表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/72

50.第一部エピローグ

 戦いの日から三日が経つ。

 俺は冒険者ギルドで得た依頼書を手に握りしめ、港へ向かっていた。

 古ぼけたレンガ造りの平屋の前に立ち、掲げられた看板を見上げる。

 

『スヴェン商会』


 と看板に書かれていた。

 

 懐かしい。あの日までここへ毎日通っていたんだよなあ。

 きっと今日もルドンは一人で事務作業をしているだろう。

 

 ふっと笑みが出る。

 分厚い木の扉に備え付けられた鉄輪をコンコンと叩くとすぐに中から声がした。

 

「どなたでしょうか?」


 声を聞くだけでこみ上げてくるものがあるなあ。

 グッとこらえ、声が上ずらないように注意しながら応じる。

 

「冒険者です。依頼を達成しましたのでこちらへ来たのですが」

「お、おう。そうですか。そんなすぐに見つかるとは」


 ――ガチャリ。

 扉が開く。

 

 少し老けたな。ルドン。

 ルドンの白髪はあの頃から倍増し、年月の経過を感じさせた。

 しかし、彼の優し気な瞳はそのままだ。

 

 俺の顔を見て、目をしばたかせ、再び俺の顔を見るルドン。

 

「ウィレム!」

「ルドンさん。お久しぶりです」


 すぐに俺に気が付くとは、ずっと俺のことを気遣ってくれていたんだろうなあ。

 その証拠は俺が握りしめている依頼書だ。

 ルドンはストーム・ファミリーとクラーケンの和解、勢力圏の確定の噂を聞きつけるやすぐに行動に移した。

 

 しがらみのあるクラーケンの庇護下から脱退し、ストーム・ファミリーへ参加を申し込む。

 これを持って従業員と俺への憂いが無くなったルドンは、冒険者ギルドへウィレムの捜索願いをだしたのだ。

 「今なら君を迎え入れることができる」ってね。

 

 ギルドの依頼を見た時、涙が出そうになったよ。

 俺の事をずっと思っていてくれた人がいる。俺は一人じゃなかったんだって。

 すぐに居ても立ってもいられなくなり、ここに来たってわけだ。

 

「ウィレム……本当にすまなかった……」


 ルドンは目から涙を流したまま、俺へ謝罪を述べる。

 

「いえ、俺のことをずっと気にかけてくださって、本当に感謝しています」


 ルドンはギュッと俺のことを抱きしめ、腕に力を入れた。


「生きていてくれて……ありがとう。ウィレム。よかった。よかった……」

「あの後、魔の森へ行ったんですよ」

「お、そこに座って少し待っていてくれるか」


 体を離したルドンは、奥のテーブル席へ俺を促すとキッチンへ向かう。

 言われたまま、椅子に腰かけ周囲を見渡す。

 変わってないな。ここは。

 傷んだ壁、年季の入ったテーブル。座るとギシギシと音を立てる椅子……。


「ウィレム。お前さえよければ、またここで働かないか?」


 お茶を二つお盆に乗せたルドンが俺の前へお茶を置いてくれた。

 

「ルドンさん。俺、この街で仕事をしているんですよ」

「そうなのか。それはそれは……余計な誘いだったな」

「いえ、ルドンさんが誘ってくれたことが何よりも嬉しいです!」


 やっぱりまた俺を雇ってくれるつもりだったんだ。

 胸の奥からこみあがってくる熱いものをこらえ、お茶を口に含む。

 

「三年間と半年ほどか……お前さえよければ、何があったか聞かせてもらえるか」

「もちろんです。聞いてください」


 ルドンが穏やかな笑みを浮かべ、コクリと頷きを返す。

 それから俺は堰が切ったように語る。

 魔の森に行ったばかりの時、孤独で潰れそうになったこと。

 慣れてきて冒険者に会ったこと。

 街に戻って今の地位を築くまでのこと。

 

 ルドンは飽きもせずずっと優しい目で俺の言葉を聞いていてくれる。

 全てを話し終える頃には日が陰ってきていた。

 

「よく頑張ったな。ウィレム」


 ルドンは俺の頭を撫でる。

 彼は父さんがいなくなってから、俺の父親代わりだった。

 そんな彼に撫でられたのはこれで二度目。最初に会った時は父さんがいなくなり、ルドンのところへ来た時だ。

 彼の手は決して大きくはないけど、俺にとっては頭全体を包み込むような暖かさを感じさせた。


「ルドンさんのところへ、いつ来るべきか悩みました……こんなに遅くなってしまいました……」

「何を言う。私こそ、お前をあの時……」


 お互いずううんと沈んでしまう。

 

「やめよう。ウィレム。この話は」

「そうですね」


 おかわりのお茶を注いでいると、ルドンの口元が何か言いたそうに震えている。

 

「ルドンさん、思う事があるなら言ってください」

「う、うーむ。でもなあ」

「大丈夫です。隠される方が……」

「そうか。なら……」

「はい」


 コホンと襟もとをただしたルドンは俺と目を合わせ口を開く。

 

「アーシャのことはどうするんだ?」


 そう来たか。

 ファールードとの一騎打ちの後、奴にアーシャについて聞くことはできた。

 でも、俺はファールードの在りようからアーシャがどのような扱いを受けたのかだいたい想像がついたんだ。

 だから、彼へ彼女のことを何も聞かなかった。

 アーシャに対する俺の思いは既にない。

 しかし、彼女の気持ちも理解はできる。

 

 おそらくこういうことに違いない。

 あの時、アーシャはファールードに金を掴まされ、グラハムから脅され演技を強要された。

 彼女はアウストラ商会に恐れ言われるがままに俺の前で……。

 その後は謝礼とかで金でも掴まされて解放されたんじゃないかと思う。

 

