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火氷創主の百合姉妹  作者: 赤神幽霊
術師焼却編
2/32

第二話 獣の使役者

 絶叫の残滓ざんしもすっかりなくなり、静寂を取り戻した夜の岩山で。


「――……!」


 夜闇の中、黒い獣を使役しているそいつは絶句していた。

 岩陰に潜む、屈強さとは縁遠い細身の体。それを包む、闇に紛れるための黒衣。

 ろくに手入れをしていないのだろう。

 そう長くはない髪は、ぼさぼさで自由奔放に振る舞っている。

 狂気の色が見受けられるギラついた目の下には、くっきりとしたくまができている。

 ここ数日は剃っていないのか、口元には中途な長さのひげが見受けられた。

 髭の具合や女性にしては広い肩幅、直線的な体のラインなどから考えて、男性だろう。

 全体的に見て、まともな生活を送っているようには到底見えない。

 そんな男の両手の甲には見覚えのある赤黒い物が埋め込まれていた。

 半球型に露出しているそれは、黒い獣たちに埋め込まれている物と同種の水晶だろう。

 こちらの方がずっと大きい。親機のようなものだろうか。

 暗視の術で見通す先、自慢の獣たちが見事獲物を仕留める光景を予感していた男は、その胸に膨らませていた期待という名の風船が盛大に爆ぜる音を、呆然として聞いたのだった。

 凍っている。獣たちが皆、凍っている。

 黒い獣と同じ数。計十二本の氷の柱。

 高さは数メートル程度、太さは獣の体長をやや上回る。

 小規模ながら、獣を取り込む分にはそれでも大きい。

 そんな氷の柱がどこからともなく現れ、その中に獣たちは一匹残らず捕われてしまった。

 予備動作、詠唱、触媒の用意、武器の所持、術光、周囲の仕掛け。

 そういった前兆や事前の準備は何一つとしてなかったはずだ。

 男は二人を、リリィ姉妹を見張っていたのだから。

 町で見かけてからというもの、ずっと。

 いくらあの二人が、“創主”という特定の属性に愛されるあまり、怪物的な力を授かることとなった存在とはいえ、相手はまだ小娘。

 追っ手に比べれば、よっぽどマシな相手だと思っていたことは確かだ。

 だが、だからといって油断など一瞬たりともしていない。

 “こちらの業界”では見た目詐欺だの虐殺者だの、特に姉に関して、嫌な噂をよく耳にするからだ。

 逃亡生活の末、これはようやく見出した活路なのだ。

 姉妹を捕らえ、急ぎ隅々まで調べ尽くして、“創主”の力を二つとも、絶対に手に入れなければならない。

 一つでは過程こそ延長できても、肝心の結末を変えられない。

 それでは追っ手から――研究監察機関からの要請で派遣された“雷創主”からは――逃れることはできない。

 そんな折に巡ってきたこのチャンス。みすみす手放すような真似はしない。

 それなのに、氷は現れて――。

 獣たちを守る間もなかった。

 それどころか、前文明崩壊以降、いつからか人々の間に宿るようになった術や創主の力を長年研究してきたこの男をもってしても、対策のための糸口さえ掴めなかった。

 術を行使するにあたって本来ならあってしかるべきもの――事象を呼び起こすための引き金となったものは何だったのか。

 直前に、フローズンという少女が『それはだめ』と叫んだだけだ。

 まさかそれが引き金に該当するものだとでも?

 そんなバカなことがあってたまるか。そう吐き捨てたくなるのを歯噛みして堪え、男は何か打つ手はないかと思案する。


「あのー、もしもしー、聞いてますかー?」


 コロナという少女が呼びかけているようだが、当然のごとく無視する。

 彼女たちとて、こちらの正確な居場所までは掴めていないはず。

 そうでなければ、とっくに氷に閉じ込められているはずだ。

 おそらく、返事で位置を特定するつもりなのだろう。


「私たち名乗りましたよー? あなたも術師さんなんでしょー? お名前教えて下さーい」


 かといって迂闊うかつに動けば特定される。

 男が今使える手札は、少女たちに完全に無力化したと思われているであろう獣たちと、切り札の二枚。

 出し惜しみをして失敗すれば、たとえ二人から逃げ延びたところで“雷創主”に始末される。

 それならば――惜しいが獣たちを犠牲にしてでも仕掛けるしかあるまい。

 あの二人は場数を踏んだ猛者とは違うのだ。

 不意をつけば、さしもの“火創主”と“氷創主”も自らを守ることで手一杯になるはず。

 そこに賭ける。

 男は決断すると、水晶へと意識を集中させ始めた。

 手の甲にあるそれが、徐々に範囲を広げ、腕に、肩に、胸に、首に……と、体の内と外でどんどん広がり、ついには全身に至る。

 岩を軽く粉砕する筋力と、一息に間合いを詰める敏捷性。

 物理的な衝撃から身を守るのみならず、生半可な術でも傷一つ負わない、強固な体。

 今や男の全身が敵を斬る剣であり、身を守る盾となったのだ。

 この水晶の力ならば、創主レベルの火をかいくぐり氷を打ち払うことも、僅かな間は可能だろう。

 それよりも性能で劣る水晶の盾で、一撃のみとはいえ“雷創主”の雷を防げたのだから。

 数秒。その間に、二人まとめて一撃で葬ってやればいい。

 いずれは量産して、製造した獣たちを強化するつもりでいたが……。

 その試作品をここで、それも自身に使ってしまうことになるが、なに、邪魔者を片付けてからまた作ればいい。

 ここを切り抜けられれば、いくらでも時間を得られるのだから。

 赤黒い水晶と半ば融合した男は行動を開始した。

 獣たちを爆破し、氷塊が飛び交うその隙に――。

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