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「おやおや、おまえさんがこう何度もわしを訪ねてくるとは、珍しいことじゃのう」


 相変わらず陰気くさい部屋の空気に、イザーラは鬱とした表情をその美しい面に隠すこともなく浮かべた。そして、それ以上に目の前に立つ醜悪な老婆の姿に辟易とする。

 扉の入り口に立つイザーラの姿を目にした途端、老婆は嬉しそうににたりと笑い、片足を引きずりよろよろと歩み寄ってきた。

 おぞましいほどのその醜い顔に笑顔を張りつけ、自分の側に寄ってくる脆弱で醜い生き物をイザーラは嫌悪の表情で見下ろす。見るのも口を利くのも不愉快極まりない。だが、今は……いやまだ、この老婆の力が必要だ。

 互いの表情が確認できるくらい間近に寄ってきた老婆は、イザーラを見上げおや、と潰れていない方の目をめいっぱい見開かせた。


「何じゃ? まだ殺っておらんかったのかえ。わしはてっきり、とっくに妹を殺してしまったのかと思ったぞえ。今日はその報告に来たのかとわくわくしたもんじゃが」


 イザーラは整った眉をひそめた。


「何故、殺ったかどうかそんなことがわかるのかって? そんなもの目を見りゃわかるものさ。人を殺めたことのある人間の目は普通の人間とはあきらかに違うからのう。やはり、可愛い妹を殺すのは良心が痛むか? 躊躇ったか? まあ、よいよい。座りなされ。茶でもいれるかいの?」


「けっこう」


 短く言い放つと、イザーラは椅子に腰を降ろし前置きもなく率直に切り出した。


「この間おまえが口にしたレザンの暗殺組織とは、どうすれば接触できるか」


 老婆はぽかんと歯の抜けた口を開け、イザーラを見つめ返してきた。


「何じゃ? 暗殺者を雇いたいと? 他にも殺したい人間ができたか? おまえさんは欲張りじゃのう」


 この先何かあった場合、知っておいて損はないであろうと老婆に尋ねたのだが、しかし、それはどうやら安易な考えであったようだ。

 老婆はいひひひ、と肩を揺らして笑った。


「確かに奴らの仕事は見事なまでに完璧じゃ。依頼主の秘密も絶対に誰にも口外することはない。じゃが、やめなされ、やめなされ。おまえさんのようなとるに足らん小娘など、相手にもされんよ」


 おまえもこの私を侮辱するか!


 目の前のちっぽけな老婆ごときにとるに足らないと言われ、イザーラは眉根をきつく寄せた。テーブルの上で組んだ手をきつく握りしめ、込み上げてくる怒りをぐっとこらえる。


 怒りをおさめろ。

 この老婆はまだ使える。


「それどころか、銀雪山に踏み込んだ途端、あっけなく殺されるのがおち。奴らは気に入らなければ依頼者さえ殺すとんでもない集団さ。だから、依頼する方も命がけ。じゃが、請け負った仕事は必ず成し遂げる。失敗はない」


「それでも、奴らとの接触を試みたいと思うなら、そうじゃのう……」


 老婆は考え込むように両腕を組み、そして、にたりと片端の上唇を歪めイザーラを見据えた。


「せめて、おまえさんが一国の王となるのじゃな」


 なるほど、とイザーラはテーブルを軽く指で打ちつけた。

 老婆の今の言葉でその暗殺組織の強大さを知る。

 個人のちっぽけな依頼を受けるのではない、もっと大きな依頼でその組織は動き、殺しを請け負う金額は想像を超える額。


 レザンの暗殺組織……興味深いな。

 いずれその秘密とやらを暴いてみるのもおもしろい。

 それにしても……。


 イザーラの鋭い視線が老婆を射貫く。


「何故おまえがその組織のことを知っている。そして、何故あの毒を手にすることができた」


「ほほう、珍しくもこの婆に興味を持ったかね? 嬉しいねえ嬉しいねえ」


 老婆はしわくちゃの手を口許に持っていきいひひ、と笑った。


「なあに、簡単なことじゃ、わしは昔そこにおったからじゃよ」


「おまえも暗殺者だったと?」


 信じられるだろうか、この見るに堪えない醜く汚い老婆が?


「レザンに女の暗殺者はおらんよ。あそこにいる女たちはみな……まあ、その先はおまえさんの想像に任せるとしようかね」


 老婆の醜い表情が一瞬だけ苦痛に歪められたように思ったのは気のせいか。


「まあいい」


 どのみち、その組織のことを簡単に聞き出せるとは思ってはいなかった。ここへ来た本当の目的は。


「今日はもうひとつ、おまえに頼みたいことがあってここへ来た。むしろ、そちらが本題だ」


「おやおや、おまえさんに頼りにされるとは本当に嬉しいねえ。この婆にできることなら何でもするよ。可愛いおまえさんのためならどんなことでも惜しまんよ」


 老婆の戯れ言を受け流し、イザーラは外套の懐に手を差し入れた。


「毒を用意して欲しい」


 おや! と老婆はわざとらしく両手を左右に開いた。


「残念じゃが、あの毒はもうないよ。あれで最後じゃ、婆のとっておきだと言ったじゃろ」


 懐から出したそれをイザーラは無言でテーブルに置き、老婆の前にすっと差し出した。

 油紙に包まれた小さな包み。それは、先日送られたイルミネの手紙に同封されていた薬の包みであった。

 イルミネが姉である自分の体調を気遣い、わざわざ王宮に仕える名医ベゼレートに調合させた頭痛薬。

 しばし、その包みをじっと凝視していた老婆は、イザーラの思惑を察したのか唇を嫌らしく歪めにたりと笑った。


「この包みの中身と似た毒はあるか」


「ほほう? 中身をすり替えるのかえ?」


 老婆の問いにイザーラは形のよい唇に薄い笑いを刻んだだけであった。

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