34.晩餐会
トネルコがクラーケンへ書面を送ってから二日後、奴らの手下が彼の店にやって来た。
蟷螂の警備員はちゃんと仕事をこなしてくれて、「ストーム・ファミリー」の名を名乗り、クラーケンの手下どもを追い返したと報告を受ける。
きっと奴らはまた近いうちにやって来るはず。
退けられてはいそうですかと引き下がっていては、既にクラーケンの看板を下ろしているはずだからな。
ガフマンとアレックスに加え、俺と村雲も交代でトネルコの店に詰めていたところ、ちょうど俺がいる時にクラーケンの手下どもがやって来た。
悠然とした態度で店の外に出ると、いるわいるわクラーケンの手下どもが。
モヒカン頭を中心に全部で十名か。この人数だとトネルコの店を取り囲むに十分だな。
うんうん、壮観壮観。見物人も集まってきているようだし、願ったりかなったりだ。
俺は余裕のある態度を崩さず、代表のモヒカン頭へ声をかける。
「よお、ヨシ・タツじゃないか。久しぶりだな」
「やはり、ストームさんかあ。まあ、そうだろとは思ったがよお」
「どうする? この場でやってもいいが?」
「あんたの強さは知ってらあ。これだけのギャラリーの前でやられるわけにゃあいかねえよお」
「お前にしては、安直だったな。グラハムの指示か?」
「ご想像は任せるよお。行くぞ。てめえら」
弱気なヨシ・タツの振舞いは、ここでコテンパンにやられるとメンツが丸つぶれってのは分かる。
彼は見た目とは裏腹に短絡的ではない。ボスのグラハムと違って、こいつは武芸こそ大したことないが、警戒に値するな……。
そうこうしている間にも、どいたどいたーとばかりに集まった群衆をかき分け、ヨシ・タツらは立ち去って行く。
ヨシ・タツはこの場で最善の行いをしたとは言える。
しかし、大勢で来たことはお前たちにとって悪手だぞ。
この群衆は俺一人を見て、クラーケンの大人数が引いた事実しか認識しない。
賢明なヨシ・タツなら気がつかぬはずはない。だから俺はさっき彼に「安直だったな」と言った。
もし、彼がここへ様子を見に来るなら一人で来るべきだったのだ。
この代償は大きいぞ。ヨシ・タツ。
きっとグラハムの安易な指示に違いないだろうけど、奴に意見し大勢で来ることを覆せないヨシ・タツの底も見えたな。
◆◆◆
この後の動きは俺の予想より遥かにはやかった。
ヨシ・タツらが立ち去った日の昼過ぎには、騒動を聞きつけたトネルコの店がある通りに立ち並ぶ店舗の人たちからアプローチがあった。
彼らは俺の元へトネルコを通じて食事の誘いをしてきたのだった。
それも一店舗や二店舗ではない。
一人ずつ会っていても時間がかかるし、店舗間で変な勘ぐりをされても困る。
だから、どうせなら一気に行こうじゃないか。
トネルコへ彼ら全て今晩の晩餐会へ招待するよう頼み、エステルの宿に料理を発注する。
料理はついでだ。もしエステルの宿で対応できなければ、適当に近くの食事処に頼むさ。
――晩餐会にて。
屋敷の大広間に集まってもらったが、思った以上に来客が多く立食会になってしまった。
前方を一段高くして演説席を作り、そこにトネルコが立っている。俺は彼の右側に置かれた椅子に座り会場の様子を伺っている。
頃合いと見たトネルコが俺に目配せをしてきたので、無言で頷きを返すと彼は大きく息を吸い込み声を出す。
「お集まりいただきありがとうございます」
ざわついた会場がトネルコの声でシーンと静まり返る。皆、彼の一言一言を聞き逃すまいとする態度が見て取れる。
それだけ、集まった人たちは真剣だということだな。
来客者には全員名簿に店舗名と名前を記載してもらっている。
名簿をチェックしたところ、全部で十五店舗、二十五名もの来客があったことが分かった。アウストラ商会の手の者が混じっているかもしれないけど、特に問題ない。
知られても構わないからな。むしろ、奴らに知らしめたいくらいだ。
名簿を確認している間にもトネルコの演説は続く。
「――というわけで、我がトネルコ書店はクラーケンとアウストラ商会に対する全ての支払いを停止いたしました」
おおおおとどよめきが走る。
満足気に頷いたトネルコは俺の方へ目をやり、ニコリと微笑む。
「理不尽な彼らに代わって、私を護ってくださるのが『ストーム・ファミリー』の方々です。こちらは、代表のストームさんです!」
トネルコの声に合わせて、立ち上がり手をあげる。
そこで、ぱちぱちと拍手が響き渡った。こういった場に慣れていないから、少し緊張している……。
「みなさん、『ストーム・ファミリー』はみなさんを護ることができます。アウストラ商会とクラーケンはもうたくさんだ! という方はぜひ私たちに警備をお任せください」
会釈をすると、先ほどより大きな拍手が!
