法をいくつか放ってくれた。
その中にはジョーカーと言って差し支えない魔法もあったのだから、冷や汗が止まらない。
それはミリオンサンサイズという魔法で、小さな火砕流が目標に向けてアラレのように襲いかかってくるものだ。
一撃一撃は致命的ではないが、巻き込まれたらひとたまりもない。
超連続攻撃という特性上、流水で凌ぐことは不可能。もしこの魔法を放ってきたら、幸い対象範囲がエリアではなく人一人分なので、ダメージを受けながら超敏捷で逃げ回るしかないな……。
全く……魔法ってやつはホント面倒だぜ。
この後、戦闘人形と戦ったが、死ぬかと思った……。
スピード、パワーまで増してるし、硬いのなんのって。しかし、こいつと戦闘訓練をすれば俺の武芸技術もメキメキと向上しそうだ。
相手としては、これまで対峙したモンスターの中でベストかもしれない。一回戦うともうやりたくねえと思ってしまうのはご愛敬ってことで。
翌日、用事が無くなったにゃんこ先生は道中エステルへ魔法を教えながら帰ることになった。
護衛には村雲と千鳥をつけ、俺の元にはカラスだけが残る。
俺は言えば、エルラインがだいたい魔王が誕生するまでの日数が分かるので、ここで出来る限りの修行をすることになった。
◆◆◆
――七日後。
ウィスプから稲妻が同時に六発放たれる。それと呼応するように戦闘人形が弓で俺を狙う。
ここは……上だ!
両足でしかと地面を蹴り上げ高く跳躍すると、稲妻が四発足元を抜けて行く。
両手に持った翅刃のナイフを振るい、残り二発の稲妻を叩き落す。
しかし、矢が二連で迫る。
これを体を捻り足で矢の腹を叩き凌ぐ。
「超敏捷!」
着地するや超敏捷っを発動。
今度は前向きに飛び上がると、直線状にいたウィスプを踵落としで仕留める。
つま先が地面に触れた瞬間に翅刃を振るいウィスプをもう一体。
その時、後ろに風圧を感じ……戦闘人形の剣だな。
俺は後ろを見ないまま、ナイフを投擲し、振り向く。
ナイフは見事、戦闘人形の眉間に突き刺さり、奴の機能を停止させた。
ここまで来たら後は楽勝だ。
あっさりと残りのウィスプを潰し、戦闘が終了した。
「ふう……」
「慣れて来たようだね。続けてもう一回行くかい?」
「え、あ、いや……」
さすがに戦闘人形とウィスプの同時を連戦したら身が持たない。
「骨龍を出そうと思ったのに。残念だよ」
「……鬼畜だ……」
エルラインは飄々と言うが、骨龍とはもうやらないと彼に伝えたのが昨日のこと。
骨龍はモンスターランクSだと聞いているが、異常にタフなんだよ。龍と名がつく通り、見た目は骨格だけの巨体を誇る龍なんだがブレスも魔法も使わない。
全身の骨が刃のようになっているから、それを使って体当たりや骨でできた羽の骨格やらで攻撃してくるんだがモンスターランクSとしては物足りなさを覚えるほどだ。
動きも追えないほど早くないし……しかし、こいつをモンスターランクSたらしめているのは無尽蔵ともいえるタフさなんだよ。
骨を完全に砕ききるまで動きを止めないもんだから……朝から昼食も食べずに夕方まで戦うことになってしまった。
嫌そうな顔をする俺へエルラインは子供っぽい笑い声をあげ「冗談だよ」とうそぶく。
「ちょっとこっちに座ってもらえるかな?」
エルラインは洒落たテラス用の椅子を中空から出現させると、執事のやるような優雅な仕草で椅子へ手を向けた。
彼の言う通りに椅子へ腰かけると、「そのままじっとしていてくれ」と言われる。
「手を」
「うん」
手を差し出すと、エルラインが両手で俺の手を握る。
冷たい……彼の手は死人のように冷たく鼓動も感じ取ることができなかった。彼の手に触れてようやく俺も彼が死人だと実感する。
「ステータスを見るよ」
「おお、スキルが無くても見えるんだ?」
「スキルだけど?」
待て待て。またため息をつくんじゃない。
エルラインがステータス鑑定ができるなんて聞いてないから。初めて聞く話にため息をつかないでもらいたい。
そこまで考えて俺はエルラインのスキルを改めて考える。
オールワンはこの世の全ての情報を閲覧することができるスキル……あ、そういうことね。
「ステータス鑑定と異なり、君の目にステータスは映らないよ」
「エルラインには見えるってことかな?」
「うん。君のレベルは九十八まで上がっている。まあ、ここまで上がればレベルは問題ないと思うよ」
「レベルって百までなのかな?」
「そうだね。レベルはあくまで自分の身体能力や耐久力……SPやMPを高めるに過ぎない。過信は禁物だよ」
「分かってる。あいつとの戦いで思い知ったからな……」
「ふうん」
ファールードだよ。あいつと戦って、レベルは最低限満たしておかなきゃいけない条件に過ぎないと思い知った。
俺の場合、スペシャルムーブの組み合わせ、使いどころ、機転が肝になる。エルラインの戦闘訓練があって、敵に対する対応能力は格段に上昇したしな……。
しかし、最後は結局のところ「トレーススキル」が俺の頼りになるんだ。
「それはともかく……君の修行は間に合ったね。リミットまであと三日くらいだよ。もう森へ行くかい?」
「うん、魔の森へ到着するまで馬を使っても、二日はかかるから明日、日の出と共に魔の森へ向かうよ」
「途中までは送ろう」
お、おお?
