59.ウィスプっす
「全く……顔に出やすいのは気にしたほうがいいよ。僕が協力するのは君が考えていることに近い。それに、トレーススキルは『外れスキル』ってのもいい」
やはり思った通りだ。彼は被害が拡大しないことを願っている。
それに……彼の言う通り俺が魔王を倒せば、「未来」の魔王は御しやすくなるだろう。
「確かに。トレーススキルは『外れスキル』だよな」
ニヤリと口元に笑みを浮かべエルラインへ目を向けた。
記憶を全くしていない状態のトレーススキルなんて、どのスキルにも劣る。
対峙する際にスペシャルムーブをトレースされないように遠方から一斉射撃すれば終了だ。
「あ、もう一つあったね。君のスキル。クスクス」
「それはいいから!」
ちくしょう。いちいち鈍感を煽ってきやがってえ。
エステルと千鳥もこんな時だけ一緒になって笑うし。
「で、ウィレム。僕のペットと戦って行くかい?」
エルラインは唐突にそんなことをのたまったのだった。
「ペット?」
「うん。君はこの後どうするつもりだったんだい? そのまま魔の森へ行くとかかな」
「聞きたいことは聞けたし……そのつもりだったけど」
「では聞くけど、君はこのまま行って魔王に勝てると思っているのかな?」
正直、分からない。
魔王はSSランクレベルのモンスター並みだとエルラインから聞いたが、相性が悪くなければ勝てると思う。
俺だって修行をしたんだ。何とかなる。いや、何とかしてみせる。
「……ウィレム。本当に君は分かっているのかい? 魔王のことを理解はしているようだけど」
「分かっている……俺が被害を最小限に食い止める」
エルラインにやれやれとため息をつかれてしまった。
あ、ああ。そういうことか。やっと理解できたよ。エルライン。
彼は自分を頼れって案に言っているんだ。魔王が出てくるまでまだ時間は残されている。
目の前にいる大賢者に鍛えてもらえれば、俺の実力はあがるはず。
遅速ではなく、時間の限り準備を整えろというわけだ。
自分の猪突猛進ぶりに頬がかああっと熱くなる。
「蛮勇だろうと、責任感を持って前に進もうとする姿勢は好ましい。でも……」
「エルライン。その先は言わなくても大丈夫だ」
一歩下がり、背筋を伸ばす。
エルラインと目を合わせ、俺は真っ直ぐに深々と頭を下げた。
「エルライン、頼む。俺を鍛えてくれ」
「だから最初からそう言ってるじゃないか。僕のペットと戦っていくかいってね」
「頼む。その前に」
顔をあげ、エステルと千鳥へ目を向ける。
二人に外にいるにゃんこ先生たちへ一階部分と地下は安全で、俺が出てくるまで外で待機していてもらうように伝えるように頼んだ。
「そういうことなら、一階を使うといい。あそこは安全だから」
俺の言伝を聞いていたエルラインが口を挟む。
彼にお礼を言って、みんなには一階で待っていてもらうように伝言を変更した。
そして、二人はエルラインに示された一階へあがる階段を登って外に向かう。
◆◆◆
二人を見送った後、エルラインがさっそく自分のペットなるものを召喚してくれたのだが……正直困惑している。
だって、俺の前に現れたのは青白い人魂ただの一体だけだったんだもの。
この人魂はウィスプと呼ばれるモンスターで、イフリートのような炎の巨人って姿をしているわけじゃあなく、ランタンより一回り大きいくらいの炎の塊でしかない。
こんな二の腕ほどのサイズしかないウィスプと何をしろと……?
