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火氷創主の百合姉妹  作者: 赤神幽霊
クラゲ焼却編
14/32

第十四話 フロン惑わすクラゲは火葬

 本来町にあるはずのない物の前で足を止めたコロナは、周囲に人目がないことを確認してから、やや躊躇いを見せた後、「うーーんっ」と一つ、大きく伸びをした。


「――ふぅ。流石に町一つ精査すると、自覚する程度には疲れるよ……。南部開拓の前線基地でもあるだけに結構広いのね、この町。それにしても、暑いや……」


 服をぱたぱたさせて、少しでも涼もうかと胸元に手を伸ばしかけて、やっぱりはしたないので止める。

 普段から仕草には気をつけておかないと、うっかり妹の前でやりかねないからだ。

 無頓着というか無防備なフロンに慎みを持てと日頃から言っている手前、自分がそういう振る舞いをするわけにもいくまい。

 それに、そんなことをせずとも、目の前にとても涼しくなれそうなひんやりとした物があるのだ。これを利用しない手はない。

 一通り町を歩き、駆け、跳び回った後、どう考えてもフロンの仕業としか思えない氷の塊――氷の花の前に、コロナは到着していた。


「とりあえず耳の横も暑いからポニーテールにでもしましょうか……」


 コロナは少しでも体を冷やしたい一心で、左右に分けてそれぞれ纏め、肩の前に流していた髪を後ろで束ね、改めて赤い髪紐で結ってから。

 氷花の根元――地上からはそびえ立つ壁のようにしか見えない――の部分に、身を投げ出すように抱きついた。


「――んはぁ……。いーきーかーえーるーぅー」


 どうにも艶っぽい吐息を零したコロナは、冷気を全力で味わうべく目を閉じて触覚を研ぎ澄ませ、もっと密着したいとばかりに頬を押し付けた。


(――ああ。なんて気持ち良いんだろう!)


 これはこれで傍目に大変みっともない姿なのだが、洞窟の奥ならいざ知らず、こんな氷塊はフロンが作らない限り、決して寒くはないこの地域の、まして町中でなど見つかるわけがない。

 そもそも、普段はフロンと手を繋いでいるからこんなことをする必要がないし、人目がないときはお互いよく抱き合っているのだから、これはその代替行動に過ぎないわけで。

 つまりコレはいつも通りの行動であって、全然はしたない! ってことも、みっともない! なんてこともないから大丈夫……なんて、そもそもからして誤りある言い訳をしつつ。


 ――いい加減、暑くて堪らなかったのだ。


 この後のことも考えると、このあたりで冷やしたくて仕方なかった。

 そうしないとオーバーヒート確定だから。

 ところが頼みの水辺はクラゲ祭り。

 カーニバルの真っ最中。

 そんなクラゲフェスティバルに飛び込むなんてありえない!

