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いちごの丘(ショート)

作者: 大野竹輪

〇もくじ


オープニング


第1部 <Part 1> ~ <Part 4>

第2部 回想

第3部

第4部



原作: 大野竹輪



< オープニング >


子供が作った手作りのパンフレットと、「いちごの丘」で描いた2人の絵が画面いっぱいに映る。


<<<<< TV画像に父と子が映る >>>>>

父と子のライブ演奏が数分放映される。


ここは、とある居酒屋。

カウンターで1人の女性がそのTVを見続ける。


<<<<< ここで「いちごの丘」のタイトル表示 >>>>>


第1部

< Part 1 >


ここは中野地区のすぐ東隣にある山手地区。


のどかな山のふもとに広がる台地が計画的に整備され、都会の衛星都市として年々急激に発展してきた場所である。


そして現在、ようやく人口も落ち着き始め、多くの会社や商店も進出してきた。


さて、駅に近い商店街のすぐ近くにはレストランや喫茶が数軒並んでいた。

ここはそのレストラン。とくに理由もなく立ち寄った男がいた。


「いらっしゃいませ。どうぞ空いている席へ。」


女性店員が爽やかな声で案内する。男は窓際の4人用テーブル席に座った。

それを見てすぐに店員がやって来た。


「ご注文がお決まりになりましたら、そちらのベルでお知らせ下さい。」


確かにテーブルの隅には呼び出しベルが置いてあった。

男はメニューを広げて何か探し物でもするかのように隅から隅まで見入っていた。


そしてベルが鳴る。店員がやって来た。


「お待たせしました。ご注文をどうぞ。」

男が頼んだのはランチメニューだった。


やがて注文した料理がテーブルに置かれ、そして1時間が過ぎた。

男は窓の外を眺めながら、


「綺麗だ・・・」


それは外の景色のことではなかった。

店員の女性がまるでモデルのように綺麗だったからであった。


やがて店を出た男は、週に1回は必ずこのレストランに来るようになった。

さすがに店員も顔を覚えたようで、

「いらっしゃいませ。」


ニコニコしながら挨拶した。

男はそれがとても嬉しかったのだ。

店員の名前はタグを付けているのですぐにわかった。


「香里」さんか・・・


さらに何度か来る事で、ときにはアイドルタイムで、彼女と2人だけの日もあった。

そんな時はすかさず声をかけて世間話をした。


この積み重ねが良かったのか、ある日勇気を出して、

「良かったら、一緒に桜を見に行きませんか。」


最初彼女は笑っていた。

そりゃそうでしょ。単に冷やかしという客も多いらしい。男はそれもわかっていた。



勇気を出して、その後もこの店に通い続け、


「もうすぐ春ですね。」

「そうですね。」


男はその言葉が通じているのかどうか不安だった。

たぶんこの時点でも彼女は単なる付け足しのセリフでしかないんだろうな。

男はそう考えていた。


しかし、気持ちはどんどん彼女の事でいっぱいになっていった。



そして、ついに・・・

「桜が満開になったら見に行きませんか?」

真剣な表情が彼女を動かしたのか、

「はい。またそのときにね。」


それでも、まだ不安があった。きっと冗談なんだろうって、急に見に行く日の直前に、

「急用があって、残念ですけどまたの機会に・・・」

なんて事になるのもありか・・・



そんな心配が日々頭をよぎりながら過ぎていった。

男の部屋には小さなレシートがあった。

それは初めて彼女に出会った日の店のレシートだった。



やがて春が来た。

男は彼女のいる店に行った。


「いらっしゃいませ。」


男は様子を見ながら勇気を出してそっと尋ねてみた。彼女はゆっくりとうなずいた。

「よかった・・・」

男はこの日店でゆっくりとくつろいだのであった。



< Part 2 >


デート当日。まさに絶好の日和だった。

都心では有名な上野の恩賜公園。


予想通りさすがに人は多かった。


