第二十二話 敵か味方か
一階、入り口から一番奥の部屋。
「…………」
「…………」
コロナは、フロン共々黙ったまま目の前の“それ”を見つめていた。
部屋を調べていると、フロンの肩でぷるんぷるんしていたユララが突然降り立って。
何事かと、二人してユララの向かう先へ視線を投じると、ユララの目指す床石の継ぎ目に違和感を覚えて。
確かめたところ、そこだけ僅かな隙間があったのだ。
水霊クラゲのくせに、なかなか目聡い。
……ユララの目はどこにあるのか。そもそも目はあるのか。
なんて疑問はさて置いて。
その床石には、本体や隙間に指をかけられそうな箇所はなく、どうにも仕掛け扉のようで。
どうせ焼却処分が決まっているし、いちいち面倒くさいので石を打ち砕いたところ、“それ”が出てきてしまった。
それ――“地下へと続く階段”が。
覗き込んでみると、中には深い闇が湛えられていて、奥が見通せない。
内側に封じられていたのか、湿気を含んだ異臭や腐臭混じりの空気がのっそりと這い出てきて、姉妹揃って顔を顰めずにはいられなかった。
あんぐりと開けられた大きな怪物の口腔も、きっとこんな感じなのだろうか――。
なんて、コロナは呑気にも思っていたり。
ただの現実逃避だ。
だってまさかそんな、物語のお約束じゃあるまいし。
本当に地下があるだなんて。
ああでも、そういえばまだ、水を管理する部屋とかは見つけてなかったなー、なんて。
「……はぁ」
コロナはとても憂鬱な気分だった。
だって、地下があったということは――。
『まずは一階を見て回ろう。“地下があったら二階を任せるから”』
地下があったら二階を任せるから。
コロナの脳内で反響を伴いながら再生される、過去の己の声。
言った。屋敷の入り口で、確かに。
どうしてそんなことを言ってしまったのか。
いや、あれはフロンを宥めるため……だけど!
しかし、約束は約束である。
フロンが忘れていない限りは守らなければ。
屋敷の中では、実験体の成れの果てが未だに活動している。
それがはっきりしている以上、できれば一人にしたくないというのに。
事実、既に何体も焼いているのだ。
ああもう、どうしてこうなるの!
「ねえ、ねえ! お姉ちゃん! これ地下への階段だよね? どう考えても地下室あるよね!?」
フロンが嬉々として、見たままの事実を確認してくる。
「そ、そうみたい、ね……」
目の前に階段があるからには、コロナは最早、頷くしかない。
「というわけでお姉ちゃん、二階の調査は任せてね!」
――お願いっ、忘れてて……! というコロナの祈りは、やはり天には届くことなく。
不受理とばかりに天井にぶつかり、床へと叩きつけられた。
いっそ、ここを塞いでいた床石みたいに、階段も粉砕してしまおうか。
そんな考えがコロナの脳裏をよぎり……。
「おっと火が滑っ……」
言い終えるより先に氷が階段を覆い尽くす。
幾層にも重なったそれは、意図的に焼き尽くそうとしなければ突破できそうにない。
「お・姉・ちゃ・ん?」
表情はにっこりとしているが、フロンの声色には隠し切れない怒気が含まれていた。
これ以上はまずい。
経験則からそう判断したコロナは素直に謝ることにした。
いつの間に肩までよじ登ったのか。
ユララも何かを察したらしく、頭を横に振りながら二本の触手を交差させて罰点を作っていた。
「……ごめんなさい」
コロナが謝ると同時に、階段を守護していた氷が消失する。
「それじゃあ二階は任せてくれるよね?」
「わ、わかったよ……。でも、ほんとに一人で大丈夫?」
「へーき平気! 心配要らないよ!」
フロンは「ねー?」と、ユララに語りかける。
妙に賢い水霊クラゲは、フロンに同意とばかりに頭を縦に動かしてみせた。
(――この子、実は敵なんじゃ……?)
もしかして、フロンとの分断を狙った罠なのでは。
階段のこともあって、試しに疑いの眼差しでじっと見つめてみる。
「…………?」
不思議そうにぷるぷるするだけで、逃げも隠れもしない。
フロンに影響されているだけのようだった。
「どうしたの? なんだかユララを見つめてたけど……」
「賢い子だなぁって思っただけだよ」
考え過ぎかな……と首を傾げるコロナの前で。
フロンに「よかったね」と言われたユララは、嬉しそうに飛び跳ねていた。




