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白金の乙女、赤の神の夜祭りの後で。

「じゃあね、また今度」

「うんっ、お店の方にも来てね」

 シルビアが、副隊長の娘だと聞かされた新人隊員の表情は、非常に硬い。そんなお供を引き連れてシルビアはあっけらかんとした笑顔で帰路についた。

 今日は流石にまっすぐ帰る気になったらしい。


「クロエも」

「うん。ラティナ、しっかりね」

 そう言った親友に笑顔を向けて、ラティナはルドルフと共に南区へと向かう。服等の荷物を後日取りに行く時に、『結果報告』もしなくてはならないだろう。


 残されたクロエは、隣の青年を見上げて苦笑を浮かべた。

「ゴメンね。何だか、とばっちりみたいに残り物の護衛なんて」

「……いえ。任務は任務ですから」

 カラリと明るい気性が表に出たクロエの笑顔は、ラティナのような相手の言葉を失わせるような美貌こそないが、充分に魅力的だった。

 絶世の美少女たるラティナの親友という立ち位置に居ながら、彼女の容姿に劣等感を抱くこともなく、自分をしっかり持って胸を張るクロエという少女もまた、ラティナとは異なる理由で『魅力的』なのである。

 先行するクロエの一歩後ろを歩く青年が、その笑顔に何を思ったのかは、当人のみぞ知る。



「予備隊の訓練、大変だった?」

「ああ」

「そうだね、ルディすごくがっしりしてる。お店に来る、新人さんの冒険者さんたちよりずっとたくましいよ」


 ラティナの笑顔は無邪気で、無防備だ。

 自分が周囲からどう思われているかに、鈍感であるが故の危なっかさだった。

 彼女は、幼い頃からずっと一人だけを追いかけている。一人だけを見詰めている。

 その為に周囲の好意に鈍く、想い人に『子ども扱い』されている自己への評価が低い。故郷から『追放』された身であると言う過去もまた、自己評価を低くさせている一因であった。

 更に言えば、彼女は『好意』自体には敏感なのだ。生まれ持った『能力』の影響で、『敵意』に対して非常に鋭敏な感覚を有しているラティナは、その正反対の感情である『好意』にも、結果的に敏感なのだ。その反面、『好意の内容』には非常に鈍いようだった。


 ルドルフもラティナのそんなところには、薄々気が付いている。

 数年の時を経ても、そういうところは変わらなかったようだった、と思う。

「なあに? 黙って」

「いや……」

「変なのっ」

 眩しい錯覚を覚える彼女だが、流石に隣に憲兵の制服を着た者がいる状態では、近付いて来る不埒な輩はいなかった。それでもラティナへと向けられた、下心も含まれた多数の人びとからの視線を感じて、ルドルフは威嚇するように周囲に目を配る。

 仄かな光を含んで煌めく長い髪を靡かせたラティナは、後少しで目的地、というところでその足を止めた。



『踊る虎猫亭』では、デイルが、そわそわそわそわそわそわと、落ち着かない状態で歩き回っていた。

 正直、邪魔だった。

「ラティナ……お……遅くないかっ?」

「さっき『火の花』が終わったばかりでしょ? 中央広場は混み合ってるんだから、そこから帰って来るまでには時間がかかるわよ。その上、ラティナは友達送って来るって言ってたんだし」

「そんなことはわかってるけどよっ」

「わかってるなら、大人しくしなさいよ」

 リタがいくら正論を述べようと、デイルの行動は改められない。

 グレゴールとローゼを見送ってからクロイツに戻って以降、ずっとこの調子なのだ。リタの堪忍袋もそろそろ限界を迎えようとしていた。

「そんなに心配なら、店の前で待ってれば良いだろう」

 呆れ顔のケニスが言ったのは、意訳すれば、鬱陶しいから視界に入らない所に行っていろ、ということである。


 夜の街なのに、人通りは普段と比べることも出来ない程に多い。

 その中から、目的の少女の姿を探して、目を凝らしていたデイルの表情が強張ったのは、彼女が一人ではなかったからだった。

 見慣れぬワンピースを着ていたが、彼が彼女を見誤るはずもなかった。その彼女が、隣の同年代の少年相手に親しげな笑顔を向けている。

 憲兵だろうが、冒険者だろうが、デイルにとっては大差は無いのであった。若き男なんて者は、ラティナ相手に色目を使った段階で、害虫と同じ立ち位置なのである。



「デイルっ」

『踊る虎猫亭』の前に、佇むひとの姿を見付けた途端に出た声が、弾んでいた。

 ラティナのそんな隠し切れない嬉しそうな声に、ルドルフは苦しいような胸の疼きを感じた。

 わかっていたこと、だ。だから、これ位では、へこたれない。

 以前、この店に遊びに来ていた時に、『友人のひとり』として扱われていた時とは異なる、訝しげな視線には、寒気のようなものも感じたが、耐えられない程のものではない。


 殺気にも似たデイルの垂れ流す気配に、抗うことが出来ることこそが、地獄の訓練に耐えきった結果だとも知らないまま、ルドルフは額に浮かんだ汗にも素知らぬふりをした。


 ラティナは、デイルの機嫌が悪いことには、気付いていなかった。

 彼女にとっては、隣にいるのは『幼なじみのルディ』だ。久しぶりに会った友人と、楽しくお喋りすることも、並んで睦まじく歩いて帰って来たことも、何も疚しいことはない。


 デイルも、ラティナが、誰彼構わず付いて歩く少女だとは思っていない。それでも、こんな風に無防備な姿を見せていることに、心穏やかでは、いられない。

 彼の不機嫌は、心配故の当然の反応だった。

「ラティナ」

 だからこそ、デイルから出た声は、何処かトゲのある硬い声だった。

「遅かったな」

 デイルの言葉に、ラティナは不思議そうに首を傾げる。

 その彼女の態度は、別に違和感も何もない行動であったが、『心配』に『安堵』を加え、『知らない男』が付いて来た『状況』に頭に血をのぼらせているデイルは、ますます冷静さを欠いていった。


