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氷色の青年、白金の乙女と。

 グレゴールの前に茶器を運んで来たラティナは、ぺこりと頭を下げて謝罪を発した。

「先ほどは失礼致しました」

 グレゴールは、友人(デイル)が溺愛しているその少女の言葉をしばし考えて、言おうとすることに遅れて気付いた。

「いや、こちらこそ不躾だった。最近のデイルは、君のことを『うちの妖精姫世界一可愛い』と何憚ることなく言っていたものでな。つい口にした」

「……デイル」

 ラティナの愛らしい顔に似合わぬような、覇気にも似た静かな怒りのオーラを感じて、グレゴールは思った。


(……面白い)


 今までさんざん友人の『うちの娘自慢』に付き合ってきたのだ。この位の意趣返しは許されるだろう。

 少女に叱られて、憔悴した友人の姿も新鮮だった。彼を英雄視している王城の兵士たちにも見せてみたい。

「先日は到頭父上にも、君のことを自慢していたからな」

「……」

 ラティナはひとつため息をついて、平静を取り戻した。グレゴール相手に怒っても仕方のないことを彼女はちゃんと理解している。


 --近くにいたリタの方が、ラティナの分まで微妙な表情になっていた。リタは薄々ではあるがグレゴールの身分を察している。そのグレゴールの父親というのが誰を指しているのかにも気付いているのだ。

「あの馬鹿……見境無いわね……」

 因みに、一連の出来事だが、デイルに言わせれば、「自重した!」 のだった。「五年以上も!」なのである。どうやら自重期間が終了のお知らせをしてしまったらしい。その頃、グレゴールの姉に子どもが産まれ、公爵閣下が孫可愛いモード寄りになっていたことも、原因のひとつであった……とは、誰も気にしない事実であった。


「私もデイルから、よく貴方のお話は聞いていました。一番信頼している戦友だって……初めまして、ラティナと申します。ご挨拶が遅くなりました」

「……グレゴール・ナキリという」

「不思議な響きのお名前ですね」

「東方の辺境国由来の家名でな」

 グレゴールは偽名を名乗った訳ではなく、エルディシュテットの名が及ぼす影響力が強すぎる為に、彼は外では母方の姓を使う。

 ラティナは別段疑問にも思わず、初めて耳にした響きの言葉を反芻してにこりと笑った。

 デイルが誇張していた訳でもなく、愛らしい容姿の少女だと、グレゴールにもつくづく思わせる笑顔だった。


「それにしても意外だったな」

「え?」

 ラティナが不思議そうに首を傾げると、グレゴールはほんの少し苦笑した。

「デイルの話から想像していた君は、小さな子どもという印象だったからな」

「……そうですか」

「言われてみれば、最初に君の話を聞いてから、もう何年も経つのだから……成長していて当然なのだがな」

「……デイルにとっての私は、まだまだ目の離せないちいさな子どもなんだと思います」

 ラティナは、初対面のグレゴールを前にして、普段よりも澄ました余所行きの顔をしている。そんな風にしていると、彼女は年齢以上に大人びた雰囲気を感じさせる。元々賢いラティナは、きちんと場にふさわしい対応ができる為だ。

 普段のぽやんとした、どこか幼さを感じさせるラティナの姿というのは、彼女が気を抜いている素の表情だからこその姿なのだった。

 だが、やはり初対面のグレゴールは、そこまでラティナのことを知らない。その為に想像以上に大人びた、落ち着いた物腰の少女だという印象を持った。


 ローゼはグレゴールとの対面を果たした後、少し時間が欲しいと部屋に引きこもった。泣き腫らした顔で人前には出られぬと言い張ったのだ。親しいグレゴール相手でも、そこは譲れないところだったようだ。矜持の高いローゼらしい。

 その為、グレゴールはラティナを前にして、茶器を傾けていたのであった。彼もここまで、休みを最小限にした急ぎの旅をして来ている。ローゼの姿を確認し、安堵したことで、疲れも感じていた。


 下町の、しかも酒場で出しているとは思えないほど、供された茶はグレゴールにしても悪くないと思わせる物だった。

 無論公爵家で使用する物とは、品質は大きく異なるだろう。

 それでもそれは、店主が自らの店に置く物に対する吟味の証だ。腕の良い料理人であるのだな、とグレゴールはとりとめも無く考える。


 眼前の少女もそうだ。

 このような下町の酒場には不釣り合いなほどの、美しい少女だ。友人がでれんでれんの骨抜きになったのも、理解--したくはないが、理由はわかったような気もする。

 王都の貴族の姫君たちの中に在っても、この少女は目立つだろう。珍しい白金の髪は、艶やかに輝きを放ち、それだけでどんな宝石や金銀の細工より目を奪う。

 それだけ華やかな美貌を持ちながら、纏う気配は野の花に似た、穏やかで心和ませる暖かなもの。陰謀渦巻く宮中に彼女のような者が在れば、それだけでどれだけ癒されるだろうか。


