61.魔法のお勉強
持ってきたパンに肉と野菜を挟みもぐもぐしていると、にゃんこ先生の講義が始まる。
穏やかな口調でゆっくりと語り掛けるように講義をするにゃんこ先生はさすが教壇に立つ人って感じで聞いていてとても分かりやすい。
何かあるとすれば、口が動くたびにピクピク動く長い髭が気になって仕方がないってことくらいか。さ、触りたい……。
……。
ハッ……。俺は何を。
「――と魔法にはそれぞれ種別があり、大雑把に言うと同じ種別に含まれる魔法であれば学びやすい」
魔法は一つ一つの呪文ごとに学ぶ必要がある。それぞれの呪文は召喚魔法とか元素魔法とかいろいろカテゴリーがあるとのこと。
同じカテゴリーの魔法は似たようなのが多いのかと言うとそうでもない。
俺の認識と随分違うところもあったから勉強になるなあ。
にゃんこ先生から聞いたざっくりとしたところではこんな感じだ。
・召喚魔法
文字通り生物・非生物を問わずに召喚する魔法である。高度になると空間を制御するスキル「アイテムボックス」のような魔法もあるらしい。
といってもアイテムボックスほど万能に空間を制御できるわけではないみたいだけど……。このカテゴリーの魔法は全て難易度が高く習得が大変とにゃんこ先生談。
・元素魔法
元素魔法という名前は総称で、八つのカテゴリーに分かれる。
曜日プラス風と覚えると覚えやすいとにゃんこ先生のアドバイスだ。
四大元素……地水火風に加え、木、金、月、日(太陽)とそれぞれを象徴する魔法を使いこなす。
ここで大きな勘違いがあったんだよ。回復魔法はあるが、回復魔法というカテゴリーは無いんだ。
水魔法の中に先ほどエルラインが使ったキュアがあり、月魔法や土魔法、木魔法にも回復呪文が存在する。
俺のような素人にとっては、体を癒すものは全て回復魔法という認識だけど、魔法学の見地からは水や土魔法にカテゴライズされる一部の呪文なんだってさ。
・精霊魔法
精霊を使役しあれやこれややってもらう魔法になる。
召喚魔法と元素魔法と結果としては似た効果を発揮するのだけど、過程が違う。
例えば、炎がある場所には炎の精霊が目には見えないけど存在するらしい。火の近くで精霊魔法を使い、火の精霊へ「お願い」することで何かを燃やしたり、はたまた精霊が直接モンスターと戦ってくれたりする。
召喚魔法と異なり、元からそこに精霊がいなきゃダメだし、火魔法のように必ず発動するわけではなくあくまで「お願い」を精霊が聞いてくれなければならないと扱いの難しい魔法という印象だ。
「お願い」を勘違いされてとんでもない効果を発揮されたらたまらんしなあ。
・死霊魔法
別名ネクロマンシー。魔術師ギルドで学ぶことができない唯一のカテゴリー。
死霊魔法のスキルを持つ人以外は習得しようという者は皆無だそうだ。魔法の伝承は主に師匠から弟子へ口伝で教えられるそうで、一般の人が学習しようにも教えてくれる人を探すのが大変とのこと。
死体を扱う魔法だから、敬遠される気持ちは分かる。
「にゃんこ先生。だいたい理解しました。魔法とは呪文を習得していくんですね」
「そうだとも。呪文には前提として習得していなければ学べないものもある」
「そういうのもあるんですね」
「うむ。例えば、ファイアの上位魔法はファイアバードなんだが、ファイアを習得していなければいくら学んでも習得が叶わないのだよ」
なるほど。それは分かりやすい。
中級炎攻撃魔法を学ぶには初級炎攻撃魔法を習得していきゃならないってことか。
前提の多い呪文だと学ぶ前提を満たすだけでも大変そうだ……。
「使い魔とか回復……それに魔具を作成したりするのも全て魔法ですよね」
「そうだよ。ストーム君。全てどこかのカテゴリーに含まれる呪文の一つだ。魔具関係なら金魔法の呪文に多いね」
「なるほど。例えば、このカラスを使い魔にする呪文はどれだけ難しいとか目安ってあるんですか?」
にゃんこ先生の肩にとまり囀るカラスへ目を向ける。
「あるとも。冒険者ランクのようにそれぞれの呪文にランクが振られているよ」
お、おお。それは分かりやすくていい。
習得時の目安になる。
……あ、俺はMPが無いから……必要なかった……。
「まとめると魔法はカテゴリーに分けれていて、それぞれの魔法は個別に呪文を習得するってことですね」
「その通りだよ。ストーム君」
にゃんこ先生は満足したように目を細める。ついでに髭も揺れ……それはまあいいか。
耳もピクリと動いてるとか、注目し出すときりがない。
「ストーム殿。拙者は水魔法と火魔法を少し使えるです。といってもEランク程度を幾つかですが」
捕捉するように千鳥が口を挟む。
「すごいじゃないか。千鳥。二つのカテゴリーをまたぐなんて」
「い、いえ……Eランクですし……」
