第十八話 火運氷翼
――乗せてもらう以前の問題だったところから、よくもまぁ、こうなったものよね……。
コロナはそう思いながら、愛おしそうにコフレネの背中を撫でる。
思い返している内に、周りの景色は緑に包まれていた。森林に入ったのだ。
コフレネたちが速すぎて、木々が緑と茶色の何かにしか見えない。
「ふぉう!」
不意に力強い一鳴きが耳に入る。
周囲を観察していたコロナがはっと前方に目を向けると、
「……もう嫌」
すぐに理由を理解したコロナは、心底げんなりとした。
――蔓だ。
長短太細様々なそれが触手のようにウネウネと蠢いていて、気持ち悪いことこの上ない。
そんな何本もの蔓を操る、キャベツみたいな巨大植物が進路上に鎮座しているのだ。
表面に赤い斑点がいくつも浮かんでいて毒々しい。
まだかなり距離があるのに視認できる大きさといい、どう見たって通常の物とは思えない。
どこまで大きくなるかはわからない。
森を食い尽くすまで止まらないのか、今ので上限なのか。
ただ、あれを放置すれば少なくとも周囲の栄養は粗方吸い尽くすだろう。
ある蔓の先には、捕まったらしい小動物……に見える中型の獣が締め上げられている。
肉食ということだろうか。それとも、水分の代わりに血を……。
そうやって観察している間にも植物との距離は詰まっていく。
「ふぉふぅ?」
コフレネが「どうする?」とばかりにコロナをちらりと見やる。
「このまま走って。私が焼くから」
フロンにも聞こえるように答えると、「わかった」と言っているとしか思えない「ふぉう!」という短い一鳴きを返し、前を見据えたまま突き進むコフレネ。
「――フロン!」
「はーい!」
呼びかけに応じたフロンに指示され、ファレーシュがコフレネに並ぶ。
併走する雷獣の上、姉妹は伸ばした手を繋いだ。
「触手っぽいからってやり過ぎないでねお姉ちゃん。わたしたちのせいで森が焼失しましたとか、笑えないよ?」
「フロンこそ、もしあいつが毒ガスとか撒いたら大変だから、最後まで封じ込めるのよろしくね」
「任せて! ってそれはお姉ちゃんの火加減次第だよ!?」
「ちゃんとやるから大丈夫だよ」
お互い一つ頷き合うと、前を見据えてその時を待つ。
間もなく、巨大植物が射程に入った。
「せーのっ!」
「せーのっ!」
完全に重なったかけ声と共に、二人の前から、巨大植物めがけてキラキラと日の光を反射する“鳥”が放たれた。
――合創・宿火の氷鳥。
川幅ギリギリの大きさを持つその鳥の姿をよく見ると、透き通った氷の中に青白い火を余すことなく宿している。
火は氷を溶かすことなく。
氷は火を弱めることなく。
一体何がそんな推力を生み出しているのか。
二人を乗せるために加減しているとはいえ、その鳥は雷獣をずっと上回る速度で中空を飛ぶ。
羽ばたき、飛翔し、意思を持つかのように巨大植物の蔓をかいくぐった鳥は、ついにその本体に激突。
氷が弾け、解き放たれた火が植物に穴を穿ち奥へと消えた。
弾けた氷は粒子となって植物の表面に張り付き、そこから急速に広がっていく。
捕らえられた動物だけを残して、瞬く間に全体を封じ込める。
次の瞬間。
氷の中で植物が赤熱し――ピシピシと音を立てて氷面に無数の亀裂を生じさせるや否や、全て纏めて崩れ去った。
細かく砕けた氷片は、激しく降り注ぐ霰や雹さながらに、けたたましく大地を打ち鳴らす。
そんな中、コロナはポケットに手を入れて身構えていた。
コロナの目は、数多の氷片に紛れて、捕まっていた動物たちが地上へと真っ逆さまに落ちていく光景をしっかりと捉えていて――……。
――……――
森に生まれた空白と、その周辺の枯れ果ててしまった植物たちを横目にしながら。
コフレネたちに走る速度を落としてもらい、姉妹は植物から解放された動物の状態を観察する。
遮蔽がないため見通しは良好。
氷片も既に燃え尽きて跡形もない。
「だ、大丈夫そうだね……。うぅ、寒いよぅ……」
「繋いだままでいればよかったのに、わざわざ手を離してから氷膜何枚も張って落下していく動物助けるんだもの。そりゃそうなるわよ」
「蔓から放した後どうするか全然考えてなかったから、本気で焦ったんだもん……」
「それでいつになく返事が早かったのね。おかげで“これ”を使わずに済んだけど」
コロナは構えていた風術石をフロンに見せた。
万が一の時はコフレネに加速してもらって、術で浮かせて助けるつもりでいたのだ。
「あう……、そうと知っていれば……」
「一応これ、限界まで消耗した時の保険なんだけど?」
「無策でごめんなさいです……」
「よろしい。ほら、手を出しなさいな」
コロナが差し出した手に指を絡めるフロン。
ガタガタと震えていたのが次第に落ち着いていく。
動物たちの安否確認も完了し、フロンの寒気も和らいだところで。
コフレネたちに速度を戻してもらい、それ以降は特にトラブルも起きることなく、順調に川中を駆け抜けて。
――しばらくして、姉妹は目的の屋敷へ辿り着いたのだった。




