55.魔の森の異変
ファールードと一騎打ちした日から三ヶ月の月日が過ぎた。
俺の大計画「スタンプのように書写本を作ろう」はにゃんこ先生のおかげでようやく形になってきたのだ。
といっても……結局、文字の「記憶」をやり直すことになったんだけど。
これで書写本の製造はとてもシンプルになり、誰でも増産できるようになった。
やり方は、俺の作った文字を彫り込んだ木の板にインクを塗り、紙を貼り付けるだけ。
一枚の木の板で八ページ分あるので、裁断し折りたたみ間違えないように冊子にすることが大事なのだ。
ページ数は入れてあるからもしミスをしたらすぐ分かる。もしページがズレていたりすると、その時はやり直しとなる。
完成した木の板はなんと八冊分。なかなか頑張った。今後更に増やしていく予定なんだぜ。
書写本の製造場所として、三番倉庫を借り入れそこに四名の従業員を雇い続々と本が完成していっている。
先週売り出しを初めたが、さすがにスネークヘッドの街だけで売るには供給過多になる日が近いだろう。そこで魔術師ギルドと相談して、王国内の魔術師ギルド全てを対象にして売り出す契約を取り付けた。
この契約はよその地域の魔術師ギルドからスネークヘッドの魔術師ギルドを通じて俺に発注される形になる。彼らにロイヤリティも払っているから、どちらにとっても損はない話だ。
もっとも……この街以外の魔術師ギルドでも本が不足していたという事情があって、どこも大歓迎だとにゃんこ先生がほくほく顔で言っていた。
魔術師ギルドへ寄ってから冒険者ギルドに向かう。
少し気になっていることがあって、俺の懸念が気のせいであればいいんだが……。
ちょうどお昼時だったので、冒険者ギルドに付属している酒場兼食事処でランチを注文しルドンへ取り次ぎを頼む。
「お待たせしました。本日のデザートはアップルパイです」
「あ、いや……デザートは……」
あの時の恐怖が蘇る。笑顔のエステル。一口食べてフリーズしたままになってしまった千鳥。盟友を失った俺は一人でアレを……うぷ。
ベッドに突っ伏した後、本気で意識を刈り取られたからな、アレ。
だから、しばらくデザートは食べたくないのだ。思い出したらまた……。
嫌なイメージを振り払うように思いっきり首を振り、鳥の香草焼きに鼻を近づける。
うーん、これだよこれ。これが食事って感じの香りなんだよ。
勝手に満足して食事にガッツいていたら、ルドンが「よお」と片手をあげてやって来た。
「お久しぶりです。ルドンさん」
「おう、お前さんの活躍は聞いてるぜえ。また何かはじめたらしいな」
ガハハハっと俺の背中をバシバシ叩いてからルドンは椅子に腰かける。
なんかガフマンとルドンってどこか似ているよな。いや、ルドンはこう見えてかなりの切れ者なんだけど、伊達に冒険者ギルドを仕切っているわけじゃあない。
「はい。書写本の量産に踏み切ったんですよ」
「ほう。でもその顔はまだ先がありそうだな」
「鋭いですね……さすがルドンさん。『この次』はルドンさんにも協力を願いたいなあと思っていたんですよ」
「お前さんの持ってくる話はいつも面白いからな。どんなことをやるんだ?」
乗ってきた。
後で相談するつもりだったけど、丁度いい。
「えっとですね、俺の速度だと一日でこの机の半分くらいのサイズの紙に、びっしり文字を書いた板を準備できるんですよ」
「お前さん、ほんと何でも規格外だな……」
呆れたように肩を竦めるルドン。
「な、慣れですよ。慣れ。それはともかくとして、大きな紙一枚にこの街のいろんな出来事とかお知らせとかを書いたりと考えているんですよ」
「おお、おもしれえな。書き手が欲しいのか? いや、待て。なるほどな」
あれ、説明していないのにもう何を頼みたいのか分かったのか?
