第十六話 雷食す獣に乗って
“そこ”から振り返ると、もう町は遥か後方に小さく見えた。
見る見る遠ざかっていく町と、流れ行く周囲の光景が、自らを乗せた“存在”の速度を実感させる。
音だけ聞こえたなら、ただ紙袋を荒々しく揉みくちゃにしているようにしか思えない、そんなバリバリとした音を控え目に響かせて。
獅子より二回りほど大きく、虎の胴体と手足に、狐の頭と尾を組み合わせたような猫狐めいた姿で。
狐の中でも、一部に見られるような長い耳が特徴的な。
そんな体躯に、小麦色のふさふさとした体毛を靡かせながら。
青・紫・白・黄の四色を主とする電流が織り成す、不思議な色合いの衣を纏うその“存在”とは。
――雷獣。
雷を呼び、それを食すことがその名の由来。
大地を駆ける姿から、またの名を地を迸る稲妻とも。
央都ではそういった名前で呼ばれている超常種だ。
帯電した雷獣本体から伝わってくるはずの電流や、高速で移動することによって生じる空気抵抗など、諸々の事象が行方不明にでもなってしまったのか。
“そこ”――“相当に加減していながら、全速力の馬ですら目じゃないくらいの速度を誇る雷獣の背中”に平然と跨ったフロンが両手を広げた姿勢で歓声を上げていた。
彼女のおへその辺りでは、セーターの繊維に触手を巻き付けて掴まっている水霊クラゲのユララが、その上の方にある二つの実りと同じような周期で揺さぶられている。
ユララを守護するかのように、その周囲には極微細な氷の粒子が漂い、日光と雷光を受けて煌めいていた。
「わーい! わーい! ファレーシュはっやーい! いやっほーい!」
フロンはさっきから、ずっとこんな調子である。
“ファレーシュ”と呼ばれた、耳と尻尾以外のどこをどう見ても獰猛そうな雷獣が、その背中ではしゃぐフロンに「きゅーん」と困ったような鳴き声で語りかける。
外見にまるでそぐわない、子犬みたいな声だった。
察するに「頼むからちゃんと掴まって」とでも言っているのだろう。
コロナは先行するフロンの後姿を堪能しながら、雷獣の胴体に括り付けた荷物のせいで、スカート越しに浮かぶ、妹の可愛いお尻のラインが見えないことに不満を覚えたり覚えなかったりしつつ。
「足は用意するって師匠が言ってたから、何かしら珍妙なのを寄越すとは思ってたけど、まさか雷獣とはね……」
先の事件により、現在は僅かな水量が中央を流れるのみとなった川中を疾駆するもう一体の雷獣の背に、こちらも平然として跨るコロナ。
一応風は失踪していなかったのか、本来なら決して優しくないはずの向かい風を、そよ風にでもあたっているかのように心地良さげに受けていた。
川中を進んでいるので、目的地まで障害物らしい物はほとんどない。
林はとっくに過ぎ去ったし、平原を行く今は見通しもいい。
この先の森林では迫り出した枝葉が多少あるだろうが、そこまでは警戒の必要もないだろう。
(枝葉程度なら、雷獣が巻き起こしてる風圧で勝手に押し退けられると思うけど……)
実際そうなるだろうし、楽で助かってはいるが。
それはそれで暇を持て余すこととなったコロナは、少し前の出来事を思い返すことにした――。




