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青年、『動く死体』状態のある日。

とうとう百話目前となりました。皆さま、いつもお読みくださり誠にありがとうございます。

 ラティナが『裏通りのパン屋』に出掛けて行くようになり、5日が過ぎた頃。それは、デイルがラティナと会話をほとんどしなくなってから、5日が過ぎたと言い換えることが出来る期間でもあった。


 その間、何度も、東区に『裏通りのパン屋』の様子を見に行くことを考えたデイルであったが、それを見咎められたならば、本格的に彼女に嫌われてしまうような気がして、実行に至れないでいた。

 どんな巨体の怪物に向かった時よりも恐ろしい。


 ラティナは、存在そのものがデイルにとって、『癒し』だった。

 彼女の笑顔を見て、会話をして、体温を感じる距離で穏やかな時間を分け合って--全てが日々の活力であり、幸福を感じる瞬間だった。


 それを急に失った彼は、げっそりと--痩せ細ってはいないが、生気は失っていた--廃人のような佇まいで、『踊る虎猫亭』の客席の隅で、埃を被っていたのであった。

「ラティナが……ラティナが足りない……」

『友人』が言うところの『末期症状状態』であった。


 --ある意味残念極まる話であるのだが、この状態でもデイルは、そこが『戦場』であるのならば、戦闘能力や判断力を低下させることはない。常の感情を切り離して冷静さを保つことが出来るからこそ、彼は若くして、『一流』と呼ばれる域に達しているのだ。

 だがそれは、戦場での話であり、今、衆目の中で燃え尽きかけている青年は、どうしようもない駄目っぷりしか、主張していないのであった。


「リタ……女の子の反抗期って……何時終わるんだ……」

「少なくとも数日単位で終わるものを、 『反抗期』とは言わないわよ」

「死ぬ……死んでしまう……うあぁぁぁ……世間の『父親』ってのは、どれだけの苦行に耐えているんだあぁ……」

「大丈夫よ、『父親とは思っていない』って言われたんでしょ」

「うあぁぁぁあああ……」

 棘のあるリタの言葉の『棘』の意味を理解していないまま、デイルは悲壮な声を出してテーブルに突っ伏した。

 デイルのそんな反応に、書類仕事の手を休めないリタの『笑顔』に、ますます苛立ちが含まれていく。


「ケニス……」

「なんだ」

「いいのか、あれ」

 常連のジルヴェスターが指差す『デイル(あれ)』に視線を向けて、ケニスは大きなため息をついた。


「……ラティナが落ち着くまでは、静観するつもりなんだが」

「嬢ちゃんはなぁ……」

 ジルヴェスターは、難しい顔をして腕を組む。

「頭良い子、だからなぁ……『諦める』ことも、出来ちまう気がしてなぁ……」

「……ああ」

 ラティナの成長を見守り、慈しんできたのは、デイルだけではなかった。ジルヴェスターは、その筆頭とも言える。

「心配なんだよ。嬢ちゃんは、『何もなかった』ことにして、『良い子』の仮面を被っちまうような気がしてな」


 ケニスもまた、ずっとラティナを見守ってきた。ジルヴェスターの危惧は、彼にも良くわかる。

 彼女が幼い頃から、『良い子過ぎる』ことには、ケニスも気付いていたのだ。

 ラティナは賢い子だ。

 元より素直で聞き分けが良いという、本人の資質はあるだろう。だが、それだけではなく、彼女は『自分の立場』を、幼い頃から常に理解していた。だからこそ、『良い子』であらねばならない、とすら考えてしまっているようでいて、周囲の大人たちは心配していたのだ。


 そんなラティナのことだ。

 あれだけ明らかな(・ ・ ・ ・)恋慕すら、相手に伝わらないのであればと、飲み込んで、『いつも通りの』笑顔を作ってしまうことだろう。

 あの子は、器用な賢い子だから、きっとそんなつらい選択すら、上手くこなしてしまう。


「嬢ちゃんは、本当に良い子だからなぁ……せめて、ちゃんとけり(・ ・)つけてやりてぇよな」

「……そうだな」

『失敗』だとしても、彼女にしっかりと『結論』を出させてやりたい。そこで動く死体(リビングデッド)と化している輩はどうでも良いのだが。男たちは少女の心境を思って、再び腕を組んだまま、ため息をつくのであった。