えへへと後ろ手に頭をかく千鳥の顔が綻ぶ。
「魔法もスキル持ちだと習得が早いっていっても、全ての呪文に適用されるわけじゃないんですよね」
確認するようににゃんこ先生へ問うと彼は無言で頷きを返した。
死霊魔法の説明の際に彼は死霊魔法のスキルを持つ人とかそんなことを言っていたからね。
「ストーム君。質問があればこの後、聞こう。まずは食べてしまおうか」
「はい」
話に集中していて、食べる手を完全に止めていたよ。
言われると中途半端に食べたせいか余計に腹が減って来た。
お、おお。パンに肉と野菜を挟んだだけだけど、うめええ。今日は動いたからな。こういう日の夕食は格別においしい。
ん、何やら目線を感じる。
「ど、どうしたんだ? エステル?」
今までずっと押し黙っていたエステルが、食べる俺の手元をじーっと見つめているじゃあないか。
「みなさん、テントの設営とかお料理とかテキパキと動いておられて……私は余りお役に立てなかったと思いまして」
「いや、充分だよ」
「ですので、明日は私がお料理と掃除をと」
な、なんだと……。
「ス、ストーム殿」
千鳥が俺の肩を力いっぱい掴み、フルフルと首を振る。
分かっているさ。千鳥……こいつは非情にマズイ事態だ。
俺は任せて置けとばかりに千鳥へ目配せすると、殊更明るい声をエステルへ向ける。
「エステル。せっかくの機会だから、にゃんこ先生からいくつか魔法を学んでみてはどうだ?」
「え、いいんですか!?」
よっし、乗って来た。
「にゃんこ先生。手が空いた時だけでも構いません。エステルへ魔法を教えていただけないでしょうか?」
「もちろんだとも。君が既に大賢者に会ったことで私の役目は無いからね。手持ち無沙汰だったところだ」
やったぜ。
どうだ。千鳥。
そこへまくし立てるように千鳥が続く。
「エステル殿。拙者が料理をします故。学んでください」
「あ、ありがとうございます。何から何まで……本当にいいんですか?」
「もちろんだ! 滅多にない機会じゃないか」
ここは無理にでも押しつけなければならぬと俺も千鳥へ続く。
彼女は戸惑いながらも、にゃんこ先生から魔法を学ぶことになる。
「どうだ、うまくいっただろ……千鳥」
「はい。さすがストーム殿です。やることが汚いです」
「ははは」
「うふふ」
暗い笑みを浮かべ合う俺と千鳥は食事の続きをとるのだった。
ふう。エステルが料理をするとかなったら、エルラインに鍛えてもらうどころの話じゃなくなるって。
◆◆◆
――翌朝。
朝からエルラインお手製のゴーレムと戦ったが、これも前回戦ったウィスプと同じで手ごわかった。
俺の知っているゴーレムは四角い石を積み上げて作ったような人型の巨体を誇るモンスターなんだけど、彼の準備したゴーレムはまるで異なる。
このゴーレムは華奢な体躯にパイプを組み合わせたような胴体を持っていて、同じくパイプのような腕が六本胴体の後ろ側から生えていた。
足は四本。関節が脚と腕に人間と同じように肩と肘、手首の三か所しかないのだけど、人と違って関節が百八十度以上稼働するんだ。
これが思ったより厄介で、思わぬところから攻撃がくる。
それに加え、四本の腕が持つ片手剣と残りの二本の腕が構える弓から放たれる矢と息つく暇も無く攻撃を放ってくるのだ。
魔法こそ使わないけど、人間が使う武器を操るモンスターってのは初めてだったこともありとても勉強になる。
「まあ、これくらい倒してもらわないとね」
エルラインは相変わらず優雅に紅茶を口にしてそんなことをのたまう。
一方の俺は倒れ伏すゴーレムへ目を落とし肩で息をしていた。
「ハアハア……これくらいって……このゴーレム。下手なモンスターより余程強いぞ」
「そうだね。モンスターランクにしてAくらいかな。でも、その戦闘人形は劣化版なんだよ」
「え。えええ……これで完成品じゃないのかよ」
「そうだよ。よく考えてみなよ。戦闘人形ってのは金属で作成するんだよ。それをわざわざ柔らかい普通の鉄で作ると思うかい?」
「あ……。そういうことか……俺のためにわざわざ作ってくれたんだな……」
確かに言われてみると、翅刃のナイフで軽く当てるだけでダメージを与えることができた。
これがオリハルコンやらミスリル鋼でできていたらこう簡単にはいかない。
きっとエルラインが俺の実力を見てわざわざ鉄のゴーレム……いや彼曰く戦闘人形か……に切り替えてくれたんだ。
俺が慣れた後、硬い体を持つ戦闘人形と戦わせるつもりだったんだろう。
「いや、わざわざ君のために作ったわけじゃない。たまたま鉄の戦闘人形が余っていただけだよ」
そう言いながらもエルラインの紅茶カップを持つ手が僅かに震えているのに気が付く。
ありがとう。エルライン。