書き手は冒険者ギルドから探そうと思っていない。冒険者に取材をして冒険譚を語ってもらうのも面白そうだけど……書き手は魔術師ギルドの学生ととトネルコの知り合いの物書きさんにと思っている。
「えっと、説明していいですか?」
「おう」
「とまあそんな感じで街のかわら版を作ろうと思っているんです。二つお願いしたいことがありまして」
その先をしゃべろうとした俺を手で遮ってルドンはまあみてなって感じで指を立てた。
「冒険者ギルドにかわら版を置かせて販売店になって欲しいってのが一つ」
「はい……」
「もう一つはかわら版に依頼書の一部を乗せたりして広告費が欲しいってところか?」
「す、すごいですね。完璧に把握しているじゃないですか」
「俺も昔、かわら版のアイデアはあったんだ。でもな、作るのが大変過ぎて諦めたんだよ! お前さんみたいな規格外がいねえと無理だなこれは! ガハハ」
「そ、そうでしたか。そ、それでご協力していただけませんか?」
「もちろん、協力するぜ。俺もやりたかったことだからな! 面白そうだ。絵描きもいずれ入れようぜ」
「それはいいアイデアですね! まずは量産体制に慣れてからです」
「おう」
そこで一旦言葉を切り、昼食の残りをもしゃもしゃと食べて行く。
おいしいい。一緒に頼んだ果実水もさっぱりしてて、今日の食事に合う。この店は日によって果実水の種類を変えてくる。
油っぽい濃い今日のような料理だとさっぱり系といった感じに。
「で、この話をしに来たんじゃないんだろ? ストーム」
食べ終わるまで待っていてくれたルドンが本題だとばかりに話を切り出してくる。
「はい。最近、魔の森の様子がおかしいとか冒険者から聞いてませんか?」
「ほう」
途端にルドンの顔が引き締まり、眉根を寄せ腕を組む。
「やはり、気のせいではなかったんですね」
「お前のところの拠点もそうなのか?」
「はい。深層のモンスターが中層でたまにですが見かけるようになったと報告を受けています」
「ふむ。実はな、今、Bランク以下の冒険者に深層へ入ることを自粛してもらっているんだ」
「最深部ではなく深層にですか?」
「おう。最深部になるとモンスターが急に強くなるのはお前さんも知っているよな?」
それはもう身に染みて分かっているさ。
最深部は別物だ。
出会うと命賭けになるモンスターが幾つかいる……。そいつらが深層にまで出てきているとなると事だぞ。
「最深部で何か起こっていると見ていいでしょうね」
「おそらく、何かが起こっている。そこでだ。お前さんに頼みたい」
「俺のビジネスにも関わることなんで、頼まれなくても行くつもりでした。情報ありがとうございます!」
「報酬は出すからな。お前も冒険者だろ!」
「あ、ありがとうございます」
仲間扱いされたことがとても嬉しくて、つい声が大きくなってしまった。
一応俺もランクAの冒険者。すっかり冒険者稼業はしなくなっていたけど……。
たまには依頼を受けてもいいなあなんて。
◆◆◆
屋敷に戻り、魔の森へ出かける準備を……する必要は無かった。
全部向こうに用意はあるしなあ。多少の日用品は持って行くか。
翌朝、出かけようとしているところで千鳥と鉢合わせする。
「ストーム殿、どこへ行かれるのでござる?」
「魔の森の様子を見に行こうかと」
「拙者もご一緒してもよいですか?」
「うん。一緒に行こうか」
「はいです!」
今回は深層の拠点まで行った後、深層部を巡回するつもりでいる。だから、千鳥が一緒でも大丈夫だ。
最深部だと彼を守り切れる自信がないから待機してもらうけど……。
といろいろ理由をつけているけど、正直なところ一人より二人の方が道中楽しいじゃないか。それが一番の理由だよ。
◆◆◆
魔の森中層にある拠点に到着する。直接中層でモンスターに対処している従業員に様子を聞いてから。深層へ行こうと思ってね。
「ドン・ストーム。お久しぶりだねえ」
「いつもありがとう。サラさん」
長い黒髪を揺らしながら肉感的な美女が俺へ挨拶をする。
彼女――サラは三十歳手前くらいの長身で、耳から頰にかけて細い線のようになった傷跡が男前な元冒険者だ。
彼女は同じ冒険者のケイとの結婚を機に冒険者をやめて、ストーム・ファミリーに来てくれた。
旦那のケイは彼女と雰囲気がまるで異なる。彼は純朴そうなぬぼーとした巨漢で、口数が少ないけど近くにいると妙に心が落ち着くというか不思議な人だ。
「最近、深層のモンスターが出て来るって聞いたんだけど、対処できてるかな?」
