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火氷創主の百合姉妹  作者: 赤神幽霊
屋敷焼却編
29/32

第二十九話 割と大丈夫

 女の子が眠る箱を引きずり、二階右側の通路を抜けて広間に出たら。

 コロナの肌などを包んでいる火膜の。

 その表面付近で何かが燃えた。

 不審に思ったコロナが手を差し出してみると、


「――これは、粉?」


 掌に付着したのは白く輝く粉末だった。

 屋敷に入った時には存在しなかった物。

 生きていた機械や術具が作動したのか。

 それとも異形が撒いたのか。

 雪や氷、冷気由来の物ではないので、フロンの仕業とは考えにくい。


 ……余計なものに触れてなきゃいいんだけど。


 全身を球状に包み込むような、薄い火の障壁を展開。

 念のため謎の粉を吸い込まないよう、燃やしながら。

 フロンの姿を探すついでに広間を見渡してみる。

 すると。


「何あれ?」


 蛾なのか、木なのか。

 背面からではよくわからないが。

 新手の異形が下の階を浮遊している。

 頭部らしき部位では、すっかり見慣れた赤黒い水晶が、花のように“咲いて”いた。

 どうにも今までのそれとは違うような、そんな気がするのは。

 あの水晶体が、まるで脈打つように明滅しているからか。


「入り口近くに陣取られてるからには、排除するしかないよね」


 異形はまだコロナに気づいた様子はなく。

 何かに気を取られているのか、周囲を見回すような動きもない。

 奇襲して一気に焼き尽くす。

 そのつもり、だったのだが。


「…………え」


 異形が木の根の下半身を振り上げた時。

 コロナは確かに見た。

 横倒れで、ピクリとも動かないフロンの姿を。

 コロナが行動を起こす間もない。

 そのまま木の根が勢いよく叩き込まれる。

 妹に命中する直前、氷の壁がどこからともなく出現して根を阻んだ。

 フロンが傷つくことを嫌った氷属性の意思。

 それが氷壁となって現れたのだ。

 計三本の根で立て続けに加えられる衝撃にも、びくともしない。

 異形はらちが明かないと判断したのだろうか。

 今度は両側から伸びる、悪趣味なはさみを備えた触手をフロンに向けた、次の瞬間。


 ――黒不知火くろしらぬい


 何もかもを吸い込んでしまいそうな、真っ黒い火による光線が。

 突如として異形上方より降り注ぎ、触手を“余すことなく”撃ち抜いた。


「――――!」


 不意をつかれ驚愕したのか、異形は声なき声を上げる。


「……うるさいよ」


 異形の様子を冷ややかに見つめながら、コロナは小さく呟いた。


 ――お前の悲鳴なんてどうだっていい。


 そう物語る、怒りの火を灯した紫水晶の双眸そうぼうが。

 緩慢に振り返った異形を真っ向から見据えた。

 異形が、感情の有無も定かではない化け物が、体一つ分後方へ。


「動くな」


 淡々と告げるや否や、異形を火檻に閉じ込める。

 姉妹の髪色と同じ、白に近い薄紫の火。

 忠告を聞かなかった異形が、木の根による突破を試みるも。


「――――!?」


 動かした瞬間に、根の一本が焼滅……いや消滅した。

 それでも異形は諦めない。

 何事もなかったかのように、触手や木の根を再生させ、突破方法を模索し始めた。

 コロナはもう、そんな異形を一顧だにしない。

 氷の坂となった階段に、いくつかの穴を空けて。

 箱と一緒に下り、フロンの傍へ。

 抱えてみると、どうやら深い眠りに落ちているだけのようで。

 怪我も見当たらず、一安心だ。


 ――だからといって、怒りはまるで鎮まらないけれど。


 自動防御といえど、力が発現すれば冷気はフロンの身をさいなむ。

 むしろ加減がかないため、自ら術を行使するよりもずっと反動が大きい。


「寒くて辛いはずなのに起きないなんて」


 あの粉……おそらく鱗粉の作用なのだろう。

 この様子だと、しばらくは起きそうにない。

 それにしても。

 これはまた、随分と冷たくなったものだ。

 抱き上げたフロンの体温は、普通の人なら死んでいると思うほど低下していた。

 ここまで下がったのは央都での訓練を除けば、幼少に雪山をさまよって以来か。


「温めないと。悪い夢を見ない内に」


 フロンを抱え上げ、広間の隅へ。

 中に本と資料らしき物が見える氷の近くに寝かせる。

 氷を除去し、フロンを包むように山吹色の火を半球状に展開。

 じんわりと温めるため、妹を温暖な環境の中におく。

 そうしていると。

 服の内にかばわれていたらしい。

 襟元から頑張って這い出てきたユララが、フロンの頬を押し始める。

 まるで『起きて』と言うように。

 しばらくその様子を静かに見守っていたコロナだったが。

 ユララは自身の体の水分が減り始めても、その行為を止めようとしないのだ。

 このままでは、その内消えてしまうだろう。


「はぁ……」


 見るに見かねたコロナは、観念したように溜め息を一つ。


「あなたはこっち」


 そう告げながら手招きする。

 後ろ髪を引かれる思いなのだろう。

 ユララは何度かフロンを振り返りながらやってくる。

 不安そうに見上げてくるユララを、コロナは優しく拾って。

 妹がそうしていたように、肩にちょこんと乗せてみた。

 するとユララは、すがるようにコロナの細い首筋に抱きつく。

 詫びているようにも思えたコロナは苦笑し、


「きっと平気よ。私よりもずっと丈夫なんだから」


 繊細な指使いで、その頭を撫でた。


(そう、フロンは大丈夫。じきに目を覚ますもの)


 猪の突進をお腹に受けた時も。

 大鳥の背から落ちて十数メートル落下した時も。

 痛がりこそすれ、大した怪我もなくピンピンしているような娘だ。


 ……氷の守護すらなしに。


 毒キノコの胞子や毒草の花粉を吸ってしまった時だって、翌日には復活していた。


 ……ぐったりとは、していたけれど。


「……この娘の体、どうなってるのかしら?」


 おかげで一緒にいられるのだから、何も文句はないのだが。

 コロナは脳裏に浮かべた情景に首を傾げながらも箱の元へ。

 ベルトを掴んで移送を再開。

 屋敷を出るため扉を開け放つ……直前で止まった。


「大人しく待ってなさい。すぐに相手してあげるから」


 未だに足掻あがく化け物を冷たく一瞥いちべつして、コロナは扉に手をかけた。

 フロンが起きるまでに、全て終わらせよう。

 そう心に決めながら。



 ……それから数秒後。

 コロナによって、屋敷の入り口は静かに開け放たれた。

 屋敷の外で待ち時間を昼寝に費やしていた雷獣たちは、主人の片割れの帰還に、長い狐めいた耳をぴくりと反応させて。

 目を覚ました二匹は頭をもたげ、その視線を自然とコロナに向けて――。


「こふゅ!?」

「ふぁう!?」


 ずるずると箱を引きずって出てくるコロナに、何事かと驚愕させられたかと思えば。

 

「コフレネ、ファレーシュ、私たちが戻るまでこの娘も見ててね?」


 口調は穏やか。表情もにこやかなのに。

 どこか逆らい難い迫力を感じて。

 否応なしに子守り? を任される羽目になったのだった。

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