ここは博物館と動物園もあるので家族連れをはじめ、老若男女、さらには外人まで・・・すごい人ごみだった。

そんな人を迎える桜はとんでもなく綺麗に咲いていた。


道の両側に並ぶ桜並木が2人を優しく迎えていた。

彼女は大きな輝く目でじっと桜を見ながら言った。


「わー、綺麗だ・・・」


男は彼女の方がずっと綺麗だと思った。

そう言いたかったが・・・


「ほんとですね。」


普通の会話になってしまった。


見るところ見るところ、全てが満開の桜で満たされていた。

男は持ってきたデジカメで頻繁に写真を撮った。

もちろん彼女を写したかったので、しっかりショットを選んで撮った。


「私も撮ってあげる。」


彼女はそう言ってデジカメを受け取り、男の写真を撮った。

男にとって人生最高の日になった。


「明日になって欲しくない・・・」


そんな願望が太陽の動きを早めていた。


夕方はすぐにやって来た。


「もう・・・」

「疲れちゃった。」


男は近くの喫茶に立ち寄った。


「桜、本当に綺麗ですね。」

「そうですね。でも香里さんの方がもっと綺麗です。」

「もう、お世辞はダメですよ。」


彼女は笑って言った。


こうして2人は山手地区に戻ったのであった。



その後も男はちょくちょく彼女のいるレストランに寄っていた。


もう一度デート出来ないだろうか・・・男なら誰しも考えること・・・



花見から数日後のレストランで。

「香里さん。写真出来ましたよ。」


男は数枚のA4にしたパネルサイズの写真を見せた。


「わー、すごい。大きいのね。」

「部屋に飾れるようにと思って。」

「見せてください。」

「いえ、全部あげます。」

「え、こんなに・・・でも・・・」

「香里さんの写真が撮りたかったから私の分もあります。よかったら部屋に飾ってください。」

「ありがとう。」


彼女はA4サイズの封筒を受け取った。

写真は当然どのショットも2枚ずつ印刷していて、すでに男の部屋に飾っていた。

と言っても、もちろん彼女のショットだけしか飾っていないのだが。

おそらく彼女の方は桜しか飾らないだろうなぁ・・・という余計な考えも・・・でもいいや、喜んでさえくれたら・・・それが男の本音だった。



その後のレストランでは、男が来ると彼女も気さくに話してくれるようになった。


「桜はとても綺麗に写ってましたよ。」

「ほんと? 嬉しい。」


彼女はとても元気だった。


「また写真撮らせてください。お願いします。」

「えー、私じゃなくても景色だけでいいのに。」

「いえ、一緒に行きたいんです。」

「・・・考えときます。」


微妙なセリフが男の心を振り子のように動かした。果たしてこれは○なのか×なのか。


その後も男はレストランに通う事が多かった。

ただ会えるだけでいい・・・そんな気持ちが少しずつ少しずつ、やがてもっと会っていたいと変わっていくのがわかった。


・・・頑張ってまたデートに誘うことにしよう・・・



数ヶ月が過ぎた。

なかなか男の望みが叶う様子はなかった。

それは男がどんどん彼女を好きになっていったからでもあった。


それでも男は辛抱強くレストランに通った。

すると思いがけないチャンスがやって来たのである。



ある日のレストラン。

男はいつものようにいつもの席に座った。アイドルタイムだったので客は他に1人もいなかった。

窓の外はやや強い風が吹いていた。


「しまった。こんな日に洗濯物を外に干してしまった。」


やや心配になったのだが、ここに居ることがそれよりもっと大切な事であった。


こんな日にめずらしく酔っ払いの客が2人入って来た。

「いらっしゃいませ。」

「よう、ねえちゃん。席は空いてるかい。」

「はい、どこでもどうぞ。」


彼女がいつもと変わらない笑顔で案内した。

2人の客が席に着いた。


いやな空気が店を覆っていた。

というのは、例の客が頻繁に彼女を呼ぶのだ。それもつまらないことで・・・


ピン~ポン~♪


「はい、伺います。」

「ねえちゃん、灰皿あるか?」

「はい、こちらです。」


彼女はそう言うと、お決まりの灰皿の積み木から1枚取り、客の席の隅に置いた。