 ……という状態でこの氷塊を前にしたものだから、我慢ならなかったのだ。

 思っている以上に、思考も熱気でやられ始めていたらしい。

 水場を奪ったクラゲと、彼らの持つ触手も原因の一つだろう。

 毒などはないはずなのに、あれに揉みくちゃにされてからというもの、ずっと調子が悪いというか気分が悪い。触手を体が受け付けないのだ。

 少しだけすっきりした頭で、やっとそれを認識した。

 すっきりしたことで、至極当たり前なことにも気づく。


「――って、そうよ! どうせ抱きつくのなら本人が一番じゃない!」


 きっと今頃、フロンだって寒さで辛くなり始めているに違いない。

 そう思うことにしたコロナは冷却もほどほどに、大きく胸一杯に息を吸って息を止めた。

 氷に必要最小限の穴を開けながら、愛する妹の元へと歩み出す。

 開けた穴が即座に修復されるおかげで、クラゲの流入を防ぐ手間が省けて楽ちんだ。

 但し、それは同時に氷に閉じ込められることを意味する。

 空気が少ない中を無策で進んだなら、すぐに息苦しくなって意識も遠のき、やがて氷に呑み込まれることだろう。

 フロンの氷は通常、呑み込んだ生き物を仮死状態というべきか、停滞した状態にするため、フロンが殺そうとしないなら、すぐさま死んでしまうわけではない。

 氷から解放されてしばらくすれば、息を吹き返すというか、普通に活動を再開できる。

 多生の寒気は残るものの、それもやがてなくなる。

 ところが、コロナはそうなるとは限らない。

 失神していても熱気が勝手に氷を溶かしてしまうコロナの場合、氷付けになれない。

 そのため、ちゃんと空気孔を作るなり何なりしなければ窒息死まで一直線だ。

 もしかしたら、火の寵愛が氷を全て焼失させて助けてくれるのかもしれないけれど。

 試したことはないし、試したくもない。

 周りがどうなるか知れたものではないし、何より気を失うのは怖いから。

 フロンが気づいて解放してくれればいいのだが、あの娘はまだ、自分が作った氷の中のものを把握する感覚が未熟なので、気づかないと思っていた方がいいだろう。

 故に気を失うわけにはいかない。

 もちろんコロナはそれを知っている。

 ただ、今は余計な力を使いたくないので、だったらと初めから息を止めて入ったのだった。

 素潜りに比べれば水圧もなければ抵抗による負荷もないに等しいので、激しく動かなければ水中よりも当然長く止めていられる。

 それにフロンまでの大体の距離もわかるため、息継ぎへの不安感もなく心拍は安定する。

 精神的にも肉体的にも余裕たっぷりだ。

 肺が抗議活動を始めるまでもなく氷を通り抜けたコロナは妹の姿を視認して――、


「フロン……。まだやってたのね……」


 わざわざ寒いのを我慢してまでクラゲと戯れ続けていることが一目でわかってしまい、呆れて次の言葉が出てこなかった。

 その代わりに「はあぁ……」と残っていた息を吐き出す。


「……んぐ?」


 盛大な溜め息を耳にしたフロンは、水霊クラゲの触手をくわえたまま振り向くなり首を傾げた。

 不思議そうな、「……あれ?」と言いたげな目がコロナの姿を映している。


「そんな、どっか行ってたの? みたいな顔されると、こっちも反応に困るんだけど……」


 いつも一緒にいるはずの姉が居なくなっていたのに、今まで気づいてなかったのかこの娘は。


「――まぁ、いいや。ねえフロン、もう気は済んだ? そろそろクラゲを焼かないと、町が滅びちゃうよ?」

「うーん、あとちょっと、もう少しだけやらせ……――えっ?」

「えっ、じゃないよ? 人は一応救出して火で保護してあるけど、そろそろ建物とか私の結界とか暑さとか、色々限界なんだから」


 いいから町を見てきなさい。

 半信半疑なフロンに、コロナが氷の上部を指差しながらそう促すと。

 フロンは一つ頷き触手片手に駆け出した。

 空中に拳ほどの大きさの氷を生み出し、自由落下を始めないよう空中に固着させたそれを足場にして、次々に飛び移っていく。

 スカートが翻っても押さえることなく、下着が見えるのも気にせずぴょんぴょん飛び跳ね氷花の上へ。

 ツルツルとしている足場に滑る気配もなく楽々と着地したフロンは町を見回して――。


「なに……これ……」


 なんとかそれだけを絞り出し、無意識の内に半歩後退。

 手から零れた触手がぺちゃりと、音を立てても反応しない。

 フロンが形を確認できたのは、窓からクラゲを吐き出し続ける背の高い建物と、至るところに見られるコロナによるものと思しき煌々とした球状の火膜。

 それから、どこもかしこもを覆い尽くさんとする無数のクラゲたちだった。

 町の外に溢れ出すのも、もはや時間の問題といった具合。


「わ、わたし、いくらなんでもこんなには要らない、よ……?」

「あら? フロンってば、クラゲでいっぱいの湯船に入ってみたいとか言ってなかったっけ?」


 いつの間に、と体をびくりと跳ねさせて、慌てて振り向くフロンの隣。

 “万が一”の事態に備え、氷壁を無音で文字通り駆け上がってきたコロナは、おびただしい量のクラゲを前にどうにか平静を装いながら、顔を青くしたフロンを見て安堵していた。

