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くりくり幼児、青年と遊んであげる。

幼児と休日的な話その二。

 テオドールは、ご立腹だった。

踊る虎猫亭(みせ)』が近頃忙しいために、大好きなお姉ちゃんが遊んでくれないのだ。それだけではなく、『おべんきょう』だと言って、店にいる『お客さん』と話ばかりしている。

 自分とは遊んでくれないのに、ずるい。お客さんと話をする時間があるなら、自分と遊んでくれたら良いではないか。そう、思っていた。


 ヴィントと遊ぶのは楽しいが、テオは『大好きなお姉ちゃん』にもっと甘やかして欲しいのだった。

「デイルじゃなく、ねぇねがいいのー」

「悪かったな、俺で」

 その結果、テオは小さな四肢を突っ張って抵抗しながら、自己主張するのだった。


 現在のクロイツは、赤の神(アフマル)の祭りが近付き、旅人が集まっていた。冒険者と呼ばれる者の数も増えており、結果、相対的に仕事が不足しがちになっていた。これは例年の一過性のものだ。その為、ある程度以上の格の冒険者たちは、よほどの難易度の高い仕事以外は自粛し、経験や金銭的な余裕の無いものに優先的に仕事を回していた。この暗黙のルールも、冒険者たちによる一種の互助なのであった。

 『余裕のある者』に分類されるデイルもまた、暇そうに『虎猫亭』で時間を潰す姿が見られたのである。


 この数年あまり、ラティナと共に暮らすようになってからのデイルは、このような暇が出来ると、ラティナとべったりの『楽しい時間』を過ごしていた。結果、彼には『暇』という自覚がなかったのだ。

 それなのに今回は、ラティナは日々の仕事に追われ、更に魔法の勉強をするという多忙な時間を過ごしている。


 今のラティナには、デイルの相手をする時間がなかったのだった。


 大人になってきたと、喜ぶべきなのに、何だか時々泣きそうになる。

 そしてやはり暇をもてあましているテオの面倒を見るという役割が回ってきたのだ。だがテオドールの方は、それに対して不服そうに頬を膨らませている。そんな姿を見るたびデイルは、つくづくラティナは素直で可愛いらしくて、良い子だったのだと思うのだった。

「まぁ、ガキんちょなんてこんなもんだけどなぁ」

「はなせーっ」

 店の中にいると、ラティナの後を追いかけようとするテオドールを捕まえておくのにも限度がある。ラティナの仕事の邪魔になっては何の意味もない。

「ヴィント、お前も散歩行くか?」

「わふっ?」

 テオを片手で持ち上げて--抱き上げるというより運搬しているという姿だったが--歩き出しながら、デイルはごろりと身体を転がしていた仔狼に声をかける。

「ラティナは今日はこれから外には出ねぇだろうから、お前が留守にしても平気だろ」

「わふぅ」


 ヴィントはラティナ以外からの『命令』は聞かない。ラティナも『命令』している訳ではないのだが、基本的にヴィントは『ラティナのお願い』を聞き入れるので、結果としては似たような状態となる。

 だが、ヴィントはヴィントなりに、デイルやケニスには敬意を払っているようだった。ラティナが彼らに敬意を払っている姿を見ていることと、ヴィント自身よりも『強い個体』だという事がその理由だ。犬的な生きモノであるヴィント内の『階級』では、彼らもそれなりの上位に存在しているのだった。

 だが、ヴィントの階級的に、『虎猫亭』内のラティナの次の存在はリタだったりする。『命令』には従わないが、リタの叱責には例外的に従うヴィントの姿を時折見ることができるのだった。


 デイルが小脇に幼児を抱え、仔狼を従えて向かったのは、クロイツの中央広場だった。今日もたくさんの住民たちが思い思いに憩いの時間を過ごしている。

 開けた空間に、灰色の仔狼が黒いしっぽを嬉しそうにぱふぱふと振っていた。デイルは、多くの人びともいる事だしと、先に念を押す。

「ヴィント、魔法は使うなよ。後、やたら掘るのも止めとけよ」

「わふ」

「ラティナにちゃんと報告する(いいつける)からな」

「わんっ」

 良い返事だ。なんというか自分の言葉が軽んじられている気がするが、そこは気にしたら負けだろう。


 デイルがテオを地面におろすと、テオはとっとこ走り出した。

 そんな幼児を眺めながら、デイルは少し表情を緩めた。ぼんやりと考えを巡らせる。

「……そういや、ヨルクのとこもそろそろ二人目だっけな……祝いの品何にするかなぁ」

 弟は嫁のフリーダともそれなりに睦まじくやっているらしい。故郷と定期的にやり取りしている手紙は、互いの近況だけでなく、世界情勢を故郷に伝える報告書としての意味も持っている。誤字脱字を赤字訂正されて、送り返されて来た時はイラッとした。そういうことをするのは、だいたい祖母である。


