表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/213

白金の乙女、赤の神の夜祭りに行く。伍。

 祭りの最後を締めるのは、大掛かりな炎の魔術による『花火』だった。『赤の神(アフマル)』の祭礼に相応しく、色味こそ赤に限られているが、夜空を大輪の炎の花が彩る光景は、他では見られない。

 大勢の人びとが、皆、同じように空を見ていた。


 ふと、そんな中、呼ばれたような気がして、ラティナは振り返った。

 友人たちも彼女のその行動に気付いて首を捻る。

「どうしたの、ラティナ?」

「ん……今、ちょっと……」

 振り返った先には、この場を提供してくれた領主館で働く人びとがいる。その中に幼なじみであるアントニーの姿を見つけたラティナは、少し首を傾げた。

 幼なじみの隣には、憲兵の制服を着た数人の男性がいる。とはいえ、普段『虎猫亭』を訪れる常連客たちに比べると、だいぶ線が細い。

「憲兵のひと?」

「げっ」

 不思議そうにするラティナと違い、シルビアははっきりと嫌そうな表情をした。


 彼女の父親は憲兵隊の副長だ。平民ではあるものの、『良いところのお嬢さん』であるシルビアの実家は、それなりに厳しい、格式ばった家であるのであった。

緑の神(アクダル)』の神殿という『外の世界』に出たシルビアにとって、実家の生活は「正直言って息が詰まる」のだ。


 憲兵隊に所属する者は、彼女にとって、そんな実家を象徴する『父親』に属する存在なのである。


 アントニーと話をしていた、憲兵のひとりがこちらを向いた。

 びくり、と動きを止める。

 彼女たちが、自分の方を見ていることに、驚いているようだった。その隣の憲兵たちも驚いた顔をしているが、その驚き方は少し意味が異なるもののようだった。何か信じられないものを見た、という雰囲気がある。

 何か不思議なものでもあるのかと、自分の後ろを確認したラティナは、夜空を見上げる群衆の背中に、何に驚いたのか理由を見つけられず、再び、こてん。と首を傾げた。


「あれ、ルディじゃない?」

「え?」

 クロエの言葉にラティナは再び視線を戻し、そこでようやく、アントニーと話し込む憲兵が幼なじみであることに気がついた。

「あ」

「本当だ。何? あいつもう予備隊から出たんだ」

 シルビアが呟くように、クロイツの憲兵隊は正規の隊員になる前に、予備隊員として訓練と教育を受ける。

 そこで認められてようやく、憲兵隊の制服を着て任務に就く事が許された。憲兵隊の中にも階級があるが、ひとつの街の組織である為に、大掛かりな軍隊ほどの複雑さはない。


 青年と呼ぶにはまだ頼りない風貌の幼なじみは、制服に『着られている』といった雰囲気を有していた。細い体躯もまた、成長途中の幼さ故のものだろう。それでも均整のとれた体つきに、彼がしっかりと鍛えている事が伺われた。

 幼少期は仲間たちより大柄だった体格も、周りが成長するにつれ、目立つ特徴ではなくなっている。どちらかといえば、並んだアントニーの方が身長では追い抜いてしまっているのだ。


 ラティナは、久しぶりに見た幼なじみのもとに、向かって行った。その足取りは、幼い頃から変わらず『とことこ』といった形容がしたくなるものだった。彼女は基本的に好奇心が強い為、気になったものの傍に、臆することもなく向かうのだ。

