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白金の乙女、赤の神の夜祭りに行く。参。

 マルセルと別れた三人は、街の中央広場へと辿り着いていた。やはり普段よりもひとの姿が多い。日が傾き初め、夕焼け色を帯びつつある空を背中に先を急ぐ。


 普段の生活の中で『赤の神(アフマル)』の神殿は行く機会が少ない。銀行の業務を行う『青の神(アズラク)』の神殿や、幼い頃通った『黄の神(アスファル)』の神殿とは異なり、一般庶民が行く理由自体があまり無いからである。

赤の神(アフマル)』の神殿に所属する神官兵の姿は、街中でも時折見かけることが出来た。

 クロイツの街の治安維持を任務とするのは、領主に仕えている憲兵たちだが、法の番人である『赤の神(アフマル)』故に、『赤の神(アフマル)』の神官兵たちも、憲兵に協力して街中の事件の鎮圧に関わることもあるのであった。


「アントニー、何処かな?」

「うふふ……その前に、先輩に聞いたけど、式典が始まる前の神官兵の様子がこっちから見られるらしいよ」

「へぇ……舞台裏って感じ?」

「そうそう」

 シルビアが含み笑いをしながら指を向けた方向に、三人で顔を見合せてから向かう。なんとなく共犯めいた秘密の行動をしているような、どきどき感が胸を高鳴らせた。


赤の神(アフマル)』の神殿からも裏手にあたるそこでは、大勢の神官兵たちが整然と並びながらも、本番直前の慌ただしさと熱気を感じさせる空気に包まれていた。

 三人で並んでこっそりと覗く。

 別に咎められることではないのだが、なんとなく息を殺して、声を潜める。

「こうやって改めて見ると、神官兵の制服とかも、ちょっとずつ違うんだね」

「本当だ」

「確かねー……所属する隊とかで、ちょっと違うんだった筈だよ」

 こそこそと、会話をするだけで楽しい。大人が見たら何ということのない出来事や話題も、この年頃の少女にとっては一瞬一瞬が弾けるような『特別』なのだ。


「あのひと、結構格好良いよね?」

「どのひと?」

「ほら、肩に二本のラインがあって……焦げ茶の髪の……」

「へぇ……シルビアって、ああいうひとが良いの?」

「えー……そのひとより、あっちの金髪のひとの方が良くない?」

「んー……あのひとは駄目。あちこちの女の子口説いて、問題起こしているから」

「……シルビアは何処からそういう話、聞いて来るの?」

「ふふふ……」


 いかにも楽しげに、年頃の少女らしい話を、きゃいきゃいと交わす。

 ラティナも話には加わっているが、友人たちは『彼女の好み』については、あまり尋ねない。答えが決まりきっている為と、ラティナ自身が、ひとを美醜では判断しない性質をしている為だった。

