表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
火氷創主の百合姉妹  作者: 赤神幽霊
屋敷焼却編
25/32

第二十五話 赤衣桜飾

 触手は謎の粘液を撒き散らしながら、一直線にコロナに迫った。

 耳元で聞こえる、じゅるっ! とした音も相俟あいまって一層気持ち悪い。

 間近に迫った触手に、嫌悪感から鳥肌が立つのを自覚しながら。

 コロナは粘液まできっちり回避ないし焼却して距離を詰める。

 触手の化け物はコロナを敵と見なしていないのか、とりあえず触手を差し向けてはくるものの、その本数は極一部だ。

 しかも、それらを複雑に動かすこともなければ、他の行動を起こそうともしない。

 だが、簡単に近づけるのかというと、そうでもない。

 実働の触手よりも、待機している触手の方がずっと多いのだ。

 本体に接近するほど、触手の量と密度が増していく。

 どれが、どれだけ、どのタイミングで差し向けられるか。

 困難になる予測に加えて、距離が詰まれば、それだけ回避のための時間的猶予も減少する。

 万一大量に動かれでもすれば、回避は不可能。

 コロナとしては、触手にはどうしても触れたくないので、物理的な防御も論外だ。

 となると、残る手段は限られてくる。

 一番手っ取り早い手段はもちろん、焼き尽くすことなのだが……。

 ところがである。

 この触手、凄まじい再生力と、べとべとした粘液をたっぷり有している。

 腹立たしいことに、生半可な火では瞬間焼失どころか、焼き尽くすこともできそうにない。

 下手に火力を上げて焼き払おうとすれば、資料どころか屋敷を崩しかねず、焼くに焼けないのだ。


「なんて面倒な……」


 ひらひら舞う腰リボンにすら触れさせることなく、地道に距離を詰めていたコロナの口から、ついつい愚痴がこぼれる。

 不本意ながら、傍目には触手と踊っているようにも見えるこの現状に、「はぁ……」と憂鬱そうな吐息を一つ。


(ん……? 踊って、る――?)


