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青年、ちいさな娘のお留守番について、ぐだぐだする。

 ラティナは買い物が終わる頃には、だいぶ疲れた顔をしていた。

「ラティナ、大丈夫か? 」

「だいじょうぶ」

 だが、問いかけても、そう答えて首を振る。

 この気を使うことを知っている幼子に、この単語を教えてしまったのは、失敗かもしれない。

 デイルはため息をひとつついて、荷物を抱え直すと、ラティナを抱き上げた。

「デイル。だいじょうぶ」

「 " 疲労、癒す、無理、否定 " 」

 それでも首を振ったラティナに言い聞かせて、背中をポンポンと叩いた。荷物はかさばるが、ラティナを含めても運べない重さではない。


 案の定、デイルが『踊る虎猫亭』に着いた頃には、ラティナは、彼の腕の中で寝息をたてていた。


 相変わらずラティナの寝息はどこか調子外れだ。今はくぷゅぅくぷゅぅという音が聞こえてくる。

 客席の椅子を並べて作った即席の寝床で、ラティナは昼寝の真っ最中だった。

 今『踊る虎猫亭』にはほとんど客はいない。食事をするのには早いし、仕事を探す者には遅い時間だ。情報を求める旅人や冒険者がポツポツと姿を見せる位だ。

 ラティナの寝顔を見守りながら、デイルは薄めたワインを飲んでいた。

「うーん……」

 つい、唸り声が漏れる。

「何、その辛気くさい顔」

 カウンターの中で店番をしているリタが、呆れた顔を向ける。

「昨日の依頼。完了の報告しないといけねぇんだけどさ。ものがものだったから、一部を切り取って持って来るっちゅう訳にもいかなくてさ」

「ああ。あれ。くっさいもんね。持って来たら出入り禁止よ」

「知ってたんなら、教えろよ」

「教えたら、誰も依頼受けないでしょ? 」

 至極当然のように、リタは答える。

 だから、依頼達成条件がああなっていたのかと、後から納得したのだ。


「依頼主連れて、現地確認しに行かなきゃなんねぇんだよ。明日、たぶん遅くなる」

 この仕事の依頼主は、クロイツの薬師の連名だった。

 ちょうど魔獣がコロニーを作っていた先に、この地方にしか生えない薬草の群生地があるのだという。

 魔獣退治を成した証明作業として、後日、薬師を連れて現地に向かうという契約となっていたのだ。


 通常のこういう形態の依頼は、大抵魔獣の体の一部--耳など--を切り取って運んで来ることが多い。

 あの『カエル』が、あそこまで悪臭を漂わせていなければ、デイルもそうしていた。


「ラティナ連れて行く訳にはいかねぇしな……」

「ここに置いて行けば良いじゃない」

 デイルの悩みをあっさり断ち切ってリタが言う。

「子守り代は、今月の家賃に上乗せしておくわ」

「……いいのか? 」

「ほかに方法はないでしょ? 今回はね。次からはあんた自身で子守り(シッター)を探しなさい」


 となると、次のデイルの課題は、ラティナにその事を言い含めることだった。



 昼寝から目を覚ましたラティナの第一声は

「デイル? 」

 という泣きそうな声だった。保護者冥利に尽きる。

「ここにいるぞ」

 聞こえてきた彼の声に、明らかに彼女はほっとしたような顔になる。

 椅子から降りると、カウンターで書類を書いていたデイルの側にとてとてと寄って来た。

 ちいさな手でぎゅっとデイルの服を掴み、彼を見上げると、不安そうだった顔が和らぐ。


「ヤバいリタ。俺、ラティナのこと置いてけねぇ! 」

「馬鹿なこと言うんじゃないわよ。危ないでしょ! 」

「大丈夫だ。依頼人は見捨てても、ラティナは守りきる」


 リタの顔に、「こいつ駄目かもしれない」と、書いてある。


「デイル? 」

「ラティナ……うわぁー……、やっぱ嫌だ。依頼料より、ラティナを取るのもひとつの選択かもしれない……っ」

「馬鹿。そろそろ、またいつもの名指しの仕事で、遠出する必要もあるんでしょ。その前に、留守番させる位の気概がなけりゃ、あんたが育てるのは、初めから無理な話よ」

 リタの言葉は正論だ。

 彼の仕事は危険で、幼子と共に行くことができるようなものではない。

 一人で留守番させる時間は、どうしても長くなるだろう。

 あの森の中で一人でいるよりは、ずっとましだろうし、リタとケニスもいるので、食事などの心配はいらない。


 きっと大丈夫、だろう。

 だが、それが平気かどうかは別の話で。


 寂しい思いをさせることは、わかっていた筈だったのだが。


