29.恐怖のポーション
あれから三日が経つ。
この間、エステルと一緒にお昼までは森の探索、昼からは拠点で作業という動きをしていた。
最初は簡単な罠の仕掛け方を伝授し、草食動物を狩る。エステルが慣れてきたようだし、そろそろ次の段階に進んでもいいかなあ。
昼からは指導役を千鳥に交代して、彼とエステルが体術とナイフを使った格闘術をくんずほぐれつで練習する。その後更に、エステル単独で弓の練習。
我ながら結構なスパルタだと思うけど、エステルは文句一つ言わず修行に励んでいてくれている。
手が空いた俺はといえば……拠点に少し問題が出たのでそっちに力を注ぐ。
問題とは、非常に単純な抜けであったのだが基本的過ぎて失念していた。
それは……「小屋が狭い」という事だ。
そらそうだよな。元々俺一人が住むために作った物で、ゲストが来た場合を想定して広めではあったけど流石に四人となると全員が小屋で眠るにも手狭過ぎた……。
そんなわけで、ひたすら木を切る。切る。切る。
切ったら枝を落とし、木材を作っていく。トレースの記憶があるから楽々な作業だ。
よおし、だいたいこんなもんかな。三日間で切り倒した木で家一軒分くらいは建てれそうなほどになったぞ。
パンパンと両手を叩き、満足気に積み上げた木材を見る。
夕焼け空が俺の成果を彩り美しい……。
自己満足に浸っていると、村雲から夕飯の準備ができたと声がかかった。
「村雲さん、夕飯の準備ありがとうございます」
「いえ、若。それがしは何もしておりませぬからな」
「いえいえ、村雲さんはあと二日は我慢してもらわないと」
「体がウズウズしておりますぞ」
四人分の器に村雲が作ってくれた鍋の中身を取り分け、腰を降ろす。
千鳥とエステルはまだ練習中かな?
お、戻って来た。
「お待たせしました」
「今日は少し遅かったね。何か問題が出たのかな?」
急いで走ってきたエステルは、若干息があがりながら自分の席である岩の上に腰を降ろす。
一方の千鳥は彼女と同じように駆けてきたのだが、息一つ乱してない。この辺はさすがの基礎体力の差だな。
「いえ、今朝レベルが一つあがったので、『ステータス鑑定』をできる回数が増えたんですよ」
ステータス鑑定は使うたびにMPを消費するから、トレースのようにずっと使い続けることができないんだ。
エステルは弓の練習の後にステータス鑑定を使ってもらうことにしている。レベルが上がった分、MPが増えたから、いつもより時間がかかったってわけか。
「なるほど。MPが減った時の疲労には慣れてきたかな?」
「はい。MPがあとわずかになっても大丈夫になりました!」
レベルがもっと上がれば、連続使用できる回数も増えスキル熟練度の伸びもよくなると思うんだけど……あ、待てよ。
「エステル。食事の後に……ちょっと待ってて」
「はい」
俺は急ぎ小屋に入り、紫色のポーションを持って戻ってくる。
「これは……?」
ポーションを手に持ち不思議そうな顔のエステルへ、俺はニヤリと得意げに彼女へ言葉を返す。
「これはMPが回復するポーションなんだ。それを飲んで、MPが回復したらまた練習ができるよ」
「それはすごいです! でも、お高いものじゃあ……」
「そうでもないよ。魔術師ギルドの学生が練習で作ったものだから」
「そうですか。でしたらありがたく」
エステルはビンの蓋を開け、紫色の液体を口に含む。
その瞬間、彼女の顔がこれでもかってほどにぎゅううっと渋い顔になって……。
「エステル。飲めそうになかったら吐き出してくれよ」
俺の言葉に対し、手を前にやって大丈夫と伝えるエステル。
そのままゴクリと喉を鳴らし、残りも一気に飲み干した。
「エステル殿……」
すかさず千鳥がエステルへ水の入ったコップを手渡す。