 ラティナは持って生まれた『危険を察知する能力』もあって、見た目よりも何よりも、そのひとの中身を価値基準にする。

 そんなラティナの『好み』というのは、枠に当てはめ難いのだった。


「そろそろ行こうか?」

「うんっ」

 クロエの言葉に頷いて、今度こそ中央広場の祭りのメイン会場へと向かう。三人の少女は人混みの中へと向かって行った。



 アントニーは、まだ高等学舎に通う身だ。その彼が領主館の近くであるこの場所で、愛想笑いを浮かべているのは、周囲を父親の上司や同僚に囲まれているからであった。

 領主館の下級役人の職に就く彼の父親だが、アントニーが学舎を卒業後同じ職に就くことが出来る訳ではない。

 だが、可能性が全くないということでもない。その『可能性』を多少なりとも上げる機会として、父親について挨拶回りをしているのだった。


 そんな時、久しぶりに耳にした声に、アントニーは後ろを振り返った。

「アントニーっ、久しぶりっ!」

 声の主を間違える筈もない。

 幼い頃から変わらない邪気のない笑顔で、にこにこしているラティナと、その後ろに立つクロエとシルビアの三人組であった。

 直ぐにピンと来た。

 見知らぬ大人たちに囲まれている今の自分の状況は、友人たちにしてみれば『声が掛け難い』状況である筈だ。だからこその『ラティナ』である。

 恐らくはシルビアあたりの判断だろう。


 ラティナ当人は自覚してなさそうだったが、彼女の容姿は、多少の突飛な出来事すら周囲を黙らせる威力を発揮する。

 現に、自分の父親を初めとした、周囲の大人たちがぽかんと呆けた顔になっていた。


「父さん、『黄の神(アスファル)』の初等学舎で一緒だった 友だち(・ ・ ・)たちだよ」

 あえて『友人である』というのを強調するのは、色んな意味で、自分の身が可愛いからだ。

「え……お……?」

 アントニーの父も、クロエには気付いた様だった。家が近くにある上、小さい頃遊び仲間であったことは父親も知っている。

「……『妖精姫』だよ」

 ぽつりと友人の二つ名を口にすれば、父親だけでなく、その周囲の大人たちもざわついた。

「なっ……『あれ』が、噂のっ……」

「実在していたのか……」

 どうやら幼なじみは、珍獣や都市伝説並の扱いをされているようであった。


 領主館にも、彼女の噂は届いているのだ。

 この『クロイツ』という街では、『冒険者』という者たちの動向は重要な意味を持っている。その彼らを中心に支持を集めている『存在』に、この街の治世者に仕える領主館の役人たちが、注意を払わぬ訳がなかった。

 冒険者という、大きな武力を持つ者たちを、煽動する反乱分子にならぬ保証はないのだ。

 だが、『妖精姫』の場合は、領主館に所属する憲兵たちから、「無害であるので、問題ない」という報告もまた、上がっており、問題視はされていない。


 --まさか、憲兵たちの隊長が、親衛隊(ファンクラブ)のトップの片割れである。なんてことを知る者は、領主館の役人たちの中にはいないのだった。


 ラティナの行動範囲も、『虎猫亭』のある南区と、商業地区である東区が主だ。役人たちの多くが暮らす西区に行く機会はないし、そこに暮らす人びとは、ならず者たちが集う『虎猫亭』のような店は訪れない。

 ラティナの『存在』が、あくまでも『噂』に留まっていた理由であった。


「ここに来る前に、マルセルのところに寄ったらね。アントニーがここにいるって聞いたから」

 にこにこと笑うラティナは、だいぶ大人っぽくなっているが、笑い方などは変化がなかった。

「本当に久しぶりだね、みんな。変わり無さそうで、何よりだよ」

「アントニーは、背が伸びたね」

「なんか、見下ろされるのって、腹立たない?」

「成長は止められないけどさ、這いつくばらせれば、大丈夫だよ?」

「クロエとシルビアも、本当変わらないみたいだね」

 身長や体格では、男である自分の方に分がある筈なのに、何故だかこの二人には、勝てる気がしない。アントニーは内心で汗をかいた。


「いつもは、デイルと一緒だったから、何処でお祭り見るのが良いのか、よくわからないの。アントニーなら知ってるかもって、マルセルに言われたんだけど……」

「ああ、成程ね……女の子たちだけだと、冒険者たちが集まっているようなところじゃ、危ないもんね……」


 ラティナが、例年夜祭りを見ていたのは、デイルと共にだった。彼は群衆の中に紛れて、時には彼女を肩車して、祭り見物をした。顔見知りが陣取っている、見物席の一角に紛れさせて貰ったこともある。だが、そういった手段は今日の自分たちには使えない。

「常連さんたちのところだと、デイルと一緒と変わんないもん」

 ぷすっ。と、拗ねたように言うラティナは、アントニーの言葉を、彼の意図とは異なる意味で受け取ったようだった。


「どうしたの、ラティナ?」

 アントニーがこっそりと、一番付き合いの長い相手に問いかければ、クロエは苦笑を浮かべて声を潜めて答えた。

「ラティナのとこ、心配性だらけだから。今日の外出にも、結構色々言われてきたみたいだよ」

「ああ、成程」

「ラティナが、天然だから、心配されるんだろうけどね」

「箱入りなのが、拍車を掛けてるんだと思うんだけど」

 話しながら、愉快な気分になってくる。『久しぶり』であることを忘れる程に、馴染んだ会話だった。


「父さんたちに聞いてみるよ。嫌じゃなければ、このあたりで見ていけば良いと思うよ」

 アントニーがそう言ったのは、父親を初めとした大人たちが、噂の『妖精姫』に、興味津々であることに気付いているからだ。


 そして、この幼なじみをふらふらさせて、万が一のことがあれば、大いに彼方此方が荒れるということも、彼は知っている。


「紹介するよ、父さん。彼女はラティナ。『緑の神(アクダル)』の旗のある店で暮らしている娘だよ」

「はじめまして、ラティナです。家名の無い地域の生まれなので、名前だけで失礼致します」

「それで、彼女はシルビア・ファル。憲兵隊のファル副隊長の娘さんだよ」

「はじめまして」

 そう笑顔を向ける少女たちは、アントニーの思惑通り、領主館の人びとが祭り見物のために確保した場所の一角に招かれたのであった。


 アントニー、英断であった。


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