俺は心の中だけでお礼を言って、彼の真意には気が付かぬフリをすることにした。
「魔王は今日戦った戦闘人形のように人間を遥かに超越した身体能力を持ちながら、武器も使うってことだよな?」
「うん。戦ってみて分かっただろう? 剣や弓の使い方が人とまるで違う」
「重々身に染みたよ。手首のスナップだけで人が腰だめに構えた一撃以上のスピードとパワーを誇る一撃を繰り出すんだから……」
「クスクス。昼からもう一戦と行きたいところだけど、昼食後、魔王の魔法を見せよう」
おお。それはまた面白そうだ。
一体どんな魔法を使いこなすのか……俺は体をブルリとふるわせる。
◆◆◆
昼食後、何故か塔の外で全員が集合してエルラインの魔法を見ることになった。
というのは、彼が中だと狭いから外でと言って地下からみんなのいる一階へ登ったところ、魔法を使うなら是非みたいとみんながついて来たってわけだ。
エルラインも秘匿して特に俺だけに見せるって姿勢じゃなくて、見たいならどうぞと彼の魔法を見ることを許可した。
「魔王はいくつもの魔法を使いこなすんだけど、勇者が使えた魔法も使うかもしれない」
エルラインは外に到着するなり、聞きたくない事実を語る。
魔王がそもそも沢山の魔法を使うんだったら、今更勇者の使用する魔法が加わったところで大差ないだろ。
それに使用できる魔法が被ってそうだしさ。
「いろんな……となるとなかなか把握も難しいかな?」
「そうでもないよ。魔法ってのは数を使いこなすといっても、そのほとんどが高度な魔法を習得するための前提なんだよ」
「MPを考慮して上級と中級の魔法を使い分け……あ、そうか」
「うん。魔王はMPが無限だから、使いこなせるうちの最上級魔法を使う。ここは分かりやすくて対応しやすいところだね」
確かにどの魔法が来るのか予想しやすくはなるけど、全てが最大威力の魔法で来るとなると……嫌すぎる。
「余り複雑に言われても理解が追いつかない。シンプルに頼む……」
「全く。魔王が魔法を使う時、呪文を唱える。この時はもちろん呪文に集中するってのはいいかな」
「あ、うん。そらそうだよな」
「その反応だったら、説明しないでよかったね」
「あ、ごめん。今のエルラインの言葉で気が付いたよ」
魔王とて、魔法を使う際は他の者と同じってことだ。
詠唱なしでいきなりどかーんと魔法を連打したりはできず、通常魔法を使う時の法則に従うってこと。
なので、さっき戦った戦闘人形の武器のように人と違うことは想定しなくていい。
エルラインは肩を竦め大きく息をつき、再び言葉を続ける。
「魔王の比較的好きな魔法は精神に影響を及ぼす呪文なんだよ。君にとってはこれがチャンスになる」
「ほう?」
「君は『鈍感』スキルが熟練度最高まで上がっているから、魔法では君の精神に影響を及ぼせない。それがどれだけ高度な魔法であってもね」
「お、おお。『鈍感』すげええ」
ん。後ろでまたしてもため息が聞こえるが、これはエルラインじゃあないな。
振り返ると、エステルと千鳥が気まずそうに口をつぐんだ。
「な、何でござるか? 笑ってなどいませぬ。ですよね? エステル殿」
「え、ええ。そうですよ。ストームさん。私たちはじっとエルラインさんのお話を聞いているだけですから」
目が泳ぐ二人へこれ以上何も言わず、エルラインの方へ目を戻す。
「もういいのかな?」
「あ、うん。続けてくれ」
エルラインよ。その笑みをやめてくれないかなあ。もう。
彼はどうしてこう、エステルたちへ乗っかって俺をからかうのが好きなんだろう。
あの子供っぽいクスクスとした笑い方も……。
俺のじとーっとした目線に気が付いたのか、エルラインはニヤニヤとした笑みを浮かべながらようやく続きを語り始めた。
「魔法は大きな隙になる。ここまではいいかい?」
「うん」
「でも、攻撃魔法が来ることもあるから、注意が必要なんだけど……君の場合『流水』で何とかなるかな」
「躱せない感じかな?」
「魔王は派手なのが好きだからね。まあ、見せようか」
エルラインはそう言って、俺たちへ大きく距離を取るように促す。
十メートルくらい彼から離れたところで立ち止まるが、彼は首を振りもっと離れろと示唆してきた。
そんなに距離を取らなくてもと思ったんだけど、にゃんこ先生が何か思うところがあるらしく俺の肩を掴む。
「ストーム君。もっと離れた方がいい。おそらく極大級の魔法だよ」
「どんなのなんですか?」
「見てみないことには何とも。これだけの距離を取るのなら、ランクSSの呪文に違いない!」
にゃんこ先生は興奮した様子で耳をピンと伸ばす。
二十メートル以上の距離をとったところで、エルラインはその辺りでいいと手で俺たちへ指示を出した。
「じゃあ。行くよ」
エルラインは両手で杖を掴むと胸の前に構え、静かに目を閉じる。