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火氷創主の百合姉妹  作者: 赤神幽霊
術師焼却編
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第一話 はじめましてと黒い獣

 沈む夕日を見送ってから随分と経った時分。

 風に運ばれてきた分厚い雲がふたをしたせいで、空に月の姿は見当たらない。

 遠くに町を望む岩山。

 そこまで険しいわけではないものの、凶暴な生物が寝所にしているとの噂もあって。

 眺めがいいからと、わざわざ危険を冒してまで登りにくるようなものもいない。

 その岩山の山頂付近に開けた空間がある。

 岩はそこかしこにあるが、大きい物でも高さは子供の身長ほど。

 横幅はそれなりにあるので、岩陰に身を隠す一方で、後から登ってくる存在を見張ることはそう難しくはない。

 そんな人の生活圏から離れた場所に、何者かの存在があった。

 闇の中でもその姿を確認できるとしたら、そこにいるのは二人の少女だということがわかるだろう。

 夜陰に紛れるように闇色のマントを体にかけて、手頃な岩を背に、二人寄り添って眠っている。

 年の頃はどちらも十五歳前後だろうか。

 片や、誰もが見惚れる美人画もかくやという美しさでありながら、表したり褒めたりするなら可愛いらしいという方がしっくりとくる風貌ふうぼう

 それでいて、あどけなさの中にどこか大人びた雰囲気が感じられた。

 片や、整った目鼻立ちは精緻な人形のようで。

 それなのに無機質さを感じさせない、どこか幼子めいた愛くるしさが残る風貌をしている。

 子どもから大人へと移ろいゆく途上。

 どちらにも、もう大人なように見える一方で、まだ抜けきらない幼さがあった。

 他に両者の共通点を挙げるなら、その薄紫色の髪だろう。

 白に近い色合いのその髪は、気まぐれに吹く穏やかな風により、闇色の中で静かにそよぐ。

 まるで岩場に咲いた二輪のラベンダー。

 ほのかに花の香りがしてくるような、そんな錯覚を抱かせる。

 髪型は、大人びた雰囲気を持つ少女の方が、背中の半ばくらいに達する程度のロングで、さらさらと流れている。

 もう一人はツーサイドアップで、長さは同じくらいだがボリュームはやや多い。

 両サイドで髪を結っているのは糸のように細い赤紐で、結び目には小さな蝶々が形作られている。

 ふわふわと揺らめく髪に紛れて、赤い蝶々がゆったりと羽を休めている様子にも見える。

 仲がいいのか、それとも心細いのか。二人は手と手を固く繋いでいた。

 傍らには二人の物と思われる使い込まれたザックが二つ。

 そこに可愛らしさはなく、いずれも実用性重視で、闇や草地等に溶け込むような地味な色合い。

 単純に登山用だったとしても、年頃の少女が持つ物にしては飾り気がなさ過ぎる。

 物には実用性しか求めない性格なのか、それとも、もっと多様な過酷さを想定しているのか。

 ややくたびれた様子からして、余程の頻度で登山に挑んでいない限り、おそらくは後者か。

 二人は旅でもしているのだろうか。

 そうであるにしても、どうしてこのような場所で野宿しているのだろう。

 それも、どちらかが警戒に当たるでもない。

 この場所が安全と知っているからなのか、単に睡魔に敗れてしまったのか、それとも……。

 ふと、あるはずのない芳香ほうこうに誘われたとでもいうのか、彼女たちに近づくものがいた。

 闇に溶けるような毛色をした四足動物のたぐいだ。

 噂の凶暴な生物だろうか。

 がっしりとした体躯は野山にでる狼より、一回りも二回りも大きい。

 四肢は強靭で、岩場を進む姿は優雅の一言。

 先端部分がもふもふとした毛で包まれた長い尻尾は天に向かって伸ばされ、歩く度に左右に振れている。

 頭部は雌の獅子に似ており、その口元からは牙が覗いている。

