48.一騎打ち
――翌朝。
みんなに勝負のことを伝えると、エステルが心配でたまらないという顔をしていた以外は「行ってこい」と激励してくれた。
エステルも少し迷った後、「ストームさん、絶対無事に帰ってきてくださいね」と言ってギューと抱きしめてくる。
彼女へ「必ず」と応じ、背中を撫でたところでヨシ・タツが来訪した。
彼へ提案を受けることを伝えると、その場で決戦の場所と日時を返してきた。
準備のいいことで。
勝負は三日後、街を出てすぐの草原にて行う。
ギャラリーは連れて来てもよい。ただし、一騎打ちへの手出しをしないように重々注意することだとさ。
◆◆◆
あっという間に三日が過ぎ、俺は見守ってくれる人たちと共に決戦の地に向かう。
街の出口まで来るとクラーケンの案内人が俺たちを先導し街道を素通りして草原へと出る。
少し離れたところにファールード、ヨシ・タツ、それとあと五名ほどの人の姿を確認できた。
こちらも俺を含めて六名だから、同じ数だな。俺以外の五名は、千鳥、エステル、村雲、にゃんこ先生、ワオンだ。
にゃんこ先生とワオンは俺が怪我した場合に即治療に当たってくれるためについてきてくれた。アレックスとガフマンは魔の森にいるから来ていない。
トネルコは店で汗を流している。そんなわけで付き添いはこの五人となった。
「みんな、行ってくる」
来てくれた五人の顔へ順に目を向けると右手をあげ拳をギュッと握りしめた。
「若。ご武運を」
「ストーム殿。ご無事で」
「ストームさん!」
村雲、千鳥、エステルの声が同時に俺へ向かう。
にゃんこ先生とワオンは無言で俺の肩をポンと叩く。肉球の感触が心地いい。
踵を返し、真っ直ぐにファールードの元へと歩いて行く。
一方のファールードは俺の姿を見とめると、顎をあげ俺が来るのを待っていた。
そして、いよいよ対峙する俺とファールード。
分かる。二ヶ月前に会った時とは別人だと言うことが。
きっと奴はこの二ヶ月で修練を積んだのだろう。あの時と立ち振る舞いが違う。持てる雰囲気が違う。表情こそ不敵で嫌らしいアルカイックスマイルを浮かべていて同じに見えるが、まるで別人だ。
最初に会った時の軽薄さはなく、次に会った時の人を舐め切った態度もない。
しかし、高慢さと傲慢さには拍車がかかったように見える。きっと奴は自分こそが世界であり、その中心だとでも思っているのだろう。
「ウィレム……」
「ファールード」
互いの名を呼ぶ。
ファールードは顎を振り右手を軽くあげると、ヨシ・タツが紙を掲げてこちらにやって来る。
「ここに契約が書かれている。事前の取り決め通りだ」
「分かった……あの冊子にあった内容だな」
「なあに、心配するな。冊子に書いてあった通り、どちらかが死亡しても契約は履行される」
こいつのプライドが契約を破ることを許さないだろうから、確実に契約は守られるだろう。
その点だけは彼を信用できる。
「どうした? 契約書を見ないのか?」
「必要ない」
契約書を見ないのも同じ理由だ。
俺は中身を確認することなく、契約書にサインを入れた。
ファールードも俺と同じようにそのまま契約書に自分の名前を書き入れる。
これで契約成立ってわけだ。中身は事前に見た冊子通りにするって書いてあるだけのこと。
契約書をヨシ・タツへ渡した後、ファールードが体にまとわりつくような笑い声をあげる。
「ク、クク……それでこそだな。ウィレム」
「御託はいい」
「ああ、はじめようか。ウィレム」
「ファールード……」
ファールードは鷹揚に頷くと、両手を天に掲げる。
「ここが世界であり、ここが全て」
「お前は俺に勝てないさ」
俺は腰にあるホルダーに入った大振りのナイフを抜き放つ。いろいろ考えた結果、この使い慣れたナイフが一番だと思ったんだ。
対するファールードは悠然と手を広げたまま動こうとしない。
元々、フルーレを扱う技術に長けたファールードだったが、武器を抜こうとしないのか。
彼のスキルならば、いつでも武器を出せるが……何か仕掛けてくるかもしれん。だが、関係ない。俺は進むのみだ。
行くぜ!
