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くりくり幼児、灰色のもふもふと遊ぶ。

 赤の神(アフマル)の夜祭りが近付いて来たことで、クロイツの街のあちこちに、賑やかで落ち着きない空気が漂っていた。大都市クロイツ屈指の祭りだ。各商店も祭り目当ての旅人を見越した準備に勤しんでいる。それに合わせて訪れる商人を護衛して来た冒険者たちの数も増え、『踊る虎猫亭』の忙しさもいつも以上になっているのだった。


「ラティナねぇね」

「なあに、テオ?」

「あそぼ」

『虎猫亭』の裏手で幼いテオドールがそう言って来たのに、ラティナは少し困った顔をした。ラティナは今、『虎猫亭』で使用しているシーツを山盛り抱えている。洗濯は非常に重労働な作業だ。魔道具などで簡易化できるということもない。その為、衣類程度なら自ら洗うが、このような大物の場合は、まとめてそれを職としている者に委託している。

 ラティナは現在、そのお使いに向かう途中だったのだ。


「……ごめんね、テオ。今は無理なの」

 気を抜くと落としてしまいそうな量だ。リタ一人では到底無理で、元々はケニスが請け負っていた仕事であった。ラティナは魔法で重量を変化させることが出来る為、細い腕には不釣り合いなほどの荷物を運べるのだ。

「あそぼー」

「ごめんね、お洗濯頼んで来たら遊べるからね。ちょっと待ってね」

 ラティナの繰り返した言葉に、テオはぷくっと頬を膨らませた。

(テオのぷくぷく頬っぺた可愛い……)

 幼児のぷにぷにすべすべ頬っぺが膨らむ様に、困りながらも表情を緩ませるラティナは、テオのその仕草そのものが、『大好きなお姉ちゃん』の真似だということには気付いていない。


「やーだーっ、あそぶのーっ」

「テ、テオっ、危な……」

 それでも駄々を捏ねて、ラティナのエプロンにぶら下がったテオに、ラティナが慌てた声を出した瞬間、急にその負荷が軽くなった。

「はなせーっ」

 じたばたと暴れるテオをものともせず、ヴィントがその首根っこをくわえているのであった。締まらないように絶妙な位置を選んでくわえるヴィントは、テオに対するこの動作に『手慣れて』いるのだった。

「ヴィント」

 ぱふん、としっぽを振って、「早く行け」との意思表示をするヴィントに、ほっとしたような表情を向けて、ラティナはもう一度テオに声を掛けた。

「ごめんね、テオ。帰って来たら遊ぼうね」

「やーだーぁっ」

 それでもごねるテオの姿に後ろ髪を引かれながらも、ラティナは洗濯物を抱え直して出掛けて行った。


 ラティナの姿が見えなくなると、ヴィントはテオをようやく地面に下ろした。ぽとっといった様な、割合乱暴な落とし方だったが、テオは泣き出すことはなかった。

「ねぇねっ」

 尻餅をついた状態から立ち上がると、ラティナの向かった方向へと追いかけようとする。そのテオの前をヴィントがするりと塞いだ。

「ヴィー、じゃまっ」

「わふ」

 回りこもうとするも、ヴィントはそれも身体で邪魔をする。テオがぷくっと膨れてみせても、ヴィントはそれで手を緩めることはしない。


 なにぶん『彼』にとっては、ラティナに不利益が起こらないか否かが最大の観点なのだ。テオの面倒をみるのも、ラティナがテオを可愛いがっているのを知っているからだ。

 このちいさなひとの子に何かがあれば、ラティナが悲しむ。それは避けねばならない。

 だからこそ、今、手の離せないラティナの邪魔をこの幼児にさせることも、ラティナが離れたこの時に何事かを起こさせることも、あってはならないのであった。


「うーっ」

 唸り声を不機嫌そうに上げたテオだったが、やはり泣き出すことはなかった。この幼児は、外見はどちらかと言えば母親似だ。幼子特有のふわふわした髪の毛が黒いことが、その印象を強めている。