「でもこんな場所で、こんなの相手にだなんて」


 いかにも嫌そうに呟き、不意に立ち止まったコロナ。

 そこに襲いかかった触手が、


 ――火縫ひほう赤火羽衣せっかはごろも


 どこからともなく現れた赤い火により、瞬時に焼滅した。

 コロナの肩に音もなくふわりと落ちたそれは、まさしく火で編まれた羽衣。

 間もなく羽衣から、髪やドレス風ワンピースへと火が移り始める。

 その火は髪や服を焼くことなく、むしろ護るように燃え盛り、触手を寄せ付けない。

 熱量のせいなのか、火の揺らめきによる錯覚なのか。

 スカートとリボンが、風もないのにはためいている。

 対象に火をぶつけたり、対象を熱線で射抜いたりするように、こちらから直接焼こうとするのではなく。

 向こうから近づいたものだけ、焼却されてもらおうという魂胆こんたんだ。

 気は進まないけれど、これなら屋敷を気にせず高火力を維持できる。


「せめて、さっさと終わらせよう……」


 言いながら、集中するように目を閉じ一呼吸置いたコロナは、


 ――火装かそう桜火纏旋おうかてんせん


 上に向かって螺旋らせんを描くように燃える、桜色の火炎を手足にまとう。

 二色の火は武装というよりも、きらびやかにコロナを飾っているように見えた。


「いきます」


 目を開き冷静に宣言したコロナは、触手の化け物に向かって、今度は真っ直ぐゆったりと踏み出した。


「踊り子に触るのはマナー違反だよ?」


 不機嫌や嫌悪を閉じ込めた、すまし顔で冷ややかに。

 小首を傾げて告げるコロナへ、しなり迫った触手は焼滅。

 火衣ひごろもとなった服により、あっと言う間に焼き消され。

 道を遮る邪魔な触手は、四肢に灯した桜火さくらびが焼き払う。

 その様は戦闘のそれではない。

 前に進むというルールを添えて、コロナは踊っているだけだった。

 火で着飾り、火の粉を散らし、火花を咲かせ、くるりひらりと舞い踊る。

 信じられない密度で、服という形に凝縮された圧倒的な火力。

 ただそこにあるだけで、触れた存在ものを焼失させるそれこそ、コロナの踊り子衣装に他ならない。

 それ故に、普段は障害物のない広い空間でしか、この衣装による演舞はお披露目できない。

 例外は、結界を張るなどして周囲の存在を保護した場合と、今回のように周りの“もの”がある程度燃えていい場合だろう。


 ――そもそもフロン以外の人前では“そんなに”踊らないけれど。


 自身の触手が次々と消える。

 異変に気づいた化け物が、ようやくコロナを敵と認識。

 ついに本気で迎撃するも、残念ながらもう遅い。

 昆虫のそれらしい、ぶよぶよとしていそうな化け物の腹の前。

 そこに、コロナはいとも簡単に迫った。

 熱に晒され、化け物は不快げに呻くような声を上げた。

 重苦しい重低音。

 酷く耳障りな、濁りのある音が地下に木霊する。


「奇遇ね、私も不愉快なの」


 大きな化け物の前、そいつを見上げるコロナの視線に、初めて憐れむような色が混ざる。

 化け物は、腹にできた隙間から、こぽこぽという珍妙な音色と共に、謎の液体を排出しながら。

 どことなく口めいた開閉可能な器官から、外にいる連中よりも更にぐちゃぐちゃとした、原形を留めなない異形を産み落としている。

 ……いや、取り込み切れなかったものが溢れ出している。

 コロナに向かって触手を振り下ろしていたことが原因なのか、既にこうなっていたのか。

 化け物の体は、崩壊が始まっていた。


「……もう休みなさい」


 ベルトから爽やかな緑の術石を抜き取ると、コロナはぴょんと飛び跳ねた。

 資料の部位へと術石を放り投げる。

 それは緑の光をまたたかせてから砕け散り、風を生んだ。

 軽やかに着地したコロナはそちらには目もくれず、くるっと一回転。

 勢いを乗せて威力を上げた回し蹴りを、化け物の虫腹に叩き込む。

 火の粉を伴いふわりとひるがえったスカートが、いつもの位置に戻る頃。

 送り込まれた桜火は、化け物を内側から焼き尽くし。

 先んじて生まれた風は、周囲の肉塊ごと資料を切り落とした。

 耳を塞ぎたくなるような化け物の断末魔を、顔色一つ変えずに聞き届けつつ。

 肉塊から資料を丁寧に焼き出し、回収するべく手を伸ばそうとして、


「おっと、危ない」


 その身を包み込んでいた火を全て消火。

 改めて拾い上げる。

 暑いのを我慢してまで残したのに、うっかり無駄にするところだった。


 ――捕獲対象者及び“飼育”予定地――。


 タイトルを視認した瞬間、コロナの表情に安堵の色が浮かぶ。


「回収して正解だったみたいね」


 資料をざっと流し読みしてから、本に挟み込む。


「ふぅ……。いつものことだけど、纏うと格別に暑いというか熱いよ……」


 ようやく一息吐いたコロナは、自らを抱くように体に腕を回した。

 内側からの熱で、肌がひりひりとした痛みを訴えている。


「ええっと、他に回収するべき物は……ない、よね……?」


 暑さと痛みをこらえながら部屋を見渡し、他には何もないことを確認すると。

 どこか物言いたげに見える異形たちの視線を背に受けながら、コロナはその場を後にした。

 残る通路は一つ。

 その先にはおそらく――、


「人、なんでしょうね……」


 他の生き物同様、異形と化しているのか。

 まだ人の姿なのか。

 どちらにせよ、活動の気配だけは感じられる。

 ほどなくして分岐点に到着。

 一旦そこで立ち止まったコロナは、


「さっさと済ませましょう」


 意を決し、最後の通路を進み始めた。

 靴音を響かせながら、堂々と――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