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火氷創主の百合姉妹  作者: 赤神幽霊
術師焼却編
3/32

第三話 焼者の末路

 おかしいなぁと、コロナは首を傾げていた。

 紫水晶を宿したかのような美しい目が見つめる先。

 夜を満たす暗闇の向こうへ何度も呼びかけているけれど。

 いるはずの相手は、一度も返事をしてくれない。

 まさか体温も隠さないでいるくせに、位置がバレてないとでも思ってるんだろうか。


「お願いします。名乗って下さい」


 見えているかは知らないが、一応ぺこりと頭も下げる。

 それでも、やっぱり反応はない。

 町から跡をつけてきて、寝込みに獣をけしかけて……。

 最初に仕掛けてきたのは向こうなのに、まだ名乗りを上げてくれないだなんて。


『命のやりとりをする時は、お互いに名乗りを上げてからにしなさい。それがルールですよ』


 そう師匠に教わった通り、こちらはちゃんと名乗ったのに。

 攻撃せずに、名乗るまで待っているのに。

 またかと、コロナはうんざりとした表情を浮かべた。

 名前を聞いただけで逃げ出すのは別にいい。

 こっちだって“基本的には”戦いたくないから。

 それなら初めから手を出さなければいいのに……とは思うけれど。

 問題なのは逃げない相手で。

 大半がルールとやらを守らないせいで、先制されてばかりいるのだ。

 どういうつもりなんだろう。


「……もしかしてこのルールも師匠の嘘なのかな? フロンはどう思う?」


 一部では非常に悪名高い姉妹の名前を聞けば、どうせ相手が勝手に逃げるだろう。

 名乗りを待たせることで相手の逃走時間も用意できる。

 コロナには知る由もないが、“師匠”はそう考えて姉妹にルールとして名乗らせるようにしたのだが。

 姉妹の可憐な見た目もあって、やはり所詮は小娘と侮られたり。

 姉妹に見逃された、実力をその身で味わった生き証人たちが“謎の失踪”を遂げてしまい、結果として噂が思ったよりも広がらなかったり。

 想定内外の諸々の要因により、“師匠”の想像を遥かに上回る効力のなさ故に、裏目に出ること数知れず。

 ここに至り、とうとう騙されたと思い始めたコロナが意見を求めて視線を隣にやれば、


「……冷たいと思うけど、もうちょっとだけ待っててねー? 後でお姉ちゃんに温かくしてもらうからねー? よかったら尻尾触らせてねー?」


 まるで聞いちゃいなかった。

 すっかり目を覚ましたフロンは、今度は獣たちにご執心。

 特に尻尾のもふもふがお気に入りのようで、目が釘付けになっている。

 手を繋いでいなければ、今頃は氷の柱に張り付いていただろう。


「だめだこりゃ……」


 確かにもふもふは素晴らしいが、いかんせんそれ以外が不気味過ぎやしないだろうか。

 我が妹ながら、好みがよくわからない。

 一緒に生を受けて以来の、長い付き合いだというのに。

 途中まで、育った環境が違うからだろうか。

 髪と虹彩の色くらいしか似ていないとはいえ、一応双子なんだけどなぁと、コロナは内心で呟く。

 このままではどうしようもないのでフロンのこともさて置き、コロナは改めて視線を巡らせた。

 周囲にできた氷の柱。

 その中に封じられた黒い不気味な獣たち。

 彼らが人為的に変貌へんぼうさせられているのなら、原因らしき水晶を取り除けば可愛らしい元の姿に戻る……なんて。

 そういう場合もあるらしいけれど、今回はどうだろう。

 フロンが気に入ってしまった以上、彼らに死なれては困るので、不用意なまま手出しはできない。

 相手に直接訊いてみようにも、それ以前に対話が成立しないだろう。

 向こうにはその気がないんだから。

 話をしようと言いながら寝込みを襲うなんて、そんな人どこにいるんだか。

 万が一いたら焼き尽くそう。うん、そうしよう。

 視線を一番近くの獣に向けながら、雑念もそこそこに考える。

 あの水晶、案外簡単に外せたりするんだろうか。

 それとも、命と直結するような大事な物なのだろうか。


「調べてみよ……ん?」


 もっと近くで観察しようと一歩踏み出した、その時。

 獣の額にある水晶が鈍い光をともした。


「――っ! フロン!」


 嫌な予感がしたコロナは、咄嗟とっさにフロンを抱き寄せ、自らの背を盾にして氷の柱からかばう。

 その直後。

 コロナの予感は的中した。

 一番近くにあった氷の柱が突然、爆音とともに内側から砕け、大小様々な無数の氷塊が弾丸となって二人を襲った。

 弾丸の雨がコロナの背面に容赦なく降り注ぐ。

 それだけではない。

 残る十一の柱にも同様の現象が起こったのだ。

 柱に囲まれた姉妹に逃げ場はなく、氷塊が全方位から殺到した。

 それに合わせるかのように、人型をした赤黒の鈍い光が、砲弾の如き勢いで飛来して――。


 白い閃光が夜闇を切り裂いた。


 “一帯にもうもうと立ち込める霧”。

 その中に浮かぶシルエットは二つ。

 一つは、抱き合うような体勢の姉妹のもの。その体には傷一つ見受けられない。

 残るもう一つは……。

 元の色がわからないほど黒焦げになった人型の塊だった。


「な……ぜ……っ……」


 口らしき器官から、呻き声とともに煙が吐き出されている。


「なぜって、全部蒸発させただけよ?」


 熱波で蒸気を払いつつ、コロナは不思議そうに首を傾げた。

 何かおかしなことでもあった?