「ルディ、久しぶり。元気そうだね」

 笑顔を向けると、幼い頃の名残を残しながらも、青年へと向かいつつある容貌の少年は、何だか妙な顔をした。


「……いい加減、『ルディ』は止めないか?」

 挨拶も無しに、幼なじみが、記憶の中にあるものよりも低い声で絞り出したのは、そんな一言だった。

 ラティナは不思議そうに、こてん。と首を傾げる。

「ルディは、ルディじゃないの?」

「……この歳で、ガキみたいな呼ばれ方するのは、ちょっと……」

「……? るどるふ?」

 言い慣れない単語をラティナが口にすると、何故だか、そう呼んで欲しがっていた筈の彼は、再び動きを止めた。

「んー……? 何か、変」

 ほんの少しだけ眉間に皺を寄せて呟いたラティナは、そう言って再び表情を戻す。

「ルディは、ルディじゃ、ダメ?」

「……好きにすれば、良いだろっ」

 至近距離で見上げたラティナの顔を直視できなくなって、ルドルフはそっぽを向いて言い捨てる。昔からの友人たちは、生温かい顔になっていた。


「でかくなったのは、図体だけか。仕方ないわね、ルディだし」

「へたれは予備隊の訓練でも治らなかったか。仕方ないよ、ルディだもん」

「クロエもシルビアも、あんまり過度な期待をかけるのは、酷だよ。ルドルフだよ?」

「そうね、酷ねー」

「そうだねー」

「お前らっ! 聞こえてるからなっ! っていうか、隠す気ないだろっ!?」


 半泣きこそにはならなかったが、言い返すルドルフのそんな姿には、あまり成長は見られなかった。



 憲兵隊のもとに行ったのは、アントニーだった。

 彼は『白金の妖精姫』が、万が一暴漢に襲われたり、鼻の下を伸ばした好き者に声を掛けられたりしでもしたら、大事(おおごと)になることを知っている。

 --恐らく、相手は、生きてこの街を出られないであろうことも、悟っているのだった。

 ラティナは当人が思っている以上に、どこか危なっかしい。

 魔法使いでもある彼女は、確かに『攻撃能力』は有しているが、恐怖や驚きで声を失うことだってあるのだ。そうすれば、細い華奢な少女に出来る抵抗は限られてくる。


 それなのに、この様子では、この幼なじみたちは、いつも以上に余所者がうろうろしている夜の街を、少女だけで彷徨くつもりでいるのだろう。

 (クロイツ)の平穏と安寧の為にも、手を打っておくべきだと思った。


 それで憲兵隊の詰所に相談に行ったのだが、彼が思っていたよりも呆気なく、予備隊を出たばかりの新人数人を貸し出して貰えることとなったのだった。

 --アントニー以上に『妖精姫』の安全を心配する『隊長(トップ)』と、最近帰宅するのを嫌がる娘を案じる『副隊長(そのした)』の意見が合致した結果であった。

 ただの職権乱用であるが、それを今、指摘出来るものはこの場にいなかった。


 ルドルフがその中に含まれているのは、上の指図であったりする。


 彼の想い人が『誰』であるのか。憲兵隊の上層部で知らぬ者はいない。

 だからこそ、彼は、予備隊入隊後のこの四年間、みっちりと可愛がら(し ご か)れてきたのである。


 常連連中が愛でてやまない『妖精姫』は、『保護者』や師匠の影響からか、どちらかといえば冒険者たちの方に馴染んでいる。それが、憲兵隊側の常連客にとっては、残念でならなかった。

 そこに入隊してきたのが、『妖精姫』の幼なじみたる少年であった。

 少年を目当てに憲兵隊の詰所に、日参してくれたら。愛くるしい笑顔で、上司である自分たちに、挨拶してくれたら。時には、ランチ等を差し入れなどに来て、「皆さんで召し上がってください」なんて言われたら。

 そんな、毎日が来たら、良いなぁ--という、おっさん連中の願望なのであった。分か悪いのは重々承知の上でも、上層部が少年をみっちりと可愛いがっ(し ご い)てきたのも、そんな理由があってのことだった。せめて最低限、『保護者(デイル)』に瞬殺されないようにならなければ、話にもならない。

 保護者的視点で感じる、苛つくものは、まあ、より一層少年を可愛がる(し ご く)方向で発散すれば良いと思われていた。


 どちらに転んでも、当人(ルドルフ)にとっては地獄であるような気もするが、もとより彼が選んだ道そのものが茨の道である。



「ルディ、憲兵さんになれたんだね。いつから?」

「……まだ、なったばかりだよ。今日の夜祭りは人手が足りないから、新人連中も駆り出されるんだ」

「後ろのひとたちも、新人さん? お店では見たことないね」

「と……『あの店』の常連客の憲兵は、ほとんどが上の役職のひとたちだからな」

「ふぅん。はじめまして、南区の『虎猫亭』のラティナです。ルディとは子どもの頃からの友だちなの」

 ルドルフが『虎猫亭』の店名を敢えて伏せた努力をあっさり無視をして、ラティナは彼の同期たる青年たちに笑顔を向ける。年齢には若干の差があるが、同時に正規の憲兵隊に昇進した残り二人の青年たちは、ラティナの姿にまだ度肝を抜かれた表情になっている。


 ルドルフも、本音を言えば、非常に驚いていたのだった。

 幼い頃からの想い人である少女が、『可愛いらしい』少女であることは知っていたが、しばらく離れている間に、自分の思い出補正を入れて美化しているのかもしれない--なんてことも、考えていた。

 ちょっと色々達観してしまう程に、予備隊の訓練は過酷なものだった。なんだか、他の訓練生たちよりも、自分の訓練は厳しい気もしたけれど、理不尽なしごきとも言い切れなかった為に、何とも言い難かった。

 それなのに、ラティナは、そんな自分の想像を越えて美しく成長していたのだった。

 同僚たちも、ラティナの容姿に言葉を失っている。男社会である憲兵隊の中では、どこぞの酒場の看板娘が美人だとか、良い女がいただとか、のような話をよくする。だが、彼女はそんな次元を遥かに越えているのだ。

 それでいて、仕草のひとつひとつやころころ変わる表情は、幼い頃そのままの愛らしさだった。


 直視するのも眩し過ぎる。

 なのに、当人には、相変わらずそんな自覚は無いらしい。


「うわぁっ」

 最後の『花火』が夜空一面を覆うのを、歓声をあげて見上げるラティナの隣で、そんな彼女の顔を窺い見る彼が、緊張故に強張った表情をしていたのは、無理からぬことであったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