「デイル……お前いつまで、そうして(・ ・ ・ ・)いるつもりだ?」

 その夜ケニスは、階段をのぼる軽い足音に聞き耳をたてて、恨めしいような顔になっている『弟分』に、そう声をかけた。

 彼女の帰宅や存在が気になって仕方がないというのに、直接対峙する度胸の無い、情けない姿であった。

「……ラティナが……『反抗期』……終わるまで、かぁ……?」

「ラティナ次第だ、と言いたいのか?」

 ケニスの問いに、デイルは心底困っているといった表情になる。

「だってさ……俺、弟しかいねぇし……女の子のこういった微妙な時期ってのと、どう接して良いか……本当にわかんねぇんだよ……」

 どうやら、本気で言っているらしい『弟分』に、ケニスは息を吐く。


 このままでは、ジルヴェスターの危惧する通りになってしまいそうだ。あの賢い子が、こいつの『この状態』に気付いていない筈がない。

  自分の気持ちに蓋をして、こいつの望むように微笑んでみせることだろう。あの子は、そういう子だ。

 ならば、彼女の『心の準備』が出来るまで待ってしまったら、『手遅れ』なのかもしれない。


 --だが、それでもと、躊躇う気持ちが残ってしまうのは、『それ』が決して『不幸な結末』ではない、からだった。


 恐らく、『それ』--今のままの『関係性』でいること--を選んだら、ラティナは苦しい思いを飲み込むことになるだろう。

 だが、暖かな日だまりのような『幸福』の中にずっと居られることだろう。

 この先も、穏やかで優しい『幸福』を、二人とも(・ ・ ・ ・)享受することができるのだろう。

 それもまた、ひとつの『選択』だ。


 ならば、自分のしようとしていることは、お節介であり、自己満足しか生み出さないのかもしれない。

 ケニスはそう思いながらも、氷を入れたグラスに琥珀色の酒を注いだものを、自分と『弟分』それぞれの前に置いた。

 どっかりと自分の前に腰を据えたケニスの姿に、デイルが疑問を浮かべた表情で彼を見た。

「ケニス?」

「……客もほとんど帰ったからな、俺の仕事も、もう終わりだ」

 そう答えて、グラスの中身で唇を湿らせる。


「デイル、お前、いい加減自覚しろ」

「……何をだよ」

「ラティナはお前のことを、『父親』だとは思っていない。それは、思春期だから言い出した訳じゃない」

「ケニス……何を……?」

「あの子はもっと前から、お前のことを『保護者』だとは思っていても、『父親』の代わりだとは思っていなかったぞ」

 そこまで言ってやっても、理解できないように、呆けた表情になっているデイルに、ケニスはつくづく『弟分』の厄介な性質(・ ・ ・ ・ ・)に呆れたくなった。


「本当にわからないのか?」

「だから、何を、だよ」

「ラティナはずっと前から、お前のことを『男』として見ているってことだよ」

「……は?」


 更に間抜けそのもののような表情をして、妙な声を出したデイルは、暫し言われた言葉の意味を考えて--苦笑を浮かべた。


「な……何言ってるんだよ、ケニス。そんなこと……」

「あるわけない、なんて何で言える」

「だって、ラティナは……俺にとって、可愛い『子ども』で……そりゃあ……血の繋がりとかはねぇけど……」

「ラティナはお前が思っている程、『子ども』じゃないぞ。……『魔人族』は寿命が長い種族だが、あの子が『大人』になるまでも、あとほんの僅かだ」

「知ってるさ、だから、俺はいつも心配して……」

 本当に自覚していないらしいデイルに、ケニスはもう一度グラスを口に運んでから、彼の言葉を遮った。


「口ではそう言いながら、お前はラティナをずっと『子ども』扱いしているだろう」

 反論しようとするデイルに、口を挟むことを許さず、ケニスはずっと前から気付いていた、『弟分』の厄介さ(・ ・ ・)を本人に突き付けた。


「それは、お前が(・ ・ ・)、ラティナを『子ども』のままでいさせたいからだ」


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