何か移動手段を持っているのかな。彼のことだから、俺が思ってもみないもので送ってくれるのかもしれないぞ。
少しワクワクしてきた。
「いろいろありがとう。エル」
立ち上がり、エルラインに握手を求める。
しかし、エルラインは珍しく顔を背け俺の手を取ろうとしない。
「エル?」
「……僕をその名で呼ばないでくれ。酷く……懐かしい気持ちになる。君は少しだけ……似ているから」
「そ、そうか。ごめん。エルライン」
親しみを込めて呼んだつもりだったけど、裏目に出たようだ。
「いや、これは僕個人の問題だ。すまないね。ウィレム」
「い、いや……俺こそ無神経でごめん」
エルラインは俺の手を握り、開いた方の手で俺の肩をポンと叩く。
◆◆◆
――翌朝。
な、なんと。俺は今……空を飛んでいる!
いや、もちろん人間たる俺には翼なんて無いから自力で飛んでいるわけじゃあない。
じゃあ、何かというと――。
なんと、飛竜の背にのって空の上ってわけなんだよ!
すげえ。すげえ。
大地があんなに小さく見えるなんて。吹き抜ける風が心地よい。肩にとまったカラスの爪が微妙に痛いのだけが玉に瑕だけど。
「ウィレム。はしゃぎ過ぎだよ」
あきれたように手綱を持つエルラインが後ろを向いたまま振り向かずにそう言うが、これでテンションが上がらないってのがおかしいって。
「まさか、空から行くなんて思ってもなくてさ!」
「これが一番早いからね」
「この飛竜ってエルラインのペットなんだよな? すげえ。すげえよ」
「全く……」
飛竜はエルラインの使い魔らしく、とてもお利口さんなんだ。
俺がリンゴを手の平に乗せて口笛を吹くと、そのまま口から舌を出してリンゴを食べるんだぜ。
いやあ、あの時は感動したなあ。肌ざわりもひんやりして気持ちいいし。
うわあうわあと言っているとすぐに魔の森の入り口にまでついてしまった。
ここでエルラインと別れ、俺は一人魔の森へ向かう。
既にエルラインから得た魔王の情報は魔の森で頑張っているハールーンらには伝わっているし、千鳥と村雲も魔の森に行っていることも俺に伝わっていた。
情報伝達は万全。聞くところによると、ハールーンらの首尾も上々らしい。ここまでは順調。後は魔王をいかに仕留めるかだな。うん。
深層に到着する頃には日が落ちて来ていたが、完全に暗くなる前にハールーンらが構築した拠点にまで到着することができた。
えっと、みんなはっと……きょろきょろと様子を伺っていたら……あ、あの男は。
長身痩躯でぼさぼさの黒髪に無精髭の中年で、モンスターが蔓延る深層にいるにも関わらず地味な衣服しか身に着けていない。
どこか飄々とした目つきの悪いあの顔つき……俺の記憶より多少老けているが間違いない。
「父さん!」
大声で叫び、彼の元へ駆け寄り――。
「ウィレムか」
――懐かし気な顔をする父さんへ向けて拳を振り上げ頬に向けて振りぬいた。