彼らは俺に同意するように「そうだ! そうだ!」と声を漏らしている。
「ここに宣言します。今日を持ちまして、クラーケンの支配は終わったと。我々は我々で歩んでいく。どうでしょうか? みなさん」
怒声と歓声が入り混じり、会場が揺れた。
声が落ち着いて来た時を見計らって、今度はトネルコが語りかける。
「我々、『ヘッジホッグ通り』の店舗は『ストーム・ファミリー』へ警備をお任せしませんか? 手続きのやり方はこの後ご説明します」
トネルコの店は彼の言うようにヘッジホッグ通りと呼ばれる通り沿いにある。この通り沿いを巡回するだけなら、今の人数でも余るくらいだ。
ここをきっかけに「ストーム・ファミリー」の勢力圏を拡大していき、いずれはクラーケンを駆逐して見せよう。そのためにはもっと人数がいるけど、そこは冒険者ギルドからの引き続きの連絡と噂を聞きつけた者の参加を待つことにしよう……。
俺たちの名声が高まればきっと多数の参加者が来るはず……。
晩餐会の後、参加した店舗は全てクラーケンと縁を切ることを決めたのだった。
彼らの決定が噂を呼び、二日後には「ヘッジホッグ通り」の全ての店舗は「ストーム・ファミリー」の庇護下に入る。
◆◆◆
あれから一週間が経過するが、クラーケン側からは目立った動きが無かった。
俺たちの方はというと、ヘッジホッグ通りに隣接する東西南北全ての通りから護衛の依頼が来ていて、人材不足に陥りはじめている。
蟷螂も人員増強を急いでくれており、三名ほど増えたが警備範囲の拡大の方がペースがはやい。
街の人の中からも「ストーム・ファミリー」への参加希望者は集まってきているんだけど、少し問題があってだな……。
彼らの多くは戦闘経験さえ無いという状態なんだ……。そこで、待機してもらっていた引退希望の冒険者たちと共に魔の森中層で少し鍛えてもらっている。
三週間ほど籠れば多少マシになって戻ってきてくれるだろう。警備につくのはそれからだ。
というわけで、現在、これ以上の警備範囲の拡大ができない。
なので、警備希望は来るが少し待ってくれと言っている状況になっている。
焦っても仕方ないし、勢力圏の拡大自体は順調なんだ。
綻びがないように、ゆっくり進めて行こう。
なんて考えながら、何をしているのかというと……屋敷の執務室で書写を行っている。
まだ書写をしているのかと言われると困ってしまうが、書写本は必要だろ?
俺以外作成できないって商品も困りものだよなあ。いつまでも作っているわけにはいかねえ。
――コンコン
そろそろ一旦休憩するかと思った時、扉を叩く音がする。
「ストーム殿」
千鳥か。彼には隠遁でクラーケンの様子を探ってもらっていた。
毎日報告に来てくれるんだけど、まだ外は明るいぞ。どうしたんだろう。
ガチャリと扉を開け、千鳥を部屋に迎え入れた。