「そうだねえ。ここで鍛錬を始めたばかりの子だとかなり危ないよ」
「さすがに初心者には危険だよな。浅層に移動も検討するかあ」
「そのまんまでいいよ。危険は確かに伴うけど、慣れた者二人と初心者一人の組み合わせにして出かけさせているのさ」
それは悪くない手だ。
熟練者は初心者を護衛対象と想定して動く練習になるし、初心者には強いモンスターと慣れるにいいしレベル上がりも早くなる。
「大けがしないように気を付けてくれよ」
「任せな。その辺は慣れてるからね。あたしが何人ひよっこを育ててきたと思っているんだい」
「そういや、ここに来る前にも教官をやったことがあるって言ってたよな」
「そうそう。だから心配すんなってドン・ストーム」
サラは男前な笑い声をあげて、俺の肩をポンと叩く。強く叩きすぎで肩が痛い……。
「ところで、サラさん。その『ドン』って一体どんな意味が……」
「ファミリーのボスってのは『ドン』と呼ぶもんだろう?」
「どっちかというと、商会に近いイメージでいたんだけどなあ……俺……」
「そうだったのかい。てっきりならず者の集団と思っていたよ。元冒険者が多いしさ。護衛だろ? 仕事は」
護衛以外の仕事も増えてきたんだってえ。といっても、サラは魔の森で頑張ってもらってるから実感はわかないだろうなあ。
しかし、彼女は俺のことをギャングスターとでも思ってるんだろうか。
結局、ドンってどんな意味なのかは追求せず、中層の拠点はこのままで大丈夫と判断。深層に向かう。
◆◆◆
深層に足を踏み入れた瞬間……俺はその場で立ち止まる。
「どうしたでござるか? ドン・ストーム殿?」
止まったことで俺の背中にぶつかりそうになった千鳥が不思議そうに顔をあげた。
「ドンはやめてくれ!」
「冗談でござるう。そんな睨まないで欲しいです」
全くもう。
でも千鳥がいてくれたおかげで和んだ。
しかし……状況はほんわかしていられない感じだが……。
指先を舐めて、人差し指を立て流れてくる風を感じ取る。
「千鳥、何か感じないか?」
「いえ、拙者は何も……モンスターです?」
「いや、近くにモンスターはいない。ここに長く住んでいた俺だから感じるのかなあ。何かおかしいんだ」
「さすがストーム殿です! 野生といえばストーム殿!」
それ、褒めてるのかけなしているのか微妙だぞ。きっと千鳥は褒めてくれているんだろうけど。
彼のことはともかくとして、やはり深層の空気がいつもと違う。
何というか全体的にピンと張った緊張感みたいなものが漂っているんだ。
慣れていない人だと、深層といえばそれなりにモンスターが強くて殺気立っていそうと思うかもしれない。しかし、実際はのんびりとしたものなんだ。
普通の森と変わらないくらいに。
でも今は、様相が異なる。
きっとこの空気だと、モンスターに遭遇すると高確率で襲い掛かってきそうだ。
原因は最深部のモンスターだろうな。ここまで空気が変わっているとは……。
最深部のモンスターは中層から深層のモンスターの強さの変化なんて比べ物にならないほど強くなる。
いや、強くなるというより凶暴になるといった方がいいか。最深部のモンスターは異常なまでに殺気立っているモンスターが多いんだよなあ。接敵即攻撃みたいな直情型がほとんどなんだ。
そんな最深部のモンスターが深層に進出しているのだから、奴らの空気に当てられた深層のモンスターまで興奮していると予想される。
「すまん。考え事をしていた。とりあえず拠点に行こう」
「はいです!」
俺が止まっている間、じーっと何も言わず待っていてくれた千鳥の肩をポンと叩き、俺たちは奥へと進み始める。
◆◆◆
途中、俺の覚えている風景と異なる場所があって、気になった俺は拠点とは逆方向になるが原因を突き止めるべく周辺の探索をはじめた。
木の枝が不自然に折れていたり、目印にしていたはずの大岩が無くなっていたりとモンスターにしては不可解な跡を残している。
ひょっとして誰かがここで暴れたのだろうか?
一体何のために……素材集めにしては破壊の後が大きすぎだ。必要以上に荒れている。モンスターを倒すだけでここまでしなくてもいいんだよなあ。
他の目的があるかもしれない。
しばらく進むと、前方により一層激しく荒れ果てた箇所が見えて来た。地面まで抉れているところまであるじゃないか。
そして……人の気配がする……。
誰だ。険しい顔で前方を睨みつけた時、頭上に不自然な影が。
って!
巨大な岩が落下してきているじゃねえか!