 万が一あのクラゲ天国――コロナにとっては地獄――の中に飛び込まれたらどうしようと、内心かなり不安だったからだ。


「あんな数を相手したら、わたしおかしくなっちゃうよう……」

「触手に狂わされてるフロンの姿も見てみたいなって気持ちは確かにあるけど、もしそうなりそうだったら私は必ず助けに行くよ。

 ただ……さすがにあの中に助けに行くのは私も辛いというか、その……、そもそもお姉ちゃんはそんなの許しませんからね! というか、どう“相手にする”つもりだったのか是非聞かせて欲しいな!」


 ぐいっとコロナは体を寄せて、フロンの肩をしっかり掴んで問いかけた。


「え、えっとそれは……その……」


 言いよどむフロンは恥ずかしそうに下を向き、太腿をすりすりさせている。

 その仕草で答えは既に察しているが、コロナはあえて問いかける。


「ほら、お姉ちゃんに言ってごらん? クラゲに、クラゲの触手に、どこを、どうして欲しいの?」

「ううっ……」


 答えられずに、下を向いたままちょっと泣きそうになっているフロンの肩から片方の手を離し、それをすーっと弧を描くような滑らかな動きで妹のスカートの中へ。


「――ひぅ!?」


 スカートに潜り込む手は視界に入っていただろうに、それどころではなかったのであろう。

 フロンは不意にその身に襲来した感覚に驚き、びくんと一瞬跳ね上がった体を硬直させた。

 そんな妹の耳元に、コロナはそーっと囁きかける。


「――ここ、よね? ここに、欲しいのよね?」


 優しく甘い響きのある声で囁いたコロナは、ゆっくりとそこで手を――指を蠢かせ始めた……。


 ――……。


 呼吸困難にならないように寸止めついでに休憩させつつ、落ち着き始めたら刺激を与えてと繰り返す。

 何度も、何度も、執拗に繰り返す。

 フロンの状態をつぶさに観察しながら慎重に。


「ぁーー……、ぁーー……」


 いつからかコロナの首にすがりつくように回されていたフロンの腕もすっかり脱力し切って垂れ下がり、鳴き声もほとんどが呼気と化した頃。

 消耗したフロンはコロナにもたれかかり、顎を肩に置いていた。

 コロナが支えていなければ、とうの昔にずるずると崩れ落ちている。

 その一方で、体はある欲求を訴えてやまないのだろう。

 フロンは一心に、消耗した体に鞭打ち、脚を閉じ合わせて太腿を擦り合わせようとし続けている。

 力が入らず上手くいかないのか、ぶるぶると痙攣しているような動きになっていた。

 コロナの声は聞こえているのかいないのか。

 語りかけても、どこか遠いところを眺めているような虚ろな目をしたフロンの口からは、応答の代わりに荒い呼気と唾液が垂れ流されるのみ。

 その垂れ流された唾液で肩やその周囲がべたべたになっているのに、嫌がるどころか内心喜んでいるコロナは、不意にその責め手を止めた。


「うーん、そろそろいいかな……? これくらいすれば理解してくれる……よね?」


 責め手を完全に止め、呼びかけながらぺちぺちとフロンの頬を優しく叩く。

 目にたたえられた涙が、ささやかな振動に促され――零れた。


「おーい、フロンー? フローズンさーん? もしもーし、ちゃんと意識ありますかー?」

「ぅ……。おねえ……ちゃ……。ひど……よ……」


 うめきと共に、フロンの視線はコロナへ。


「あるみたいね。お話済んだら意識飛ぶほどすっきりさせるから、もうちょっとだけ我慢ね?」


 コロナは愛おしそうにフロンを包むように抱いて、頭を撫でながら囁きかける。