少しして、ピン~ポン~♪


「はい、伺います。」

「ねえちゃん、フライドポテトちょうだい。」

「はい、わかりました。」

「えらー、綺麗やねー・・・」


彼女は笑って誤魔化していた。


「はい、ポテト、お待たせしました。」

「いやー、なかなか綺麗なポテトじゃな。」

「・・・・・」

「でも、ねえちゃんの方がもっと綺麗だよ。」

「あはは、ポテトは冷めないうちにどうぞ。」

「いやー、ねえちゃんが持ってきたから、大丈夫だよ。」


意味不明な会話だった。



しばらくおとなしくしていた客だったが、


ピン~ポン~♪


「はい、伺います。」

「ねえちゃん、ポテトに灰が入ってしもうた。」

「あ、新しいのと変えましょうか?」

「え、お金いいの?」

「え、ええ・・・」


本来はダメだと思うが・・・客の様子を考えて判断したのだろうか。


やがて新しいポテトが来た。

「はい、ポテトです。」

「よー、温かい香りがする。」



この後、数分で2人の客はレジで会計をしていた。

「いくら?」

「1200円です。」


客は札を出した。


「お客様、1000円足りないです。」

「えー、2000円出したろうが・・・」

「いえ、1000円しか。」

「そんなはずはない。」


レジでもめ始めた。


酔っ払っているので1枚と2枚の判断がつかないんだろう。もう一人の客まで、


「2000円、出したよ。」

「いえ、1000円。」

「ええい、店長呼べ。」



男はすぐにレジに行って、

「お客さん、確かに1000円しか出してなかったですよ。」

「なんだ、あんたは?」

「ほら、上に録画カメラがありますから。」


男はカメラを指差した。


「はあーん?」


一瞬間が空いたが、客は諦めたのか、


「もうええわ。」

小銭200円を出して、店を出て行った。


男は席に戻った。


彼女がすぐにやって来て、

「ありがとうございます。」

「酔っ払いだから、わかってないんだ。」



店にやっと平和な空気が戻ったのであった。


< Part 3 >


お店でのいさかいのおかげで、男と彼女が時々デートすることになった。


「名前は何て言うんですか?」

「寛治といいます」


デートの帰り道。


寛治「またデートしてもらえますか?」

香里「ときどきなら・・・」


その後、毎日が早く過ぎて欲しい寛治だった。



2ヵ月後。寛治は再びあの店に行った。

今日こそはデートに誘うぞ・・・

そんな思いが自分の体を締め付けていた。


寛治「あのー、よかったらデートしてもらえませんか?」


彼女は少し考えたが、


香里「少しなら。」


こうしてとりあえず2時間ならということでOKをもらったのであった。

時間が少なかったので近場にあった「いちごの丘」がデートの場所になった。



その後は2、3ヶ月に1回のデート。場所はいつも「いちごの丘」だった。




そして5回目で寛治は告白。


寛治「一緒になりたい。オレは香里をずっと守りたいんだ。」

香里「しばらく考えます」



ここからが長かった。2、3ヶ月たっても返事が来ない。

しかし寛治は待った。



時々スナックに通い、自分を責めていた。

スナックのママ景子は中学の同級生だった。


景子「頑張れ。きっとうまくいくよ。」

寛治「そ、そうかな・・・」



一方香里の家。

母親の真理と香里の2人暮らしだった。

2人は居間で向かい合ってリンゴを食べていた。


真理「どうしたの?元気がないよ。」

香里「うん・・・」

真理「彼のこと?」


しばらく沈黙が続く。


香里「私は彼の事が好きなんだけど、愛せないの。でも彼は私の事が好きじゃなくて、ただ愛しているだけなのよ。」

真理「え、どう違うのよ?」

香里「私は彼に私を好きになって欲しかっただけ、それだけなのよ。」

真理「よくわからないわ。お付き合いって段階があって、最初は好意を寄せて少しずつ好きになってく、やがてたまらなく好きになった時、相手を独占したくなる。そして愛が芽生えて、やがて愛し合うように思うけど・・・」