「エルライン?」
「相手の強さは見た目ではないって、君なら分かるだろう?」
「そ、そうだけど。魔の森の中層でたまに見かけるんだよ。灯りかわりになるけど」
うーん。腕を組み首を捻ってしまう。
ウィスプにも一応種類はある。青白いのと赤っぽいのの二種類だ。
どちらもモンスターランクとしては最低ランクのE。彼らは水をかけるとあっさりと消失するし、襲い掛かっても来ない人畜無害な魔の森を照らす有難い灯りである。
そんな奴と今更……。
「人間! ウィスプと戦うんすか? それとも帰るんっすか?」
「どえええ。喋った。ウィスプがあ」
「そら喋るっすよ? 何か変ですか?」
「あ、いや。ごめん」
どうやら普通のウィスプと違うらしい。
見た目は頼りないけど、エルラインが修行相手になるっていうんだ。やってやろうじゃないか。
相手にならないようだったら、それはそれでよし。俺の強さを示せたってことで。
「じゃあ、模擬戦闘ってことでいいのかな? エルライン?」
「そうだね。まあ、やってみなよ」
エルラインがチェアに腰かけ、どうぞとばかりに杖を振る。
「じゃあ、行くぞ。ウィスプ」
「うっす。お願いしまっす!」
ウィスプへ向け右手をあげ、腰だめに構えた途端に視界が光で埋め尽くされた。
ぐ、ぐう。眩しい。
思わず目を閉じ、首を振るう。
や、やるじゃねえか。ウィスプ。いきなり目つぶしとは。
薄目をあけ目を凝らしどうにか視界を落ち着けると――。
「な、六体だと」
「いくっすよおおお。サンダーバード!」
いつの間にか俺を囲むように六体に増えたウィスプから、同時にバチバチと黄色に輝くエネルギーでできた雷鳥が六匹、俺に向かう。
な、何。
サンダーバードの魔法はおいそれと連発できる魔法じゃあないはず。
どうする? 超敏捷で逃げるか。いや、サンダーバードは当たるまで追いかけて来る。それに、雷鳥は速度がクソ速くて逃げるのが難しい。
ならば……。
「流水!」
俺の読み通り、六匹の雷鳥はほぼ同時に俺の体に直撃する。
タイミングがシビアな流水なのだが、タイミングがバッチリで全てのダメージを無効化できた。
この隙にウィスプのうち一体へ駆け寄ると腰のナイフを引き抜き、一気に振りぬく。
見事俺のナイフはウィスプへ直撃し、それを真っ二つに切り裂いた。
そして切られたウィスプはそのまま霞のように消え去る。
よっし。残り五匹。
「外れっす!」
「な、なんだと」
消えたところから、何事も無かったかのようにウィスプが出現したじゃねえか。
数は今だ六匹。攻撃を当てたはずなのに、まるで効果がないとは。
「今度は僕の番っすよお。ファイアボール」
「く……」
ファイアボールは真っ直ぐに飛ぶだけだ。
しかし、やはり六発!
同時に六発となるとなかなかタフだが……何とかなる。
俺は膝を思いっきり落とし、大きく右へ上半身を振るう。
一発は胸を掠め、もう一発は肩口、更に二発は腕の横を。
残りの二発は……このままだと当たる。
急ぎ頭を後ろに逸らし、一発をやり過ごしお尻から倒れ込むことで最後の一発を凌ぐ。
「まだまだ行くっすよお。ウィンドカッター」
「連続だと!」
く、躱せねえ。体を起き上がらせている間にやられる。
どうする。
いや、ここは。
俺は急所を手で護りつつ、勢いよく立ち上がった。
起き上がったところでウィンドカッターが肩や太ももへ直撃するがそれに構わずウィスプへ肉薄すると、ナイフを振るう。
「超敏捷!」
肩口の傷から血を流しながら、次のウィスプを開いている方の手に腰からもう一本のナイフを抜き、そのままウィスプを切り裂く。
三匹目、四匹目と切り裂いたところでファイアボールが二発飛来する!
三連続で魔法を撃ちやがるのか!
一発は顔。もう一発は足元。
最後の最後で嫌らしい攻撃をしてきやがる。
足元は捨てだ。
俺は顔面に向かうファイアボールへ向けナイフを振るい叩き落す。しかし、それと同時に足首へファイアボールが突き刺さる。
前のめりに倒れそうになるのを堪え、残る二体のうち右側のウィスプをナイフで切り裂く。
「当たりっす!」
ウィスプの声と共に、攻撃をしていなかった残る一体のウィスプも消え去ったのだった。