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火氷創主の百合姉妹  作者: 赤神幽霊
術師焼却編
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第五話 姉の胸に抱かれて

 夜が明ける頃には、空を覆っていた雲も粗方あらかたどこかへと流れ去っていた。

 今となっては、取り残されたらしき薄雲がちらほらと散見されるくらいなもので、今日の天気も穏やかなものになりそうだ。

 ようやく顔を出した月は、意識しなければわからないくらい、かすかな姿を残すのみとなっている。

 すっかり日は昇り、町では朝日に起こされた住民が、慌ただしい時間を過ごしていることだろう。


「……うぅ……ん?」


 こちらにも朝日を浴びて目を覚ました娘が一人。

 コロナの上で眠っていたフロンが、のそのそと体を起こした。

 いつものことながら意識がまだはっきりしていないフロン。

 ぼんやりしながら、ゆらゆら揺れている。

 この様子だと眠る前の記憶もしばらくは曖昧あいまいなままだろう。

 コロナとしては思い出して欲しくないが、それは時間の問題だ。


「おはよう、フロン」


 ゆらゆらしているフロンを眺めていたい。

 そんな欲求を胸の奥にしまい込んで、こちらも上体を起こしたコロナはフロンに声をかけた。

 放っておくと、再び夢の世界へ旅立ってしまいそうだったのだ。

 現に瞼が閉じかかっていた。

 ここでの用事は済んだのだから、宿に戻ってからゆっくり眠ればいい。


「……おはよう。お姉ちゃ……」


 フロンはそう言いかけて、辺りをきょろきょろと見回す。

 それからコロナをじっと見つめて……。


「おはよう“コロナ”」

「なんでわざわざ言い直したの……?」


 フロンはなぜか、コロナのことをお姉ちゃんと呼ばないようにすることがある。

 場合は大きく分けて二つで、旅に出てからというもの、ずっとである。

 かれこれ二年になるだろうか。

 コロナとしては呼んでくれるのならどちらでもいいので、特に何か言うこともなく好きにさせている。

 というか、どちらの呼び方もしてもらえるため、一口で二度美味しい――なんていう感じで、むしろ喜んでいたりする。

 一つ目は町中など近くに他人がいる場合である。

 どうしてそうするのかコロナが理由を訊いても、フロンはぷいとそっぽを向いて『なーいしょ』と言うだけで教えてくれない。

 ぷいとする仕草が可愛いので、それ目当てに定期的に理由を訊ねていたら、今ではすっかり鬱陶しそうな顔をするようになってしまった。

 それはそれで“あり”なのだが、鬱陶しがられるのは少し悲しいので最近は控えている。

 さて、もう一つの場合なのだが……。

 まさに今である。

 こちら場合はどうしてそうするのか、理由を教えてもらうまでもない。


「むぅ……。だって……髪紐……」


 言われて、コロナは髪紐を取り出した。

 昔フロンがプレゼントしてくれた、お揃いの赤い髪紐だ。

 戦闘中に何らかの理由で失わないようほどいていたのだ。

 どうやら、そのことをフロンは不満に思っていたらしい。

 そう、これである。

 コロナに対して何かしらの不満を抱いている。

 それが二人っきりのときでもお姉ちゃんと呼ばずに名前で呼ぶ理由。

 なんというか大変わかりやすい。

 コロナは首の辺りで髪を左右に分けて、取り出した赤い髪紐でそれぞれを結い、できあがったおさげを体の前に流した。

 露わになった首の後ろが涼しい。

 結う場合は、いつもならポニーテールにしているのだが、たまには違う髪型もいいだろう。

 気になるのは、こんな大雑把な感じでもいいのだろうかということだ。

 一応結びは真似して蝶々にしているのだが。

 当のフロンは何も言わない。

 けれど、実は髪型も合わせて欲しがっていたりするのだろうか……。

 コロナが不安に思っていると、髪紐の装着を見届けたフロンが満足げに頷いた。

 どうやら納得してくれたようだ。

 コロナはほっと胸を撫で下ろした。

 あくまでお揃いの髪紐を身に着けていて欲しいのであって、髪型を同じにするといったような、装いを可能な限り同一の状態にしたいということではないらしい。

 少なくとも今は。


「お姉ちゃんっ!」


 嬉しそうなフロンは、ぴょいと体を弾ませて、コロナに抱きついた。


「……んっ」


