2 お父様に惚れかけまして。
サブタイトルは「~まして」で統一。
『ヒカリ、あんた秀斗様のルート全クリした? 秀斗様はホント素敵よね! 母親が妹を産んでこの世を去り、母親に似た妹に父親を奪われて独り寂しい幼少期を過ごし、いつの間にか温かさを失って孤高のイケメンになったと聞いたときは涙が出たわ!』
煩いよ、寝させろ。
『いいから聴きなさいよ。いつもクールで冷たいのにヒロインにふっと笑ったときのあの顔…反則よ反則!! 悶え死ぬ! 警戒心MAXな野良猫が珍しく擦り寄ってきたような感動というか心が許されてるのが嬉しみ! デレが滅多にないからこそ萌える!』
あーもう分かったから。
『特に愛が芽生えてからの秀斗様はもう…! 甘いしエロいしあれだけでご飯三杯はいけるわね!』
………変態かよ。
『そうそう、妹の方だけどいい様よ! まさか───ってことになるなんて』
え、今なんて?
『だから───よ! エンディング見たでしょ? あのあと──によって────されて』
待って聞こえない!
『─────』
待って!!
◆◆◆
「待って!!」
「!?」
無我夢中で手を伸ばしたところにあったのは秀斗兄さんの手でした。
「うわぁ!」
ちょ、なんでここにいるの!? 兄妹仲は悪かったんじゃないの!? んんん!?
慌てて放すと気まずい沈黙に包まれる。窓の外はもう暗くなってきていた。
「えっと…お兄様はなぜここに?」
「………べつに。お父様に様子を見てきなさいと言われて」
「そ、そうですの。ありがとうございます」
テンパるオレに秀斗は素っ気ない。ふいっとそっぽを向かれてしまう。やっぱり仲悪いんですね…父上よ人選ミスだぞ。
「………お父様が、調子がいいのなら何か食べるように、と」
「分かりましたわ」
ベッドから降りようと立つと、足がふらついて壁に手をつく。この身体は相当弱い。色々考えたからか、本当に体調が悪くなってしまったみたいだ。
荒い息を繰り返すオレに秀斗は無言だ。エメラルドグリーンの瞳は、何を思っているのか。
「……」
壁づたいにドアを目指す。一歩一歩、よろよろと歩く。ところどころにある家具が邪魔だ、部屋は無駄に広いし……。
秀斗は後をついてきた。落ち着かない。
「お兄様、お先にどうぞ。わたくしはゆっくり参ります」
「……部屋を出て、どうするつもり」
「おくすりを貰うのですわ。のども渇きましたもの」
「…誰か呼べばいい」
秀斗の言葉にはっとする。
そうだった、オレはご令嬢。出歩く必要なかったわ!!
しかし意地を張る。だって兄とはいえ、六歳の子供に教えられるのもなんだかシャクなんだよ。
「誰かに頼らずとも、自分の足で動きたいのですわ」
堂々と言い切れば凝視された。なんだこいつ、という感じの視線。
そりゃ、オレも苦しいかなとは思ったさ。病人の癖にって。でも…これ以外に出てこなかったんだよ! 頭悪くてごめんよ!
「……わたくしは歩きますの。お兄様はお構い無く」
「………」
動かない秀斗に苛立って、オレは背中を押そうと壁から手を離す。途端に身体が傾く。おい、嘘だろ……。
──オレはまた、意識を手放した。
◆◆◆
『ヒカリ』
姉貴…また夢か。さっきは何を言ってたんだよ。
『ねえ、もしも悪役令嬢に転生してたらどうする? シナリオ通りに進めば、その子は殺されてしまうと決まっているの』
ぜんぶ無視…まぁいいや。たぶんこれはいつの日かの記憶だろうし。現にオレは喋れない。なのに自分の声がして不思議な気分だ。
『そんなの無理ゲーじゃん。諦めるしかなくない?』
『えー、つまんない。私だったら未来を変えるわ』
未来を、変える。昔は聞き流していた言葉だ。
『世界は多分変えられないのよ、少なくとも一人ではね。だから自分を変えるの。原作とは違うオリジナルの令嬢。それによって未来も変化する、といった寸法よ』
『へー』
『そして影から醜い学園内乱を眺めるつもりよ!』
……姉貴らしいな。
だんだん遠のいていく会話を懐かしく思った。
◆◆◆
オレはベッドで横たわっていた。ピンク色のお姫様のような部屋。あのあと、無様にも倒れてしまったようだった。
寝返りを打てば、銀色の柔らかな糸があってぎょっとした。
恐る恐る触れるとそれは小さく身じろぎした。なんだ、秀斗かよ。
彼はベッドに寄りかかったまま寝ていた。
なんとなく髪をすく。女子が憧れるようなさらさらヘアー。ふむ、なかなかいいな。中毒性がありそう。
秀斗は何故ここにいるのか。もしかして倒れたあと運んでくれたのだろうか。心配してくれたのだろうか。どちらにせよ、
「……ありがとう」
熱は下がっていた。汗で気持ちが悪かったから着替えるべく立ち上がる。もうよろけない。
秀斗にそこら辺にあったタオルケットを掛けてやると、オレは部屋を出た。
そこには父上がいた。
「カオリ、良くなったのか?」