 石の粉が付いているのは、牙を岩で研いでいるのか、それとも噛み砕きでもしたのか。

 どこに光源があるのか、暗闇の中で怪しく光る二つの目には辺りの光景がはっきりと映っているようだ。

 額には、血を思わせる赤黒い色の水晶が存在している。

 この辺りでそのような器官を持つ生物は、まだ確認されていない。

 噂の生物とは別物だろう。

 となると未発見の種か、それとも突然変異か。

 どちらでもなければ、人為的に埋め込まれたか。

 表面に出ている部分から想像するに形は楕円形。

 目と同じ程度のサイズで、そう大きい物ではない。

 それが横向きにあるため、怪談に出てくる三つ目の化け物のようにも見えて相当に不気味だ。

 そんな生き物が一匹、二匹……。ぞろぞろと続いている。総勢十二匹。

 それらは気配を悟られまいと息をひそめ足音を殺し、岩を利用しながら慎重に間合いを詰めていく。

 少女たちを逃がさないよう囲むつもりらしい。

 岩陰を離れてまで、徐々に展開している。

 獲物を必殺の間合いの内に入れた今、もう隠れる必要もないということか。

 包囲を完了し、後は仕掛けるのみ。

 リーダーと思われる一際大きな個体が合図を出そうとした、まさにその時。

 不意に、眠っていたはずの少女の口元が動いた。


「やっと来てくれたね」


 言葉を発したのは、ロングの髪型の少女だ。

 “寝たふり”をしていた少女は、がばっと勢い良く立ち上がった。

 つられて、ラベンダーの花弁が舞う。

 音を立ててけられたマントの下から現れたのは、桜色のキャミソール姿の上半身。

 ほっそりとした首筋、細い肩紐のかけられた小さな肩に、薄く浮かんだ鎖骨さこつのラインと、キャミソールから覗いた腋周りは、それぞれが少女独特の色気を感じさせる。

 不思議なまでに肌は雪のように白く清らかで、汚れを知らないようだった。

 立ち上がった拍子におへそがチラッと見えたのは、すくすくと育った胸が勢いで弾んだせいか。

 その後に現れたのは、深紅の薔薇を思わせる色合いのホットパンツ。

 濃い赤色のそれは、一際目立つことで胸に向けられる視線を逸らす役割を担う。

 そこから伸びる太腿ふとももは瑞々しく、柔らかな感触を想像せずにはいられない。

 下半身に誘導されてきた視線を自然と吸い寄せることだろう。

 桃色のニーソックスに包まれた少女の足を守っているのは、長旅や険路にも耐えるベージュの編み上げブーツ。

 こちらは流石にザックと同様、見た目をほとんど放棄した実用性一点張りの物……かと思いきや、少女によく似合う可愛らしいデザインだ。

 服や靴については風采ふうさいも意識しているということだろう。

 少女の姿は、色白の肌と服の色合いもあって、瑞々しい桃か何かの果実を思わせた。

 年の割には発育のいい体つきをしているせいか、どこか扇情せんじょう的ですらある。

 首筋に鎖骨、肩から手先、太腿から膝までと、肌色面積も多い。

 そんな彼女を前に、どこに視線を向けていいのかわからず、下を向いたり目を逸らしたりしてしまったとしても、それを責める者はいまい。

 ただ、この辺りが一年を通して昼夜を問わず温暖であるにしても、軽装過ぎる格好だ。

 それでなくとも、こういう危険とされる場所に来るようなものではない。

 そうしなければならない理由があるのだろうか。

 相方が立ち上がるのに合わせて、繋いでいた手に引きずられる形でもう一人の少女も起き上がった。


「んー……?」


 眠たげな目を空いているもう片方の手で優しくこすりながら、やや不機嫌そうな顔を、起こされる原因となった相手に向ける。

 見えているかのように、リーダー格の個体の方へ正確に。

 気勢をそがれた黒い獣たちは、身構えたまま警戒の眼差まなざしを静かに向けている。

 もう一人の少女は、先に起きた方とは対照的なで立ちだった。

 色は淡い水色と爽やかだが、それでも暖かそうに見える、もっふりとした感じのタートルネックのセーターを着ている。

