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火氷創主の百合姉妹  作者: 赤神幽霊
屋敷焼却編
23/32

第二十三話 一人と一匹で

 コロナと別れ、入り口正面に見えた階段を登りきったところで……。


「……だ、大丈夫。わたしならできる……一人でもできるよ……!」


 少しでも姉の役に立ちたくて。

 フロンは自己暗示で萎えそうになる心を鼓舞していた。

 そうしていると、つんつんと冷たい感触が頬に。

 肩を見やると、一人という言葉に反応したのだろう。

 ユララが自らを指差し……触手差して、自身の存在をアピールしていた。

 フロンは一人じゃないよ、と言いたいらしい。


「ユララ……。うん、一人じゃないよね。わたし頑張る」


 頷き合い、フロンは歩き出した。

 何かが出てきたら嫌なので、目の前の大扉は……ひとまず封鎖して。

 コロナが右利きだからという理由で、右から見て回ることにした。

 先に左通路の扉も忘れずに凍らせてから、右通路の扉の前へ。


「すぅーはぁー」


 木製のドアノブに手をかけ、一つ深呼吸してから、ゆっくりと扉を開けた。

 そろっと、隙間から中をうかがう。


「……な、何もいない、よね……?」


 コロナと同じく温度の感知はできるので、ある程度は事前に察知できる。

 そう、ある程度だけ。

 少なくとも、徘徊しているものに類似した温度は感じなかった。


 ――光雪氷蛍こうせつひょうけい


 フロンの掌から、氷で作られた蛍が数匹飛び立った。

 それらは雪のような白さの淡い光を明滅させながら、部屋の中を巡回し、フロンの手元に戻る。


「……うん。わかった。ありがとね?」


 言葉を持たない彼らから、何かを伝え聞いたフロンの掌の中で。

 蛍たちは静かに溶け消え、そのあまりにも短い生涯を終える。

 フロンは何もいなくなった手を、大事そうに握り、胸に抱えて。

 祈りを捧げるように数秒目をつむった後、部屋に踏み込んだ。

 中に動くものはない。

 防護服にも実験着にも思える服がハンガーラックに吊されていて、一瞬人に見えて怖かったくらいで。

 他にめぼしい物は、二つある扉以外には見当たらない。

 一つは屋敷でよく見かけたもので、もう一方はやたらと仰々しい。

 隙間一つないそれは、分厚いのか威圧的な印象を受ける。

 上部に取り付けられたガラス部分からは、中の滅菌室めいた空間と、眼前の物と同じタイプの扉がその先に見えていた。

 床に残された、幾本ものわだちを思わせる跡に嫌な予感を募らせつつ。

 ハンガーラックに近寄って、服をよく観察してみる。


「これって、確か……」


 間近で見ると、どこかで見覚えのある物だった。

 嫌な記憶ほど印象の強さ故かよく残るらしい。

 フロンは央都一番の病院で、これと同じものを見たことがあった。

 術も機械も自在に使いこなす優秀な医師たちが、手術や免疫不全者と接触する際など、特に清潔を求められる際に身に着けていた物と同じだ。

 昔、治療を受けた際に見たことがある。

 当時を思い出すと、勝手に身が震えた。

 何もわからない幼女だった当時。

 麻酔を打たれて意識は朦朧もうろう、抵抗不能な状態で。

 手術台に寝かされ、宇宙人めいた外観となった大人たちに囲まれて。

 消えゆく意識の中、最後に見たのは、フロンの体へと向かう銀色の刃物の輝きで……。


「うぅ……。思い出したくないのにぃ……」


 ぺちぺちと両手で頬を叩いて、嫌な思い出から意識を逸らす。


「この床の傷跡は……」


 フロンが入ってきた方には見当たらない。

 全てもう一つの扉から、仰々しい扉へと続いている。


「い、一応見ておかないと、ね?」


 薄氷で退路を閉じ、もう一方は封鎖して。

 仰々しい扉をけ……開……かなかった。

 押しても引いても左右でも。上下にだって動かない。


「どうしよう!?」


 スイッチでもないかと、きょろきょろ部屋を見回すと、扉の脇に使途しと不明の黒いパネルが。


「えーっと、なんだっけ?」


 パネルとじーっと見つめ合うフロンの首が、ゆっくりとかしげられていき……。

 首が横倒しになる頃、記憶を掘り返していたスコップが、目当ての情報をどうにかすくい上げた。


「多分あれだ!」


 こちらについても、類似したものなら見た覚えがあった。

 確か央都の中枢施設だったか。

 術と手相による認証装置。

