閑話。とある暑い日。
夏の閑話祭り第一弾。
時間軸は『ちいさな娘、ある夏の日』の直前となります。
「ケニス、なぁに、それ?」
ラティナがそう言って、こてん。と首を傾げたのは、彼女がクロイツに来た最初の年の夏の日のことだった。
魔道具により冷やし凍らせた果汁を、ガリガリと音をさせてかき混ぜながらケニスは笑った。
「完成してからの『お楽しみ』だ」
「そうなの?」
「ちょっと触ってみるか?」
「ん?」
不思議そうなラティナは、何気なく手を伸ばして果汁の入った容器に触れ、びくんっ。と飛び上がった。
「つめたいっ!?」
「よく冷えてるだろう?」
ラティナの予想通りのリアクションに破顔して、ケニスは再び容器を『冷蔵庫』へとしまった。魔道具であるこの道具は、氷を作りだすことで内部を冷やしている。その為、この道具の核とも言うべき部分の側ならば、物を凍らせることも可能になるのであった。
今までのラティナを見ていても予想出来たことであったが、彼女は冷菓の類いをそれまで口にしたことはなかったらしい。
その日のおやつにケニスが出したのは、よく冷えた器に盛られたシャーベットだった。
不思議そうな顔で観察しているラティナに、ケニスは苦笑に近いものを浮かべて匙を渡す。
「あんまりゆっくりしてると、溶けちまうからな」
「そうなのっ?」
ラティナは慌てたように匙を突き刺し、それが想像よりも軟らかい感触であることに驚く。そのまま、ぱくん。と頬張った。
味を感じるよりも何よりも、キーン、とした。
--ラティナ。生まれて初めてのアイスクリーム頭痛の体験であった。
「ラティナ?」
「いたい。なんで?」
食べ物に攻撃を受けるだなんて、思ってもいなかったラティナが驚愕の表情でケニスを見上げる。あまりのショックに、小動物のようにプルプルしていた。ちょっと面白い。
「……慌てて食わずに、ゆっくり口の中で溶かすように食ってみろ」
素直に、言われた通りに再び匙をシャーベットの中に入れたラティナは、恐る恐るそれを口に入れた。
「っ!」
先ほどとは違った驚きの顔で、ケニスを見上げる。
「とけたっ! つめたくて、甘いのっ!」
「これからもっと暑くなるからな。冷たいものが欲しくなるだろう? ラティナなら、自分で作ることもできるぞ」
「本当っ?」
「デイルに魔法を教わったんだろう? 温度を下げて凍らせるっていうのも、魔法だと難しくないからな。知らないなら、デイルに聞いてみれば良い」
「うんっ」
その後、ケニスが作ってみせた、卵とミルクたっぷりのレシピで作ったアイスクリームを味見したラティナは、すっかり冷菓の虜になった。『冥』属性魔法で凍らせるという作業も問題なく出来た彼女は、早速教えてもらったレシピでいそいそと、氷菓作りに勤しむのだった。
ラティナが最初に『食べてもらいたい』相手というのは決まっている。
その日、デイルが帰宅すると、ラティナが、早速作ったアイスクリームを山と盛り付けた器を持って駆け寄って来た。溶ける前にデイルに食べさせたいと、心は逸っている。
そんな心境からか、彼女は、つん、と躓いた。
ほんの少しの衝撃であるが、何故だかアイスクリームというものは--その衝撃で吹っ飛んで行くものであったりする。
ぺちゃん。と、放物線を描いて飛んで行った白い塊は、デイルの目の前の床に、小さな山を作ったのであった。
「ーーっ!!」
声にならない悲鳴を上げたラティナは、空になった器を前に、がっくりと膝をついた。
「え、えーと……ラティナ? 大丈夫か?」
悲壮感の塊となったような、ラティナの背中に向かい、デイルが声を掛けるが、返事は返って来なかった。
攻撃を仕掛けて来るだけでなく、逃走までするなんて。自分はアイスクリームというものを侮っていた。次はこうはいかない。克服してみせる。
下を向くラティナが考えていたのは、そんなことであった。何処かずれているが、本人的には大真面目である。しばらくして、決意のこもったキリっとした顔を上げたラティナは、デイルにこう宣言した。
「ラティナ、次はまけないっ!」
「お……おお。頑張れよ」
ラティナが泣き出さなかったことに安堵しながらも、何故そういう結論に至ったのか、デイルはさっぱり理解出来ないまま、笑顔を作った。
彼女の決意表明は確かなもので、夏の間中ラティナはせっせと氷菓を作り続けた。結果として、かなり彼女の氷菓作りの腕は上達していった。そのことは、ご相伴に預かることになった、暑さを苦手とするリタを大層喜ばしたのであった。
短めですが、以前活動報告に書いた『アイス』ネタでありました。
書籍版二巻の告知などを、活動報告の方にあげております。ちょっとばかりでも、興味を持って頂ければ有り難く存じます。