香里「それは昔の事よ。今の世代はそんな段階なんてない。お互いの間には好き嫌いか、愛情かしかないの。」


真剣な表情で話す香里。


真理「つまり友達でいるのか、一緒に暮らすかって事かなぁ・・・」

香里「そう、そうなのよ。」

真理「うーん、わかったような気もするけど・・・」

香里「一緒に住んでいても、ただ好きなだけの場合もある。住む事と暮らす事は違うもん。」

真理「えー、今ってそんな時代なの?」

香里「そうだよ。一つの家の中にも大きな壁があるのよ。お互い立ち入ることの出来ない壁ね。」

真理「そう、何だか香里が言いたい事が少しは理解できたかも。」

香里「ありがとうお母さん。」

真理「初めてだね。」


真理にとって、娘が「お母さん」と呼んでくれたことが嬉しかったのだ。


香里はちょっと考え込んで、

香里「かもね。」

真理「母さんこそ、ありがとう。」

香里「お母さん、今日一緒に寝てもいい?」

真理「いいわよ。」


真理は何年ぶりかで娘と一緒に寝る事になって、とても嬉しくなった。


やがて夜になって、そして2人共風呂から出た。そしてそれぞれの部屋に入った。

真理の方は鏡台に座ると、急に化粧を始めた。


真理「何だろうか。これは普段の私なんだろうか・・・」


扉を叩く音がした。

香里「お母さん。」

真理「いいよ。」


香里が中へ入って来た。そして化粧をしている様子を見て、

香里「ねえ、お母さん。どうして化粧しているの?」

真理「さあねえ。これが私の本当の日課なのかも・・・」

香里「いつもしてないくせに・・・」

真理「だって、香里に年老いた顔のドアップを見せるわけにはいかないから。」

香里「あはは、おっかしい・・・」


香里は笑い転げた。そして母の姿を見て嬉しくなった。


真理は鏡台の前から離れるとすぐに香里のところに行き、思いっきり抱きしめたのであった。


懐かしい温もりがそこにはあった。

真理は抱きしめながら、


「昔はもっと小さかったから左腕が一回りしたんだっけ」


そしていつも同じ左に寝かせていたことがいつの間にか香里が左利きになっていたのである。



やがて香里は、曖昧にも彼についていく決心をしたのであった。



< Part 4 >


寛治と2人で暮らし始めて1年後、子供ができた。


一番喜んだのは香里の母真理だった。


真理「私が面倒みてあげるから。」


そう言って香里の負担を極端に減らす真理だった。

子供が香里の家にいることから、寛治は彼女の家に通う日々が続いた。


寛治は彼女の家に行くたびに、色々手土産を持って行ったのであった。


真理は気を使ってか、寛治が来るとなるべく自分が奥の部屋に行って、赤ちゃんを見ていた。


一見平和そうに見えるこの情景・・・寛治は何故か不思議なオーラを感じていた。


・・・意外に彼女と彼女の母親の会話が少なかったのである・・・



1ヶ月もたたないある日。


彼女「別れる」

寛治「え?、 でも子供はオレが育てる。」

彼女「勝手にしたら」


そう言って香里は家を出て行ってしまった。



家に戻らない彼女。寛治は彼女を待つために、しばらく彼女の家に住みついた。



数日後、母親真理が過去を話す。


真理「じつは、」


どうやら、両親がうまくいかなかった時、母が父を避けたので、父が娘(彼女)をかまうようになった。

最初はたいした事がなかったが、ある日父と娘が寝てしまった。

母はその事をすぐに気づかず、数ヵ月後の娘の様子がおかしいのを見て悟った。


結局両親は離婚。

父は別の女と暮らしてしまったのであった。


寛治「そ、そうだったんですか・・・」


あまりにも聞きたくない話ではあったが、これも運命なのか・・・


この日から寛治は彼女に対する全ての行動が変わっていった。


娘の子はまだ赤ちゃんだったので真理は必至で育てていた。というのも、真理はすでに60歳を超えていたので、体力的に無理をする日も多くなった。やはり2人で育てるのとは勝手が違うようだった。

さらにはそんな辛ささえ寛治は気づいていなかった。



そして月日が経っていった。



真理はずっと寛治を意識していた。毎日の疲れもだんだんと溜まっていき、どこかに投げ出したい気持ちが少しずつ現れてきた。しかし寛治はそんな真理の気持ちがわかっていなかった。