「ほら、早く中に入れっ」

 まるで小さな子どもに対するような、彼の様子に、ラティナは表情を曇らせた。


 冷静さを欠いているという点では、ラティナもまた、そうであった。

 初めての『夜遊び』に、高揚感溢れる祭りの空気。それに友人たちに煽られて来た彼女は、通常よりもずっと『興奮気味』になっている。

 デイルの不機嫌さに呼応したかのように、思考を感情的なものに振り切らせる。

 ただ、それは『怒り』という形では現れなかった。


「……デイル、私、もう、ちっちゃい子どもじゃ無いよ」

「そう言うことを、言ってるうちは、だいたい子どもなんだよ」

「違うもん……っ」

 ぎゅっ。と拳を握って力をこめる。


 まだ、本当は心の準備は出来ていなかった。だが、友人が背中を押してくれた今日この日に、新しい大人びたワンピースとメイクの力を借りた、『今』でなければ、無理だと思ったのだ。

 自分の想いを伝える為に、今までの『関係』を変える為の一歩を踏み出そうと思った。

 自分は、もう、幼い『ちいさなラティナ(うちのこ)』では無いのだと。自分が彼に求める愛情は、『ちいさなラティナ(うちのこ)』に向けられる、親愛のものとは異なるのだと。


「私、もう、子どもじゃ無いっ……それにっ」

 それでも、デイルの顔をまっすぐ見ることだけは出来なかった。目を固くつぶり、想いの丈を精一杯の声で高らかに告げる。


「デイルにそんな風に、言われたくないのっ……、デイルは、私の、『お父さん』じゃ無いものっ……私、デイルのこと、お父さんの代わりだなんて、思ったこと無いもの……っ」



 ルドルフは、目の前のラティナが耳まで真っ赤に染めて、言い切った言葉に、ショックを受けていた。わかっていても、目の前ではっきりと彼女の想いを口にされるのは、聞かされるのは、辛い。

 だが、彼は、一歩引いた立ち位置であるからこそ、その『現状』に一番最初に気付いた。

「……ラティナ」

 ちょいちょいと、幼なじみの少女を呼ぶ。

 だがいっぱいいっぱいの彼女は、ルドルフの声に気付かないようだった。--目の前の『惨状』にも。


 しばらくして、デイルから何も反応が無い状態に耐えきれなくなったラティナが、そろそろと目を開けて前を見る。

 そこで彼女もようやく気付いた。


 デイルは真っ青だった。

 ラティナは、歳上の大人として、自分よりも落ち着いた余裕のある彼の姿をいつも見ている。こんな風に蒼白になっているデイルを見るのは初めてだった。

「え?」

 驚いて、一歩近付いた自分から、逃げ出すように一歩後ろに引いたデイルの姿に泣きたくなる。

 自分の言葉は、彼にとってそんなにも受け入れ難いものであったのかと。


 だが、泣きたくなっていたのは、デイルの方であった。

「ラティナが」

 震え声で絞り出した言葉が、その全てを物語っていたのだ。

「ラティナが……っ、とうとう……っ、反抗期に……っ!」


 ある意味安定の、酷いコメントであった。


「え?」

 一拍遅れて、デイルの呟きの意味を理解したラティナは、盛大な悲鳴を心の中で上げた。あんまりにもあんまり過ぎて、声にすることが出来なかったのである。

(えええええぇぇぇぇっっっ!?)

 硬直して内心で絶叫するラティナの様子に気付かぬまま、デイルは半泣きの表情で頭を抱えていた。頭を抱えたいのは、自分の方だとラティナは思った。

 大惨事であった。

「酷え」

 ルドルフが思わず呟くが、それぞれパニック状態となっている、この場の残り二人は、それに気付くことはなかった。

「ラティナがとうとう噂で聞いていた、『反抗期』に……っ。噂には聞いていたけどっ、思春期の女の子特有の反応が……っ、どうしよう……どうするべきだっ!?」

 そう言って、もう一度ラティナを見たデイルは、なんとも言えない情けない表情をして、くるりと踵を返した。


 挙げ句の果てに、この場から逃亡したのである。

 一流の名に恥じない機敏な動きで、止める間もなかった。


(ええぇぇぇっっ!?)

 あわあわと、再び内心で悲鳴を上げるラティナに、ルドルフが、ぽん、と肩に手を置いた。

 首の皮一枚で繋がったような立場の自分が言うのも、非常にどうかとも思ったが、考えるよりも先に声が出ていた。

「まあ……なんだ。頑張れ?」

「ふえぇぇっ」

 ルドルフは、育ての父娘とはいえ、変なところは似ているものだなぁ、等と思っていたのであった。なんというか、他人事では無かった。本当に、自分で言うのも何なのだが。


 ラティナは泣きそうな顔でルドルフを見ると、先ほどのデイル以上に情けない声を、夜の(クロイツ)に響かせたのであった。

そう簡単には、うまくいかないのであります。

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