 彼女の顔にはそう書いてあった。

 “氷創主”フロンが氷を扱うように、“火創主”コロナは火を扱う。


 ――白火一閃びゃっかいっせん


 白い閃光を炸裂させたのはコロナだった。

 どんなに氷塊が迫ったところで、余すことなく一瞬で焼き払ってしまえばいい。

 その後に起こり得る事象さえ、全て取り込む火をもって。

 そんな火が解き放たれる中に突っ込めば、当然無事では済まない。

 火や熱で燃えたり溶けたりするのなら、いかなる装甲を纏ったところで同じこと。

 それが創主の力というもので。

 真に発揮された創主の力にまともに対抗できるのは、同じく創主の力のみ。

 そもそも、男が創主の力を欲した理由はそれだったのに。

 周囲への影響を考えた“雷創主”に手加減されていたがために、自分の作品が創主に通用する域にまで達したと、勘違いしてしまったのだ。

 ――そう。彼は逃げるべきだった。


「ま……だっ……」


 数瞬前まで男だったそいつは、全身の表面が炭化して人型の木炭のような状態となっても、まだ諦めてはいなかった。

 生きているのだ。創主の力を、“火創主”の火の直撃を受けても、まだ生きているのだ。

 その事実が、そいつの心を支えていた。

 だが――。


「……ごめんなさい。“すぐには死ねないよう調節しました”。でも、私の大事な妹を泣かせるようなことしたんだから、覚悟はできてるよね?」


 コロナはフロンの背中を優しく撫でながら、感情を押し殺した平坦な声音で告げる。

 コロナの胸に抱かれたフロンは、しきりに「獣さん……」と嗚咽おえつ混じりに呟いていた。

 動物好きのフロンのことだ。よっぽどショックだったんだろう。

 無理もない。

 獣たちが爆弾にされたのだから。

 獣たちが血肉の雨へと変わる光景を目の当たりにしたのだから。

 コロナの視線がフロンから人型に向かう。


「あ……アァ……」


 仮に男が動けたとしたら、へなへなと膝から崩れ落ちていたことだろう。

 慈愛に満ちていたコロナの目は、人型を――男を視界に入れた瞬間、ぞっとするほど冷たい光を宿したのだから。

 すると――。

 底冷えするような視線が射抜いた先で、異変が起こった。


「ギっ……!? ァア……づイ……ァヅい……アァああァ!」


 瞬く間に人型の全身が泡立ち始めたのだ。

 赤熱した泡が、ぶくぶく、ぶくぶくと。

 体の表面から、どろりとしたものが次から次へと剥がれ落ちていく。

 それは岩肌に接地した途端、じゅうじゅうと音を立てながら、やがて蒸発して消える。

 血液が臓物が骨が水晶が血管が。

 神経が皮膚が細胞が目玉が髪が。

 焼けていく。溶かされていく。


 ――どこから?


 ――内側。内側の、至るところから。

 顔が原型を留めていなくとも、その表情が苦悶に満ちていることは明らかだった。

 でも、まだ死ねない。

 体の内からマグマが沸き上がるかのように。穴という穴から、どろどろと溢れ出していく。

 流れ出て、徐々に失われていく体積と命。

 でも、まだ死ねない。

 じっくり、ゆっくり、確実に。人型が溶け崩れていく。

 喉は焼かれ声帯も溶け落ち、悲鳴を上げることもできず。

 でも、まだ死ねない。

 脳や心臓、一部の血管と血液。そういった主要部分を意図して残されていることもあり、水晶と術により強化された肉体は簡単には滅びない。

 滅びることを許さない。あくまでも主を生かそうとする。


 ……それが仇となっていようとも。


 苦しみにもがくこともできず、遅々として訪れない死を男は待ち望んだ。

 そんな相手の最期を、コロナは冷ややかに見つめていた。

 泣きじゃくるフロンをあやしながら。

 幼き日、自らの手によって紅蓮に彩られた故郷の光景を思い出しながら。

 そいつの命が燃え尽きる、その時まで。

 苦しみからの解放を、望んで、願って、祈っていた男の。

 ついにはそんな心さえ焼き尽くされて。

 残ったのは黒ずんだ岩肌で。

 それは、ただの焼け跡だった。

 何かが焼かれたという事実のみを語る、ただの焼け跡だった。

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