ある日の朝早く、まだ外は薄暗かった。

真理は鏡の前でじっと自分を見つめていた。じっと自分の両手を眺めながら、

「私は何を求めて生きているんだろう・・・」


そう考えると、急に化粧をし始めた。

普段にない、やや厚化粧で、さらに肌が透けて見えるシルクのワンピース。

下着もはかないまま、そのまま寛治の部屋に入って行った。


寛治は寝ていたので、真理はその横にそっと入った。

香水の香りが寛治のハートを動かしたのか、そのまま彼は真理を抱きしめた。

真理は久しぶりの快感を自分のやすらぎにしていた。



興奮が終った頃、寛治は目が覚めて、自分が何をしているのか理解した。

が、性欲は2人とも同じだった。



その後は、ほぼ毎日のように2人が一緒に寝ていた。

そして、それが真理の癒しになっていったのである。



ある日の午後。真理は自分の部屋でぼーとしていた。

そしてこれまでの人生を振り返りながら疲れを癒していた。




第2部 回想


――――― ここからは これまでの回想です ―――――


りょうが36歳になって、生活のこともあり、家から比較的近い「リトル・キッチン」で働くことにした。

ここだと食事も付いているので、生活に困らなかった。

また、ホールだと知っている人に会うのがいやだったので奥のキッチンをなるべく手伝っていた。

キッチンでは先輩のコック石野洋がいて、親切丁寧に教えてくれた。



その後5年が過ぎ、洋の誘いで近くの駿河台緑地公園に時々寄って、仕事の愚痴の言い合いをしていた。

やがて洋の優しさに心が動かされたのか、デートするようになった。


2人は目立たなくしたかったのか隣町まで行って、見晴らしの良い「いちごの丘」がもっぱらのデートコースだった。


りょう「爽やかな風だね。」

洋「そうだね。」

りょう「どうしたの、ちょっと暗い気がするけど・・・」

洋「いや、別に何でもないよ。」


洋はややうつむきかげんにして言った。


りょう「いやだぁ・・・こんなの。」


りょうは洋の左腕をしっかりと両手で握った。

彼の元気の無さが伝わってくるかのようだった。


りょう「もしかして、昨日の事?そうでしょ、きっとそうよ。」


実は昨日同じこの場所で・・・


洋「なんだかすごく元気だね。」

りょう「うん。今日はとても言いたい事があってね。」

洋「何だい?」

りょう「えへへ、実はできちゃったの。」

洋「え?」

りょう「洋の子供。」

洋「・・・」


翌年、彼の子供ができたので、りょうは仕事を辞めた。


1人で子供を見ることが大変だった事を知った彼の母親真理が、幼い間をずっと面倒見てくれることになった。


りょうは、そんな真理の優しさにいつも感謝していた。

いつかは自分も彼女のような母親になれたらと思ったのである。

子供の名前は彼と2人で「香里」に決めた。



こうして何年かが過ぎていった。


そしてようやく香里が小学校に行くようになった時、母親真理が高齢だったこともあって過度の疲労で寝込むようになった。



まもなく母親真理は息をひきとって、ここからがりょうの大変な生活が始まった。

というのも、洋もこの時期に家を出てしまって、戻らなくなったからである。


相談する友達といえば高校が同じだった晴海ぐらいなので、彼女の店に悩みを打ち明けに行った。


晴海「いらっしゃい。まあ、久しぶりね。」

りょう「こんばんは。」


晴海の店は夕方5時からだった。

店の中は昔とはすっかり変わっていた。

壁にはたくさんの写真が貼られていた。

どうやらここを訪問した有名人らしかった。何枚かはサインもしてあった。


りょう「居酒屋みたいだね。」

晴海「居酒屋だよ。」


晴海は笑っていた。


晴海「とてもじゃないけど、スナックだと客が来ないから、居酒屋っぽく変えたのさ。」

りょう「でも、この方がいい感じがする。」

晴海「やっぱり・・・ありがとう。で、何かあったのかな?」

りょう「うん。じつは・・・」


晴海は学生時代からりょうには優しかった。

事情を知って、協力してくれる事になった。


りょうは、子供が学校に行っている間はパートで働き、夜子供が寝たら、晴海の店を手伝っていた。

食料は晴海が助けてくれたので、生活費はさほどかからなかった。


りょう「いつかこの分は・・・」

晴海「いいんだよ。今後また助けてもらう日もあるだろうからね。」


晴海はとても親切で優しかった。

暇な時は、石野家まで出向いて、学校が休みの日は子供の相手もしていた。


やがて子供は晴海を「晴海おばちゃん」と呼ぶようになった。



