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3 魔法に初めて触れまして。

2017.10.10 修正しました

2017.11.25 手直ししました

 突然で悪いけどオレは元陸上部だった。得意種目は長距離と短距離で、幾つかの大会で優勝していた。つまり走り方のコツや呼吸の仕方なんかはよく知っている。

 それだと言うのに………


「もう限界…!」


 涙目になりながら走ってきた道を振り返る。スタート位置は大木の下、ゴールは百メートルほど先の庭園の前と決めたのだが、オレが走ったのはなんと、たったの5メートル。それだけで足が悲鳴を上げて、喉からヒュウヒュウと音がなる。


 この身体は相当弱いと分かり、その日から少しずつ体力をつけようと運動を始めたはいいものの、思った以上にオレの身体は使えなかった。もう二ヶ月が経つのに、一向に体力が付かない。

 いや、これでも伸びてはいる。本当に初期の頃は、二十歩程度走るのでさえ辛かったんだ、ましにはなっているに違いない。違わないで欲しい。


 へなへなと木陰に座り込む。風が気持ちいい。体が冷えてきて少し肌寒い。


「情けないなあ…」


 困る。非常に困る。元のオレに近づけるには体力が無さすぎる。

 これでは原作通りの涼宮香になってしまう。そして待ち受けるは死………。


「せっかくの計画が……」

「計画って?」

「ウワァ!?」


 耳元で囁かれて飛び上がる。そこには秀斗が花束を持って座っていた。

 この二ヶ月で秀斗とはずいぶん仲良くなった。それこそ普通の兄妹のように。父上にかまってもらえるだけでこうも違うのか。驚きだ。


「いつの間に…」

「ついさっき。これを渡そうと思って」


 受け取った花束はカラフルな春の花たちが入っていた。

 あ、いい忘れていたけど、この地域は今、春。屋敷に住む大人たちはなんだか忙しげで、色んなところへ出掛けていく。オレも最近は父上と会ってない。


「綺麗ですわね。お兄様が作ったんですの?」

「うん…気に入った?」

「はい。お部屋に飾りますわ」

「よかった、カオリが好きそうな花を選んだんだ」


 以前より笑顔が増えた秀斗は年相応にかわいい。でもそんなことを四歳児が言ったらヤバいから言わない。


「あれ? カオリ、その傷…」

「少し前に転んで擦りむいてしまって」


 転生以降、何度もコケまくっている。体が弱すぎて段差で躓いても堪えられないのだ。転んだ回数は数えきれない。特に運動中によくコケる。おかげで毎日傷だらけの筋肉痛だ。

 秀斗はそのうちの一つに気づいたようで顔をしかめている。


「痛そうだね」

「平気ですわ。これは頑張った証拠なのです」

「そうなんだ…けど…」

「大丈夫ですって。消毒はしっかりしますもの」


 四歳児らしからぬ発言だって? シラナイナー。


「カオリ、ちょっときて」


 秀斗はオレの手を握って立ち上がらせると、そのままあるきだす。もちろん手は繋いだままだ。


「どこへ行くのですか?」

「僕の先生のところ。多分、植物園にいるから」


 先生って何の?と思いつつ、歩き続けること暫し。

 涼宮家が誇る植物園【薫の庭】にて、オレはついに、魔法を見た。








 ◆◆◆


【薫の庭】はカオリの母親で今は亡き涼宮 カオルさんのために父上自らが建物のデザイン、設計をした場所だ。


 園芸が趣味だった薫さんはカオリと同じく体が弱かった。その代わり生まれつき大きな魔力を持ち合わせていた。そこに父上は目をつけたらしい。

 力が無くても楽に育てられるようにと、植物園全体に魔術をかけたのだ。




 そう、すっかりさっぱり忘れ去っていたが、この世界には魔法があった……!