「ごくごく……ふう……」
「エ、エステル……無理して飲まなくても……」
眉間の皺がすごいエステルへ声をかけるが、彼女は顔をしかめたまま「大丈夫です。も、もう一杯いけます」とか健気に呟いている。
「で、では……拙者、取って参ります」
ま、待て。千鳥、空気を読んでくれ。エステルは明らかにもうダメって感じだろ。
「千鳥!」
俺の呼びかけは間に合わず、千鳥は新たな紫色のポーションを持って戻ってきてしまった。
「千鳥さん、先ほど回復したMPを使ってから……ストームさん、手を」
「や、やめておいた方が……」
「大丈夫です」
エステルは戸惑う俺の手を取ってステータス鑑定を繰り返す。
そして彼女はMPが尽きたのか、反対側の手で紫色のポーションを掴み一気に飲み干した……。
「マズいです。もう一杯!」
「も、もうやめておこう。な?」
「大丈夫ですよ! ストームさん。なんだか癖になってきました」
「あ、あまり一気に飲むと影響が心配だ。今日のところはこれで、な?」
「はい、手を……いいですか?」
「うん」
再びステータス鑑定を繰り返すエステル。
なんだか、鬼気迫るものがあって怖い……。
だって、顔がずっとしかめっつらなんだもの。
食事がつつがなく終わった後、エステルが洗い物をしてくれるというので俺と千鳥は小屋に入る。
で、目の前には紫色のポーションが鎮座しておられるのだ。
俺と千鳥はお互いに目配せをし合う。
「千鳥からどうぞ」
「いえいえ、ストーム殿から……」
「いやいや」
「いえいえ」
微妙な顔になる俺たち。
仕方ねえ。ここは俺から……紫色のポーションを手に取り、蓋を開ける。
顔を近づけると、な、何だこの臭いは……。甘い香りなのに磯臭い。不気味過ぎるぞこれ。
無言で千鳥に紫色のポーションを寄せると、くんくんと臭いを嗅いだ彼の顔がフレーメン現象を起こす。
「これ……やばいよな」
「嫌な予感しかしないでござる」
「ふむ。あ、後ろにエステルが!」
「え? むぐ……ごくん」
あ、千鳥がぶっ倒れて足をピクピクと痙攣させているではないか。なんとも恐ろしい飲み物だ。
これは飲んではいけない。
俺は彼へ水を渡し、この場を立ち去ろうと……。
「ストーム殿……」
ぐわしと肩を掴まれた。
「な、なんだろう?」
「あーんしてください」
「えー」
「あ、あのですね。実は拙者……」
千鳥は思わせぶりに上目遣いで俺を見つめてくる。
「実は?」
「あ!」
「ぐえ、うえええ。ごくん」
や、やりおったな。こいつ。
魚ぽい生臭さがあるのに、やたらめったら獣臭ぃいいい。それに加え、なんだかフルーティな甘味が怖気を誘う。
それに触感もドロリとしていて口の中に残り、嫌すぎる。
水、水をくれえ。
もんどりうって倒れたところで、千鳥がようやく俺に水を渡してくれたのだった……。
こいつは下手すりゃ死人がでるぞ。
フラフラになりながら小屋から出ると、ちょうどエステルが洗い物を終えてかまどに戻って来たところだった。
「エステル、アレはダメだ。ダメだ……」
「アレとは何でしょうか?」
「ポーションだよ。ポーション。あの紫色の」
「大丈夫ですよ。なんともありませんし。MPが回復すればスキル熟練度があがりますよ!」
「そ、そうか……」
この日、俺は彼女が強がっているだけだと思っていたんだ。
翌朝、朝食前にステータス鑑定を使ってMPを減らしたエステルは、紫色のポーションを飲んでいた……。
彼女は平気な顔で「MPはいつも通りです」と言ってのける。
そのかいあってかエステルのスキル熟練度はぐんぐん上昇していく。
一週間もたたないうちに、彼女のスキル熟練度は五十に到達する。そのころには持ち込んだ全ての紫色のポーションは飲みつくされていたのだった。
ほ、補充に行くとしようか……。