表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
火氷創主の百合姉妹  作者: 赤神幽霊
屋敷焼却編
19/32

第十九話 屋敷に入るその前に

「なんだ、ちゃんと結界は張ってあるじゃない」


 屋敷があるという湖のほとり

 新たに水は湧き出ているものの、申し訳程度に底へ集まっているのみで。

 一度すっかり枯れ果てて、元の状態など見る影もなくなってしまったそれを、視界の端に捉えながら。

 そう言ったコロナの前では、白紫の電光がその存在を主張していた。

 幾本もの小雷を糸に見立て、束ね編み上げ多彩な術をも組み込んで、できるだけ薄くしつつも強固な壁として展開されているらしい。

 そんな壁が、屋敷を閉じ込め隠すべく、屋敷に沿って張り巡らされている……はずだ。

 少なくとも屋敷の姿は見えない。


「いい? ファレーシュもコフレネも、これはまだ食べちゃ駄目だからね?」


 結界の範囲を知るため、周囲を見て回ろうと歩き出すコロナの後ろで。

 フロンが雷獣たちに“待て”を指示している。

 その肩では、ユララが溶けかけの氷の粒を抱えて水分を補給していた。


「くゅぅーん……」


 と、どこか悲しげにも、恨めしげにも聞こえる鳴き声を上げる二匹。

 無理もない。人を乗せた経験などあるはずもないのに、人間一人とその荷物を乗せて、休みもせずにここまで運んだのだから。

 普段とはまるで違う走り方(ゆえ)に、体力配分もへったくれもなかっただろう。消耗して当然だ。

 そんな状態で、雷創主によって生み出された、極上の雷というごちそうを目の前にしているのだから、湧き上がる欲求も相当なはず。

 早く雷……というより、電気を食べたくて堪らないのだろう。

 とはいえ、このままでは術という名の不純物が多過ぎる。

 どんな影響があるかわかったものではない。


「ごめんねコフレネ、ファレーシュ。もう少しだけ待ってて。すぐに確認と解除を済ませるから」


 コロナは振り返りながら告げ、壁伝いに歩を進めていく。

 湖を右手側に確認できる位置に回ったところで、“それ”を見つけた。


「……厳密に言えば術とは違うけれど、雷術は当然として他の術だってすごいのに、なんでこういう手抜かりするのかな」


 水路だ。湖から取水用に掘られたのだろう。

 その取水用水路の、“取り込み口の一部”が見事に露出していた。

 おそらくだが、エクレールが結界を施した当時は水が張られていて、地上からは見えなかった部分。


『幽霊が出るらしい』


 エクレールが誰にそんな噂を吹き込まれたのかは知らない。

 だが――。

 あろうことか彼女は、いつ出るともしれない幽霊との遭遇を恐れるあまり、雷の発生範囲を大まかな目測のみで決定したに違いなかった。

 それも大慌ての大急ぎで。

 感覚を強化拡張するか、くまなく周囲を確認して範囲を把握していれば、こんなミスは起きない。


 ――本当にミスなら。


「エクレールさん、どれだけ幽霊苦手なのよ……」


 いくらなんでも酷過ぎやしないかと思いつつ。

 結界に含まれる術を片端から“焼き消し”ながら、幽霊とやらの気配を探ってみる。

 姉妹揃って霊感のようなものが備わっているせいで。

 こちらから探さずとも、昔から“そういう連中”との出会いには事欠かないのだが。


「……周囲にはいないみたいだけど。やっぱり出るとしたら屋敷の中かな。もう中にもいない気がするけど」


 町に流れた水霊クラゲの量からして、全て外に出た後ではなかろうか。

 みんな変異して水霊となった可能性が高い。

 今となっては、もぬけの殻だろう。

 この辺りに元より漂っていた霊がいたなら、それも巻き込み押し流したのではないか。

 そうこうしている間に、隠されていた屋敷が姿を現す。

 その外観は、どこか“洋館”という遺構に似ていた。

 近年に建設されたのか、本当に遺構なのか。

 粘土質と石材による壁面には苔が繁殖し、屋根からは葉を茂らせた蔓植物がカーテンのように垂れ下がっている。

 窓に目をやると、木組みの窓枠も、周囲の木々と同色のものが用いられていた。