 鍵として定められた術の行使により起動し、登録された術力と手相を提示すると開く仕組み。

 ……本来ならば。


「お姉ちゃんが術師さんを燃やし尽くしちゃったから、開けようがないよね」


 さて、見なかったことに――したいけれど。


「どうせ後で処分するし、何かあったら仮の扉を作ればいいよね」


 フロンは少し躊躇ってから、扉に手を当てる。


 ――氷界浸食ひょうかいしんしょく


 フロンの手を起点として、瞬く間に霜のようなものが扉に広がり、内部をも犯して――とん、と。

 びっしりと霜で覆われた扉を、まるでノックするみたいに軽く叩く。

 たったそれだけ。

 それだけで、やはり分厚かった扉は、あっさりと崩れ去る。

 フロンは、水分不足のために儚く崩れてしまう、作りかけの砂の城を連想した。


「うーん。これ高かったんだろうなー」


 あえて呑気なことを口にしながら、気を抜くと震えてしまう足を動かして。

 いきなり滅菌室の設備が動作したりしないかと、びくびくしながら。

 奥の扉も同様に崩壊させる。


「……ほえ?」


 フロン自身、自覚できるほど間抜けな声が出た。

 多分、顔も相当に間抜けなことになっていることだろう。

 みっともなく口を開けたまま、崩した扉の向こう側と呆然として対峙することたっぷり。


「…………」


 塵一つ入らせまいと、ただの屋敷としては厳重に守られていたのだから当然と言えば当然で。

 その部屋は、全体的に清潔な屋敷にあって、特にそれが保たれていた。


「しゅ、手術室、だよね……」


 ああ、だから綺麗なのか。

 いや、なのに綺麗なんだ。

 フロンはどちらで受け止めていいか少し迷って、別にそれは重要ではないからどっちでもいいやと、早々にその思考を破棄した。

 気を取り直して、どこか落ち着かない様子ながらも部屋を観察する。

 動力を失い沈黙した術具や機械。また、それらを独自にかけ合わせたと思しき装置。

 フロンの知っている物は、手術台と照明とケーブルと……刃物類の一部くらいか。


「この機械とか道具、まだ使えそう。特に術具合成機械なんて貴重だし、これは回収してもらった方がいいよね?」


 運搬は川を復元すればどうにかできるよねー、と楽観的に考え、氷の箱の中に閉じ込めて片端から保護していく。

 コロナの火で消し飛ばされないように、耐火重視で。


「寒っ! でもお姉ちゃん容赦ないから、しっかり保護しないと……」


 フロンの見立てでは、コロナの機嫌はすこぶる悪い。

 いつも通りに振る舞って上手く隠しているつもりなのだろうけれど、フロンにはお見通しなのである。

 下の階で異形化した女の子と出会ってからというもの、コロナの従える火球に、時折生じるようになったかすかな“揺らぎ”。

 滅多に見られなくなった、“心の乱れ”の証。

 見慣れに見慣れたコロナの火球だ。

 それで暖を取ったりもしていたのだから、揺らぎがどんなに微細なものだったとしても、フロンが見逃すはずはない。


「今頃地下で大暴れしてないといいけど……」


 コロナと同じく、腰に巻いたベルトから吊り下げているブックホルダーより、ほとんど白紙の本を取り出しつつ、ふと思う。

 もしかしたら、いきなり屋敷が倒壊、なんてことになるかもしれない。


「し、信じてるからね、お姉ちゃん……!?」


 フロンは下に向かってそう口にしていた。


「よし、記録も保護も完了したし次いこー!」


 足早に元の部屋に引き返すと、封鎖を解除して次の部屋へ。

 扉をちょっとだけひらき、またも数匹の蛍を飛ばす。

 こちら側は通路になっているらしく、奥へ奥へと白い光は飛んでいく。

 まるで風花。その降り始めに立ち会った気分。

 自画自賛になるけれど、いつ見ても綺麗だ。


「ここも大丈夫そ……うじゃない……!」


 光が。蛍が。

 消えていく。死んでいく。

 同じ場所でついえていった。

 別に命を宿しているわけでもないのに、フロンは慌てて残った蛍を帰還させる。


 ――奥に“何か”がいる。


 近づいてくるものなのか。

 そこに居座っているものなのか。

 周囲との温度差を頼りに形を推測する。


「壁……?」


 床に近ければ床と。

 壁に近ければ壁と。

 中間においては、空間に近い温度。

 つまり“何もいない”時と同じ状態。


「そんなはず、ない」


 点――というより“個”だろうか? ――ではなく、面で存在している……?