 少女の体にはちょっと大きいらしく、袖や裾が余っている。

 そんな服の上からでも胸の膨らみはしっかり見て取れるので、決して小さいというわけではないらしい。

 暖かそうな物を着ている一方で、下は濃紺色のミニスカートに白のサイハイソックスの組み合わせ。

 太腿の一部を露出させているのは、おそらく意図してのこと。

 この少女なりに、何かしらの拘りがあるのだろう。

 そうでもなければ、見る側はともかく彼女に一体何の得があるというのだろう。

 こちらも靴は可愛らしいブーツで、どうやらお揃いの物のようだ。

 気温的に考えて、少なくとも上半身については、じっとしていても暑そうな格好である。

 こちらも、やはり危険な場所に来るようなものではない。

 とても旅装とは思えない両者の衣類に、目立った汚れは見当たらない。

 不思議なことに、先程まで岩肌に接していたはずの部位にさえ塵一つ付いていない。

 更におかしな点があった。

 二人して最低限の防具も身に着けていないのだ。

 武器に至っては影も形もない。

 ザックを気にする素振そぶりすらなく、その中に武器の用意があるようにも見えない。

 町の外に出る際は、悪意のある人間や野生の獣といったものに対するべく、護身用に何かしらを持ち歩くのが常識だ。

 町の治安によっては、町の中でも常に携帯する必要がある。

 だというのに、これはどういうことなのか。

 まして、今回対峙している相手はそのどちらでもない。

 もっと厄介な、悪意のある人間によって差し向けられた存在だ。

 そのことは両名とも承知している。

 まさか二人して餌になろうとでもいうのか。


「初めまして。火術師“火創主”のコロナ・リリィです」


 いきなり、何の脈絡みゃくらくもなくロングの髪型の少女が名乗った。

 今も隙をうかがっている黒い獣たちは、何事かと警戒の度合いを高めた。

 ほどよく柔らかそうなお肉を目の前に、彼らが未だに手を出せないでいるのはなぜだろう。

 コロナと名乗る少女の視線は、そんな黒い獣たちには向けられていない。

 リーダー格のいる方向、その奥の闇に向けられていた。

 そこには身を隠せそうな岩が点在している。

 コロナもまた、月明かりすらない暗闇の中にあっても見えているらしい。


「ほら、フロン。お客さんだよ? 挨拶しないと」


 コロナは、隣にいるもう一人の少女に名乗るよう促した。

 よほど眠いらしい。フロンと呼ばれた少女は真っ直ぐ立っていられずに、ふらふらしている。


「……んぅ? ……初めまして、氷術師“氷創主”のフローズン・リリィです。……くぅ」

「まだ寝ちゃだめ」


 コロナは穏やかな声音で告げながら、残る片手でむにーっと、フロンのもちもちとしたほっぺたを引っ張った。

 それでも、ちゃんと起きてくれそうにない。

 フロンの頬を引き伸ばしている手はそのまま、


「やっぱり、つねるしかないかな……」


 あまり痛いことはしたくないんだけどなぁ、と。

 コロナと名乗った少女は差し迫った脅威を前にしていながら、呑気に逡巡しゅんじゅんする。

 この瞬間、コロナの両手は塞がり、意識は完全にフロンへ向いていた。

 フロンの意識はなかば夢。

 どこからどう見ても隙だらけ。

 ようやく獲物が晒した隙を、黒い獣が見逃してやる理由はない。

 リーダーの合図により、獣たちは一斉に動き始める。

 訓練された暗殺部隊のように、音もなく速やかに少女たちへ襲いかかる。


「……もう、フロンったら。この子たちがどうなってもいいの?」


 まさに絶体絶命。なのに、コロナの口から出たのはそんな言葉で――。


「だめーーーーっ!」


 少し強い口調で放たれたコロナの一言は、フロンの眠気には覿面てきめんに効いたらしい。

 眠気を吹き飛ばされたフロンは、はっと目覚めるなり絶叫した。

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