石野家では、香里はこれまで真理に育てられていたので、香里にとっては真理が母親という意識が強かった。

あまりに「真理」を意識するので、仕方なくりょうは真理の名前をもらって、香里に自分が母親だと信じ込ませた。

香里にとっては「真理」が「母親」という認識が消えなかったから、特に問題なく生活ができた。


こうして真理と香里の2人の生活が始まったのであった。



第3部


寛治は彼女が心配になり、子供は真理に任せて、なるべく彼女がどこで何をしているのか追跡することにした。



探偵に依頼して、およそ1か月。ようやく彼女の居場所を突き止めた。


彼女は毎日仕事が終ると、居酒屋で酒を飲んでいた。


当然かまう男が多かったが、付きまとう男たちに彼女は父がヤクザだと言ってウソをついていた。



やがて寛治が追跡を始めたある日。

気分が悪かったのか彼女が急に河原に行った。


周りは誰もいない。

寛治は堤防の上にいてしっかり彼女を監視していた。


1時間後、もう1台の車が彼女の横に止まった。


寛治はやばいかも・・・と思い、普段仕事で使っていた大きなサーチライトを3つと蛍光棒を出した。


予想したとおり、車から男が2人出てきて、彼女と口論し始めた。


そして、男が彼女に抱きついた時、

ライトが光った。


男の1人が振り返る。

さらに2つ目のライトが光った。


もう一人の男が振り返る。

さらに3つ目のライトが光った。


3つのライトは少しずつ距離をおいて置かれていた。


最後に蛍光棒も光らせた。


2人の男があわてて車に乗り、逃げ出した。


彼女は怖かったのか少し震えていた。

そしてその場にうずくまった。


寛治はライトを消して、ゆっくりと彼女の傍に近づいていった。


寛治「大丈夫か?」


彼女は寛治とはすぐには気づかなかったので、身動き一つしなかった。


しばらく沈黙がつづく・・・


寛治はうずくまっている彼女のそばを離れなかった。


1時間以上たった頃。

ようやく彼女が寛治の方を見た。やや、暗かったのか彼女は、


香里「誰ですか?」


彼女は最初彼を警察官と思った。


寛治が彼女の傍に来た。

そして彼女は寛治と知ったとたん、


彼女「ほっといてよ」



こうしてまた日々が流れる。

しかし寛治は追跡を続けた。



その後も何度かの危機を乗り越えた2人。

それでも彼女は家には戻らなかった。



彼女はスナックで働いていた。そして、仕事が終わると居酒屋に行くのが日課だった。


その後も彼女は家には戻らなかった。


そして月日だけが過ぎていくのであった。



第4部


子供が3歳になる。

子「お母さん、帰ってこないの?」

ばあさん「いや、そのうちに帰ってくるよ」


時々オレは子供を連れて「いちごの丘」で一緒に絵を描いていた。



子「お父さん、ここに『いちご』って書いてあるけど、イチゴはどこにあるの?」

「どこにもないよ。」

子「えー、じゃなんで『いちご』って書いてあるの?」

「それは・・・」


『いちごの丘』というのは、その昔ここでイチゴの栽培をしていたハウスがいくつかあった。

当時はけっこう近隣の町から多くの客がイチゴ狩りに来ていたらしい。

しかし3代続いた時、経営者の跡継ぎがいなくなったようで、その後ハウスは壊されて、今はその頃の姿形さえ残っていないのであった。


子「ふうーん。あー、イチゴが食べたくなった。」

「じゃ、帰りに買って帰ろうか?」

子「うん。」


このあとすぐに子供の絵の中に数十個のイチゴが描き込まれていた。


時間が経って、数羽の鳥たちが丘を横切って飛び交っていた。


「そろそろ帰ろうか?」

子「うん。イチゴ。」

「わかった。」


このあとオレは子供と一緒にスーパー「ゲキヤス」に立ち寄ってから帰宅した。


子「ただいまぁ。」

ばあさん「ああ、お帰り。」

ばあさんは子供が買い物袋を持っていたのを見て、

ばあさん「おや、何だいそれは?」

子「これ、イチゴ。」

ばあさん「へえー、夕食のあとに皆で食べようかな。」

子「うん。」


オレは子供が描いた絵を子供の部屋に飾った。

「だいぶ増えたな・・・」


この日から以後、子供の絵にはイチゴの赤玉が増えていた。




久しぶりにあの店に行くことにした。

当時賑やかだった繁華街は人もまばらだった。

そして店はその中央の角にあった。

扉を開けるとランチタイムだというのに客は1人もいなかった。


「いらっしゃいませ。」


奥の方からオーナーの声が聞こえた。

オレは懐かしい窓際の席に座った。

外の景色は以前とはすっかり変わっていた。


何だろうか?この静けさは・・・

外の静けささえ感じ取れる光景だった。