一息にファールードの元へ駆け、ナイフを振り上げる。
ファールードはというと、手を首の前に持ってきて……
キイイイン――澄んだ金属と金属がすり合わせる音がする。
突如何もない空間からフルーレが出現し、俺のナイフを受け止めたのだった。
思わず奴の方を見ると、ニヤアと嫌らしい笑みを浮かべ俺を睨みつけているではないか。
「取り出すのが早くなったな……」
「あの時と同じとは思わぬことだ……ククク」
アイテムボックス。
戦闘向けではないスキルのはずだが、嫌な予感が消えないでいる。
きっと奴は何か仕掛けてくるに違いない。
ファールードがただフルーレを出すだけで終わるわけがないと俺は確信している。
その時、ゾワリと俺の背筋がささくれ立つ。
本能に従い大きくバックステップを踏むと、元いた頭上からバケツでひっくり返したくらいの量がある水が勢いよく落ちてきた。
「グ……」
まだだ。まだ悪寒は消えない。
「逃がさんぞ。ククク、ハーッハッハ!」
ファールードの高笑いと共に、後ろに飛んだ俺は着地する。
しかし、次の瞬間――。
――影?
日の光が何かに遮られた。
上、上か。
顔をあげると……何!
直径二メートル、高さ一メートルくらいの円柱が落ちてくる。
「超筋力」
片手で円柱を受け止め、ファールードへ向けて力一杯投げ飛ばした。
狙いはばっちり、これだけの質量があれば奴の体はぺしゃんこだ。
しかし!
「収納!」
右手の手のひらを円柱に向けたファールード。
円柱は彼の手に吸い込まれるように消失したのだった。
やるじゃないか、ファールード。
まさかこんな使い方をするなんてなあ。
「考えたな」
独白するように呟く俺へファールードの高笑いが響き渡る。
「発想の転換ってやつだよ。やはり俺は天才だ。いくらお前がウェポンマスターとはいえ、俺の手数には及ぶまい」
ウェポンマスターってスキルではないが、俺のスキルの特徴……様々なスペシャルムーブを使いこなすことは見抜かれているってことだな。
奴らの前でいくつもスペシャルムーブを使ったし、把握されていて当然といえば当然だ。
ちゃんと俺のことを研究してきたってことか。傲慢なだけだと思っていたが……面白い。
「俺はウェポンマスターではないぞ」
ただ時間を稼ぐためにファールードへ声をかける。
奴は俺の予想通り、話に乗ってきた。
「とぼけるのか。伝説に謳われる戦士のスキル『ウェポンマスター』。既に過去のモノだと思ったのだがな……ククク」
ファールードが悦に浸っている隙に赤色のポーションを取り出す。
「飲むがいい。これでお互いのスキルは把握した。五分のやりあいでないと意味が無いからな。伝説の戦士とあれば俺の相手として不足はない。この天才のなあ!」
その油断が命取りだぜ。ファールード。
「隠遁」
「何……。ウェポンマスターではないのか……」
驚いた表情を見せるファールードをよそに姿の消失した俺は奴へにじり寄る。
違うって言っているだろう。ウェポンマスターは全ての武器のスペシャルムーブを使えると聞くが、俺はSPを使用するスペシャルムーブならほぼ全て使いこなせるんだぜ。
だから、隠遁だって使える。
「まあ、何であってもいい。そのスキルは対策済みだ。ウィンド!」
ファールードめ。魔法も使いやがるのか。
しかし、ウィンドの魔法は大したことが無かった。
ウィンドは攻撃魔法と言うのも憚られる魔法で、単に強い風がふくだけだ。それ故、殺傷能力はまるでない。
魔法を使ったことで少しだけビックリしたけど、このまま奴をヤル!
ん、風に砂が混じっている。
マズイ!
俺は咄嗟にナイフを頭上に向けて払う。
カキンといい音がして頭上から落ちて来たフルーレを弾き飛ばした。