「これもおかしいよ。何も見えないもん」


 面として在るならば、その姿をはっきり視認できるはず。

 暗視の術は維持されている。

 小さいとはいえ、蛍の光にだって照らされたはずなのに。

 極一部すらあぶり出せないなんて。

 帰還した蛍からも、“何か”についての情報は得られていない。


「擬態? 透明? 温度まで調整して? それとも、存在ごと隠れたりできるの……?」


 わけがわからない。

 なのでフロンが取る行動は一つ。


「もうっ! 全部凍っちゃえ!」


 床・壁・天井、全て平等に凍結。

 通路の途中に、生み出した覚えのない歪な形の氷壁。

 中身は相変わらず見えない。

 空洞としか思えないけれど、多分そこに“何か”がいる。

 このままでは邪魔で進めない。

 屋敷を処分する際、コロナに余計な負担をかけてしまうので、他の氷もついでに処理しておきたい。


「湖のために温存しておかないとね。今から凍えてたら、またお姉ちゃんに迷惑かけちゃうし」


 フロンの手が腰に向かう。

 ベルトの正面部分、等間隔に並ぶ術石収納ポケットをスルーして。

 本を吊している方とは反対側、予備弾倉をくくり付けてあるその直下。

 太腿側面に巻き付けられたホルスター。

 そこに収められたものを――掴んだ。

 繊細な少女の手には似つかわしくない、ごつごつとしたグリップ。

 細腕でまともに扱えるとは思えない大口径。

 どちらかと言えば華奢な体のフロンなんて、撃った反動で後ろに一回転してしまいそうな。

 旅立つ直前に護身用としてコロナから贈られた、護身用にしては火力過剰極まりない大型自動拳銃。

 この場の始末に打って付け……いや、“撃って付け”な一品。

 フロンは銃をおもむろに引き抜き、構えた。

 どう考えたってまともに狙えそうにない組み合わせ。

 仮に狙えても肩が外れるか、最悪腕がもげるのではないか。

 そんな予感から、もし見物人がいたなら「馬鹿な真似はよせ」と、止めに入る者も何人かはいるだろう。

 もちろん、そんな危険で使えない物をコロナが贈るわけもなく。


「術鍵解錠、術力認証完了、同調開始、安全装置解除」


 ――火紋開封かもんかいふう


 銃身から前触れなく無音で発生する黒い火。

 びくっとひるむフロンの前で、その火によって白銀の銃身に複雑怪奇な紋様が描かれる。


「あんまり使わないから慣れないよぅ……」


 潤む目元に、抑揚よくよう不安定な声音。

 もうちょっとで泣きそうに。

 コロナのおかげで、そもそも必要な場面になることが少ないのだ。

 荷物番が必要だからと、こういう調査なんて特にさせてくれない。

 フロンに燃え移ったり、火傷させたりする代物ではないと知っていても、びっくりしてしまう。

 しっかり握り締めたグリップから、じんわりと温かさが伝わってくる。

 コロナが傍にいるような、そんな気がしてくる。

 それどころか、水創主パパや他の見知った創主の気配も感じて。


 ――シスコンと過保護な親馬鹿たちによる合作、というとんでもない事実をフロンは知らない。


「ええっと照準は……このくらい?」


 狙いをつけようとしたら、銃口に火の円が発生。


「確かこの円の中に相手が入ってたら、“だいたい”命中するんだよね」

 

 でも、できるだけ真ん中を撃ち抜きたい。

 下手な方向に撃って、余計な物を壊したくないから。


(でも、結局この先にある物は無事じゃ済まないような?)


