第八話 虎事変
東 一平、二十八歳。職業・探偵。この街で『東探偵事務所』なるものを細々と続けている。
近くの街並みと同様の木造の建物である事務所の二階は、その晩明かりを灯し続けていた。
「用件とは、なんでしょう」
東は夜遅く訪ねてきた依頼人に話を伺う。
依頼人の名は、西 京太。五十一歳の猟師兼農家。この町で何年も前から農業を営んでいる男だ。
この日、狩猟期である一月ということで、西は猟師の仲間と共に猪狩りに向かった。この町の北部にある山間部へ車を走らせ、狩りの準備を始めた一行。しかしそこで彼は血痕を発見したという。仲間と共にその痕を追っていった西。すると、そこには血を流し倒れている猪の姿があった。
そこまでの話を聞いて、東探偵は頭に疑問符を浮かべた。
「はて…それで、私に依頼とは?」
「だから、その猪を殺した奴を見つけてほしいんだよ。猪の体にあった傷はおっそろしい切り傷だった。ありゃあ大きな怪物のしわざにちがいねえ。そんな奴が森をうろついてるようじゃあ、おちおち狩りもできやしねえ」
そう西はまくし立てた。
「しかし、怪物…そんなものが本当にいるのか知りませんが、それを探すというのはもう警察の仕事ではありませんか?」
「いや、警察は全然相手にしてくれねえ。隣町の事件で忙しいんだとさ」
そういえば、隣町では町ぐるみの犯罪が明らかになり、大きな事件となっているという。それを新聞で見た覚えが東にもあった。
「では、依頼は猪殺しの怪物の正体を突き止める、ということでいいですね?」
「ああ、正体がトンでもねえバケモンだって分かれば、警察も動いてくれるに違いねえ。よろしく頼むよ、探偵さん」
翌日朝。猪殺しの怪物を調査することになった東は、早速森に向かった。西の案内で、普段狩りをするという場所に到着した二人。そこからさらに獣道を進むと、見通しの悪い場所に木造の小屋があった。猪の死体はここに運ばれたという。
鼻を衝く異臭が小屋の裏から漂ってくる。鼻をつまんでそちらをのぞき込むと、無残に殺されたのか、ひどく肉のえぐれた死骸があった。
「発見したのは昨日、一昨日には無かったんですよね?」
そう確認すると、西はうなずく。確かに、東が見たところその死骸は死後一日程度に感じた。それまでに受けた害獣退治や死骸処理といったわけのわからない依頼のおかげで、動物の死体に関する彼の観察眼は鍛えられているのだ。
さらに細かく観察すると、体の側面の肉は鋭利な何かで切り割かれているようだった。ナイフよりも大きいとすると、鳥の爪かとも思ったが、それにしても大きすぎる。
「この傷跡から見るに、おそらく熊でしょう…それもかなり大型の」
ふ、と目をやるとその死体に、猪を襲った動物のものと思われる毛が付着していた。それをつまみ上げて東は言う。
「ほら、見てくださいこの体毛を。ん?」
その毛は太陽の光を浴びて、金色に光り輝いていた。
「虎だ」
次回 第九話 虎事変 弐