一話 始まる前
マイペース投稿始めました。
ああ、やらかした。
心の中で嘆息しながら路地裏を走る。
「待てぇ!!クソガキ!今日こそとっちめてやる!」
捕まれば動けなくなるまで殴られたり蹴られて最悪死んでしまうかもしれない。
普段はばれて追いかけられることなんてのに。
「まってろ、今兄ちゃんが林檎食わせてやるからな」
「でも、ヨルカはもうすぐ死んじゃうよ」
「そんなわけないだろ」
囁きかける路地裏の意地悪な影妖精を一蹴して路地裏を右へ左へ駆け巡る。
八百屋の親父は相当お怒りのようで一向に諦める気配はない。
「はっ、はっ、はっ、あっ!!」
まともに整備などされていない路地裏は当然道も悪い。
注意しながら走ってはいたがぬかるみに嵌ってしまった。
身体はぐらりと揺れて気付けば自分は盛大に転んでいた。
懐の林檎もほぼすべて転がって泥まみれになってしまっていた。
「覚悟してもらおうか」
怒気を過剰に含んだ声が頭上から降りかかる。
振り上げた拳が僅かに傾きだした太陽に覆いかぶさって光を弾いた。
「おらあああ!!」
丸太のような太腕が降ってくる。
「光精霊!力を貸せ!」
光が男の目の前で集まった。
「なっ!」
大きな玉になったそれは弾けて男の視界を真白に染め上げた。
「くそぉっ!!逃げられた!!妖精遣いのクソガキめ!」
毒づく男の目の前には幾つかの転がったままの林檎が転がっているだけだった。
「大通りまで出れば人ごみに紛れて逃げ切れる」
手近な林檎を引っ掴んで走る。
ほとんど落としてしまったがまだ片手にひとつづつ、まだ二つ残っている。
「待ってろ、ヨルカ今持っていくからな」
周りに精霊が漂う。
「ありがとう、光精霊。助かったよ」
力を貸してくれた精霊に一言礼を言う。
機嫌を損ねれば力を貸してくれないこともある。
精霊たちは気分屋でその気にさせなければ力を貸してくれないことの方が多い。
明るい陽が顔に差しかかる。
大通りは目の前、飛び出す。
それがいけなかった。
馬車の目の前にあった。
とっさに精霊たちに指示を送る。
「精霊たち!!」
馬の蹄が見えない壁に阻まれたように止まった。
精霊たちの力が馬の強靭な脚を阻み、
そして押し返した。
バランスを崩した馬が情けなくも聞こえる嘶きと共に倒れ、大通りの出店を巻き込んで大きな音を立てた。
馬車の荷台から少女が降りてきたのが見えた。
鮮やかな桜色のドレスの裾を気にしながら、軽い足取りで降りてきた少女は一歩、一歩ゆったりと進み目の前まで歩み寄る。
ああ、殺される。 ごめんな、ヨルカ。
高貴な人間の馬車を台無しにしたのだから、当然か。
よぎったのは諦めと、伏した妹のことだった。
不思議と恐怖はなく、ただ死ぬのかと簡単に思っている自分がいる。
目が合った。
にっこり、雲に隠れた太陽が顔を出したような華やかな笑み。
彼女の端正な顔に良く映えていた。
「ねえ、私と一緒に来て下さらないかしら妖精遣いさん」
手が差し出された。
「フォリオさまー早くしないと軍議に送れちゃいますよー」
「ああ、すぐに行く」
「何してたんですか」
「昔を思い出してたんだ」
「第一皇女殿下に拾われたあたりですか?」
「あはは、シルフィは口が悪いね」
「いだだだだだだあっ!!ぐりぐりしないでください!!」
副官の仕置きを済ませた白騎士、ジグルド フォリオは手にしていた林檎を頭を押さえて痛みを主張する副官に乗せる。
「林檎、食べるといいよ」
「あ、ありがとうございます」
部屋の隅にかけられたマント、神聖アルテオン皇国が誇る七騎士の一人、白騎士の証を身に纏い部屋を出た。
次回投稿予定日五月一日