「う……」

 一人にするのが嫌だからといって、今更ラティナを孤児院に入れるという選択は、デイルにはない。

 これは、乗り越えなくてはならないことで、それが予想よりだいぶ早かっただけのこと。わかってはいるのだ。

「なんて過酷な試練だ……っ」

 そう思わず呟いたら。


 リタの顔に、「ああ。こいつ駄目だ」と、書かれていた。



 結論として、ラティナは素直に聞き分けた。

 拙いデイルの言葉だったが、ラティナは真面目な顔でじっと静かに聞き、ぎゅっと眉を寄せて、耐える顔をしてから

「だいじょうぶ」

 と、コクリと頷いて答えた。


 いじらしい。なにこの子、いじらしすぎる。


「ごめんな、ごめんなっ、ラティナっ! 」

 思わず、ぎゅうーっと、抱きしめた。ラティナが驚いた顔をする。

「デイル? ラティナ、だいじょうぶ」

 更にそう言ってくる幼子は、ある意味ではデイルよりよっぽど大人びている。

 そんなに早く大人にならなくとも良いはずなのに。


 完全に甘やかせる気満々となったデイルは、抱き上げたまま部屋へラティナを連れて行く。


 部屋には、先ほど買い込んできた荷物が積まれている。ラティナが寝ている間に運んでおいたものだ。

 彼女の前で買って来た物を片付けていく。

 ひとつひとつこれは何だと、声に出しながら片付けるのは、言葉を教える為でもある。

 下着と服は、大振りなカゴに入れ、小物類はやや小さなカゴに入れた。ベッドの奥、屋根の傾斜でデッドスペースとなっていた場所に並べる。小さなラティナでも手が届くようにと考えた結果だ。


 絵本も数冊買って来た。棚の下の方に入れる。


 ラティナは、デイルが片付ける様子をじっと見ていた。

 デイルが買った物が、自分の為の物だと言うことは、理解しているようだった。


 そのまま膝の上にラティナを座らせると、買って来た絵本のうちの一冊を開いた。

 これは、幼い子供に文字を教える為の本だ。

 挿し絵にそれの名前が併記してあるという平易な内容だ。

 本来ならば、ラティナにとっては、簡単すぎる内容だろうとは思う。

 だが、文字と言葉を教えるのに最適な教本になるのではないかと思ったのだ。


 デイルは、ラティナを膝の上に座らせると、絵本を開きゆっくりと読み上げていった。

 彼女は、じっと、まばたきするのさえ惜しむように、絵本へと集中する。

 やはりこの子は、年齢に見合わぬほどに、大人びていると思う。

「デイル、" **、*****? "」

「ん? ああ。そうだよ」

 たまに絵を指差して、疑問を口にする。

 最後まで読み終えて、ラティナの様子を見ると、彼女もこの本の意味を悟っているらしい。

 自分から始めの頁を開いて、デイルを促すように見上げた。

 彼が一言読み上げると、後に付いて真似をする。

「犬、猫、馬」

「いにゅ、にぇこ、うみゃ」


 舌足らず過ぎて可愛かったので、訂正しそこねた。



 日が完全に落ちる前に、ラティナを風呂に入れた。

 幼い子供がどんな病気にかかるのか、新米保護者にはわかりかねる問題だが、清潔にしておく方が良いだろうとの判断だ。

 まだ湯屋に連れて行くには不安もあるので、しばらくは『虎猫亭』の風呂を使うことにする。代わりに掃除をするよう言い付かった。


「いくらしっかりしていても、子どもを一人でお風呂場に置いちゃ絶対に駄目だからね! 子どもってのは溺れる事故が多いんだから! 」

 とは、リタの言葉だ。


 だが、今日もラティナは、服を脱がせたら不本意そうな顔をした。

 この子が、デイルに不機嫌そうな顔をするのは、今現在、この時だけだ。

 入浴自体は嫌がっていないようなのだが、何がそんなに気に入らないのだろう。

 デイルは泡を両手にすくって遊ぶラティナを見ながら、そんなことを考えていた。



 夕食を終えた後、再びうつらうつらしはじめたラティナを抱き上げて、部屋に戻り、ベッドに入れる。

 今日は昨日の反省を活かして、トイレにも行かせておいた。


「……おやすみ、ラティナ」

 髪を撫でながらそう囁くと、ラティナは

「おやしゅみ、デイル……」

 寝ぼけ半分で彼の言葉を繰り返した。

 抱きしめたくなる衝動は、ラティナを起こしてしまうので自重した。



本格的にデイルさんが駄目になっていきますね……仕様なので仕方ないですね!

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