このままだとぺしゃんこだぞ。
「千鳥! ちいい!」
このままでは間に合わない。
俺は両手を参ったとばかりにあげ、指先を動かす。
「超敏捷」
千鳥を抱えて、木を蹴り樹上へ移動。そのまま枝を渡る。
その瞬間、大岩が地面に大きな音を立てて転がったのだった。
それにしても、何もない空間から突然大岩が出て来るなんて……これってどこかで。
「ククク……相変わらずいい反応をしている。それはヨシ・タツのスペシャルムーブか」
「ファールード!」
悠然と両手を広げ、芝居がかった仕草でファールードがこちらに向かって歩いてくる。
千鳥を抱えたまま、樹上から地面に降り立つと彼を降ろして前を向く。
「おっと、逢引中だったか。それはそれは……野暮だったな」
「言ってろ……俺の目的は分かっているんだろ?」
「そういえば……魔の森の様相が変わったとか聞いている……」
「白々しい奴だな……。お前、ここで一体何をしていたんだ?」
「『運動』だよ……ククク」
ファールードは大仰に首を回し右手を上に掲げると、手を開き閉じる。
直後、彼の背後に巨大な岩が落ちて来た。
「地形を変えるまで暴れやがって……まさか、お前が原因か?」
「さあ……どうだろうな?」
ニヤアっと口元に笑みを浮かべ、哄笑をあげるファールード。
「ファールード!」
拳を振り上げ、足先に力を込める。
前を向き、奴の喜悦に満ちた表情を見た瞬間、急速に熱くなった気持ちが冷えてきた。
こいつ……嫌な意味で抜け目がない。
「どうした? こないのか?」
ファールードはしてやったりといった感じでクククと耳障りのする笑い声をあげる。
◆◆◆
対する俺もファールードの真似をして不適な笑みを浮かべた。
「そうかそうか。俺に勝つために健気にも修行してたってわけか」
「ッチ!」
図星だったようでファールードがそっぽを向く。
ようやく奴へやり返せたことで胸がすっとした。ははは。あの顔。
ん、肩をつんつんされて振り向くと千鳥が何か言いたげだ。
「どうした? 千鳥」
「ストーム殿。目的を忘れているでござる……」
「そ、そうだった。ファールードと遊んでいる場合じゃあねえ」
地形が変わっていたのはファールードの鍛錬(笑)だったから、よしとしてまずは深層の拠点に戻らないと。
「あ、遊ぶだと……いい度胸だな。ウィレム」
「モンスターの様子がおかしいから調べに来てるんだよ」
「ウィレム。お前のことだから、深層を巡回した後、最深部に行こうとか浅はかに考えているのだろうが」
「……」
図星を突かれて憮然とした顔になる俺。
それに対し、ファールードは愉快そうに腹を抱えて笑う。
「相変わらず無駄に動き回る奴だな。浅慮では時間を損するだけだ」
「ご高閲どうも。そんなわけで俺は行くぞ」
「まあ、待て。ウィレム。この先にある丘は知っているか?」
「……知っているが、あそこは樹上からでも最深部は見渡せないぞ」
「……お前は本当に……ククク」
ファールードなら、石柱か何かを積み上げて最深部まで見渡せるだろうよ。
でも俺には……あ、できるじゃないか。
かあああっと自分の考えの無さに頬が熱くなる。
「そういうことだ。じゃあな。ウィレム」
「……感謝はしないからな」
「当然だ。お前からの謝辞など虫唾が走る」
ファールードは踵を返し森の奥へと消えて行った。
「実はお二人って仲がいいのでは?」
千鳥がボソリと呟くが、俺は全力でかぶりを振る。
◆◆◆
あいつのアドバイスに従うのは癪に障るが、確かに理にかなっているし時間も大幅に短縮できることは確かだ。
だが、大股で憮然とした顔のまま丘までくるくらい許してくれ。
「着いたぞ。千鳥」
「はいです」
千鳥の手を引き、樹上に登る。
一番高いところで、背伸びして左右を見渡す千鳥が眉根を寄せた。
「深層は一部であるにしても見えるは見えるのですが、最深部の様子はよく分からないでござる」
「そうなんだよ。最深部の方が高いところにあるから樹木で隠れてみえないだろ」
「はいです」
「だから、こうするんだ」
千鳥の肩をポンと叩き、力強く踏みしめて足場を確認。
うん、これなら大丈夫だな。
「超筋力」
膝を屈め、全身が伸び上がるように枝を蹴る。
俺の体はぐんぐんと高度をあげ、数十メートル上まで飛び上がった。
おお、見える見える。