「特に何もする気は無いですよ」


 肩を竦め、お茶を一息に飲み干した。

 

「そうか。お前の話にアーシャが出てこなかったから、どうしたのかと思ったが……」

「どういうことですか?」

「お前を首にした翌日、一人でここに来てな。お前がいないことを伝えるとすぐに出て行ったが」


 来たのか。スヴェン商会に。

 そうかそうか。

 

「いいことを教えてくださりありがとうございます」

「その後てっきりお前のところに行ったのかと思ったのだがな……街を出るとか言っていたが……」


 突然アーシャの名前がルドンから出たことも納得だ。

 強要されて演技で仕方なくアーシャは俺にあのような態度を取った。そこは間違いないと思う。

 しかし、彼女の俺に対する気持ちはそこでもう覚めてしまったに違いない。

 だって、ルドンのところへ俺を探しに来ることができるんだぞ。なら、俺の家にだって訪ねて来てもいいじゃないか。

 でも彼女はそうしなかった。

 

 あのまま何事も無く俺とアーシャが深い仲になっていたとしても、きっと俺とアーシャはいずれ破綻しただろう。

 すっきりした。

 翌日に街を出るって発言から、彼女はあの後ファールードに何かされたってことがないことも確定。

 

 しっかし、自分の見る目の無さに少し自己嫌悪だなあ……。

 

「きっと、俺がすでにスヴェン商会にいないと予想してやって来たんですよ。アーシャは」

「そ、そうなのか……」


 俺が自棄になって何かしていては後味が悪いだろうから。

 ルドンに様子を伺いに来ただけだろうよ。俺のことが心配なら、真っ先に家に来るだろう?

 

 ふと外を見るともう夕焼け空だった。

 そろそろおいとましないと。

 すっと立ち上がると、ルドンへ頭を下げる。

 

「ルドンさん、しっかり『ストーム・ファミリー』が護らせていただきますので」

「よろしくな。ウィレム。いや……ストーム」

「俺のことは、これからもウィレムでお願いします」

「そうか。分かった。ウィレム。お前が立派になって嬉しいぞ」


 握手を交わし、スヴェン商会から出る。

 

 ◆◆◆

 

 屋敷に戻ると日がすっかり暮れていて、お腹が早く食べさせろと主張してきて煩くなっていた。

 大丈夫。俺の胃袋よ。ちゃんと準備してあるぜ。

 とか変なことを考えながら自室に入るとさっそく道すがら露天で買ってきた串やらパンやらを包みから出す。

 

 もぐもぐ。

 案外いける。どこで買ったか覚えておけばよかったああ。

 と頭を抱えそうになった時、コンコンと扉を叩く音がした。

 

「ストーム殿」


 千鳥か。

 

「食べててあれだけど、入ってくれ」

「はいです」


 あれ、扉が開かない。

 不思議に思って俺から扉を開けると、千鳥ではなく身長ほどの長さがある薄い板がいた。

 

「ん?」

「ここです。ストーム殿」


 板の後ろからひょっこりと顔を出す千鳥。

 

「準備してくれって頼んだけど、もってこなくても……それに大きすぎないかこれ……」

「そうでござったか!」


 平らな薄い板を頼んだのは確かだけど、ちゃんと目的を言ったよな……それにサイズも。

 板を使って書写本を作ろうと考えているんだよ。

 俺なら記憶済みの本をいくらでも書写できるはず。というのはだな……羽ペンの代わりに彫刻刀のようなものを持って、板に書写の「記憶」を実行したら文字を描いた窪みができるだろ?

 それに墨を塗って、紙を張り付ければ……。

 

「あああああああ」

「どうしたでござる?」


 俺の叫び声に千鳥はびくうううっと肩を震わせる。

 

「文字が反転するの忘れてた!」

「そ、そんなことでしたら、ミャア教授に相談されればどうでござる?」

「そうだな。うん。そうしよう」


 お互いに笑顔で頷きあい笑い声をあげた。

 俺は一人じゃあない。千鳥にだってにゃんこ先生にだって相談できる人はたくさんいる。

 これがどれほど幸せなことか、魔の森でサバイバル生活をしていた俺には痛いほど分かるんだ。

 

「千鳥、板はそこに置いておいていいから、夕飯はもう食べたのか?」

「まだでござる」

「じゃあ、一緒に食べよう。なかなか美味しんだよ、これがさあ」

「ぜひぜひ」


 とりあえず今日のところは、ゆっくりと食事を楽しむとしよう。

 明日は朝いちばんでにゃんこ先生のところへ行くかあ。

 

 大量に完成する書写本へ思いを馳せ、口元が緩むのだった。



 第一部 おしまい 

ここまでお読みいただきありがとうございました。

たくさんのブックマーク、評価ありがとうございます。


この後、閑話を投稿し続きをと考えております。

コンゴトモヨロシク。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

技をコピーする能力で無双する!

・タイトル

外れスキル「トレース」が、修行をしたら壊れ性能になった~あれもこれもコピーし俺を閉じ込め高見の見物をしている奴を殴り飛ばす~

・あらすじ

落とし穴に落とされ、ある場所に閉じ込められた主人公が修行をしてチート能力に覚醒。バトルものになります。どんどこ更新していきますので、暇つぶしに是非見て頂けますと幸いです。

― 新着の感想 ―
アーシャ助ける展開かと思ってたら全然違った 今後も一切出てこないしなんやったんや…
[気になる点] 寝取られ男ってほんっと自己愛の塊ですよね。 他人を1人の人間として認めていないので、どこまでも自分の考えだけが世界に通用すると思っていて、「◯◯ならこうするはずに違いない」と考えるばか…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