「はい。熱は下がったみたいですわ」
「そうか。それはよかった」
「お父様はなぜこんなところに?」
尋ねると苦笑いされた。
「具合はどうかと思って、様子を見にきたんだが…先客がいたから待っていた」
「先客、ですか?」
「あぁ。一生懸命に看病していたし、私が登場して邪魔したくなかった」
「……お兄様ですわね?」
問いかけには答えず、優しく微笑んだ父上はオレの髪に触れた。
「カオリはなんだか雰囲気が変わったようだな。言葉づかいと口調、前までは少し傲慢だったが今は柔らかい」
や、ばい。今さらだけどオレは4歳児だぞ。こんな喋り方して傲慢とか難しい言葉理解できる4歳児なんて違和感のかたまり、父親ならなおさら変に感じるじゃねぇか。
「え、ええ。王子様を見習ってみましたのよ」
「……公爵令嬢としてはいい変化だと思う」
今回は流されてくれるんだろうが……やらかしたな。
焦るオレに父上は髪を撫でていた手を止める。
「だけど、寂しいものだな」
「え?」
「知らないところで成長していくカオリを見るのは寂しい。それに、今のカオリは独りに見える。誰かを頼ろうとしないで、一人でなんとかしようと足掻いているように見える」
父上はオレを持ち上げて、視線を合わせた。真剣な顔だった。
「何があったのか聞きはしない。私はカオリのカッコいいお父様でありたいし、カオリに嫌われたくないからな。それでも、娘に頼って貰えないというのは寂しい、よそよそしい態度を取られるのも」
「…ごめんなさい」
「謝ることはない、ただの私の我が儘だ。だが…たまにでいいから甘えなさい。敬語なんて使わないでいい。公爵令嬢として言葉には気をつけるべきだろうけど、私は公爵である前にカオリの父親だ。親子の間に敬語はいらない、そうだろう?」
「お父様…」
涙ぐみそうになった。
父上、イケメンすぎる。素晴らしいお父さんだ、こんな父に見捨てられるなんてお前は何をやらかしたんだ悪役令嬢ぉお!!
内心では叫びつつ、オレは聞きたいことがあったのを思い出した。
「お父様…質問をしてもいいですか?」
「なんだ」
「お父様は……わたくしが変わってしまってもいいんですか? 例えば急に父上と呼び始めたり、フリフリドレスをやめたりしても、変わらずにわたくしのお父様でいてくれますか?」
「やけに具体的だな…」
大切なことなのだ。
オレはこのまま、悪役令嬢を演じるつもりはない。オレはオレ、他の誰かに成り済ますことなんてどうせ出来やしない。いつかは変わる予定なんだ。
不安げな表情になっていたようで、父上は笑った。
「嫌いになんてならない。かおりは大切な娘だ」
………危うく惚れるところだった。
「あともうひとつ…お兄様がお嫌いですか?」
照れ隠しに質問を繰り出すと、父上は目をまるくした。イケメンフェイスが可愛く見えるという奇跡。
「なぜだ?」
「お兄様が部屋を訪ねて来たとき、すぐに追い返していたからそうなのかしらと…」
「秀斗も大切な息子だ、嫌うはずがない。…少し接し方が分からないんだ。世話をメイドに任せっきりにしていたからな」
困ったように眉を寄せた父上は可愛らしい。でも諦めてくれては困るので説得だ。
「お父様、わたくしはお父様が大好きですわ」
「ありがとう」
「わたくしと同じように、お兄様もお父様が大好きなのです」
「信じられないが……」
「いいえ。お部屋でわたくしの傍にお父様がいるとき、わたくし、お兄様に睨まれましたもの」
あのときは思わず呼び止めてしまった。どうみても秀斗は、オレに嫉妬していた。本来の香なら意地悪ににやけるところだろうけどオレには難しい。
「お兄様ともお話ししてください。わたくしは家族みんなが仲良しがいいですわ」
「変なお願いだ。……娘の願いなら、聞かないわけにはいかないな」
父上はオレの手を取った。
「夕食にしよう…秀斗も一緒に、三人で」
「はい!」
◆◆◆
フリルだらけの部屋に戻ったのは二時間後だった。
オレに"お願い"された父上は、食事中に秀斗に話しかけた。最初は戸惑っていた秀斗もだんだんと頬を緩め、楽しそうに笑うようになった。それを見た父上は始終ニコニコしていた。
そして気づけば二時間が経っていて、子供は寝なさいと部屋まで送られ、今に至る。
まあよかったんじゃない? 兄弟から余計な恨みを買うこともなくなった…と思うし。秀斗と仲良くなれるかはオレの頑張り次第だけど。
取り敢えず死亡フラグ一つ折れたってことで。
それでも問題は山積み状態。元のオレへとシフトしていくために色々進めなくては。始めにやるべくはそうだな………
大きな鏡の前に仁王立ちする。映るのは、貧弱なもやしお嬢様。
うん。健康体になることだな。
そうしてオレは腕立てを始めるのだった。
ちなみに1回も出来なかった。無念。
2017.10.8 一部修正しました
2017.11.25 手直ししました