(……そういえば、常々言っていたな)

 友人曰く、「ラティナが……俺の癒しが足りないんだっ! 帰るっ! 一刻も早く、俺は俺のラティナの元に帰るぞっ!」で、あったような気がする。末期になるとかなり追い詰められた表情で、養い子の名前を呟きながら、剣を研いでいたりもするのだが……なんだか思い出してはいけなかった残念な姿であった気がするが、まあ、思い出してしまったものは仕方ない。


 仕事の能率自体は、末期の友人の方が上がってしまうのも、残念なところだ。

 普段も別に手を抜いている訳でもないのだろうが、末期になると本当に一刻も早く帰る為に、全力を尽くすのだ。


 元々デイルはグレゴール--国内でも、実力主義であり高い能力を持つエルディシュテット家の者--から見ても、高い評価を受けている存在なのだ。彼の有する稀少な『勇者』と呼ばれる能力を別にしても、攻守の魔法を使いこなし、剣技と合わせて、変則的だが状況に応じた柔軟な戦闘を得手にしているデイルは、武芸と魔術を奨励しているラーバンド国で称賛を受けるに値する人物だ。

 彼の出自を田舎者と蔑んでいた貴族も当初はいた。けれどもデイルは、そんな輩からの嘲笑すら、功績と完璧な礼節の振る舞いを以て黙らせた。

 彼個人の能力は、デイル本人の負けず嫌いな質もあってか、非常に優秀なものなのだ。


 だからこそ、奇行が尚のこと非常に残念な友人ではある。それでも、養い子と共に暮らす以前にあった、追い詰められたような精神的な余裕の無さがなくなった。『発作』を起こしていない時は、落ち着きのある、貫禄のような気配さえ漂わせているようになっているのだ。

 周囲の評価も、益々上がり、今や公爵の信篤いデイル・レキの名を王城で知らぬ者はいない。

 一概に『悪い』とは言えないのだろう。


「君はデイルの『仕事』については知っているのか?」

「いいえ。デイルのお仕事は大切な機密に関わっている時もあるって聞きました。だから、聞かないようにしてます」

 思いを巡らせているうちに、眼前の少女が異種族であることを思い出して、グレゴールは問いかける。

 その返答を聞き、グレゴールは『仕事』に関わることは、少女には聞こえないようにした方が良いようだと判断した。


 デイルが公爵家と契約し、魔王やその眷属を討伐しているということ自体は機密になっていない。

 だが、友人が、この少女相手に自分の仕事内容を語っていないのであれば、それは尊重するべきだろう。『自分たち』の『仕事』は、この少女の『同族』を屠るということと限りなく同義なのだから。


 グレゴールとラティナの会話が少し途切れたタイミングで、丁度自室を片付けていたデイルが店へと顔を出した。

「待たせたな、グレゴール。狭い所だけど俺の部屋でローゼの話を聞こう」

 きれい好きなラティナがこまめに掃除をしている為、散らかっているということはなかったが、やはり生活感のあるものが表に出ている。それらを仕舞いこんでいたのだった。


「ラティナ、失礼なことしなかったか?」

 その言葉は『保護者』そのものだ。だが、グレゴールは表情ひとつ動かさず切り返す。

「した、と言ったらどうする?」

「お前が余計なことしたんだろうって思う」

「そんな所だろうと思ったさ」

 そんなグレゴールを前にして、デイルはラティナの方を向く。

「ラティナ、ローゼを呼びに行ってくれるか?」

「うん。その後、上にお茶運ぼうか? それまで待っててくれる?」

「……そうだな、長くなるかもしれねぇな。じゃあ頼む」

「わかった」

 交わされた幾つかの言葉だけで、二人の仲が本当に睦まじいことがわかる。自覚しないまま表情を緩めていたグレゴールに、デイルの方が気付いた。

「なんだよ、ニヤニヤして」

「いや……お前が育てたにしては、きちんとした淑女に育っているな、と思ってな」

「お前まで、そういう反応なのかっ!?」

 グレゴールが照れ隠し半分で口にした言葉は、なんだか友人のスイッチを抉ったようだった。

弟に言われた事を、結構引き摺っています。

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