 ガラスの部分にも木々に合わせた葉が描かれている。

 湖側の外壁を確認すると、やはり術式が刻み込まれていた。

 ――どこまでが後付けなのかは不明にしても。

 少なくとも、外観の緑などは確実にカモフラージュとして利用していたようだ。


「手の込んだことを」


 除去と観察を終えたコロナは、ぼそっと吐き捨てるように呟いて。

 フロンのところへ小走りで戻った。


「もう大丈夫。終わったよ」

「あっ! お疲れ様、お姉ちゃん」


 顔を見るなり、フロンが抱きついてくる。

 コロナの内側で増し始めていた熱が冷却されていく。


「これくらい?」

「これくらい。ありがとね?」

「えへへー」


 柔らかな感触が離れていくことに名残惜しさを感じながら、気を利かせてくれた妹の頭を撫でる。

 撫でられて上機嫌になったフロンは身をひるがえすと、


「ファレーシュ、コフレネ! 食べて良し!」


 ――その言葉を待ってました!

 そう言わんばかりに、雷獣たちは雷の結界に爪を立て、切り裂き、行儀良く口に運んでいく。

 ……と思いきや。

 直接かぶりつけるだけの隙間ができると、がつがつと一心不乱に喰らい始めた。

 正面に見えていた部分をあっと言う間に食べ尽くし、口の周りをペロリと舐めて、「けふぅ」と一息吐いてから、


 ――くぅぅうぉおおおおおぉーーーーーーーん。


 幸せそうに、つい遠吠え。

 声の響きが残る中、満足げに座り込んだ。


「ファレーシュもコフレネもお腹いっぱいになったみたいだね。ちょっと食べ過ぎな気もするけど。ねえお姉ちゃん、残りの雷どうしようか?」

「術石に吸わせましょう。この子たちのご飯になるし、雷創主の雷なら持ってて困らないもの」


 立てた長い耳をぴくぴくさせて、姉妹の会話にそれとなく意識を向けていた二匹が、それを聞いて安堵したのか「ふわぁ」と欠伸している。

 単純に、お腹がいっぱいになったから眠たいだけなのかもしれないが。

 それを横目に、コロナは自分のザックから紫色の水晶石を取り出す。

 そこらの河原にも落ちていそうな、水切りに使えるくらいの大きさだ。

 楕円形のそれは、向こう側が見えそうなほど透き通った色合いをしていて、とても美しい輝きを放っている。

 ずっと昔はアメジストと呼ばれ、主に宝石として取引されていたらしい。

 他の元宝石と同じく今では術石としての価値が非常に高く、その質たるや上手くすれば創主の力を“たんまり”と蓄積しておけるほどだ。

 色素が薄い方が蓄積・吸収能力に優れていて、アメジストは特に電気との相性がいい。

 コロナは慎重な手付きで術石を残った雷に触れさせる。

 すると、術石はぐんぐん雷を吸収していく。

 今となっては平然とできているこの行為。けれど、慣れない内はこれが結構怖かった。

 大容量の術石は、吸収の勢いも凄いのだ。初見の人はまず驚く。


「町に戻ったらブローチかネックレスあたりにしましょうか。フロン、なくしちゃダメだよ?」


 取り込みが完了し、内側にいくつもの白紫の光球を宿したそれを「はい、これ」とフロンに手渡した。

 フロンの手の中で、星の海を内包したアメジストが静かにまたたいている。


「わ、わたしが持つの? だってこれ、お姉ちゃんの大事にしてる……」

「そりゃあ、そう数が手に入る物じゃないもの。央都の舞踏祭で優勝した時の賞品ってだけだから、気にせず持ってて。フロン“は”雷術使えないでしょう? 私がいない時、その子たちの“おやつ”どうするの?」

「わ、わかった。ありがとう、お姉ちゃん」


 ――……今度代わりに何か贈るからね……。


 フロンはコロナに聞こえないよう、小声でそっと付け加えていた。


「フロン、今何か言った?」

「な、何も言ってないよ……?」


 コロナは首を傾げつつもフロンがそう言うならと深く追求せず、


「それじゃあフロン。準備して調査開始といきましょうか」

「はーい!」


 ――それから、準備を終えた二人は必要最低限の荷物だけを持って、屋敷に足を踏み入れた。

 その背を、留守番役となった雷獣たちに見守られながら……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