三話 酒場の盛り
今回はぎりぎりセーフ
「あら、お帰りなさいフォリオ様。もうちょと皇都でゆっくりしてきてもよかったんですよ」
翌日、皇都を朝発ったフォリオは飛竜を駆り、白騎士団の本拠地のあるエイジーン、白騎士団本部白亜城に帰還した。
「騎士団の長が不在なのもいかがなものだろう」
「別に一日くらいいなくても大丈夫ですよ、うちの騎士団は」
竜の降り場にシルフィが出迎えにきていた。
「それに相変わらずの格好だね」
「むしろ昨日は正式な儀礼だったのでそれなりにしてただけです」
シルフィは略式の騎士装しかも彼女のそれは各部が他の白騎士団員のものとは違い腹部や肩部、大腿部が大きく露出していた。
「僕のところに君の格好をなんとかするように他の団員から意見が絶えないのだけど」
「これが私なので。それに私は副団長なので問題はないですし」
実際ある程度以上の団員は白を含む限り服装に関しては自由を与えられている。
それでもあまり団服から着替える者はいないのだが。
「北部の戦線、どうなるでしょうね」
昨日の会議の議題、北部戦線のことだった。
「このまま戦況が膠着させるほど紫も黒も愚かではないよ。何かしらの対抗策を用意すると思うよ」
「そうだといいんですけどね。私には自分達の損耗を嫌って役割を私たちに押し付けてるように見えます」
「君もそう思うかい?」
フォリオは思わずため息をついた。
「確かに紫は団員を半分も動員していないけど、彼らの本領は魔術の研究だよ。その分非戦闘員も多い」
「ですが!」
シルフィは思わず、思わず声を荒げた。
高潔すぎて疑うことを知らない主に警戒を促す、シルフィはそれを自分の役割だと自認していた。
「みんなが怖がっているよシルフィ」
場所は執務室ではなく、周りに人も多い。
「団長!」
「騎士の名を賜る以上、民を守る騎士である以上、怠慢は許されない」
それはフォリオの誇り、騎士を名乗る彼の覚悟であり、在り方。
ただ、そうあればいい。民を守るために為すべきを為せ。そう言外に言っていた。
シルフィははっとした。そして頭の血の気が一気に引いた。
さらに、恥ずかしくなって思わず俯いた。
「出撃命令に備えて君は部隊を率いて物資の調達してくれ」
「分かりました!」
一言返すと、シルフィは足早に歩き去っていった。
要塞都市エイジーンは中央街道、西街道、北街道の三つの街道が交差する交通の要所であり、皇都を守る最後の砦としての側面も持ち合わせている。
そんな街故に商人、旅人と多くの人で賑わう。
「白騎士様!ようこそおいでくだすって!」
その日の仕事を終えた頃にはすっかり夜の帳が空を覆っていた。
そんな賑やかな街の表通りの一角、評判の酒場にフォリオはやってきた。
「おお、騎士団長様!聞いてくれよ!」
「こっちの話も聞いてくれよ!」
フォリオの白い騎士装は薄暗い酒場でもよく目立つ。
さらにこの街を守る白騎士としてその公正で誠実な人柄は街の多くの人に好かれていた。
「ヌーアの織物が入って来なくて品薄だよ!」
「ハンドラの魔石が入って来なくて仕事になんねぇ」
「それはお前に商才がないからだよ!」
「ちげえねえ!!!」
フォリオを囲む男達がどっと笑いに沸く。
ハンドラとは先日の会議でも話題に出た北方戦線の戦場となっている地域のことであり、ヌーアはハンドラをめぐって争うパンゲア王国のさらに北にある国でこの国の織物はとても珍重されている。
やはり、北部戦線の影響は大きいな。
心のなかでフォリオは確信を深めた。
そして歯噛みした。
いかに広大な裁量をもつ騎士団であっても、他の騎士団が開いた戦端に干渉できない。
できるとするなら王命か騎士団長全員の決議の二つだけだった。
民の犠牲にして何が騎士団か。
そう吐き捨ててしまいたい気持ちを手にした葡萄酒を飲むことで抑えた。
願わくば、自らが出陣して全てをなぎ倒すことが出来たならどれだけ胸がすくか。
「しけた面しねえで飲んで下さいよぉ!」
「あまりのむとシルフィに叱られるので遠慮しておきます」
「そりゃあ怖えな!」
「わはははははは!!」
また周りが大笑いする。
つられてフォリオも笑ってしまった。
その時だった。
白装束の男が蹴破られんばかりの勢いとともに物々しい雰囲気で酒場を埋め尽くした。
「フォリオ様!竜便にて火急の勅命です!」
「わかった外で聞こう」
勅命、王の直々の命令であることを示すそれは騎士団ですら抗命することは許されない。
民を守るその意思に反するものであっても。
「白騎士団は北部戦線を押し上げ、ヴィガーヌを奪取せよとのことです」
ハンドラの山脈を挟んでヌーア側の山越えの起点の街ヴィガーヌを奪取すればハンドラ山脈に対する影響力を大きく減ずる。
そうすればハンドラ山脈の魔石の採掘を邪魔されることはないと、そう考えたのだろう。
民を守るためではなく、自らの利益のための戦い。
無論生きるためには物が必要だ。そのために金が必要なのも。
ならばそのために争いが起きることもあるのもわかっている。
それでも、騎士の本懐は民を守ることだ。
フォリオの心の中は声にならない叫びで溢れていた。
「フォリオのところにそろそろ勅命が届いたところかしら」
王城の一角、王族が暮らす区画。そのバルコニーに彼女はいた。
「あの子と始めて会ったとき、きっとこの子の妖精に愛される力はこの国の役に立つ。この国をよくすることが出来るってそう思ったわ」
見据える先には遥かエイジーンの街がある方向。
「昔から頑固で意地っ張りで融通の利かない子で」
思い出すのは幼き日、周りと喧嘩しては自分が仲裁していたあの頃。
「騎士としてどこまでもまっすぐなあの子はきっと現実に惑ってしまうでしょう」
きっと今度だって歯を食いしばって戦いに臨むのだろう。
騎士団のなかにも貴族の言いなりで彼らの暴力装置と化している団もある。
「でも、貴方は私にとって、希望なのよ。だからフォリオ」
うっとりと、目を細めて息を吐き出す。
強く、もっと強く。来たるべき日のためにさらなる高みへ。
――――を討つために。
次回投稿五月九日