 魔法と魔術の違いは、言ってしまえば単純か複雑か、それだけのこと。


 魔法は基本一種類。例えば火を出す水を出すなんかがあたる。特にこれといった手順は必要ない。

 それに対し魔術は合成魔法と言い換えられる。火は火でも業火なのか弱火なのか、はたまた熱いのか冷たいのかを調節しながら使う魔法。多くは詠唱を必要としている。


 基本属性も紹介しとこう。まあ定番で悪いけど、魔法は大きく分けて7種類。


 攻撃的な"火"。

 癒しの"水"。

 穏やかな"土"。

 飛び交う"風"。

 照らし出す"光"。

 希望の"聖"。

 黒に染める"闇"。


 火属性は冒険者、水属性は医者、土属性は錬金術師、風属性は情報屋、聖属性は聖職者、闇属性は…裏の労働者に多かったりするようだ。


 それらに加え、滅多にない属性──ユニーク属性というのもある。

 名前の通りで実に個性的。本人しか使えないのが常識で、ユニーク属性持ちの魔術師は国から手厚く保護される。


 ゲーム内でのカオリは、火と闇の二種属性持ちだった。体が軟弱だったゆえに『才能開化、さあ世界征服だ!』とはいかなかったが、やろうと思えばできただろう。何しろ母親が多くの魔力を持っていたし、その一部が受け継がれたと考えられるからだ。

 二種類の属性持ちは珍しく、重宝されるはずだったんだけど、主人公の登場によってそれは大きく変わることになる。


 なんと主人公、聖と水とユニークの3属性。チートですね。


 ユニーク属性は確か【精霊契約】。ありとあらゆる場所に密かに存在している精霊たちと契約を交わし、力を借りることができる魔法。



 なんだよ召喚された勇者か聖女かよありえねーだろ! 張り合うことすら馬鹿らしくなるわ腐れチート!!


 ハァ…………問題ありすぎだけど今は置いとこう。





【薫の庭】で見たのは、光のなかを水が降り注ぐ、幻想的な光景だった。


「スゴい…」


 上空から降る霧雨状の水。優しい雨は、どの植物にも公平に渡っている。ガラス張りの天井から入る日の光に葉の雫が煌めき、ところどころ虹が架かっていた。

 すごいを連発するオレに秀斗は笑った。


「先生が降らせているんだよ」

「こんなことが出来るんですの!?」

「建物全体に魔回路が張り巡らされてて、魔力を流すと雨を降らせたり土に栄養を与えたりできるんだ。建物が一種の魔道具なんだって」


 薔薇のアーチをくぐり抜けた先。ちょっとした広場のような場所に先生はいた。

 空色の長袖ワンピースに紺のヒール。白いテーブルにティーセットを広げて優雅に寛ぐ彼女は、周りの様子から水の妖精に見えた。


「マーフィー先生」


 見とれていると、秀斗が彼女に呼び掛けた。美しい顔がこちらに向けられる。


「あらシュート、ティータイムを断って逃げたのに、一体何の用かしら?」


 スノーホワイトの艶やかな髪を流し、青い宝石のような瞳、オレよりはキツくないつり目。何より目をひいたのは……長く先の尖った耳。


「エルフ…?」

「あら、そちらのお嬢様は?」

「妹です。少し治して欲しい傷があって……」


 すらりと立つマーフィーさん。二十歳くらいだと思う。なんと言うか……憧れる体型だ。

 女性らしい線の細さ。しかし弱々しくはなく、引き締まった足や腕には目が惹き付けられる。エルフだからか胸は小さいが、溢れる気品でそのぶん魅力が増している。


「カオリ?」

「え!?」

「どうしたの、ボーッとして。具合悪い?」

「いえ…なんでもないです。妹のカオリですわ」


 慌てて自己紹介する。マーフィーさんはカラカラと笑った。


「わたくしはマーフィー・オーウェンですわ。可愛らしいお嬢様ですわね」

「いえそんな、マーフィー様の方が素敵ですわ!」

「……そうかしら?」

「はい! 水の妖精かと思いましたもの」

「水の妖精?」


 何だか不機嫌になりかけたマーフィーさんにキョトンとされる。

 メルヘンチックだから言いたくないんだけど……あ、ここファンタジーだしいいのか?