「あのねフロン、現在進行形でもう嫌と言うほど体で理解してると思うけど、私がちょっと意地悪く焦らし続けてるだけでも、とっても辛いでしょう?」


 早く早くとせがむように、力の入らない体を弱々しく押し付けてきていたフロンが、こくんと微かに頷いた。

 どうやらちゃんと耳に入っているようだ。


もてあそんでるのが私だから、合間に休憩できたり、今こうして責め手を止めたりできてるってこと、わかる?」


 また、こくんと頷く。

 今度は「うん……」と小声で返事もあった。


「これがあのクラゲや他の存在だったら、最悪どんな目に合って、それがどれだけの時間続くか、想像できる?」


 数秒ほどの沈黙の後、フロンは嫌な想像でもしたのか、何かを振り払うかのように、弱々しくも首を横に振った。


「……やだ。ずっとなんて無理……」


(……どんなことを思い浮かべたんだろう?)


 何が“ずっと”なのかまでは不明。でも言いたいことは理解してもらえたはず……。

 そうコロナは判断して続ける。


「……でしょう? えっとね、捕獲した分と切り取った触手は持ってて良いけど、他のは全部焼きますからね? いいですか?」

「……うん」

「あんなのを、少なくとも生きたまま“使う”なんて、思ってもしちゃいけません。わかりましたか?」

「……はい」

「よろしい!」

「……あの……あのねお姉ちゃん……。わたし、もう……っ、もうっ!」

「わかってる。今とっても気持ちよくするから、ね?」


 瞳を潤ませ、全身で「我慢できない」と訴える妹を宥めながら、町一つを囲うように火柱を立ち上らせる。


 ――燦籠火雨(さんろうひさめ)


 噴水のごとく吹き上がった火柱の色は、まるで空で燦然さんぜんと輝く太陽。

 そこから眩い火の粉が驟雨しゅううのように町中へと降り注ぐ。

 火の雫は導かれるようにして各所に点在する火膜にのみ降り注ぎ、火色を塗り替えその強度を高めた。

 これで下拵したごしらえとついでの時間稼ぎは完了だ。


「これでよし。――それじゃあ……」


 少しだけ戯れた後、二人は濃厚な口付けを交わすと、やる気になったコロナの手により、フロンは盛大な嬌声を上げさせられながら間もなく気を失った。


 ――金眩迸滅こんげんほうめつ


 町全体に眩い金色こんじきの閃光がほとばしり、フロンが捕らえた分を除いたクラゲの一切が刹那の内に焼滅したのは、その直後のことだった。

 コロナが町を巡ってちゃんと下準備をしておいたおかげで。

 瞬間的に超高温の猛火が町中を余すことなく襲っても、何らかの反応も、余波も、焼け跡も、余計なものに対する影響も全くない。

 唯一の問題は、そのために酷使されたコロナの足の大ブーイングが未だ静まる気配さえないことか。

 急ぎだったので、速度を出すために相当な負荷をかけてしまった。


「――はぁ……。もう暑いでも熱いでも、どっちにしたってあつ過ぎるよ、まったく……」


 フロンに見られないのをいいことに、目に見えて辛そうな顔を取り繕いもせずコロナは弱々しく呟き、すがるようにフロンの柔らかな体をぎゅっと抱き直して……へなへなとその場に座り込んだ。そろそろ足も限界だ。

 まだやらなければならないことは残っているけれど――。


(じきにフロンも起きるだろうし、ちょっとだけ……ね?)


 冷却も兼ねて少し休むことにしたコロナは、フロンのふわふわな髪にそっと顔をうずめ、満足げに微笑んだ。

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