 ヴィントが何処からか棒切れを拾って持って来たので、ぽいと投げてやる。ヴィントはテオの前でそれをキャッチすると、どや顔でしっぽを振ってみせた。負けず嫌いなテオがぷくっと膨れてやる気の顔になっている。

(……良いのかなぁ……)

『犬』と張り合って遊ぶのは、幼児の教育的にどうなのだろうか。

 だが、幻獣相手の毎日の遊びは、運動量としては充分なものだろう。

(まぁ、親も止めねぇし……良いか)

 自分が再びぽいっと投げた棒切れを奪い合う一人と一匹の姿を見ながら、デイルはそんな平和な光景を眺めていた。


「デイルっ」

 聞こえた声にデイルが顔を上げたのは、遊び疲れてうとうとしているテオを連れて木陰で休んでいる時だった。

 ヴィントが迎えに走って行ったのを見ていたので、ラティナが近くに来ているだろうとは思っていた。

「仕事は良いのか?」

「そんなにお仕事ばかりしている訳じゃないよ」

 そう答えて笑ったラティナは、藤のカゴを提げていた。ちょこんとデイルの隣に座り、居眠りしているテオを微笑みながら覗き込んでいる。

「テオにおやつ持って来たんだけど。こんなに気持ち良さそうだと起こせないね」

「ラティナもよく何処ででも寝てたもんなぁ」

「……今は、しないもん」

「そうだな」

 デイルの言葉にラティナがほんの少しだけ頬を膨らませたのは、不機嫌になったからではなく、照れているからだ。だいぶ成長したというのに、そういった仕草が幼さを感じさせて、なんとも言えないほのぼのとしたものに胸が満たされる。

「……やっぱりラティナは本当に可愛いなぁ……」

「急だね?」

「テオの面倒みてるとつくづく思うさ。ラティナは本当にいつも頑張ってくれてたんだな」

 幼い頃にしていたように頭を撫でると、ラティナが少し困ったような表情をした。もう、この歳の女の子にする行動ではないのかもしれない。


(……寂しいなぁ)

 そのうち『保護者』である自分と一緒に居ることも嫌がるようになるのだろうか。

 寂しいと感じるのは、自分だけなのだろう。

 子どもというものは、そんな大人の感傷を置いてきぼりにして、どんどん大きくなってしまうのだ。

 灰色の眸でラティナは、不思議そうにそんな独白をする自分を覗き込んでいる。


「……夜祭りの予定はもう立てたのか?」

「うん。クロエのお家に集まるの。帰りは遅くなるから、クロエとシルビアを送ってから帰って来るね」

「!?……ラティナが送って行くのか?」

「遅い時間に二人を帰すの危ないもん。私、最近護身用の魔法も覚えたし。憲兵さんも、警護の依頼を受けた冒険者のひともいっぱいいるから、大丈夫だよ」

 間違ったことは言っていない。確かに単体での攻撃力という観点からは、ラティナは友人たちよりずば抜けているだろう。だが、やはり危機意識が薄いのではないだろうか。

「や、やっぱり、俺が迎えに行こうか?」

「大丈夫だよ。もう、ちっちゃい子どもじゃないもの」

 だからこそ、不安にもなるのだが。何故自覚してくれないのだろうか。


 とはいえ、ラティナに、世の男の危険性を滔々と語ることも憚られる。それで自分のことも、汚わらしいものでも見るように見られでもしたら、立ち直れない。


「難しいなぁ……」

「ん?」

 思わず呟くデイルに対し、ラティナは本当に不思議そうに首を傾げている。それでも彼女には、このまま素直に育って欲しいとも思ってしまうのだ。

「いや、ほら。テオ起きたみてぇだぞ」

「本当。テオ、起きた?」

「んー……? ねぇね?」

 誤魔化すように、丁度もぞもぞと起き出したテオへとラティナの意識を向ける。

 テオは目を覚まし、ラティナがいることに気付くと、すぐにラティナへと腕を伸ばして、抱っこをせがんだ。ラティナはラティナでテオに甘えられて嬉しそうにしている。

「ねぇね」

「なぁに、テオ?」

 テオは答えずに、ただ、えへへと嬉しそうに笑っていた。


 そんな二人を見るデイルに、ヴィントがぐりぐりと頭を擦り付けた。

「……なんだよ」

「わふぅ」

「別にテオ相手に嫉妬はしねぇよ」

「わん」

 なんだか悟りきったような視線を向けてくる灰色な獣を、指で掻いてやりながら、デイルは自らの今後の在り方について、答えが出ずとも考えを巡らせるのであった。

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