 だか、性格の方はどちらに似てるかは断定できない。

 あの夫婦はどちらも気が強い。リタはわかり易いが、ケニスもかなりのものだ。なにせケニスは、『虎猫亭』を訪れる冒険者の大御所どもも、一目置く程の男なのである。

 そんな両親のあちらこちらを引き継いでいるテオは、この位の妨害で泣きべそなどはかかないのであった。


 ヴィントへ向かい、突進する。

 ひょいっとかわされ、バランスを崩したところを前肢でぺちょっと倒された。

 流石に少し涙が滲む。

 背中に感じる肉球の感触がなおのこと腹立たしい。「触らせて」と頼んでも嫌がるのに、自分から押し付けるのはありなのか。


 テオが起き上がろうとすることには、ヴィントは邪魔をしなかった。

 更に再び挑んで来るのを、格上の余裕を持って相手をする。

 テオがコロンコロンと転がされ、土まみれになるのはいつも通りの『彼ら』の遊びだった。


 テオが当初の目的を忘れて、ヴィントに挑むことが目的にすりかわった頃、『虎猫亭』の裏口からデイルが顔を出した。

「……何やってるんだ、お前ら?」

「わふ」

「デイル」

 声を掛けたデイルに一人と一匹が返答する。

 テオドールは、ラティナのことは『(ねぇね)』と呼ぶのに、何故だか彼のことは呼び捨てにするのだった。不条理じみたものをデイルは感じていた。全く解せない。

「ヴィントと遊んでたのか?」

「ぼく、ヴィーにかつのっ」

「……まだテオには、難しいんじゃないかなぁ」

「わふぅ」

 まだ仔どもとはいえ、ヴィントは魔獣よりも更に強力な『幻獣』の個体だ。幼児が敵う相手だとは思えない。どこかどや顔をした雰囲気のヴィントもそれに同意しているようだった。


「できるもんっ」

「……難しいと思うぞ」

 それでも言い張るテオドールに、小さく肩を竦めたデイルは、そばに落ちていた棒を拾う。一度振ってしなり具合を確認すると、ヴィントの方を見た。

「ヴィント、来るか?」

「わんっ」

 一言答えた次の瞬間には、灰色の獣はデイルへと躍りかかった。すい、とデイルが慌てた様子もなく避けるところに、着地と同時に体勢を整えたヴィントが再び飛びかかる。

 上体を捻る動きだけでデイルはそれを避ける。その時に手にした枝を振り切った。

 ヴィントも身体を伏せてそのデイルの攻撃をやり過ごす。

 目まぐるしく移る攻防にテオドールが口を開けたまま、そのやり取りを見詰める。

 ヴィントはまだ仔狼だ。単体ではデイルには敵わない。だからこそヴィントにとってもデイルは、やりごたえのある『遊び相手』なのだった。


「……ヴィー、デイルよりつよい?」

「テオにはそう見えるかぁ」

 ヴィントの攻撃を、デイルは時折手で受け止め払っている。だがデイルの棒は、ヴィントにかすりもしない。

 その理由は、デイルとヴィントは、本気を全く出していない。あくまでも『遊び』の範疇内であるからだった。


 本気で『こういうこと』をしていれば、次第に熱が入り、そのうちどちらかが怪我をすることになるだろう。

 命をどうこうする大怪我にはならないだろうが、一人と一匹が危惧するのはそこではない。


 怪我をするような事態になったことが、ラティナにばれると、たぶん叱られる。

 並んで正座させられて、腰に手を当てたラティナにお説教される。

 もしかしたら、怒ってしばらく口を利いてくれなくなるかもしれない。

 それは絶対に避けねばならぬ事態なのであった。


 しばらくデイルはヴィントの遊びに付き合うと--物分かりの良い獣ではあるが、あまりそれに甘えて押し付けるばかりもいかない。ストレスを溜めないうちに発散させることは大切だ--今度はテオの方を見た。

「テオ、ひと相手に棒は振り回すなよ」

「ダメ?」

「当たったら痛ぇだろ。やられちゃ嫌なことはするもんじゃねぇ」

 やはり男の子らしく、デイルの真似をして細い棒切れを振り回して遊び始めたテオに釘を刺す。

「……もうちょい大きくなったら、剣でも教えてやるからさ」

 デイルはそう言いながら、それは父親であるケニスの役割なのかなぁなどとぼんやり考えていた。でも、幼児に手解きするには、いきなり戦斧というのは難易度が高い気がする。

 --別にケニスは斧しか使えない訳ではないのだが、やはり印象というのは大きいらしい。デイルは、剣を扱うケニスの姿が想像出来なかったりするのであった。違和感しかない。


 そんなことを考えながらぼんやりと眺めているデイルの前で、幼児は、灰色の仔狼により、棒切れをしっぽの一撃で叩き落とされた後で、再び転がされているのであった。

いつも適当なサブタイトルですが……だんだん、名付けに困ってきました……

いつもお読みくださり、誠にありがとうございます。



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