 すっかりしびれてしまったお尻や脚にはちょっと辛い衝撃だったけれど、コロナはそれを何とか堪える。

 ぎゅうっと、フロンはいつになく強く抱きついてくる。

 そんなフロンの体に腕を回しながら、「どうしたの?」と、コロナは優しく問いかけた。


「……ごめんなさい。あんな時に邪魔して、ごめんなさい」


 なんてことだろう。

 今し方の元気は忽然こつぜんと消え失せ、呼ぶ声とは一転して沈んだ声音で、フロンは謝罪の言葉を口にした。

 感情の起伏が激しいのは、寝起きでまだ精神が安定していないからか。

 はて、『あんな時に邪魔して』とは。

 コロナは記憶を辿ってみたものの、思い当たる節がなく困惑した。


「フロンは私に謝らないといけないようなこと、してないよ?」

「したよ……っ! 戦闘中なのに、泣いて、ずっと抱きついたままで……」

「ほら、やっぱりしてないじゃない。そもそも抱き寄せたのは私だよ? それに私たちの場合、抱きつくのって最大の支援だよ?」

「それは、確かにそうだけど。でも……」

「フロン。今みたいにフロンが抱きついてくれてるとね、私の身を焼く、私の中で荒れ狂う灼熱が鎮まるの。それが火の愛情表現なんだってわかってるんだけど、強い火を使った後のそれは、私には辛過ぎるよ。フロンがこうして鎮めててくれるから、私は心置きなく火を使えるんだよ?」


 実際フロンが抱きついてくれていたから、あの男と氷塊血肉の豪雨をまとめて焼き払ったり透火を纏ったりしても、その反動による苦痛が大幅に軽減されて、コロナは平気な顔をしていられたのだ。

 その後だってそう。フロンとくっついていたおかげで苦しまずに済んだ。

 フロンがいなければ、コロナは内側から火炙ひあぶりにされてかされていくような苦痛を、存分に味わうことになっていただろう。

 もちろん、よほど無茶をしない限りはフロンがいなくても耐えられる。

 けれど、回避できる苦しみをわざわざ味わう必要もないだろう。

 そういう性的嗜好というなら話は別だが、コロナにそんな趣味はない。


「わ、わたしだって。お姉ちゃんが一緒じゃないと……。もう……、もう一人でこごえるのは嫌なの……」

「……フロン? どうして震えてるの……?」


 フロンの体から伝わってくる震え。

 その理由がわからず、コロナの胸中に不安が広がった。

 一体どうしてしまったのだろう。

 火創主のコロナが熱に悩まされているように、氷創主のフロンは冷えに悩まされている。

 それ故、フロンが“コロナと接触していない”のであれば、いつものことなので何の不思議もない。

 だが今の二人は抱き合っている。

 フロンわく、普段の寒さは服装さえちゃんとしていれば、コロナと手を繋ぐだけで平気とのこと。

 特に強力な氷を使ったわけでもない今は、むしろ暖かい……はずだ。

 それなのに震えているということは……。


「昔のこと、思い出しちゃったの……?」

「……夢で見たの。一人で凍えてるとこ想像したら、その夢のことを思い出しちゃったの。

 里の人たちに雪山に連れて行かれて、縛られて、それから木に吊るされて。

 雪玉をぶつける的にされた後、雪晒しにされたの……。化け物、忌み子、帰ってくるな、さっさと消えろって……」

「ご、ごめんねフロン。せっかく忘れてたのに」

「そ、そういうつもりじゃないって! お姉ちゃんが謝ることないよ! わたしがどんな夢を見るかなんて、わたしにだってわかんないもん。

 悪い夢を見てるからって、毎回うなされるわけでもないし。それに夢はそこで終わっちゃったけど、実際はお姉ちゃんが助けてくれたもん」


 弱々しくも笑ってみせながら、フロンは気が抜けたのか脱力して体を預けてくる。


「お願い、お姉ちゃん。もう少しだけこのままでいさせて……」


 そう言うと、コロナの返事を待つことなくフロンは目を閉じた。

 ゆっくりとした深い呼吸。

 深呼吸と同時にコロナの匂いを胸一杯に吸い込んでいるらしい。

 精神を安定させるような効能などを有した覚えはないのだが、フロンがそう望むのならと、コロナは好きなだけそうしてもらうことにした。


「私はフロンのものなんだから、フロンの好きにしていいんだよ……って、もうしてるか」


 やや苦笑気味に見守るコロナの言葉には、嬉しそうな響きが確かに含まれていた。


 『もう少しだけ』の宣言通り、フロンが落ち着くのにそう時間はかからなかった。

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