 フロンに一切の負荷を与えないようにする発砲補助があるくせに、威力制御は弾丸任せで。

 その弾丸を用意しているのはコロナなものだから、いつも火力は超過剰気味あいじょうたっぷり

 フロンにあだなす全てを燃やせ。その意思溢れる素敵な火弾だ。

 だからちょっと不安というか気がかりというか。


「む、向こうの壁に穴開いたりしないでね!」


 口ではそう言いながら、目は既にお外とこんにちはした未来を幻視しつつ。

 フロンは引き金を引いた。


 静かなる屋敷に、爆音が轟く――なんてことはない。

 消音機能により、音もなく銃口から放たれた一筋の閃光。

 その流星の如き光を追って生じた灼熱が、通路の氷諸共、氷付けにされた“何か”を、瞬く間に跡形もなく焼き尽くした。

 ……真っ直ぐ、先の部屋の壁までぶち抜いて。


「やっぱり選択間違ったかも……」


 後悔先に立たず。

 とにかく、外に変なものが出て行かない内に封じなければ。


(部屋の中まで燃えてませんように!)


 祈りながら、少し気落ちしたフロンは先の部屋へと歩を進めた。

 幸いなことに、射線上のものだけが綺麗さっぱり焼失しているようだ。

 ぽっかりと円形に穿うがたれているのは、壁とその手前にあった鉄扉の二点。

 穴から外を眺めると、赤い炎のようなものが空をかけていた。


「まだ消えてない!?」


 しまったと、フロンは頭を抱えた。

 新たに張り直した結界は姉によるもの。

 どうしてその構築者の火を異物と認識しようか。


「わーっ! まずいまずいまずい、完全に結界すり抜けちゃってる! ここ森の中なのに!?」


 最悪行き過ぎても結界で止まる。

 そう考えていたので、何も準備していなかった。

 放たれてからでは遅いというのに。

 おかげで火線は一瞬にしてフロンの射程外。

 もう手出しできない。


(森林火災になりませんように!

 森林火災になりませんように!!

 この先何にも当たりませんように!!)


 せめてもの抵抗として、フロンは必死でお祈りした。

 そうしていると、


「うっ……!?」


 吐き気を催す強烈な悪臭を感じて、咄嗟とっさに鼻を塞ぐ。

 後退りしながら、視線を下へ。

 鉄扉の内側に、下へと伸びる空洞が口を広げていた。

 臭気はその空洞から漂っている。

 フロンが感じた臭気は、死臭や腐臭、何かの薬品めいたものやカビみたいなものまで。

 全てがないまぜになったもの。

 一階、地下への階段から漂ってきた臭い。

 あれをもっと酷くすれば、きっとこうなる。

 この下に行けば、その原因がわかるのだろう。

 ――どんな地獄になっているのか。


「この下に一体何が……。お姉ちゃん、大丈夫かなぁ」


 地下に向かった姉を気にしつつ。

 とりあえず壁と鉄扉の穴に透明度の高い氷で蓋をする。

 それから鉄扉の脇を確認すると、やっぱりスイッチらしき物がある。

 ご丁寧に逆三角形。

 スイッチ全体で下行きをアピールしている。


「昇降機、だよね……」


 透き通った氷越しに、鉄扉の内側を窺う。

 乗るべき肝心の足場は下なのだろう。

 空洞の左右にあったため、幸運にも火砲を免れたワイヤーだけが目の前に。

 見上げれば天井で、昇降機のための装置があるだけだ。

 

「なんでスイッチを逆三角形に? 一つしかないし……」


 部屋内に目を配っても、気になるところはなく。

 入る前に飛ばした蛍からも、特に情報はない

 ユララだって、ぷるぷるとうるおいを誇っているだけだ。


 ――上なら森林火災も何も気にしなくていいのでは?


 そんな考えが浮かび、フロンは再び銃に手を伸ばしかけて……。


『緊急とか他に手段がないならともかく、基本はできるだけ消耗や消費は避けること。何があるかわからないんだから』


 今更ながら、コロナにいつも言われていることを思い出す。


「先に他の部屋を見てからにしよう!」


 そもそもフロンの担当は二階だ。

 仮に三階があったとしても、そちらを見て回るのは二階の後の話。

 今試したところで、お空と“こんにちは”しても、三階と“こんにちは”しても、どちらにせよ一度は塞がなければならない。

 それだったら――。

 試すのは最後でいいよねと、引き返して左側の通路へ向かった。


 これは余計なものを出したくないだけで、別に怖くなんてないし!

 消耗を抑えるためであって、怖がってなんかないんだから!


 などと呟き、うんうんと一人頷きながら――。

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