ジャンプしているだけだから、じっくりと眺めることはできないけどここから安全に最深部の様子を見ることができる利点は非常に大きい。
それに、深層の様子もよく見える。
最深部はおおよそだけど円形になっていて、中央部に巨大な木――世界樹が存在感を示している。
世界樹は他の木と一線を画す大きさを誇っていて、幹は育ち切った巨木が横に十本並べたより太く、高さも巨木を縦に五本分くらいもあるという規格外の木なんだ。
遠くから見ただけでも世界樹は圧巻だなあとか思っていると、体が重力に引っ張られ下降しはじめる。
その時、世界樹の辺りを小さな影が横切った気が。遠すぎて見えないので何が起こったのかここからは分からない。
しかし、ここから米粒ほどの大きさに見えるものでも実際には数十メートルくらいの巨体になるんだから、気のせいで済ますことはできないぞ。
気になりつつも元の場所へ着地し、息を吐く。幸いこれだけの衝撃を与えても枝はビクともしなかったからよかった。
もしかしたら枝が折れるんじゃないかと思ったからさ。
「どうでござった?」
「んー、一瞬何か見えた気がしたんだけど、何かは分からなかった」
「飛竜か何かです?」
「飛竜ならいいんだけどなあ……。何度か飛び上がって見てみるよ」
「はいです」
「割れると困るから、これ持っててもらっていいかな」
先に渡しておくんだった。
俺は千鳥へ赤色ポーションの入った袋を手渡し、再度飛び上がる。
何度か確認した結果、深層で何らかの異常事態は起こっている様子は見て取れなかった。
やはり、怪しいのは最深部にある世界樹付近だろうな。あれから一度だけだが、影が見えたんだ。飛行系の巨大モンスターなら普通のことなんだけど、確認しに行くか。
何もなければそれでよし。もし、何かが世界樹付近で起こっているのなら、対策を練らないとだな。うん。
◆◆◆
千鳥と深層の拠点で一夜を過ごし、彼を拠点に残し一人最深部に向かう。
最深部はエルダートレントとやりあった時と同じ理由で千鳥は置いてくることにしたのだ。
ここのモンスターはとんでもなく厄介な奴もいるから、樹上を進みそいつらを避けつつ進む。樹上なら超巨体のモンスターは登ってこれないし、手が届く奴らもいるけど樹木が天然の盾となってくれる。
三時間ほど進むとようやく世界樹が見えてきた。
近くで見る世界樹はいつもと変わらない様子に見えた……いや、違うぞ。
世界樹には一年中果実が成っているんだけど、これらは季節によって色が変わる。しかし、こんな色今まで見たことが無い。
形こそ直径二十センチほどの球体と変わらないけど、淡い紫色をしているじゃあないか。世界樹の果実は赤色からオレンジ色に変化するのだが……これは一体?
果実を採取すべく世界樹の枝へ乗り移ろうとした時、眼下にヘルべロスが。
慌てて身を隠し様子を伺うが、ヘルべロスは何者かから逃げているみたいだ。奴が逃げるほどの敵となると、よっぽどヤバいのがこの近くにいるということ。
額に嫌な汗が流れる。
まさか龍種か……もしくはキマイラかもしれない……。
龍は種類にもよるが、体長十五メートルを超えるものは超危険だ。とんでもなく鱗が硬い上に広範囲のブレスを吐く。
キマイラはライオン、ヤギ、蛇の頭を持つ空を飛ぶこともできる獅子のようなモンスターで、三つの頭が同時に動くので手数が非常に厄介。
ライオンの頭はブレスも使い、ヤギは攻撃魔法、蛇は強力な毒をと……どの頭も嫌らしい攻撃をしてくる。
だが見たところ、そのような巨体は見当たらない。
危険だが、進んでみるか。
世界樹の枝に飛び乗り、再び左右を見渡す。
モンスターはいない……む、むむ。これは。
人の気配を感じる。しかし、その方向には影さえ見えない。
隠遁か!
「見えているぞ。出てこい」
気配の方へ目をやり、武器を構えた。
しかし、相手は姿を現さずとんでもない速度で俺へ近づいてくる。
こいつだ。こいつにおびえてヘルべロスは逃げ出したんだ。
俺はそう確信する。
間に合えよ!
両手を掲げ、指先を動かす。
「超敏捷」
気配へ向けて、翅刃のナイフを振り下ろす。
しかし、気配は超敏捷で振るったナイフを躱し俺の懐へ。
ま、マズイ。
腹部を思いっきり拳で強打されてしまった。
「ウィレム……」
急速に意識が薄れて行くなか、最後に俺の名を呼ぶ声が聞こえた気が……。
これまでの三話分くらいの分量にしてみました。
二話分くらいの方がいいかもしれません。