「先ほど雨を降らせていましたでしょう? それで虹が架かったり、水滴がキラキラしたり。そのなかにマーフィー様がいて、まるで水の妖精だと思ったのですわ」

「……フフッ、初めてですわね。そんな言葉で褒められたのは」


 柄にもなく頬を染めて力説すれば、マーフィーさんはフワリと笑った。

 うおお、待って可愛い……秀斗の笑顔が霞む。ごめん秀斗。


「カオリ、わたくしのことはフィーと呼んでくれないかしら。貴女といると癒されますわ」

「フィー…お姉ちゃん?」

「……シュート。妹さんを譲る気はない?」

「カオリは僕の妹です」

「あら、残念」


 本気で悔しそうに「残念」と言うフィーお姉ちゃん。四歳児だし、お姉さんとか姉貴とかじゃなくてお姉ちゃんを選択したけど良かったよな? お姉様のほうがよかったかな。

 横を見ると秀斗がふくれていた。


「マーフィー先生だけずるい」

「お兄様?」

「……試しに秀斗お兄ちゃんって呼んでみてくれない?」

「えっと…秀斗お兄ちゃん?」

「ウッ! 思ったより破壊力が……」


 悶える(?)秀斗をほっといて、フィーお姉ちゃん……やっぱ長いな。フィー姉でいいか。フィー姉はオレの怪我に気づいた。


「まあ! どうしたのかしら?」

「運動中に転んでしまって……お兄様は大袈裟なのですわ。わたくしは平気と言っているのに」

「平気ではありませんわ! 折角の新雪のような肌に傷など許せません! 即効で治しますわ!


 マーフィー・オーウェンの名において命ず、我が魔力、精霊ウンディーネの加護、青碧の癒しを用いてかの者の全てを包み、心に安らぎを、体に回復をもたらし、復活の希望を与えよ、

 "ミスティ・ヒール"」


「え、上級魔術!?」


 なぜだか秀斗が慌てた顔をした。

 体が温かなものに纏われる。身体中の傷が治っていくのが分かった。心なしか元々の体の弱さも無くなっている気がする。心にも温かいものが満ちて……


「カオリ!? 泣いて……」

「え? あ、あれ?」


 懐かしさを感じて泣き出していた。


 向こうを思い出す。オレは家族を特別愛していたわけではなかった。ちょっとウザいとか思ってた時季だった。けど、会えなくなって……意外と大切だったらしい。

 無性に父さんの野菜が食べたい、母さんと話したい、兄貴たちの馬鹿らしい悪戯に笑いたい、姉貴の乙女ゲーム談義を聞きたい。

 会いたい、会えない。もう一生、会うことはない。


「ぅ…ぁ……」


 会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい!! もう1度みんなに会いたい! 死にたくなんてなかったよ! 生きてっ、生きていたかった!


 心の奥に押し込めていた思いが溢れる。

 でも……もう終わったんだよ。向こうでの生活は過ぎたことなんだ。帰りたくても帰れない。過去の思い出の一つ。



 いいじゃない、と知らない声がした。


『思い出でいいでしょ? 貴女には今の家族がいる。本当の家族だと思えなくても血は繋がっている家族が。それでは駄目なの? その家族を大切にしていけばいい、そうでしょ? 秀斗も遥斗も貴女を愛してる。マーフィーだって。貴女も遥斗を大好きなお父様と言った。それでいいのよ』


「うわああぁぁぁああん!」

「「カオリ!?」」


 大泣きするオレを二人が何事かとおろおろしている。ごめん。何だか止まりそうにない。

 ふとフィー姉がオレを抱き締めた。背中を擦りながら優しい言葉をかけてくれる。


「大丈夫…大丈夫ですわ…」




 余計に止まらなくなった。

 フィー姉の、ばぁか。

ビミョーな結末………。

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