オーナーがやっと出て来た。


「あっ、久しぶりですね。」

「覚えてくれたんですか。」

「そりゃそうでしょ。」


オーナーはニッコリとしながら、


「で、彼女は元気ですか?」

「は、はい。元気ですよ。」


あまり言いにくかったが、軽く自然な返答をした。


「今日は何にしますか?」

「ランチやってます?」

「はい、今日はハンバーグです。」

「ではそれでお願いします。」


オーナーは頭を軽く下げるとすぐにキッチンに入った。


やがてオーナーがジュージュー音を立てながら、プレートを持って席に来た。


「お待たせしました。」


オレは懐かしさのあまり、ゆっくりと昼のひとときを過ごすことにした。


やがてオーナーが食べ終えた皿やプレートを取りに席に来た。


そしてさらに少し時間が過ぎて、オーナーがオレのテーブルの前に立ち、

「前に座ってもいいですか?」

「はいどうぞ。」


オーナーは店をたたむか否か悩んでいるという話を始めた。


「そうですか・・・」


オレはしばらく考え込んで、


「オーナー、もしよかったらこの店で働かせて下さい。」

「え、本当ですか?」

「はい。店内のレイアウトを少し変えて、客層も変わるようにしたいんです。」

「いいですよ、お任せします。」



こうして店の内装を半分以上変える事にした。

それも業者に委託するとかなり高額になるので、ホームセンターでいろいろ素材を揃えて、なるべく1人で変える事にした。



約2週間後、店の外に「リニューアル・オープン」の看板を出して店を再開した。

テーブルの一角はミニライブの出来るスペースを作り、そこにはマイクスタンドとキーボード、ギターを置いた。

そして後ろの背面、左右の壁のスペースには子供と一緒に描いた絵を展示したのだ。



オレは子供と一緒に何かしたかった。子供に楽器を持たせてみよう・・・

骨とう品を扱っている「リサイクルショップ」で、小さなキーボードを見つけた。


オレはそれを買って、子供に与えた。

もちろんおもちゃくらいのつもりであったが・・・


子供の能力は恐ろしいものだ。

やがてキーボードを単純だが弾くことを覚えた。



毎週末、30分だけ、この店でオレと子供の2人のライブが行われるようになった。

子供が作った手作りのパンフレットと、「いちごの丘」で描いた2人の絵がライブの壁面装飾になっていた。



数ヵ月後。

ライブが少しずつ知られるようになって・・・



子供の4歳の誕生日ライブの日。

突然彼女が店に聴きにきた。

オレは気づいたのだが、ライブを続けた。


そしてオレはとっさに閃いて、この日は特別に子供に歌を歌わせることにした。


「母に捧げる歌」


彼女の目に涙が出て来たのがわかった。


歌が終って、会場から大きな拍手が鳴り響くなか、彼女が子供の傍に来て、子供を抱きしめた。


会場が今度は涙の渦でいっぱいになった。



こうして3人で初めて家に戻った。が、彼女の母親はそこにはいなかった。


彼女はショック・・・


オレはテーブルの1枚の手紙を見つける。


「きっと帰ってくると 信じています」


とうとう泣き崩れる彼女・・・


翌日。ここは彼女の母の墓の前。


3人はそれぞれに思うことがあった。

彼女の頬から一筋の涙がこぼれていた。



やがて数ヶ月が過ぎた。

3人の生活が始まって、一緒に「いちごの丘」でピクニック。

きっと周りからみると、どう考えても普通の家庭、普通の親子、普通の・・・



そして翌年。

2人目の子供が産まれたのだが、実はオレには話さなかった。

彼女は1人で産んで1人で育てると言って家を飛び出したのである。



―― 完 ――







登場するBGM一覧


ストロベリー・フィールズ・フォーエバー (ビートルズ)

夏色のおもいで (チューリップ)

青い影 (プロコルハルム)

ケアレス・ウィスパー (ワム)

ブランケット・オン・ザ・グラウンド(ビリー・ジョー・スピアーズ)

母に捧げる詩 (ニール・リード)


この小説は「キラキラヒカル」全集の別冊の1つです。


キラキラヒカルは新しいカテゴリ、「4次元小説」の1冊で、これまでにはない新しい読み手の世界を考えて描いてあります。


なお、「もくじ」は配布している冊誌の表紙裏を入れました。

このシリーズでは、登場人物一覧は「ハンドブック」に記載しています。そちらをご覧ください。


<公開履歴>

2018. 5.    「小説家になろう」にて公開


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